絢辻詞 ~footage~   作:北海銀
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 次の日の朝、二人はほぼ同時に目覚めることとなった。偶然、同じ時間に自然と目覚めたのではない。その時刻に、強制的に起こされることになったのだ。

「アニキいるかあ。お父さんからお小遣いもらったから、アニキにも渡してくれって・・・」

 ノックもせずに、突然ドアを開け放ったのは來未だった。

「ああー、おめえらなにやってんだよー」

 隼人は起き上ったが少しばかり寝ぼけていた。つられて起きた詞も、目をしょぼしょぼさせ、しっかりと開ききらない瞳で周囲を見渡した。

 隼人は妹がなぜ朝っぱらから喚いているのかわからないし、詞も、なぜ隼人や彼の妹が寝起きの自分の部屋にいるのかしらと、ぼんやりと考えていた。

「ああー」

「うわあ」

 ことの重大さに気づいたのも、二人同時だった。

「ち、ちがう。これは、そのう、なんだ。ええーっと、よくわからん」

 適切な言い訳が思い浮かばず、兄はただ狼狽するだけだった。

「か、勘違いしないでね、來未ちゃん」と言うのが精一杯な詞だった。

「なにを勘違いするんだよ。おまえらエッチなことしたんだろう」

 來未の真っ直ぐな詰問に、二人はそろって下を向いた。それは肯定していることの証左となった。

「やったのか。ちくしょう、アニキのくせに。わたしだってまだしたことないのに」

 不埒な行為に関して、美少女が地団駄を踏んで悔しがっていた。それはもう、涙を流さんばかりだった。

「わ、私、帰るね。そうだ、帰る、帰るかな、あはは」

 浮気現場を直撃で見つかったみたいに、詞はパジャマのまま部屋を出て行こうとした。

「ああ、帰るがいいさ。ちなみに、下にはお父さんとお母さんがいるかね。アイサツしていったほうがいいよ」

「なにいー」

 來未が帰ってくることすら思いもよらなことだったのに、滅多に帰らない両親までいるとは、隼人は驚きで頭の中がさらにまっ白になった。

「な、なんで」

「なんかあ、いい物件を見つけたから、一回家に帰るってことになったんだよ」

「そ、それは困ったわ、ど、どうしよう」

 不安でいっぱいの顔が隼人を見つめた。

「そ、そうだな。ええ、それじゃあ、そうだ、いま遊びに来たっていえばいいさ」

「いまは朝の六時半だぞ。こっちは朝の三時に向こうを出発してきたんだよ。車で突っ走ってさあ」

 朝六時半にパジャマ持参の女友だちが息子の部屋にいると、ふつうの母親だったら気分を害すことだろう。 

「來未、たのむ。あの二人をおさえといてくれ。そのスキに詞を逃がすから」

「イヤだよ、アニキや絢辻はさんざんエッチなことして楽しんじゃったくせに、なんでわたしが苦労するのさ」

 二人を軽蔑するような口調だった。

「そんなにしてない」思わず詞が声をあげた。

「そんなにしてないけど、したんだろう」

「それはそのう、ちょっとだけ」  

 詞は申し訳なさそうに言った。來未が相変わらず冷ややかな目で見ていた。

「そんなことはどうでもいいよ。とにかくたのむよう。千円やるから」

 隼人は妹を拝んでいた。來未は、仕方がないという表情をした。

「お父さんもお母さんも外にいるよ。物置で道具を片付けてるさ」

 危機的なカップルに一筋の光明がさし込んだ。二人はお互いを見つめた。

「いまのうちに、私は外に出るわ」

「ダメだよ。物置から玄関が丸見えだからね」

「屋根から逃げるしかないんじゃね」

 來未はテキトーなことを言ったつもりだったが、詞と隼人は大きく頷いた。

「え、マジかよ」

 詞はすでに窓を開けて片足を屋根の上にのせていた。隼人は部屋を出て玄関に急行する。彼女の靴を取りに行ったのだ。

「絢辻さあ、まさかパジャマで外歩くの」

「え」

 あまりにも慌てていたために、今の自分がパジャマ姿であることを忘れていた。バックを忘れていたことにも気づいて、あたふたと狼狽する。

「きゃっ」

 すると足が窓枠に引っかかってしまい、そのままバランスを崩して屋根の上に転んでしまった。たいていの家がそうであるように、屋根部分は傾斜がついている。詞はコロコロと転がって、二階の屋根から落ちてしまった。

