絢辻詞 ~footage~   作:北海銀
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 初夏らしいちょっと暑いある日、あの駄菓子屋の老婆が退院し、すでに店が開いていることを知った詞は、放課後さっそく隼人を誘った。だけど、彼氏はつれない返事だった。

「悪い、急用があるんだ」

「急用って、なによ。なんだか最近早く帰るよね」

「まあ、いろいろあってね。ばあちゃんにはよろしく言ってくれよ」 

 ここ最近、隼人は化学室の掃除をすることなく、早々に一人で帰っていた。放課後、仕方なく、詞は一人で駄菓子屋に立ち寄った。

「あんれ、今日は一人かい。コジキ男はどうしたさ」

「隼人は先に帰るって。おばあちゃんにはよろしく言っといてくれって」

 老婆は冷えたらラムネの瓶を女子高生に差し出した。お金を払おうとするが、頑なに受け取りを拒否した。

「まあ、昨日きたばっかりだからな」

「え」

 昨日の放課後、隼人は一人で老婆の店を訪れていた。詞には何も言わずに、一人だけできたのであった。

「なんだ知らなかったのか。おまえら、ケンカでもしたのかい」

「いえ、そういうわけではないですけど、そのう、なんだか私を避けてるみたいで」

 詞は、隼人に自分が避けられていると疑いはじめていた。問題は、なぜそうしているのかだが、彼女にはまったく心当たりがない。それどころか、恋人同士としては順調な付き合いをしていると思っていた。

「それはもう決まってるじゃないの」

 わあ、と驚いた詞が転びそうになった。老婆が手を掴んでくれたので、幸いにも床に這いつくばることにはならなかった。

「森島さん・・・、なんで」

 唐突に居間から出てきたのは森島はるかだった。彼女は大学生となっている。

「ちょっと、はるか。また余計なこと言っちゃダメよ」

 さらに塚原響が出てきた。彼女も大学生だ。ただし、はるかとは違う大学である。

「塚原先輩も、ど、どうして」

 この二人は詞や隼人にとっては天敵みたいなものだ。とくに、はるかは要注意人物である。

「どうしてって、おばあちゃんが退院したから、ひびきをさそって来たのよ」 

「そうそう、ついでにお茶してたの」

 響は片手に湯飲み茶わん、もう一方に駄菓子を持っていた。

「ところで、女よ、女」

「え、なにが」

 詞はキョトンとしていた。はるかが言ったことの意味を掴めていないのだ。

「隼人のことよ。彼女につれない態度をとる理由は、やっぱり他に女がいるしか考えられないじゃないの」

「こら、はるか。そういうことは本人の前ではいわないの」

「だってえ、そうなんだもん」

 ひどい言いようだが、詞はひるまなかった。

「隼人にかぎってそれはないわ。うん、絶対ない」

「あらあ、自信にあふれた言い方だこと」

「だってわたしたちはもう、」と言いかけて、詞は慌てて口をつぐむのだった。

 だが時すでに遅しだった。詞が言いかけた内容を、はるかは最後まで瞬時に読みとってしまったのだ。

「あらそうなの。もう、そういうフィジカルな関係になったのね」

「へえ、早いと思うけど、いまは普通か」

「あんりゃあ、そうだったんか」

 皆が感心するように言うので、照れくさいやら恥ずかしいやらで、詞は目線があちこちに泳いでいた。

「いや、そのう」

「甘いわね。そういう関係になったからこそ飽きられたんじゃないの。男って、いざモノにすると、違うのがほしくなるからね」

「それ、はるかの彼氏だけじゃないの」と響がツッコミを入れた。

「それもないですっ」

 ややムキになって詞が言い返す。まあまあ、と響が間に入ってなだめた。

「あの彼氏にかぎって浮気なんてないでしょう。浮気したくても、だれにも相手にしてもらえなさそうだから」

 ははは、と自分が言ったことにウケて笑う響きであった。

「隼人をダメ男みたいに言うの、やめてください」

「そうよ、相変わらずひびきはわかってない。だからAVにスカウトされちゃうのよ」

 はるかと街の繁華街をブラついていたときに、響はAV関係のスカウトにしつこく声をかけられたことがあった。

「しかも、女っぽい男優でって、いかにもひびきっぽくて笑っちゃうじゃない」

「それは豪気だなあ」

 はるかと老婆がゲラゲラと笑っていた。ムッとした響がすぐに反撃する。

「はるかなんて露出ものに誘われていたじゃないの」

 そのスカウトは、はるかに対しては露出モノでどうかと誘ってきたのだった。

「露出のどこが悪いのよ」

「それ、ヘンタイ系じゃないのさ」

「ヘンタイじゃない」

「ヘンタイよ」

 露出系にたいして、それが存外破廉恥であるのかないのか、親友同士の見解は分かれていた。

「あのう、そろそろ私の話題にもどりませんか」

 はるかと響が同時に詞を見た。途端にクスクスと笑いだして、そして大笑いし始めた。老婆も手を叩いて笑っている。なんだか可笑しくなった詞も笑いだした。

「まあ、浮気というのは言いすぎたけれども、ちょっと気をつけたほうがいいかと、はるかは思うんだよ」

 思いやりのあるやさしい助言だった。

「はい、先輩からのお言葉をありがたく承ります」

 詞は素直に受け取った。

「おばあちゃん、おなか減っちゃったよ」

「わたしも」

「じつは私も」

 険悪な雰囲気が溶けたので、女たちの腹がグーグーと文句を言い始めた。

「しょうがないね、それじゃあ、ばばあ特製全部のっけお好み焼きでいくかいな」

 三人の女たちは手を叩き合って喜んだ。老婆が山盛りのタネを作っている間に、はるかと響が大学生になった感想を詞に話していた。ただし、異性関係の話題は巧妙に避けていた。詞も、これ以上隼人のことを話されたくないと思っていたので、あえて聞こうとはしなかった。

 老婆がお好み焼きを焼き始めた。まだ焼けていないのに突こうとする幾多の手を払いよけながらの困難な調理である。慣れた手つきで焼き上げられたお好み焼きは、とてつもなく美味しそうな匂いを漂わせて、空腹な魔女どもを魅了していた。

「ほら、できたで」

 それは、あっという間に食いつくされてしまった。老婆はため息をつきながら次を焼き始めた。しかし、それも焼き上がった直後に瞬殺された。次から次へとお好み焼きを焼き上げる病み上がりの年寄りに、女たちの底なしの食欲は容赦がなかった。

 煙が目に沁みながらも、必死に青のりを振りかける老婆は、この娘たちの連れ合いになる男はさぞ忍耐を試されるだろうと、しみじみと思うのだった。

 








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