絢辻詞 ~footage~   作:北海銀
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 輝日東高校二年A組は、新たな年度を迎えて三年A組になった。クラスがそのまま進級しただけのなので、担任含めて、生徒たちの変更はなかった。席順は都度入れ替えがあったが、なぜか教室の後ろのメンバーはだいたい同じ顔触れになっていた。

 絢辻詞は相変わらず学級委員であり、放課後は生徒会関係の仕事を手伝って忙しかった。十文字隼人は、バイトはもうやめているのでヒマがあった。だから、例のごとく化学室の掃除をして彼女との密会をこころみるが、同じくヒマを持て余している純一や梅原などやってきて、詞が入り込むスキを与えないことが多かった。また、二人の仲をことあるごとに邪魔していた森島はるかは、親友とともに進学してしまった。ド級アイドルがいなくなって華がなくなったと思われた輝日東高校だったが、新入生に森島級の美少女がいると噂になっていた。

「一年生にすごい可愛い子がいるって知っているか。昨日チラッとみたけど、下手なアイドルなんか勝負にならないよ」

 放課後の化学室、黒いテーブルの上でトランプのカードを配りながら純一が言う。

「なんだ、今頃その話題かよ。相変わらず情報がおそいな。彼女、十文字來未っていうんだ」

「さすが梅原、そういう情報はよく知ってるよ。えっ、十文字って、十文字かよ」

 梅原は、隣に座っている隼人をニヤつきながら見ていた。

「まさか十文字の妹か」

 隼人は興味なさそうに頷いた。

「マジか、ホントか」

 純一は心底驚いている様子だった。

「まあ兄がいる前でいうのもなんだが、すんげえ美少女で、あの森島はるかを超えるかもっていわれてんだぞ」

 相変わらず隼人は表情を変えない。梅原のババを引いてしまい、やっと苦い顔をしていた。

「十文字の家って、てっきりホームレスかと思ってたけれど、違ったんだ」

「それはあんまりにも失礼だぞ、純一」

 純一は頭を掻きながら、わるいわるいと言っていた。

「おおー、なんという奇跡。噂をすればそのアイドルが来たよ」

 梅原が廊下のほうを見て、ヒューと声を洩らした。ニタニタと、いやらしい笑みを浮かべて隼人を見た。

 十文字來未がやってきたのだ。たまたま化学室の前を通りかかったら隼人の姿を見つけたので、ひやかしてやるつもりだった。兄以外にも上級生がいるのだが、まったく気にする様子はなかった。

