絢辻詞 ~footage~   作:北海銀
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 翌朝の三年A組、やや遅れ気味に登校してきた詞が自分の席についた途端に薫が駆け寄ってきた。

「聞いたぞ、絢辻。歌バトルするんだってな」

 詞はなんのことかわからず、?とした表情をして薫を見上げていた。

「そうそう。絢辻さんって意外と度胸があるんだ」

 他の女子もやってきた。絢辻さんすごいと、しきりに賞賛するのだ。 

「いやあ、人は見かけによらないっていうか、さすがは我がクラスの学級委員。ハートがデカいよ」

 いつの間にか、詞の周囲に人が集まってきた。男子も女子も、感心したように詞を褒め称える。

「ええっと、いったい何のこと」

「おおっと、当人はすずしい顔して、おとぼけかあ。そんなの当然だってか」

 梅原がリングアナウンサーのごとく、大げさなアクションをつけて実況する。だがそこまで言われても、詞には事態がつかめなかった

「つか、、、と、と、ええ、絢辻さん。歌バトルに出ることになってるね。掲示板に名前がが貼り出されているよ」

 隼人だった。つい今しがた知った驚愕の事実を詞に伝えたかったのだ。

「え、えーっ」

 歌バトルの出場希望者は、生徒会の掲示板に名前が貼りだされることになるのだ。

「いちおう、生徒会に確認したほうがいいんじゃないのかな」

 隼人は、詞が歌バトルに出場したいなどとは思っていない、と確信していた。きっと何かの間違いであり、もしそうであるのなら、クラスの皆が期待しすぎないうちに訂正しておいた方がいいと、じつに的確な状況判断をしていた。

 詞はすぐに教室をとび出した。走って生徒会室の前までやってきて掲示板をみた。たしかに自分の名前が歌バトルの出場者として記されていた。それは応募があった順に書き足されてゆくのである。

「なんで、どうして」と呆然とするしかなかった。

「だって、あたしが書いたんだもの。あのときの応募用紙に絢辻の名前をね」

 偶然なのか、はたまた詞がやってくることを見越してわざわざ待っていたのか不明であるが、來未が来ていた。詞は、信じられないという表情だった。

「どうして私の名前を書いたの。だって、來未ちゃんが自分で出たいっていったんじゃない」 

「あたしが出ると、なにかと目立って反感買うじゃないのさ」

 もちろん自分が美少女だから、という自信に満ちた意味合いである。

「だからって、私は関係ないでしょう」

「関係ないわけねえじゃん」

 やさぐれた言葉が返ってきた。いきなりの逆ギレである。一瞬、詞はひるんでしまった。

「あんたがアニキの恥ずかしいことをバラしたおかげで、あたしはけっこうキツい目にあったんだよ。今度は絢辻の番だ。文句あっか」

 來未は、絢辻を困らせようとして仕組んだのだ。

「ああ、でも絢辻には無理か。エロ仕掛けでアニキをたぶらかせても、人前で歌を披露するなんてことはできないよね。まじめな学級委員さんには無理か。なにせまじめにエッチなことするんだから」

