絢辻詞 ~footage~   作:北海銀
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 化学室の前まで来たところで、詞の歩みは突然止まった。

 騒がしかったのだ。化学室の中から話し声が漏れ出している。しかも、数人の音量があり、そのほとんどが女の声だった。

 隼人はもう帰ってしまって、他の女子生徒がおしゃべりをしているのかな。詞はそう思って化学室の入り口に立った。

 教室にいたのは数名の二年生だった。一人を除いて全員が女子で、その中にあのお弁当女子がいた。

 彼女たちは椅子に座っておしゃべりをしていた。詞にとって衝撃的だったのは、その輪の中に隼人がいて、彼のとなりにお弁当女子が座り、体をくっ付かんばかりに寄せていた。

 詞はほぼ反射的に動き、彼女たちの前に立っていた。

「ええっと、二年生がどうしてここにいるのかな」

「どうしてって、二年生が化学室にいたら悪いんですか」

 お弁当女子がすかさず切り返した。

「ここの掃除は三年生がやっているの。知らなかった?」

「十文字先輩が一人でやっていたから、みんなでお手伝いしたんですよ。それがなにか」

 彼女は、あきらかに隼人目当てでやってきたようだ。取り巻きの女子も同じだろう。

「あらためて十文字先輩にお礼が言いたかったんですう。高橋先生にきいたら、化学室にいるっていうんで、みんなと一緒にきちゃいました」

 悪びれる様子もなく言った。詞の瞳は灰色に曇り始めた。 

「そういえば、十文字君。お弁当箱返しておいたから。そこの二年生に」

 冷えた瞳で見つめられていることに気づいた隼人は、この状況が詞にとって愉快でないことを知った。

「そ、そうなんだ。ありがとう」

「十文字先輩、わたしの手作りお弁当とっても美味しかったって言ってくれたんですよ」

 詞に対する、あきらかなあてつけだった。

「そう、それは意外ね。でも十文字君はとんでもないドヘンタイさんだから、免疫のない女子はあんまり近づかないほうがいいんじゃないのかな」

 もちろん、十文字の過去の悪評は二年生の間でも知れ渡っていた。

「わたし、そういうの、あんまり気にしませんから。それに噂は尾ひれがついているものだし、そもそも噂をいいふらした人の方が問題あるんですよ」

 二人は対立しているように見えた。しかもお弁当女子は、詞と隼人の仲をうすうす気づいている様子だ。

「あ、俺帰らなきゃ。バイトに遅れちゃうよ」

 不穏な空気にいたたまれず、隼人はテキトーな理由をつけてその場を去ろうとした。

「えー、もう帰っちゃうのですか。ざんね~ん」

 焦げた制服を着た男子が逃げるように化学室を出ていく。その後ろ姿を、腐敗しきった魚のような目で見つめる詞であった。

 

 その日の夜のケイタイでのやり取りは、おおよそ次のように熾烈なものとなった。

「ちょっとお、今日はどういうことなのよ。あの二年生はいったいなんなの」

「知らないよ。俺からあの子にどうこうしたわけじゃないからさあ」

「お弁当食べたじゃないの」

「断れないだろう、あの状況で」

「断りなさいよ。投げつけてやればよかったのよ」

「いや、そんなことできるわけないだろう。てか、詞も食べろって言ったじゃないか」

「化学室で年下の女の子に囲まれて、さぞや楽しかったことでしょうよ」

「だから、俺から呼びつけたわけじゃないよ。掃除してたら、いつの間にかいたんだって」

「だいたい、隼人をカッコよくしたのは私なんだからね」

「それはわかってるよ」

「お弁当はどうだったの。やっぱり美味しくなかったでしょう」

「いや、結構美味かったよ。とくに卵焼きなんかは甘くて」

「どうせ、私のつくるものより美味しいんでしょうよ」

「なに言ってんだよ、詞のほうが美味いにきまってるじゃないか」

「じゃあ、あの子にそう言ってよ」

「言えるわけないだろう。俺と詞が付き合ってるの、バレちゃうじゃないかよ」

「もう食べないでしょうね」

「なにがだよ」

「あの子、絶対に次もお弁当を作ってるから」

「だったら詞が作ってくれよ」

「なに調子にのってるの、隼人のくせしてバカなの」

「いやいや」

「隼人がお弁当をもっていったら、誰かが作ったことになるじゃないの。絶対にクラスで話題になるから」

「母ちゃんだって言うよ」

「そんなウソ、すぐにわかっちゃう」

「わかった、わかったよ。今後、あの子がお弁当をもってきても、しっかりと断るよ。俺はパン教徒だからパンしか食わないって言うよ」

「バカね。そうしたらパンをもってくるじゃないの」

「ならどうしたらいいんだよ」

「私が作ってあげる」

「いま、調子にのるなって言わなかったか」

「大丈夫、まかせて。いかにも隼人が食べそうな残飯ちっくなものを作ってきてあげるわ」

「おいおい、俺は野良犬かよ」

 



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