「なんか用か。金ならないぞ」

 隼人の後ろに立った美少女に、振り返りもせずに言った。

「べつに。ヤロウたちがガン首そろえて、なにくだらねえことしてんのかなって思ってさ」

 美少女な顔とヤサグレた言動が合致しなく、純一と梅原は大いに戸惑っていた。

「ははは、ええーっと來未ちゃんかな。俺は十文字の友達の梅原っていうんだ。こっちは純一」

「はあ?、きいてねえよ、ハゲ」

 まったく予期せぬ言葉が投げつけられた。梅原の顔が引きつり、純一もなにも言いだせないでいる。

「ちょっとこっち来い、來未」

 友人に対してあまりに失礼な態度だったので、隼人は妹の腕をつかんで、そのまま廊下へと引っぱって行こうとした。

「離せよ、何するんだよ。痛えだろう」

 來未は隼人の足を何度も蹴った。彼女は高校生になってから、言動と挙動がますます一致するようになっていた。

「イタタ。こら、なにするんだよ」

 ひるむ兄に、妹の蹴り攻撃は容赦がない。 

「ちょ、ちょっと、やめろって」

 純一が駆け寄ってきた。兄妹の中に入り仲裁しようとするが、やぶ蛇だった。美少女の蹴りが、今度は彼に集中することになった。

「痛っ、ちょっと、來未ちゃん。乱暴はやめようね。おい、梅原」

 來未の暴力は止まらない。純一はたまらず親友に助けを乞うが、これは関わってはダメな物件だと速断した梅原は、一人トランプをやり続けるのだった。

 暴れる美少女を、隼人と純一がなんとかおさえ込もうとしていた。顔は絶妙に可愛いいくせして、來未の力は予想外に強かった。二人は本気を出さなければならなかった。

「チカーン」

 形勢が不利になったので、來未は大声をだした。

「ヘンタイにおそわれるう」

「あなたたち、何してんのよ」

 具合の悪いことに、ちょうどそこに生徒会の女子たちが通りかかった。さも汚らしいものを見るような目つきで、隼人と純一を凝視していた。

「このひとたちが、いやらしいことするんです。助けて」

 美少女は、とびきりの被害者顔をした。女子たちは、隼人と純一を即座に危険人物と認識し、彼らに対して固く身構えた。

「い、いやいや、ち、ちがうって」純一は激しく狼狽する。

「お、俺は身内だから。こいつのアニキだから」

 男子二人は身の潔白を訴えた。だが、美少女vsホームレスとその仲間では、どちらの言い分を信用するか、誰の目にもあきらかだった。

「あら、十文字君と橘君じゃないの。どうしたの」

 女子たちの後ろから現われたのは詞だった。生徒会の仕事を一緒に手伝っていたのだ。

「ぐぎゃああーー。でたなー、このう、このう」

 可哀そうな被害者であるはずの來未が一変した。ヒグマに遭遇したヒョウみたいに、鋭い視線を投げつけたまま、シャーシャー唸っていた。

 バレンタインデーのチョコレートを食べて以来、その衝撃的な味付けにショックを受けた來未は、詞に対してとてもネガティブな感情を抱いていた。絢辻詞という女を、好きで付き合っている彼氏に対して、下水を濃縮したようなチョコレートケーキを食わせて喜ぶ倒錯者であるとみなしていた。來未にとって、輝日東高校でもっとも注意しなければならない相手なのだ。

「ぎゃうう、ぎーぎー」

 もはや何らかの獣と化した美少女は、ひとしきり威嚇した後、唐突に走り去ってしまった。生徒会の女子たちは呆気にとられている。

「いまのは、なに?」

「わかんない」

 詞が隼人と純一に対し親しく接しているし、被害者は逃走してしまったので、痴漢容疑を問い詰められることはなかった。あの一年生なんだろうね、と生徒会の女子たちが言っている。彼女たちはそのまま生徒会室へと戻った。詞は、なんとなくその場に残った。

「今日の來未ちゃん、なんかヘンね」

 なにげなく言ってしまったのだが、それは不注意な発言だった。

「絢辻さんは十文字の妹を知っているの」

 純一にそう言われて、詞はしまったと思った。詞と來未との間に親交があるのなら、隼人と詞の間にも何らかの関係があるとわかってしまう。

「う、うん。だってほら、私って学級委員でしょう」

「学級委員って、一年生の世話までしてるんだっけ」

「え」

「え」

 二人の会話はかみ合わない。詞は別な話題をだして誤魔化そうと思ったが、気の利いた話をきり出すことができないでいた。

「絢辻さんは世話好きだから、一年生の担任に頼まれているんだよな」

 横から助け舟を出したのは隼人だ。もちろん、関係が知られて困るのは彼も同じだからだ。

「そうそう、私って世話好きな女子だから、よく頼まれるの。だって世話好きじゃない、私って。だって世話好きだから」

 少しばかり狼狽しながら話しているので、何度も同じ言葉を繰り返していた

「へえ、絢辻さんもたいへんだな」

 そこに梅原がやってきた。三人の話を聞いていて、とある疑問を言いにきたのだ。

「それにしても、十文字の妹が学級委員をまじめにやるタイプには見えないけどな。どっちかっていうと、他の組に見境なくケンカ売って、輝日東のテッペンを目指すんじゃないか」

