絢辻詞 ~footage~   作:北海銀
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 その日の放課後、隼人はやはり一人で帰宅する。詞は見つからないように電柱に身を隠しながら、数十メートルの距離をあけて尾行していた。隼人のあやしさを調査するための行為だが、客観的にみると、詞の行動のほうがよほどあやしかった。

 隼人は自宅の方へ向かっていない。あとをつける詞の不安が徐々に高くなっていた。このまま尾行を続けたら見てはいけない光景に遭遇し、人生最大の失意を味わうのではないかと、胃袋がキリキリと締めつけられていた。しかし、途中でやめることはできなかった。彼を信じていたし、信じていたい気持ちを貫徹したかったのだ。

 隼人は繁華街を歩いていた。楽器屋にでも寄るのだろうと思っていたら、彼はその店を通りすぎてしまい、さらに歩き続けた。詞はサングラスや帽子などの小道具は身に着けていないが、相変わらずあやしい挙動で尾行を続けるのだった。

 隼人は繁華街のはずれにあるコンビニに立ち寄った。ノドが渇いたのだろう。炭酸飲料を買って、その店の駐車場で飲み始めた。暑かったので、詞もノドが渇いていた。彼と一緒ならば半分をくれるのだが、ここで姿を見せるわけにはいかない。近くに自動販売機もないので、しかたなく我慢していた。

 ジュースを飲み終わっても、隼人はその場所から立ち去ろうとはしなかった、腕時計を何度も見ている。これは誰かと待ち合わせをしていると、電柱に身を隠している詞は考えた。

「お姉ちゃん、なにしてるの」

 小学生の男子が三人、あやしく電柱の影にひそむ女子高生に声をかけてきた。ヒマを持て余している児童らにとって、電柱に隠れている女子高生は絶好のカモだ。

「な、なにもしてないよ。な、なんなのよ」

 突然の邪魔者に、動揺する女子高生だった。

「いや、してるじゃん。なんかあるの」

「だから、なにもないって」

「ウソつけよ」

「ウソじゃない」

 ここであまり騒ぐと、隼人に見つかってしまう可能性がある。

「ちょっと、静かにしてよ」

 詞は小学生たちを注意するが、権威のない者の叱責など、子供たちにとっては何ら障害とならない。

「静かにしないといけないんだ。じゃあ静かにしようぜ。わーいわーい」

「ひょひょひょ、っひょー」

 彼らは面白がって騒ぎ出した。わざわざ目立つように奇声を発し、女子高生が困っているのを楽しんでいるのだ。

「こ、こら、静かにしないさい。お願いだから静かにして」

 幸いにも、隼人は数十メートル離れた電柱の騒ぎを気にしている様子はなかった。詞がいる方向とは逆をしきりと見ている。

「静かにしてやってもいいよ」

 子供たちが静かになった。詞はとりあえず、ホッとした。

「そのかわりパンツみせろよな」

 ホッとしたのもつかの間、悪ガキどもはとんでもないことを要求してきた。

「君たち、いい加減にしないと怒るよ。親に連絡して警察も呼ぶからね」

 詞はケイタイを取り出して、警察を呼ぶフリをした。さすがに悪ガキども、シュンとおとなしくなった。

「そうそう、そういうことよ。ほら君たち、もう帰りなさい」

 三人の小学生は、ウン、と素直にうなずいた。なんだ、結局子供なのね、と笑みを見せる詞にギリギリまで接近した。おそらく詫びを入れるのだろうと、詞は余裕で構えていた。

「スキありっ」

 三本の手が、それぞれ詞の右胸、左胸、ヒップを瞬間的に蹂躙した。

「キャッ」と押し殺した悲鳴をあげると、悪ガキたちは一目散に逃げていった。走りながら、「すげえやわらかかった」とか、「ケツでけえ」とかゲラゲラ笑いながら、自分たちの戦果を讃え合っていた。

 やるせない怒りが詞を包み込んでいた。小学生にバカにされセクハラまでされて、恥ずかしいやら悔しいやらで、ブルブルとその身を震わせていた。もともとの原因は隼人の疑惑にあるので、なにも知らずにのん気にジュースを飲んでいた彼を憎らしく思った。

 その隼人に動きがあった。誰かが彼のもとにやってきた。女性だ。梅原の言っていたとおり、ちょっと派手めな服装をした若い女だ。しかも、輝日東高校でもかなりの美少女である詞からみても相当な美人だ。その美女は、隼人に会うと早速抱きつくように腕を組み、その大きくて形がよく、ちょっとばかり露出気味な胸を、ぎゅうぎゅうと押しつけていた。彼と会うのがことのほかうれしいのか、キャッキャと黄色い声をだしていた。

 詞は、「ちょっ」と言いかけて電柱からその身を出しかけたが、あわてて引っ込んだ。いま姿を晒して問い詰めても、適当な言い訳をつかれて誤魔化されてしまう可能性があるからだ。

 二人は腕を組みながら歩きだした。詞もつかず離れずの距離を保って尾行している。後ろから見ると、その女性の歩き方が癪にさわってしまう詞だった。腰の振り方がどうにもエロチックで、真面目な女子高生としては不純に感じてしまうのだ。もちろん、自分の彼氏と仲良く腕を組んでいるので、感情的になっているせいもあった。

 しばらく歩いて繁華街を抜けた。隼人と女性は小さな印刷屋の角を突然曲がり、小路に入っていた。詞も遅れずについていこうとしたが邪魔が入った。印刷屋の前に置いてあったガチャポンで、さっきのセクハラ小学生たちがたむろしていたのだ。

「あ、胸やわの姉ちゃんだ」

「またさわられにきたのかな」

 調子に乗った三人はさっそく詞に接触しようとした。

「殺すぞ、あんたら」

 だがしかし、コブシを振り上げ鬼のような形相をした女子高生に一喝されて、一目散に逃げ去った。

 詞がその小路に入ったときには、二人の姿がなかった。しかも両側に他の道へつながる個所はなく、つき当りは高い塀となっていて行き止まりだ。ただ左に一か所だけ、ある建物への出入口があった。 

「あ、ここは」

 その建築物を見上げて、詞は絶望してしまった。

「そ、そんな」

 女子高生はその場に崩れ落ちてしまいたい衝動をかろうじて抑えた。

扇情的な名称の看板が、まだ日が落ちていないというのに妖しく点灯している。人目をはばかるところに出入口がるのは、そこがラブホテルからだ。隼人とあの女性はこの中へと入っていったのだ。梅原の言ったことは正しかった。ひょっとしたらという思いがあったが、まさか隼人が浮気をしていたとは本心として考えようとはしていなかった。しかも大人の女性と情事を重ねているなど、想像するだけで吐きそうだった。彼の部屋でのあの夜の出来事は何だったのか。

 頭の中が空白で埋めつくされた。詞は元来は気の強い女子なので、ここで隼人たちが出てくるのを待って修羅場の真っただ中に身をゆだねることも考えられたが、さすがに、いまはそんな気力はなかった。落胆した詞の恋心は、地底の遥か下を彷徨っていた。確固たる視線を定められないまま、夢遊病者のように、その小路からふらふらと出てきた。さっきの小学生たちが懲りずに寄ってきて、詞の身体に触るフリをした。だが、彼女に抵抗する素振りはなかった。なんどかイタズラめいた行為をしようとしたが、相手が全く無反応なので面白くなかった。興をそがれた子供たちは去っていった。

 








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