「あ、ヤバ」と來未がつぶやいた。

 幸運だったのは、落ちた場所に段ボールが積まれていたために、それらがクッションとなって彼女はまったく怪我をすることはなかったことだ。

 不幸だったのは、ちょうどそこに隼人の母親がいたことだ。母は、自分の息子の部屋のあたりから落下していた女子に驚き、彼女が何ら怪我を負うことなく立ち上がったことに安堵し、彼女がパジャマ姿であることに全ての事情を悟った。少々よろけている可愛い女子高生を、來未以上の冷ややかな目で見ていた。

「これはこれは、大きな野良猫が落ちてきたねえ。しかも寝巻き姿で。いったいどこのメス猫かしら」

 詞は目の前で腕組している中年の女が、隼人の母親であると確信した。

「つかさー、大丈夫かー」

 隼人が叫んでいた。

「死んだ死んだ、絶対死んだ」と來未が喚いている。

「おはようございます。わ、私は絢辻詞と申します。そのう、十文字君とはクラスメートです。学級委員をやっています」

 直立不動のまま、手短な自己紹介となった。

「おはようさん。そうなの、学級委員をしてるんだ。つかさちゃんは真面目なんだねえ」

 母は、その言葉とは裏腹の意味合いを、イヤミとして投げつけていた。気の強い女子高生である詞だが、さすがに反抗する気にはなれないどころか、たじろいてしまい言葉が出なかった。

「あら、つかさちゃんのクビにキスマークがついてるね」

「え、うそ」

 詞は必死で首筋をさすり、指摘のあった痕跡をかき消そうとした。

「隼人とそういうことをしてたんだあ。なるほどねえ」

 それが母の誘導尋問であるとわかっても、時すでに遅しだった。ますます冷たい目で見つめている中年女の前で、真面目な学級委員は無言のまま、ただただ小さくなるしかなかった。

「あ、母さん」

 そこに隼人がやってきた。急いでいたために、靴を履いていなかった。ただし、手には詞の靴を持っていた。そして、この絶好の場面を見逃してはならないと、來未も駆けつけてきた。

「彼女は、そのう、なんだ、ええーっと、そうだ、クラスが一緒なんだよ。俺の前の前の前の席にいて、よく勉強を教えてくるんだよ。同級生だよ、同級生。ははは」

「そうそう、ただのクラスメート」

 隼人の苦し過ぎる言い訳に押されて、ようやく詞が発言した。

「パジャマ姿で勉強を教えてくれるなんて、つかさちゃんは優しいのね。ところで何を教えてくれたの。国語、それとも保健体育かしら」

 詞も隼人も、真っ直ぐほぼ垂直に真下を向いた。一言も言い訳できない状況に追い込まれ、息をするのもはばかられるほどの気まずい空気が充満していた。來未は、ネチネチと崖っぷちまで追いつめる母を目の当たりにして、親の偉大さを痛感し、さらに自分の時はどうやって誤魔化そうかと考えていた。

「まあとにかく、つかさちゃんは今日のところは帰ったほうが良さそうね」

「はい」

 ほとんど聞き取れないような声で、詞が返事をした。

 自分の名前をちゃん付けで呼ばれていたことに、この時詞は気づいた。子ども扱いされたということは、昨夜の行為は自分たちにはまだ早かったと、母が判断しているのだ。

「すみませんでした」詞は、思わず謝ってしまった。

 母はその場所から離れて、商売道具の整理を夫と共にしていた。詞と隼人はひとまず部屋に戻った。詞が着替えている間、隼人は廊下に出ていた。すぐに詞が出てきた。 

「こんなことになって、スマン。まさか母さんが戻るとは思わなかった」

「いいのいいの。なんだか考えもしないで無理に背伸びしちゃったのは、私たちの方だし。お母さんに怒られるくらいでちょうどいいのよ」

 荷物を持った詞が十文字家の敷地を出て行こうとしていた。隼人は彼女の家まで送っていくつもりだった。

「隼人、こっちきて手伝いなさい」

 母が息子を手招きしていた。横で後片付けをしている父は、無言で作業をしている。

「俺、これからちょっと用があるんだ」

 だが隼人は、母よりも詞を優先しようとした。

「私は一人で帰るから大丈夫よ。隼人はお母さんたちを手伝ってあげて」

「でも」

「いいからいいから」

 詞に背中を押されて、隼人は両親のもとへと行った。すぐに來未もやってきて、一家そろって家業の後片付けをし始めた。父親にあれこれと指示されて、兄妹は忙しそうに動いていた。もはや入り込む隙はなかった。帰り道を一人歩きながら、あの家では自分は部外者であると、詞はつくづくと思うのだった。

 



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