絢辻詞 ~footage~   作:北海銀
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 十文字と絢辻はシネコンを無事脱出することができた。早めの昼食をとろうと十文字が提案したが、まだ早いと却下されてしまった。

「じゃあ、どこいこうか。絢辻さんはどこに行きたい」

「私は特に・・・。十文字君の行きたいところでいいよ」

 絢辻は学校での用事が忙しいのと、少しばかり孤高な性格なので、同級生と外で遊ぶことはまずなかった。だから、遊び方を知らないのだ。

「そうだ、ゲーセンに行こうか」

「ゲーセンって、どこのこと」

「ゲームセンターだよ。もうちょっと行くと、大きいのがあるんだ」

 十文字は 妹の來未によく誘われていた。だから、ゲームセンターには詳しかった。

「ダメよ。そこって不良の人たちがいっぱいいるんじゃないの」

 はははは、と十文字は笑った。

「それはかなり前のことだよ。いまは爺さん婆さんや、子供も多いよ」

 二人はゲームセンターに入った。絢辻は不良の溜まり場だと思い込んでいるので、怯えるように周囲をキョロキョロと見ている。派手な服装の若者もいるが、年寄りや家族連れが多いので、すぐに緊張がとけた

「プリクラを撮ろうか」と十文字。

 絢辻はプリクラを撮ったことのない化石女子高生の一人だ。

「うん」

 初めての体験だが、彼氏にそのことを知られたくないので、自分は知っているふりをしつつも、操作は全部十文字にまかせた。彼は妹と一緒に何度も撮っているので、慣れたものだった。

「うん、絢辻さんもなかなかよく写ってるよ」

 出来上がりを二人で確認する。十文字はそのままむさっ苦しく、絢辻は若干こわばった感じだった。

「そうだ、クレーンゲームをやろうよ。俺けっこう得意だから、絢辻さんのほしいもの、とってやるよ」

 二人はクレーンゲームが並ぶエリアへとやってきた。大きなぬいぐるみに挑戦しようとする十文字を、私はこっちの方がいいと絢辻が言う。

「お菓子のタワーかあ。うまくやると、この積んであるチョコが一気に落ちてくるんだ」

 十文字はお金を入れると、まず自分が手本を見せることにした。絢辻にやり方を教えながらボタンを操作する。残念ながら、落とすことはできなかった。

「つぎは絢辻さん、どうぞ」

「いや、私、こういうのわからないから」

「大丈夫大丈夫、やってみなよ」

 十文字は絢辻の手をとって、ボタンへといざなった。彼女が嫌がらないように、極めて柔らかく触れていた。

「このぐらいでいいのかな」

「うん、バッチリだよ」

 賭け事にしろゲームにしろ、えてして初心者というものは幸運に恵まれるものである。絢辻は絶妙な加減でレバーを操作した。すると、積まれた板チョコが一気に落ちてきた。

「おお、すごい、すごいよ、絢辻さん」

 大量の景品がとれたことに彼女は気づいていなかった。

「え、少しとれたの」

「少しどころじゃないよ。大量だよ、あはは」

 十文字が取り出し口に手を突っ込み、板チョコを次から次へと取り出して、それらをキョトンとつっ立っている絢辻に持たせた。彼女の両手はすぐに景品だらけとなって、おなかで押さえなければならいないほどだった。

