絢辻詞 ~footage~   作:北海銀
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 隼人が詞に近づけない日々が一週間ほど続いた。すぐ目の前にいるのだが、全校生徒に警戒されているので、まったく近づけないでいる。ケイタイにかけても着信を拒否されているので、打つ手がなかった。

 詞は、あのノートを朗読したことなどなかったかのように、淡々としていた。女子たちが時おりその話題をするのだが、彼女は少しばかり微笑んでなにも応えなかった。きっと心に傷を負っているので、あのノートのことについては話したくないのだろうと誰もが思っていた。そして、ノートを手に入れた経緯を疑問に思う者もいなかった。

 放課後、詞は繁華街を一人で歩いていた。夕焼けがいやに映える天気の良い日だった。突然、誰かに腕をつかまれて、そのまま細い路地に連れ込まれてしまった。すぐさま悲鳴をあげようとしたが、口元を手で押さえられてしまったので声が出せないでいた。それでも激しく抵抗しようとしたが、相手の男を見て動きを止めた。

「俺だよ、詞。とにかく静かにしてくれよ」

 隼人だった。学校で話しができないので、ここまで彼女のあとをつけてきたのだ。

「ちょっとなにするのよ。これじゃ犯罪者じゃないの」

 詞は、顔中を口にして怒っていた。

「こうでもしないと、俺と話をしてくれないじゃないかよ」

 それは事実である。二人は長いこと口をきいていない。その直接の原因が詞の一方的な暴露であることは本人が重々承知しているので、少しおとなしくなった。

「隼人と話すことなんて、なにもない」

 彼女はプイとあさっての方を向いて、その不機嫌さをアピールした。

「いったいどうしたんだよ。いきなりあのノートをみんなの前で読んだりしてさ。それまでいい感じだったじゃないか。なんであんなヒドいことしたんだよ」

「ひどいことしたのは隼人の方じゃないの」

「俺がなにかしたのかよ。なにいってるのかわからないよ」

 隼人には思い当たるフシが本当になかった。

「したじゃないの」

「何を」

「なにをって、このエロヘンタイ。浮気もの」

 浮気という言葉にピンときた。詞は自分が他の女子と浮気をしていると思っているのだ。ようやく合点がいった隼人だが、身に覚えがないことなので、当然のように否定する。

「俺がいつ浮気をしたよ。いまでこそ女子は俺を避けてるけど、その前だって俺に声をかけてくれる女子なんて、詞の他は棚町ぐらいだぞ」

 詞は腕を組んで斜にかまえながら、疑いの目線で見ていた。ノートに薫のことを書いていたので、詞は薫との浮気を疑っていると隼人は思った。

「おいおい、俺は棚町とはなにもないよ。むしろあいつは純一が好きなんだろうさ」

「棚町さんが隼人を好きになるわけないじゃないの。どこまで自信過剰なの。バカなの」

 詞の叱咤はきびしかった。

「だったら、なんだよう。ホントにわけわからないんだ。説明してくれよ」

 隼人は困り果てた顔をしていた。詞は、この男はどこまでトボけるつもりなのかとイライラしてきた。

「ホテルに行ったでしょう」 

「はあ?」

 隼人の間の抜けた返答が、さらに癪にさわるのだった。

「だから、きれいな大人の女の人とラブホテルに行ったじゃないの」

 核心を突いてやったと、詞は確信していた。心のつっかえがなくなるのと同時に、この次にやってくるであろう悲嘆の展開に胸が張り裂けそうだった。

「え?」

 だが隼人の表情は相変わらずだった。修羅場は先延ばしとなった。

「私、見たんだから。隼人とちょっと派手っぽい女の人が、この先にあるラブホテルに腕を組みながら入っていったじゃないの」

 数秒後、隼人は遠い昔の出来事を思い出したかのように、ああと小さく何度もうなずいた。   

 そこまで言いきった詞の目は、うるんでいた。もう一言二言口にすると、たぶん泣きだしてしまうであろう。

「わかったよ。全部わかった。だから、とりあえず俺と一緒にきてくれ」

 隼人は、いまにも泣き出しそうな女子高生の手をつかんだ。

「なにするのよっ。触らないで」

 詞はその手を払いのけようとしたが、彼はガッチリつかんで離さない。彼女の大きな瞳からは、すでに数滴の涙がこぼれ落ちていた。

「もう、離して」オロオロ声で、ようやく抵抗するのだった。

「ごめん、離さない。イヤだろうけど、今日は付き合ってもらう」

 隼人はそう宣言して、彼女の手を引いて歩きだした。

 辛抱たまらず泣き出してしまった詞は、心のほとんどの領域が機能停止に陥っていた。ここ数日、憎み続けていた男に掴まれているのに抵抗する気にもなれなかった。隼人に手を引かれるまま、ただ呆然と繁華街を歩いていくのだった。

 








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