 兄である隼人が、うんうんと頷いていた。來未をもっともよく知っている男だからこそ、梅原の見解に納得できたのだ。

 即座に詞のつま先が隼人のスネをヒットした。詞の鋭い目を見て、ここは否定しなければならない場面だと理解する。

「ちょと梅原、それは言いすぎだろう。たしかに來未は口が悪くて手が早いうえに、毒ヘビのように執念深く嫉妬深くて非常に扱いずらいけれど、責任感は普通にあるんだよ」

 まったくフォローになっていなかったが、口を尖らして妹を庇う兄の姿に、純一も梅原も、それ以上來未の話題を掘り下げようとはしなかった。

「あれえ、みんなで何しるのさ」

 そこに通りかかったのは薫だ。今日はバイトのシフトが入っていないので、誰かをカラオケに誘おうと探していたのだ。

「絢辻さんは薫と違ってまじめだなって話だよ」

 梅原がそう言うと、なぜか薫は胸を張って返答した。

「あたしだってまじめだよ。ふざけたことを、まじめにするんだ」

はははと笑った。詞は愛想笑いをしている。

「なあ、これからカラオケに行かないか。今日ヒマなんだよ」

「お、いいね。みんなで行ったほうが楽しいしな」

「薫のおごりときいては、ぜひともいかないと」

「だれのおごりだって。あんたにはこの前のパンの貸しがあるんだから、今日は純一のおごりだよ」

「じゃあ、飲み食いも純一につけとくか」梅原も調子にのっている。

 いつもの三人が仲良くじゃれ合っていた。隼人と詞は、ほんの少し距離をおいていた。三人に気づかれないように、微妙なアイコンタクトで彼らの会話圏外から脱出しようとしていた。

「よし、行こう。絢辻と十文字もくるんだよ」

 薫は、躊躇なく二人を誘った。この分け隔てのないサバサバした性格が彼女の持ち味だ。

「俺はここの掃除をしなけりゃならないから、そのう、遠慮しとくよ」

「金なら大丈夫だよ。十文字の分はみんなで割り勘するから」

 隼人が窮乏状態であると、いまだに多くの生徒が信じている。

「いや、そういうことじゃないんだ。ホントに掃除を終わらせないと、高橋先生にどやされるから。悪いな」

 さっきまでトランプをしていたので、掃除がまったく進んでいないのは事実だった。

「私もごめんなさい。これから生徒会に行かなくちゃ」

 生徒会の用事はとっくに片づけていたのだが、彼女には行けない理由があるのだ。

「なんだよ。せっかくみんなで楽しくと思ったのにさ」

 結局、薫と純一、そして梅原の三人でカラオケに行くこととなった。隼人はモップを持って、化学室の床を拭き始めた。

「それじゃあ、私は生徒会に行かないと」

 詞も歩きだした。だが、生徒会に行くつもりはない。さっきのアイコンタクトで、隼人と化学準備室での密会の約束を交わしていたのだ。

 したがって、彼女はある歩き続ける。もうそろそろ薫たちがいなくなるだろうと見当をつけて、再び化学室の前を通りかかった。

「あれ、絢辻、どうしたの」

 しかし、カラオケ組の三人はまだそこにいた。高校生らしくうだうだと、なんとなくじゃれ合っているのだ。

「え、私は生徒会に行くんですけど」

「いや、ここ化学室だし。さっき生徒会に行くって言ったじゃん」

「そうよ。だから歩いているの」

「だから、ここは化学室だって」

「そうよ、ここは化学室」

「へ」

「え」

 かみ合わない会話が続いた。隼人に会いにきたとは口が裂けても言えない。詞は、すっとぼけた態度を貫いていた。

「なあ、そろそろ行こうぜ。おそくなると、料金が高くなるからさ」

「もうこんな時間か。ほら薫、行くぞ」

「う、うん」

 なんだか納得できなくて消化不良をおこしている薫を、純一と梅原がせっついた。

「じゃあ、私も生徒会室へ行くかな」

 一足先に、詞が化学室をあとにした。

「なんかさあ、最近の絢辻ってヘンじゃないか」薫は首を傾げていた。

「そうかなあ。べつに普通だけども」

「そういえば、なんとなく色っぽくなったような」

「さすがあたしたちの梅原。目の付けどころが、相変わらずエロいねえ」

 ワイワイ騒ぎながら、三人の男女も化学室を去った。

 化学室に残されたのは隼人のみとなった。殊勝にも一生懸命にモップを動かしているが、視線は廊下を気にしていた。

 化学室の前を女子が一人通りかかった。彼女は化学室をチラリと一瞥しただけで、そのまま通りすぎてしまった。隼人はモップがけをやめた。周囲に誰もいないことを確認してから、そそーっと準備室へと入った。さらに約一分三十秒後、さっきの女子がやってきて、ささーっと化学室に入り、さらに化学準備室へと入っていった。

 



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