「おねえちゃん、一枚くれないか。オレ、なんもとれなかったんだよ」

 すぐ傍で一部始終を見ていた少年が、チョコレートをくれとねだった。

 どうしようと困惑する絢辻に、十文字ウンとは頷いた。

「たくさんあるからね。一枚くらいいいだろう」

 絢辻がいいよと言う前に、その少年はひったくるようにとった。

「おい、みんな、このねんちゃんがチョコくれるってさ」

 わあーっと、小学生の一団が寄ってきた。目を白黒させる絢辻に遠慮することなく、抱えている板チョコをみんなで奪いとってしまった

「ああ~ん、もう、誰か胸さわった」

 一人の少年が、絢辻の胸に手をかけたのだ。彼女は触られたと表現したが、実際は鷲づかみにされたのだった。おっぱいやわらけえ~、っと、当該小学生が感嘆の声をもらした。

「コラッ、おまえらいいかげんにしろよ。シバくぞ」

 十文字が怒鳴った。

「ヤバい。ホームレスがマジギレしたぞ」

 わあーと騒ぎながら、彼らは蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。

「絢辻さん、無事か」

 十文字が絢辻に近寄って、被害にあった個所に思わず手を伸ばした。

 瞬時に両腕で胸を守った絢辻は、返す刀でキッっと睨みつけた。

「ははは、そのう、大丈夫そうだね」

 出してしまった手を、バツが悪そうに引っ込める十文字だった。

「それにしても絢辻さんの胸をつかむとは、なんてガキなんだよ、チクショー」

 少年の手が絢辻の胸をつかんだ時、とても柔らかそうな感じだった。十文字は、くやしがるようにゲーム機を叩いた。

「お菓子、ほとんどとられちゃったよ」

 絢辻の手元に残っているのは、小さなチョコレート一つだった。

「それは絢辻さんが食べなよ。記念にさ」

 絢辻は包装紙を丁寧に剥がすと、その小片を真ん中から割って、片方を十文字に手渡した。

「はい、半分こ」 

「はは、そうだね。それじゃあ食べようか」

 二人はほぼ同時に食べた。十文字は、絢辻が食べさせてくれるのではないかと期待していたのだが、さすがにそこまではなかった。

 結局、お菓子のゲームはそれ以上とれなかった。

「次はお菓子じゃないやつにしよう。なにか記念に残るものがいいな」

 十文字は、違う種類のクレーンゲームを物色し始めた。絢辻も離れずにいた。彼と遊ぶことが、ことのほか楽しいのだ。

「これなんか、すぐにとれそうだよ」

 たくさんの小物が、山のように積まれているクレーンゲームの前にきた。

「絢辻さん、やってみなよ。才能あるから」

 十文字が小銭を入れようとしたが、絢辻が止めた。

「今度は、私が出すの」

 彼女は財布から硬貨を取り出すと、投入口に入れた。彼の指示を待つことなく、自由に操作する。

「なにかとれたー」

 クレーンが小物を一つ引っかけた。絢辻にはめずらしく、キャッキャとはしゃぎ満面の笑顔であった。

「ほらほら十文字君、とったどー」

 その女子高生は獲得した景品を高らかに掲げ、すでに世間では使われなくなったフレーズを黄色い声で叫んだ。

「ははは、やったね。それ何さ」

 絢辻はビニールの包みをとって、中身を彼氏に見せた。

「携帯ストラップね。縁起物だよ」

 細い組み紐の先っぽに、大吉と書かれた木片がついていた。

「はい、これは十文字君にあげる。私からのプレゼント」

 肉親以外の異性からの贈り物を、十文字は生まれて初めてもらった。それがたとえゲームの安景品といえども、うれしさはいっぱいであった。

「ありがとう。さっそく使ってみるよ」

「でも、十文字君はケイタイやスマホとか持っていないでしょう」

「そう、持ってないんだった」

 ゲームセンターやプリクラが初めてな絢辻も相当に古風だが、ドラムバカな十文字も、十二分に化石高校生の部類にいた。

「あると、なにかと便利だよ」

「そうだよなあ」

 絢辻と付き合うようになったのだから、通信機器は絶対に必要だと、いまさらながら気づいた。十文字は購入することを決心する。

「ドラムを買った残りがまだ少しあったんだ。買えるかな」

 絢辻がどれくらい残っているかをたずねた。十文字はおおよその金額を言った

「それなら大丈夫。高くないのだったら買えるよ」

「じゃあ今から買いに行こう」

 絢辻からプレゼントされたストラップを、一刻も早く取りつけたいと、強迫にも似た衝動が十文字の胸の中を走り回っていた。そうしなければ彼女との絆をたもてないと、思春期にありがちな根拠のない不安を抱いていた。