 そのイヤミったらしい言い方から、兄を寝取られたことへの、妹なりの微妙な嫉妬心が垣間みてとれた。

「まじめまじめ、うるさい。ちょっとう、私をあまり甘く見ないほうがいい。これでもやるときは、やるんだから」

 自分の中の怒り玉が爆発しないように、詞は声を押し殺していた。

「ふん、じゃあ行動で示せよ。全校生徒の前で歌えば、その度胸を認めてやるよ」

 一年生の美少女と三年生の美少女が、朝っぱらから火花を散らしていた。

「歌ってやるわよっ」

 大きな声で詞が叫んだ。いや、怒鳴ったいうほうが適切だ。たまたま通りかかった気弱そうな一年生男子が、驚いて五十センチほど跳び上がってしまった。

「楽しみにしてるから、絢辻先輩」來未は憎々し気に笑みを浮かべて去っていった。 

 プリプリしながら、詞は三年A組へと戻ってきた。

「絢辻、さっきのあれって間違いだったの」

 さっそくやってきたのは薫だ。ややがっかりといった様子だった。間違いを訂正してきたと思っている隼人がウンウンと頷いていた。

「もちろん歌うよ。勝って優勝するから」

 そう言って、詞はガッツポーズをした。すでに心の中は臨戦態勢となっていた。

「ええーっ」と驚いたのは隼人だけだった。

「やっぱりやるんだあ」

 隣りの席の女子が、そのクソ度胸がうらやましいといった目で見ていた。

「お~いみんな、聞いてくれ。今年の歌バトルに絢辻が出るってよ」

 瞬時に歓声が上がった。一年、二年と、このクラスからは出場者がいなかった。個人戦ではあるが、クラスの応援は欠かせない。そうなるとクラスの対抗戦という要素が強くなり、否が応でも盛り上がるのだ。

「なあなあ、今日の放課後みんなでカラオケにいこうぜ。絢辻の練習ということでさあ」

「おう、いくいく」

「わたしもわたしも」

 カラオケの勧誘には、それなりの人数が集まった。もちろん、主役の詞には断ることが許されていない。

「十文字も来いよ」男子の誰かが言った。

 詞はチラリと隼人を見た。彼は、軽く絶望の様相を呈していた。

「俺、放課後は高嶋先生に捕まっている。音楽祭が終わるまで」

「そういえばおまえ、先生たちとなんか演奏するんだって。太鼓だっけ」

 隼人は、高嶋教諭らのバンドとともに、吹奏楽部のドラムを借りての練習となっていた。彼氏のくせに、詞応援のカラオケには行きたくても行けないのた。涙をのんでお断りするしかなかった。

 

 放課後、繁華街のカラオケ店にA組の有志が集まった。何事もそつなくこなす優等生、絢辻詞が自ら志願したのである。その歌の腕前は、きっとプロも顔負けなのだろう、との期待と合意があった。  

「じゃあさあ、まずは絢辻からだね」

 詞はカラオケ店にはあまりきたことがないし、とくに歌うことが好きだということもなかった。いきなりマイクを渡されて少し戸惑ったが、自分のためにわざわざ集まってくれたのだと気持ちに気合を入れて歌うことにした。 

「ええっと、じゃあこれで」

「お、さすがはいい曲を選ぶねえ」 

 詞が歌うのは有名女性ボーカルの曲だ。カラオケでは人気があり、だれもが知っている定番曲であった。

 さっそく伴奏が始まった。詞はやや緊張気味に立ち上がる。

「おい、おまえら静かにしろよ。絢辻が歌うんだから」

 ざわついていた群衆の雑音が瞬時にフェードアウトしていく。皆の視線と聴覚器官が、期待に胸を躍らせていた。

 詞は歌った。メロディーを頭の中でトレースしながら、歌詞を間違えることなく完璧に成し遂げた。とにかく、我ながらよく歌いきったと少々照れながらも胸を張った。

「・・・」

「ああ」

「うう~ん」

 だが下手だった。絢辻詞は、歌ヘタな学級委員であったのだ。

「マジか、ガッカリ過ぎて暗黒面におちそうだ」

「これじゃあ、バトルに勝てそうもないな」

「てか、クラスの恥になりそう」

 彼らに悪気はない。なぜなら詞に聞こえないようにと、小声で話していたから。しかしながら狭いカラオケボックスの中だ。本音はいい具合に反響し、しっかりと本人の耳まで届いていた。自分の歌のマズさにいまさらながらに気づいた詞は、ピクピクと頬を引きつらせていた。

 極度の音痴までとはいかないまでも、音程はそこそこズレているし声量もか細かった。そして、彼女の歌い方はほぼ棒読みであり朗読に近かった。葬式の坊主の方がよほどリズム感があるぞと、誰もが心の中で叫んでいた。

 詞は自分の歌唱力を客観的に判断できる場に巡り合わなかったし、そういう人物と一緒にカラオケをしたことがなかった。    

「ははは、あのう、次のかたどうぞ」

 いたたまれない気持ちの詞は、一刻も早くマイクを誰かに奪ってほしかった。。

 ここまで盛り下がった場の雰囲気を持ち上げるのは、ガテン系のオヤジでも難しいところだ。みんな下を向いてしまい歌おうとはしない。その重苦しい空気を正論で突き破ったのは薫だった。ただし、悪い意味でだ。

