絢辻詞 ~footage~   作:北海銀
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 輝日東高校の体育館。土曜日は休日だったが、いつもより賑わっていた。音楽祭が再来週末に開催となるので、土日はここで予行演奏となる。軽音部や吹奏楽部、他のバンドも集まっていた。本番前の演奏が聴きたくて、わざわざ登校している生徒が数多くいた。

 ドラムセットはステージ下、右側に配置されていた。吹奏楽部の演奏があったりするので、手狭なステージ上にはおけないのだ。ドラムは、各ドラマーごとに微妙な調整や追加がある。用意されたドラムの下見をしようとする隼人であったが、そこにはすでに先客がいた。   

「ええっと、十文字君だっけ」

 ドラムのスタンバイを終えて振り向きざまに話しかけてきたのは、三年D組の夕月佳苗である。

「ああっと、夕月さんだっけ」

 天才女子高生ドラマーとして、夕月佳苗は有名人だ。その腕前は高校生のレベルを遥かに超えている。動画投稿サイトで人気に火がつき、いくつかのテレビ番組にも出演した。しかも詞や來未までとはいかないがそこそこの可愛さであり、だからこそ注目されているのだ。

 彼女の存在を十文字は知っていた。校内では何度もすれ違っているし、彼女が演奏している動画を梅原が見せくれたこともあった。その演奏レベルも把握している。ただし、今まで話したことはなかった。

「高嶋先生たちとやるんでしょう」

「そうなんだよ。ことわれなくてさあ」

「実はわたしも誘われたんだ。だけど友達と組んでいるから断っちゃった。古い曲って好きじゃないし。あぶねーあぶねーってね」

「高嶋先生、俺の前に声をかけたって言ってたけど、夕月さんだったのか。うう~ん、納得だな」

「でも意外だね、十文字君がドラムをやってるなんて」

「あはは、ヘンタイ男が叩くのはドラムじゃないってね」

 隼人は自嘲気味に言う。

「そんなことないよ。十文字君が叩くのだったら、たとえ下手でも楽しみにしている女子がいるんじゃないかな」

 夕月は自分のドラムに絶大なる自信を持っている。なので、ほかの高校生が自分より上手いわけはないとの前提で話しをするのだ。屈辱的な言い方だったが、隼人はとくに気にする様子もなく笑って受け流すのだった。彼女に悪気がないのがわかっていたからだ。

「わたしたちが最初だから」

 夕月が組んでいるバンドが、本日初めの演奏となる。

「そうなんだ。俺たちはその次かな。先生たちもまだ来てないし」

 隼人は離れようとした。

「ねえ十文字君、ここにいてくれない」

「え、だって邪魔だろう」

「後ろに立って見ててほしいの。そしてね、どこか悪い所があったらあとで指摘して」

 自信過剰な夕月は隼人に腕前を見せつけたい思っていた。悪いところうんぬんは彼にいてもらうための方便である。また十文字のドラムを素人レベルだと決めつけていたので、かりにあれこれと指摘したら、かなり不機嫌になるはずだ。狙いは別にあるのだ。

「ちょっと、張りきっちゃうかな」

 いまや隼人は、輝日東高校の全女子が認めるイイ男ナンバーワンである。夕月の好みにもぴったりであり、ドラムという共通の趣味もある。ここで圧倒的な腕前を見せて彼の気を引こうとしていた。

 嫉妬するか、降参するか、どちらかだろうと考えた。夕月のドラムに嫉妬するなら、彼のプライドをくすぐりながらしぶとく接近するし、降参するなら、上から目線で付き合ってみるのもいいかなと思っていた。もちろん、隼人に絢辻詞という女房がいるのを知るはずもない。

 バンドのメンバーがやってきて、それぞれの楽器を準備する。ボーカルは夕月と同じクラスの女子だ。

 いきなり演奏が始まった。夕月のドラムは早く手数が多かった。楽曲のオリジナルバンドのドラムよりも躍動感が強く感じられた。さすがテレビ番組に出演を果たしただけのことはあった。

