絢辻詞 ~footage~   作:北海銀
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「十文字君、昨日私待っていたんだから」

 一時間目の授業が終わると、十文字の席にさっそく絢辻がやってきた。昨日の約束をすっぽかされたので、あきらかに怒っている様子だ。

「え、あ、そうだったっけ。忘れてたわ」

 全く反省していない態度だった。絢辻はさらになにかを言いかけたが、その言葉をぐっと飲み込んで、学級委員としての適切な言葉をさがしていた。

「ちょっと十文字、それってヒドくないか。絢辻は、あんたのために先生にまで怒られたんだぞ」

 窓際でその様子を見ていた薫が割りこんできた。同じクラスの女子として、絢辻が軽んじられていることに我慢がならないのだ。

「そうだよ。絢辻さんが可哀そうだよ」純一も加勢した。

「だいたいおまえはケイタイも持ってないから、連絡のしようがないんだよ」

 梅原までも参戦する。普段はけっこうふざけ合う仲だが、この時に限っては違った。絢辻と十文字では、どちらに味方するかは自明なのだ。   

「それくらい買えよ」と言いかけた薫がとっさに口をつぐんだ。一瞬、その場の空気が硬くなった。

 

 ここで十文字隼人という生徒について述べなければならない。

 十文字隼人の風体は、普通の高校生男子とは大分違った。まずはその特異な髪型だ。もともと天然パーマな気があるうえに、クラスの連中から超絶ネグセとか絶好調ネグセとか言われるほどの寝ぐせが重なり、大型猛禽類の巣のようにボサボサだった アフロヘアーみたいにチリヂリになっているわけではないのだが、伸び放題なので分量が多いのだ。たまに自分で切るのだが、肩にかかった毛をハサミで無造作にカットする程度だ。ボリュームがありすぎて、顔の輪郭がわからないほどだ。

 次に目につくのは、メガネだ。とにかく巨大で、レンズが顔の上半分を隠している。しかもサングラスほど濃くないが、色付きなので素顔がわからない 皆からは、コスプレメガネとか詞会者メガネとか言われている。

 それと、これは常時ではないが、外ではマスクをつけることがあった。それも風邪用の白いマスクではなくて、黒い布地のものだ。巷ではカラスマスクと呼ばれている、とびきりダーティーに見えるマスクだ。教師から何度も注意されているのだが、本人の言い訳は、白いマスクだと汚れが目立ってしまい逆に汚らしく見えてしまうとのこと。だったら、頻繁に取り合えればいい、とは誰も言わない。それが困難であろうことは、誰もが悟っているからだ。  

 彼の服装は、もちろん輝日東高校の制服なのだが、ヨレヨレでほころびだらけのブレザーに破けたズボンをまとっていた。シャツも替えがあまりないのか、皺だらけで襟元は黄ばんでいた。上から二つ目までのボタンがないので、常に首元が開いていた。ネクタイもしっかりと締めことはなく、ただ引っかけているだけという有り様だ。先生もそれとなく注意しているが、強くは踏み込めないでいた。制服を新調するには金銭の問題が絡む。その振舞いと様相から、十文字の実家は相当な貧困家庭だと誰もが思っていたからだ。

 

「とにかく遅刻はしないで。目覚まし時計がないのだったら、私のをあげるから」

 絢辻にそこまで言われると、なにかと鈍感な十文字も、さすがにマズいと思ったようだ。

「ゴメン、絢辻さん。ゴメンな」

 十文字はシュンとなった。生活態度はズボラではあるが、人間関係をおろそかにする男ではなかった。自分の軽はずみな行動の帰結が絢辻を傷つけてしまったと、素直に反省したのだ。

 ゴメンゴメンと何度もあやまる姿に、ただでさえ見てくれが憐憫を誘うだけに、十文字を責めた生徒たちは、言い過ぎたんじゃないかと後ろめたくなった。

「あははは、まあ、遅刻なんて誰でもするじゃん。あたしなんかさあ、中学の時はよくやったよ」

「まあ、輝日東の核弾頭は、朝は苦手だったな」

「うるさい。それを言うな、バカ純一め」

 薫と純一が小突き合いながら、じゃれ始めた。

「お、夫婦漫才が始まったぞ」

 梅原が二人を冷やかしてゲラゲラと笑う。気まずさと重々しさが解消されて、その場の雰囲気が和んできた。十文字は明日からは遅刻しないと約束した。絢辻は笑顔になって、ウンと頷いた。

 






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