「ダメよ。高校生は親の承諾がなければ無理なの」

「え、マジか」

 通信機器は月々の支払いが発生する。どうしても大人の庇護が必要となるのだ。

「来週、両親が帰ってくるから、母さんにたのんでみるわ」

「買ったら、見せてね」

 じつは絢辻のスマホもあまり活用されてはいない。十文字と通信アプリやメールでやり取りできるのは、彼女にとっても楽しみなのだ。

 ゲームセンターで楽しい時間を過ごしているうちに、時刻は昼食時となった。 

「そろそろお昼にしようか」

「そうね。今日はどこに連れていってくれるの」

 初デートの昼食をどこでとったらいいか、十文字は一晩中考えていたが、ここに至ってまだ結論を見つけられないでいた。

「絢辻さんの行きたいところでいいよ」

 十文字が決めあぐねていることを、彼女は知っていた。ここは私がリードしなければと、ある場所を考えていた。

「じゃあ、ピザ屋さんはどう」

「それ、絶対いいよ。すぐ行こう」

 絢辻の提案であれば、それが火星人料理であっても断ることはないだろう。二人はゲームセンターを出た。

 絢辻が推奨したピザ屋は、ショッピングモール内のフードコートにあった。休日のフードコートは混み合う。十文字はこじんまりとした静かな店の方がよかったが、だからといって異を唱えることはなく黙って従った。

 遊びなれていない絢辻は、デートに適した店を知らない。そのフードコートは買い物のついでに何度も立ち寄った経験がある。そこにある店舗の中からの選択肢しか考えられないのだ。

「俺、はらへっちゃったから、いっぱい食うよ」

「ここね、シーフードがおいしいの」

 フードコートに到着した二人は、空いてる席を探していた。

「ちょっとまって」

「え、なに」

「やっぱ、違う店にしよう」

 自分の提案を拒否されて絢辻は一瞬戸惑ったが、すぐに十文字の真意を理解できた。

「梅原がいるよ」

 梅原がいた。フードコートの真ん中付近の席に、スマホを操作しながらだらしなく座っていたのだ。

「あれ、橘君じゃない」

 純一が、トレイにハンバーガーとジュースをもって現れた。梅原の対面に座って、さっそく二人でかぶりついている。

「見つかる前にでましょうか」

「そうしよう」

 十文字と絢辻はくるりと振り返った。そのまま小走りで出ようとしたが、すぐに足が止まった。

「マズい、前から薫が来るよ」

「え、棚町さんが」

 二人は、近くの柱にとっさに身を隠した。薫は、同じクラスの女子と二人でフードコートの中に入ってきた。

「もっとまずい人もきたみたい」

 その後ろからやってきたのは、森島はるかと塚原響だ。二人の後をつけていたわけではない。映画館を出て街をぶらつき、ここのタコ焼きが美味いことを思いだして来たのだ。まったくの偶然だった。

「どうしよう。でられないよ」

 入口付近の席に、はるかと響が座った。出口付近には、薫たちがいてクレープを注文している。真ん中には梅原と純一がハンバーガーを食っていた。十文字と絢辻が付き合っていることは、他のクラスメートには内緒にするとのコンセンサスが、二人の間では当たり前のように共有されていた。だから、このデートの現場を目撃される訳にはいかない。はるかと響には認知されているが、ここで彼女たちに会うと、一日中付きまとわられてしまうだろう。

「このままじゃあ見つかっちゃう」

 絢辻は、できるだけ身体を小さくしていた。

「もう、仕方がない。一時的に別々に行動しよう。絢辻さんはビザ屋の前でピザを食べてよ。俺は牛丼屋の前で牛めしを食うから。それで、食い終わったら素知らぬ顔をして出るんだ。誰かに見つかっても、一人で昼食を食べていたと言えば誤魔化せるからね。待ち合わせ場所は、そうだなあ、さっき通り過ぎた楽器屋の前にしよう。わかるよね」