 いつの間にか生徒が集まっている。夕月が叩くことを知っていたのだ。女子高生ドラマーは手も足も自在に動き、よどみなく叩き続けた。 

 数曲やって夕月たちの演奏が終わった。彼女以外のメンバーの演奏は充分に高校生レベルだったが、ドラムが上手かったのでそこそこ聴ける演奏となった。満足した観衆から拍手が送られた。

「ふう、なんか疲れちゃった」

 夕月は満足げに後ろを振り返った。隼人がニッコリ笑顔で出迎えた。さあこれからどんなリアクションがあるのだろうと期待した。だが隼人の対応は、彼女の予想とは違っていた。 

「ボカロの曲もあったね。あれ、俺も叩きたかったんだ」

 とくに嫉妬しているわけでも、ひれ伏すわけでもなかった。ただ、素っ気なく淡々としていた。

 どうしてそんなに無反応なのだと、夕月は焦った。自慢のテクニックを無視されたようで、どうにも釈然としなかった。ドラムをやっている者だったら、かならず食いついてくるだろうと確信していたからだ。 

 夕月はドラムに関する専門的なことを話題にした。隼人は、ああ、ううん、と興味なさそうに答えた。そのつれない態度を見て、はたと思った。

 十文字はまったくの素人なのではないか。基本的なリズムもとれないような初心者なので、天才女子高生夕月早苗の演奏を理解できないのだ、と結論づけた。 

「次は十文字君の番ね」

「そうだね」

 隼人は自分用にドラムの調整を始めた。後ろで夕月が話しかけるが、振り返ることなく返答していた。

 そこに、隼人と組むバンドの教師たちがやってきた。すでに何度も練習しているので、いきなりの演奏となっても問題はなかった。 

「十文字、今日は高嶋先生が来ないから、一曲だけだ」

「え、なんで」

「家の事情だそうだ」

「じゃあストックホルムだけですか」

「そうだ。じゃあ始めるか」

 教師たちも準備を始めた。隼人がドラムの椅子に座ると、夕月たちのバンドの観衆がそっくりそのまま残っていた。十文字隼人のドラマー姿は、背筋がきっちりと伸びて見ばえがした。ちなみにボーカルは、外国語指導助手として輝日東高校で英語を教えているジョニーが担当する。

「ちょ、ジョニーがボーカルだったの」

「二曲目は高嶋先生だけどね」

「それで、いまやるのはなんて曲なの」

「MUSEのストックホルムシンドローム。知ってる?」

「知らない。ロックなの」

「そう」

 ギターが吠えはじめ、続いて隼人のドラムが打ち鳴らされた。前奏がややしばらく続き、ネイティブな英語でジョニーが歌い始めた。

 隼人のドラムは存分に早く、充分に手数が多く、彼らしい力強さがあった。しかもグルーブ感に満ち溢れていて、ドラマーの踊るような鼓動が観客に伝わっていくのだ。ドラム以外の演奏もさすがに大人だけあって上手かった。高校生バンドにありがちの、シロウト的な気だるさがなくて、楽曲が耳の奥へとスムーズに入ってくるのだ。

 テクニックうんぬんよりも、妙味で確実に負けていると夕月は痛感した。彼女がいくらテクニックを駆使して叩いても、この血が沸騰するようなグルーブを観客たちに味合わすことはできない。それなりに反応はするが、ここまでやれるかどうか自信がなかった。

 プロの演奏を聴いたときの衝撃を思い出していた。自分と同等以上のドラマーに出会い、天才といわれた女子高生ドラマーは驚愕し、嫉妬し、羨望し、最後には魅了されていた。きちんと背中を伸ばして叩き続ける隼人の首に触れてしまい衝動を、夕月はなんとか抑えるのだった。

 



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