絢辻詞 ~footage~   作:北海銀
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 三人は輝日東高校の体育館へとやってきた。隼人の演奏はすでに終わっていて、夕月と一緒にすみっこのほうに座ってジュースを飲んでいた。

「よっ、十文字」

「十文字君、おはよう」

「あれえ、棚町と森口さんじゃないの。どうしたの」

 隼人は彼女たちの後ろにいる詞の存在を見て、ああ詞も来ているのだなとのん気に考えて、その数秒後、自分が夕月と二人っきりでいることに気がついて、尻に画鋲が刺さったかのごとく跳ね起きた。

「いやね、絢辻がどうしても来たいって言うからさあ」

 詞は夕月を見もしなかった。これは絶対に勘違いされていると、隼人は鉛のように重たい唾を呑みこんだ。

「ははは、ええーっと、なんかあったかな。俺のことで生徒会に言われたとか」

「べつに」

 やっぱり怒っていると、隼人は思った。詞が重大な勘違いをしていることを証明しなければならないのだが、気の利いた言葉が浮かばない。下手に言い訳すると、かえって怪しまれてしまう。

「なんかさあ、十文字がドラムでラブラブだっていうからさあ。ところで、もうどこまで叩いたんだよ。かなりいい線までいったのか」

 薫はゲスな視線で十文字を見つめ、アゴを夕月に向かってしゃくって言った。火にガソリンを注ぎにかかる。

「な、なにをいってるんだよ。意味わかんねえよ」

「あ~や~つ~じ、クラスメートが校内で不純異性行為をしてるぞ。学級委員としては見過ごせないよなあ」

「ちょっと、それやり過ぎだって」

 さすがに悪のりであった。裕子が止めにかかる。薫も少しばかり言いすぎたと自覚して、テヘヘと笑って誤魔化した。

「ひょっとして絢辻さんじゃないですか」

 夕月が不機嫌な表情で立ち上がり、その場の雰囲気が灰色になりかけた時に、誰かが詞に声をかけてきた。

「ええーっと、誰?」

 男子だった。制服を着ていたので彼が二年生だとわかるが、詞はもとより、薫も裕子も隼人も彼を知らなかった。

「今日は生徒会の用事ですか」

「せいとかい、ではないけれど、ただ何となくブラつこうかなあって」

「じゃあ暇ですよね」

「ヒマといえば、ひまかなあ」

 突然のことで、詞はいったいなにが起きているのだと戸惑った。周りも呆気にとられている。

「これからボーリングに行きませしょうよ。オレ、タダ券持ってるんですよ」

「え、ええー」

 デートのお誘いだった。

「おいおい、こんなところでナンパかよ。しっかも二年じゃないか」

 薫が咎めるように言うのだが、二年生男子は意に介すことはなかった。

「オレ、前々から絢辻さんを誘おうかなって思ってたんですよ。ね、いいでしょう」

 彼はいささか強引だった。他の三年生がいる前で詞の手首をつかみ、連れていこうとするのだ。

「ちょ、ちょっと待ってくれない」

 当然、詞はイヤイヤをする。だが二年生男子の力が強く引っぱられる格好になってした。

「やめろっ」

 その手を振るほどいたのは隼人だった。二人の間に割って入って、二年生男子を睨みつける。 

「はあ?、なんすか先輩。邪魔なんですけど」

「イヤだって言ってんだろうが。シバかれてえのか」

 隼人の吐きだした言葉は怒号に近かった。ちょっとチンピラっぽくて、そんな彼を初めて見た詞は、その意外性に驚いてしまい声をだせないでいた。

「はあ、たしかあんたヘンタイでしたよねえ。輝日東の変態王子で有名な人ですよねえ。なんすかそれ、ヘンタイのくせしてカッコイイつもりっすか」

 二年生男子の言葉使いも下劣になっていた。本性がでたのだ。挑発的な目線で隼人を睨みつけている。

 突如、蹴りがとんだ。それは二年生男子の右太ももにヒットし、パンと乾いた音を響かせた。

「てめえが絢辻をナンパするのは百年早えんだよ」

 蹴ったのは薫だった。クラスメートが小馬鹿にされているのである。彼女の闘争本能に火が点かないわけはなかった。

「痛えんだよ、このブスがー」

 二年生男子が薫の首元に手を伸ばすが、隼人の方が先に彼の胸ぐらを掴んで締め上げていた。

「離せ、このう」

 蹴りがとんだ。今度は左太ももである。蹴ったのは夕月であり、喰らったのはまたしても二年生男子だった。

「二年がしゃしゃりでてくるんじゃねっつうの。つか、おめえブサイクなんだけど」

 夕月は薫や詞とはけして友達関係などではないのだが、同じ三年生として思わず加勢したくなったのだ。

「拓也、なにやってんだよ」

「ケンカか」

 そこに二年生女子が数人やってきた。輝日東高校でもっともワルいほうの女子たちだ。

 隼人が手を離す。二年生男子がよろけながら数歩さがった。

「てんめえ、このう」

「おい大丈夫かよ」

 彼女たちは、拓也が三年生とトラブルになっているとすぐに気づいた。もし相手が同学年、もしくは下ならば徒党を組んで前に出るところだが、相手が三年生なのですぐには動きださなかった。

