絢辻詞 ~footage~   作:北海銀
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「は~あ、面倒臭いことになっちゃったよ」

 化学準備室の机にふせって、隼人はうなだれている。教師たちとの共演に、いや、高嶋教諭との付き合いにうんざりなのだ。

「でもしょうがないかも。高嶋先生に睨まれるとたいへんらしいから」

 詞も同情していた。紅茶をいれて、隼人と來未にマグカップを差しだす。

「輝日東の音楽祭って、なによ。どうせ幼稚園みたいに、みんなで手を繋いで歌でもするんでしょう。クソくだらないわ」

 來未は一年生であるから、今回が初めての音楽祭となる。当然、その内容については無知だった。

「そんなことないよ。創設祭より楽しみにしている生徒もいるし。去年なんか、歌バトルですごく盛り上がったし」

「そうそう、あれは面白かったなあ」

「え、なによ、そのバトルって」

「カラオケで歌の勝ち抜き戦だよ。体育館のステージでやるんだけど、これがまた盛りあがるんだ」

「うんうん」

 その楽しい光景を思い出したのか、笑顔でうなずく詞であった。

「そんな面白そうなことやんのかよ。あたしも歌いてえ。一年でもいいんだろう」

 輝日東高校音楽祭名物・歌バトルは、生徒であれ教師であれ、関係者なら誰でも参加できる。それでは誰もがマイクを握ってしまい収集つかなくなりそうだが、毎年出場する人数は、だいたい決まっていた。なにせ、ほぼ全校生徒の前で歌の勝負をするのだ。ステージに立つには、人一倍の歌唱力と度胸が必要となる。ちなみに昨年は教師が一人、生徒が七名であった。

「なあ、どうすりゃいいんだよ」

 來未は俄然やる気だ。勝気で目立ちがり屋なこの娘が、こんな絶好の機会を見逃すはずがない。

「生徒会に登録すればいいのよ」

「生徒会って、どこだ」

「おいおい來未、やめとけよ。おまえはただでさえ目立ってるんだから、あんまりやると女子たちから反感買うぞ」

「馬鹿アニキのヘンタイのせいで、とっくに喰らってらあ」

 それを言われては沈黙するしかなかった。隼人だけではなく、詞もうつむいた。

「よし、じゃあ絢辻を連れていくからな」

 來未は立ち上がり、詞の腕を引っぱった。

「え、なんで私が」

「生徒会の場所がわかんねえし、絢辻はそういう手続きが得意だろう」

「おい來未、詞を呼び捨てにするな。おまえ、一年のくせして何様のつもりなんだ」

「絢辻せんぱ~いに、一緒についてきてもらいたいんですう。あたしだけでは不安なので」

「こーのー」

 自分の彼女をぞんざいに扱う妹を鼻血が出るほど殴ってやろうと、隼人は本気で思っていた。

「うん、私はいいよ。來未ちゃんが歌バトルに出たいっていうのなら手伝うよ」

 詞は怒ることなく承諾した。ヘンタイ騒動の件を申し訳なく思っていたので、來未の役にたちたかった。だから、歌バトルに出場するなら応援してやるつもりなのだ。

振り上げたこぶしを、隼人はホっとしたようにおさめた。

「決まりだね。じゃあとっとと行くよ」

「あ、ちょっと」

 來未が詞を強引に引っぱって、準備室を出て行った。

 

 二人が生徒会室へとやってきた。詞がやや遠慮気味に入室し、その後を來未が偉そうな態度で続いた。

「今日はどうしたんですか、絢辻さん」

 部屋には、役員である二年生の女子が一人でいた。 

「ええーっと、音楽祭の歌バトルの応募にきたの」

「へえ、そうなんですか」

 役員は、少し驚いた顔をしていた。引き出しから用紙を一枚取り出して、それを詞の前に差し出した。 

「では、ここにクラスと名前を書いてください」

 來未がその用紙をひったくると、殴りつけるように書き始めた。その様子を二年生は呆然と見つめ、詞は愛想笑いをしていた。

「これでいいんだろう」

 投げつけるように渡すと、來未はなぜか勝ち誇ったように腕組をした。

「はい、しっかりと受け付けましたよ」

 役員は申込用紙をしばし見つめると、詞に向かって意味ありげに微笑んだ。

「絢辻さん、今年の一番乗りですよ」

 じつは音楽祭の歌バトルに関しては、まだ公式な受付が始まっていなかった。そのことを告げられた詞は、申し訳なさそうに謝った。  

「ごめんなさい。なんだかフライングスタートだったみたいで」

「生徒会としては、人数が集まらないよりはずっといいです。それに、わたし個人としても大歓迎ですから。ぜひ頑張ってください」

 役員は詞の手を両手で握った。いかにも期待しているといった眼差しだった。

「いや、頑張るのは來未ちゃんだから」

 詞は後ろにいる一年生が頑張るからというが、とうの本人はあさっての方向を見ていた。

 廊下が騒がしくなり、生徒会の生徒たちが部屋の中へと入ってきた。

「それでは私たちはこれで」

 詞と來未は生徒会室を出た。

「じゃあね、絢辻」

 廊下に出るなり、二学年下の美少女は先輩を呼び捨てにして去ってしまった。その無礼な態度が彼女の持ち味なのだと、詞は努めて気にしないようにするのだった。

 






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