絢辻詞 ~footage~   作:北海銀
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 進路指導室にて、十文字隼人は高橋教諭に胃壁が溶けるほどたっぷりと叱られた。停学などの罰にならなかったのは、麻耶担任が公にしなかったのと、妄想文書だけで身体的な実害がなかったからだ。隼人は、すっかりと憔悴しきった様子で教室へと戻った。

 当然のごとく、三年A組の空気は彼にとって極寒となっていた。女子のすべてを敵に回したのである。しかも強烈なヘンタイとして認識されてしまったのだ。純一や梅原などの男子たちが同情的だったのが救いだった。彼らも隼人と同じ思春期の男の子である。似たような妄想を誰もが持っていたからだ。

 隼人が超ド級のヘンタイであるとの噂は、その日の昼までには全校生徒に知れ渡っていた。隼人が廊下を歩くだけで、近くにいる女子は悲鳴をあげて逃げ出した。もともとの風貌がガサツでだらしないだけに、その忌避及び拒絶は徹底して為されるのだった。正義感にあふれる女子からは、バナナの皮やスライストマトなどを投げつけられたりして散々だった

 放課後、隼人は学校内をウロウロしていた。なぜ詞があのような行動をしたのか全くわからないので、彼女に訳を聞きたいと思っていた。しかし、衆目の前では話しかけることができないので授業が終わるまで待っていたのだ。なんとか二人きりになるチャンスをうかがうが、詞が意識的に避けているようなので、なかなかつかまらない。彼は、不審者の見本のごとく、キョロキョロと怪しい挙動で歩き回っていた。 

「キャッ」

「ヘンタイ」

 隼人と廊下ですれ違う女子が逃げ惑う。ヘンタイホームレスとの認識は、放課後までに全校生徒にもれなく共有されていた。彼は輝日東高校で最高レベルなバイオハザートなのだった。

 女子生徒を避けながら隼人は捜索を続けた。そして、ようやく生徒会室付近で詞を発見することができた。まわりに人がいないことを確認して背後から近づき、彼女の右手をつかんだ。

「詞、今朝はなんだよう。あのノートは口外しないって約束じゃないか。こっちは大変なめにあってるんだぞ」

 どんな言葉で言い訳するのか、隼人は待ち構えていた。返答次第では本気になって詰問しようと思っていたが、彼女の返事はシンプルだった。

「きゃあ、痴漢、痴漢。誰かたすけてー」

「ええーっ」

 その反応はまったく予想していなかったので、隼人は面食らっていた。どうしたらよいのかわからず、ただオロオロするだけだった。

 その悲鳴を聞いて、すぐに他の生徒が集まってきた。二人を取り囲んで、口々に叫んでいた。

「ヘンタイが絢辻さんを襲ってるう」

「だれか警察を呼んで」

「男子はいないの、男子は」

 女子生徒ばかりなので、隼人を取り押さえようとする動きはなかった。詞は両手で胸をガードするような姿勢で身をよじり、さも被害者のような仕草をしている。

「コラア、、十文字っ。きさまヘンタイ小説では飽き足らず、よりによって絢辻さんに手をだしたのかっ」

 そこに現われたのは、高嶋教諭であった。詞の貞操の危機であると判断した女子生徒の一人が、職員室へ急ぎ行って連れてきたのだ。なぜ高嶋教諭なのかは明白だ。数ある教師の中でも体格がよくコワモテであり、ガラの悪い男子生徒でも逆らえない。しかも、十文字隼人のヘンタイノートのことについても知っていた。麻耶担任は、武士の情けで黙っていたのだが、噂にフタをすることはできないのだ。

「い、いや、お、俺は何もしてないです。ただ、詞に話があっただけで」

 そこまで言ったところで、女子生徒たちから再び非難の嵐が巻き起こった。

「ヘンタイが絢辻さんのことを、名前で呼び捨てにしているう」

「逆恨みしているのよ。きっと絢辻さんを襲って監禁するきなんだわ」

「いやらしいことをするんだわ。きっと、絢辻さんはいやらしいことをされるのよう」

 こんな面白い現場に遭遇することは滅多ない女子たちは、隼人以上に好き勝手な妄想をふくらませて、あることないこと口走っていた。 

「ようし、十文字。言い訳はたっぷりきいてやるから、とにかく来い。指導室で、きっちりとカタをつけてやるからな」

 高嶋教諭の獣のような目が、サディスティックな目玉が爛々と燃えていた。なぜなら、絢辻詞は彼の最もお気に入りの女子生徒だからだ。

 後ろ襟首をつかまれた隼人は、涙目で連れ去られていった。女子たちは大喜びで歓声をあげて、高嶋教諭の男らしさを讃えた。

 詞は心配してくれた女子生徒たちに礼を言うと、努めて冷静なふりをして廊下を歩きだした。しばらく校舎の中をあてもなく歩き続け、我にもどってようやく帰宅する気になった。彼女の心中に渦巻いている、たとえようもない複雑な感情を誰も知らないし、彼女自身も理解できていなかった。

 



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