 ここに来る前に、十文字と絢辻はある楽器屋の前を通り過ぎた。その時、彼がドラムの話を自慢げにしたので、彼女はその場所をしっかりと記憶していた。

「うん、わかった。でも残念だなあ。せっかくおいしいピザなのに。十文字君に食べさせてあげたかった」

「しょうがないよ。それはこの次に楽しみにとっておくよ」

 二人は忍者のようにそれぞれの店へと向かった。料理を注文し、店の前の席で待っていた。休日のフードコート内は込み合っている。一般客と相席となって食べることになった。

「あれえ、十文字じゃないか。なにしてるんだよ」

 梅原だった。目ざとく十文字を見つけジュースを持ちながらやってきた。ちょうど一般客が帰ったので、その空席に座った。

「いや、牛めしを食おうと思って。ここ、美味いって評判だから」

 十文字は 牛めしをかき込むようにして食べていた。

「そうかあ。ここのはそんなに美味くはないけどなあ」

 純一もやってきた。三人の男子高校生は一つのテーブルを占領していた。

「おまえでも、こんなところでメシ食うんだな。それよか結婚式でもあったのか。気合が入った服装してるな」

 ははは、と十文字は苦笑いしながらも食べ続けていた。服装のことに関しては、兄からのおさがりだと誤魔化した。ちなみに、彼に兄弟はいない。

「あれえ、絢辻じゃないの」

 一人でシーフードピザを食べている絢辻のもとへ、薫がやってきた。クレープだけではもの足らず、ピザも食べようとしていたのだ。

「あら、棚町さん、偶然ねえ」

「一人なの」

「うん。一人一人。ずっと一人」頼まれてもいないのに、絢辻は一人であることを強調する。

「いま裕子とクレープ食べてたんだ。そうだ、いっしょに食べようよ」

 絢辻の返答を聞く前に、薫はクラスメートを呼び寄せた。三人の女子は、一つのテーブルを占領し、他愛のないおしゃべりを始めた。

「あれえ、薫じゃないか」

 離れた席にいた純一が薫に気がつき、大きな声をあげて手を振った。薫もすぐに気づいて手を振り返した。 

「なんだ、絢辻さんと森口さんも一緒か。女子は仲がいいね」

「そういう純一はデートかい」 

「まさか。梅原とゲームを買った帰りだよ」

「またゾンビゲームでしょう」

「そのとおり」

 薫と純一が楽しそうに話している。もう一人の女子も、二人の顔を交互に見上げて、その会話に入ろうとする意志を見せている。絢辻は目立たぬように下を向いてピサを食べていた。