「絢辻、正直に言おう。申し訳ないが、歌バトル以前のレベルだ」

「え、そ、そうかなあ」

 歌ヘタな学級委員にも、いちおうプライドはある。あからさまに評価を下げられて、ハイそうですかと認めるわけにはいかない。

「うん、ホント」

「これ、歌バトルにでたら三年A組の名誉にかかわるよな」

「ほかのクラスからバカにされそう」

「やめといたほうがいいんじゃない」

「もはや公害レベル」

 誰もフォローしようとはしなかった。涙がちょちょ切れている詞は、隼人に慰めてもらっている自分を心の中で必死に描くのだった。

「じゃあ、わたし歌おうかな」

 シラケきった場に、意外な伏兵がマイクを握る。森口裕子であった。いまの彼女をつき動かしているのは、カラオケ料金分は楽しんでいこうとの合理的判断だ。将来、手強い主婦となるであろう。彼女は、重苦しい場の空気に臆することなく歌い始めた。

 詞とはまったく対照的に、裕子の歌はうまかった。普段はあまり自己主張するタイプではないので、その抜群の歌唱力がより大きなインパクトとなっていた。

「すげえ、うまいじゃん」

「うんうん、前から思っていたけど、やっぱ裕子の歌っていいわ」

「絢辻さんの代わりに出ればいいじゃん」

「そうだそうだ」

 詞の株が下がるのと反比例するように裕子の株が上がっていた。次の曲も裕子が歌えとやんやの歓声である。一人蚊帳の外に置かれた学級委員は、涙目を通りこして、すでに泣き出していた。

「いや、あのう、今日は絢辻さんの壮行会だから」

 あくまでも主役は絢辻であると裕子は気づかうが、サンドバック状態の詞には、それは逆効果なだけだった。

「私、やめます。もうやめるう、人間やめるう」

 屈辱的な状況に堪えきれず、びえ~んと幼児みたいに泣きながら、詞はその場から逃げようとした。

「いや、大丈夫だ」

 だが、ドアの前に立ちはだかった薫が彼女を制した。腕を組んで仁王立ちしている様子から、なにか企んでいるようだ。

「いま突然、あたしに妙案が浮かんだんだよ。ナイスなアイディアの神様が降臨してきたんだ」

 そういって涙を流す学級委員の肩をポンポンと叩いた。敵中で味方を得たように感じた詞は、希望の灯を見たかのような顔をしていた。

「だけど実際どうするんだよ、薫。こう言ったら絢辻さんには悪いけど、下手すぎてバトルはちょっと無理っぽいぞ」

 きつい言葉だった。梅原のこういうところが女子に軽んじられている理由だ。

「絢辻がふつうに歌ったら、負けるどころかA組の汚点として、輝日東の歴史に名を残すことになるだろうからな」

 一度引っこんだ涙がまたあふれ出てきた。詞の人生で、今日という日ほど涙が出ることはそうそうないだろう。

「だったらダメじゃんか」

「だからさあ、ふつうに歌わなければいいんだよ」

「はあ、意味わかんねえよ」

「絢辻、この棚町薫にまかせてくれるか。わたしの作戦通りにやれば優勝はかたいし、A組のレジェンドとして、いんや、輝日東のアイドルとして輝くこと間違いなしだ。あの森島はるかよりも伝説になるから」

 森島はるかよりも、という表現がなくても詞は薫に従っただろう。これだけ内面を傷めつけられたら、誰でもいいから手を差し伸べてくれる者にすがるしかないのだ。

 それからというもの、放課後になると詞は歌バトルの練習をするのだった。どんな特訓なのか皆が知りたがったが、それはサプライズだからといって薫は秘密を貫いた。唯一例外は森口裕子で、なぜなら彼女も詞の特訓に加わっているからだ。女子三人組がA組を頂点に導くために、日々鍛錬をするのだった。

 








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