絢辻詞 ~footage~   作:北海銀
<< 前の話 次の話 >>

26 / 72
26

 やはり詞に対する隼人の態度は、どこかよそよそしくなっていた。

 化学室の掃除をすることもなくなり、このところ密会デートもご無沙汰となっていた。詞は放課後もケイタイで連絡をとろうとするが、応答が帰ってくることはほとんどなかった。もちろんアプリやメールを駆使しようが無駄だった。そもそも、隼人がケイタイを身につけている様子もないのだ。学校で彼を捕まえて問いつめが、たまたまだと言い訳をする。休みの日に会おうとしても、きまって忙しいと断った。その理由を訊ねても、家業の手伝いをしなければならないと、しらじらしいことを言う。このままでは自然と疎遠になってしまうと、焦りの感情が強くなっていた。  

 夏休みも近くなったある日の昼食時だった。教室の後ろで薫と純一、梅原がパンを食べながら雑談していて、たまたまそこを通りかかった詞が、とくに考えもなく何気なく言ってしまった。

「今日は十文字君はいないのね」

「絢辻、ひょっとしてヤツのことが気になるの」

 薫がひやかしで言う。もちろん、詞にその気があるなどとは100%思っていない。

「それはないかな。ただいつも一緒にいるから」

 詞もウソをつくのが苦にならなくなっていた。

「どっかで寝てるんじゃないのかな。だってあいつ、アッチのほうで体力使ってそうだから」

 意味ありげに下衆なニタリ顔をする梅原であった。

「ちょっと、アッチのほうってなによ」

「アッチはアッチだよ。アダルトのアッチってことだ」

「それ、ひょっとして、エッチなことをなんとかってことか」

「そういうことだ」

「ええーっ、うっそだろう」

 薫は、座っていた椅子から転げ落ちそうになった。

「アイツにかぎって、そんなうらやましいことはあり得ないだろう。なに言ってんだよ梅原」

 これには純一も大いに異議を唱えた。隼人が女性とそのような不謹慎な関係になるはずはないと、薫と共に千の理由を口にした。

「ところが、俺は見たんだよ」梅原は自信満々だった。

 ドキッとしたのは詞だ。彼との情事を知られてしまったと、一瞬頭の中が真っ白になった。

「なにを見たんだよ」

「あいつがラブホに入るのを、見ちゃったんだ」

 一夜の契りを交わしたのは、隼人の自室でラブホテルではない。だとすると、隼人は詞以外の別の女性と情事をするために、そこへ行ったということになる

「ちょっとそれどういうことよ」

 もちろん、そんなことは絶対に許容できるはずがない。詞は梅原を殴るような勢いで迫った。

「なんで絢辻さんが怒ってるの」

 純一が不思議そうな顔をした。

「え、だ、だって私は学級委員だから、クラスの男子がそんないかがわしい所にいったなんて、放っておけないじゃないの」

 正論であるが、そこに詞自身の本音は微塵もなかった。

「それにしても、あの十文字が誰とラブホに行ったんだよ。まさかうちのクラスの女子とやったのか」

 後半部分の指摘はある意味当たっていたが、場所が適当ではなかった。

「いんや、大人の女性だよ。それがスッゲー美人でさ。芸能人みたいに派手な感じだったよ」

「橋の下のメス犬ならまだしも、あのムサ男がそんな美人とナニできるわけないって。やっぱさあ、見間違えたんだよ、梅原は」

 薫は本気にしていない すでに隼人と関係をもってしまた学級委員は、橋の下のメス犬と同等であると見なされてしまった。

「ウソじゃないって。女の方から十文字の抱きついたり、腕を組んでたりしてたんだって」

「ますますあり得ないわ」

「おい、本人がきたぞ」

 隼人が教室へ戻ってきた。純一たちを見つけると、いつものように近づいてきた。

「よう十文字、どこにいってたんだよ」

「はは、ちょっとトイレへ」

 隼人は、なぜここに詞がいるのか訝しく思った。

「そういえばさあ、この前十文字を見たよ」

 薫は、カマをかけてみるつもりだった。

「え、そうか」

「なんかさあ、芸能人みたいな美人な大人の女性と、すんごい仲良さそうに腕を組んでたっけ」

「うっ」

 隼人の表情がひきつっていた。あきらかに知られたくはない事実だったようだ。

「ええーっと、たぶんパン屋の奥さんかな。ほら、パンの耳をくれるんだよ。いいひとでさあ、ただちょっと、しつこいんだよね。ははは」

 そのうろたえた反応から、パン屋のおばちゃんではないと、その場にいる全員が確信していた。

「あ、そうだ。俺先生に呼ばれているんだった」

 それもウソだとバレていたが、隼人は愛想笑いしながら教室を出て行った。

 薫と純一、梅原は、あやしいあやしいとニタニタ笑いながら言っていた。他人のゴシップほど美味いものはないのだ。

 他の三人とは違い、詞の心情には黒い靄がかかっていた。自分の付き合っている男が他の女、しかも大人の女性と肉体関係をもっている可能性が高くなった。いや、おそらくそうしているだろうとの確信を、いまの隼人の態度で得ていた。

 ただ、隼人に浮気などあり得ないだろうとの思いもまだあった。あの朴訥として飾り気のない男に、複数の女を掛け持ちするような器量があるのか、大いに疑問だった。生真面目な性格の学級委員は、考えたことを確かめずにはいられない。まして好きになってしまった男のことである。徹底的に調べなければ気がすまないのだった。

 






※この小説はログインせずに感想を書き込むことが可能です。ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に
感想を投稿する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。