「おや、梅原と一緒にいるのは十文字じゃないか。なんだかヘンな格好してないか。あれじゃあ、ホームレスホストだよ」

 十文字はキョロキョロと落ち着かなかった。服装と髪型が合っていないので、いかにも挙動不審だった。

「純一たちも来なよ。今日は一緒に遊ぼうよ」

 森口裕子には異存がなかった。薫の友達だけあって、人見知りする体質ではないし、男子三人は顔見知りなので歓迎していた。ただ絢辻の混乱は、さらに高まることになった。

 純一が席に戻って二人を連れてきた。横の席をくっ付けて大テーブルにすると、六人が座れるスペースを確保できた。

「今日の十文字君は雰囲気が違うね」

 裕子は十文字の袖をつまんで値踏みするように言った。絢辻は無言のままだ。

「なんでそんなにめかしこんでるのさ。ひょっとして、彼女でもできたのかい」

「う、・・・」

 鋭すぎる薫の指摘に、十文字は愛想笑いもできなかった。

「まあ、十文字にかぎってそれはないわな」

 梅原の発言に、絢辻を除く全員がウンウンと頷いた。

「そういえば、絢辻さんって彼氏いないの。そういう話きいたことないけど」

 裕子が絢辻の男事情に探りを入れてきた。

「え、私。私は一人、一人でピザを食べにきたの」

 絢辻は、あくまでも一人で来たことを強調する。

「まあ、いないってことか。ちょっと安心したよ」と純一。

「お、純一。ひょっとして絢辻を狙っているのか。わたしという女がありながら」

「そうだった。俺の愛妻は薫だけなんだ~」

 もちろん、薫と純一は付き合っているわけではない。いつものように、悪ふざけしながらのじゃれ合いだ。

 高校生の男女が集まったので、話の話題は自然と異性関係となる。このメンバー内では、彼氏彼女がいるのは十文字と絢辻だけだ。

「絢辻さんのタイプって、どんなの。やっぱり頭がよくて清潔で、カッコいいひとでしょう」

 裕子が、なおもしつこく突ついてくる。実際には、その真逆な見た目の男と付き合っている絢辻であったが、とりあえず、それらしく相槌を打つのだった。

「そ、そう。清潔なひとね」

「あらあ、そうだったっけ。絢辻は、もっとこう、ワイルドな男が好きなんじゃないかしら。例えばね、ジャングルで生き抜いているようなボッサボサ頭の男とか」

 突然の、はるかの乱入だった。彼女は後輩たちのテーブルの前で腕を組んで仁王立ちし、彼らを舐め回すように見おろしていた。

「森島さん」

「森島さん。なんで」

 二年生たちは驚いていた。森島はるかがこのフードコートに来ていることは知らなかった。十文字と絢辻は、借りてきた猫のように、小さくうずくまっていた。

 はるかはさっそく、この集団の中にいる弱った獲物を狩ろうとしていた。

「あら隼人じゃないのさ。今日はどうしたの、そんな気合の入った服を着て。ねえ、わたしのあげたチケットで映画見てきたんでしょう。二枚あげたよねえ」

 意地悪そうな目玉が、キレ長になってギラリと光っている。本来の美貌と相まって、なんとも形容できぬ妖しさだった。純一などは、見とれてしまっていた。

「え、あ、はい。そのう、楽しかったです。ありがとうごさいます」

 十文字は蚊の鳴くような声で言った。彼女の顔をまともに見ることができない。

「そう、楽しかったようで、よかったわ。ところで彼女もよろこんで」と言いかけたところで、十文字はすくっと立ち上がって、あらぬ方向を指さして喚きだした。

「あーっ。あそこあそこ。あそこの二丁目の角で、ダーダ星人がイカ地底人に襲われてるよー。これは大変だー」

 十文字は意味不明な言動を繰り返しながら、フードコートを小走りしながら出ていってしまった。

「なんだ、十文字のやつ」

「あの服装といい、ちょっとおかしくなったんじゃないか」

 純一たちは小首をかしげながら、小さくなっていく十文字を見ていた。

「チッ、逃がしたか」と、はるかが小声で漏らした。そしてすぐに次なる獲物にガンをつけた。被食者は、その剣呑な気配をすぐに察知した。

「あ、もうこんな時間。私、帰らないと」

 絢辻は、さも忙しそうに腕時計を見た。

「なんだよ、今日は一緒に遊ぼうって言ったじゃないか」

 立ち上がろうとする絢辻を、薫の手が止めようとした。

「ごめんなさい。でも、早く帰ってハム吉にエサをあげなければならないの」

 もちろん、ウソである。

「絢辻さんのとこ、ハムスター飼ってるの。前に嫌いだって言ってたよね」裕子からツッコミが入った。

 絢辻はネズミの類が大嫌いだ。ハムスターもモルモットも苦手であり、そのことを女子の前で公言した過去がある。

「もちろん、ハムスターは嫌いだからいないよ。プードルにエサをあげるのよ」

「えっ、ハム吉って犬なの」

「そうそう、犬、犬」

 一度ウソをつくと、そのウソに正当性を与えるために、さらなるウソを重ねなければならない。だが、そうしているうちにバレてしまうので、彼女は早々に立ち去らなければならないのだ。

「じゃあ、私行くね」

「まあ、仕方ないか。また今度、絢辻」

「絢辻さん。またね」

「明日、学校で」

 クラスメートに見送られて、絢辻はフードコートを出ていった。席を離れるとき、はるかと目が合った。三年生は何かを言ったが、ほとんど声に出していなかった。出入口で響が待ち構えていて、はるかにはこれ以上邪魔させないから大丈夫だと言った。絢辻は軽く頭を下げて、小走りに先を急いだ。

 








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