 おさまりのつかない拓也は、一人悪態をつきながら突っかかっていた。    

「拓也、やめろって」

「うっせーな。あのドブスに蹴り入れられたんだ。やりかえしてやる」

 彼女たちから見て、彼周辺にはドブスに該当する女が見当たらないのだが、拓也が鬼のようにガンをつけているのが棚町であることを知った。

「やっべ、棚町じゃんか」

「ねえよねえよ」

 薫が対戦相手とわかり、彼女たちは早々に戦いを断念するのだった。

「おまえら、なんか用なのか、ああーん」

 薫は居丈高に言う。鷹のような目が一ミリたりとも油断なく見据えていた。

「いや、べつに関係ねーし」

「そろそろ帰ろうか」

「ああ、うぜー」

 彼女たちは引きあげてしまった。拓也も捨て台詞を二つ三つ吐き出しながら体育館を出て行った。

「いやあ、絢辻はモテるなあ、ヘンな男に」

「あれは危なかったよ絢辻さん。気をつけなきゃ」

「う、うん」

 怪しい男につきまとわれてイヤな思いをした詞だったが、隼人が助けてくれたことがうれしかった。夕月に対する嫉妬と、隼人に対する不信はどこかに飛んでいってしまった。

「十文字君って、ケンカする度胸はからっきしだと思ったけど、なかなかやるじゃん」

「あたしもそう思った。案外やるじゃんか。まあ、もしもの時はあたしの暴力が炸裂していたけどな」

「いや、じっさいに炸裂していたじゃないか、棚町」

 夕月は、隼人から少し離れたところに立って、詞を見つめて意味ありげに頷いていた。

「ふ~ん、なるほどねえ」  

 その視線に気づいた詞が彼女に近づいた。苦笑いしながら、味方になってくれたことに礼を言った。

「べつに。ああいう程度の低いやつ、大きらいなだけだから」

「私も、ああいうの苦手」

 詞は夕月と少し話をしようとしていた。隼人に関係なく、友達になれるかもしれないと考えていた。

「いちおう言っとくけど、わたし、誰かのものに手をだすのに、なんにもためらわないから」

「えっ」

「じゃあね」

 だが、夕月は去ってしまった。

「あれえ、ドラム女は帰ったのか」

「うん、そうみたい」

 なんだか釈然としない気持ちが残ったが、彼女が隼人の前からいなくなったので、とりあえずホッとしたのも正直なところだ。

「絢辻さん、絢辻さん」

 そこに、一人の男子生徒が詞の名前を呼んで近づいてきた。

「なんだい、またヘンなのが来たのか」

 やってきたのは、いたって真面目でおとなしい雰囲気の二年生だ。メガネをかけて、校則から一ミリともはみ出したところのない服装をしている。

「ああ、里塚君」

「なんだよ、知り合いか」

「うん、生徒会でちょっと」 

 里塚も学級委員なので、生徒会で詞とよく顔を合わせていた。

「絢辻さん」

「なあに」

「今日これから暇ありますか」

 さっきと同じパターンである。一瞬デジャブを感じて固まる詞であった。

「えっ。ええーっと、とりあえずそんなには忙しくないけど。生徒会でなにかあったかな」

「前に約束していたヒマラヤベリーのあの特盛パフェ、食べに行きませんか」  

 ヒマラヤベリーとは、この近所にある大盛りが有名なカフェだ。味が良くて店構えがシャレているので、カップルが大盛りを分け合って食べるのが定番となっていた。

 里塚は絢辻のことがたいへん好きであった。この可愛い三年生に恋い焦がれているのである。だから、以前よりことあるごとに誘っていた。無碍に断るのも可哀そうので、やさしい詞は返事をあいまいなままにしていた。見かけによらずポシティブ思考の里塚は、そんなはっきりとしない詞の態度から約束を得たものだと誤解していた。

「約束でしょう、絢辻さん」

 彼にかぎらず、詞は真面目系の男子、とくに後輩からはよくモテている。もちろん、詞がすでに隼人の彼女であることは知る由もない。 

「ほう、絢辻はそんなことを約束していたのか。あっちこっちと忙しい女なんだなあ」

「いや、それはそのう」

 本人の目の前で、約束などしていないといえば傷つけることになるが、かといって彼氏の目の前で違う男とパフェを食べに行くなどできるはずもないし、その気もまったくなかった。詞は薫たちと一緒にいるからと、やんわり断るのだった。

 

 その日の夜遅く、ケイタイでのいつものやり取りを始めた隼人と詞だったが、会話の流れは荒れ気味だった。不機嫌度は、どちらかというと隼人の方が強かった。

「あの二年はなんなんだよ」

「知らないよ。だって、いきなり手をつかんできたんだから。あれは痴漢なの、痴漢」

「いや、そっちの方じゃねえし。あとから来たメガネだよ」

「里塚君は、いい子よ。生徒会の仕事は真面目にちゃんとやるし、礼儀正しいし」

「パフェの約束って、どういうことなんだ」

「あれは里塚君が勝手にそう思っていただけで、私はなんにもしてないの。里塚君の勘違いなの」

「里塚里塚言うなよな。なんか、イラっとする」

「じゃあなんて言えばいいの。少年Aとでも呼ぶ?」

「少年でも何でも、とにかくあんなやつと仲良くするなよ」

「隼人の方こそなにさ。夕月さんとデレデレしちゃってさ」

「べつにデレデレはしてないよ。ドラムのことで話しをしてただけだって」

「棚町さんが、きっと十文字は夕月さんの胸やお尻を叩いていたんだろうって言ってた」

「そんなことするわけないだろう。体育館にいたんだぞ。みんながいるんだぞ」

「じゃあ、用具室にでもいたらやってたんだ」

「なんか飛躍しすぎてないか。それに夕月とは初めて口をきいたんだよ」

「夕月って呼び捨てにするんだ。仲がいいのね」

「里塚君って、君づけするよりいいだろ」

 客観的に見て痴話げんかの様相を呈していたが、隼人も詞も通話を切ろうとはしなかった。

「明後日のおにぎりはナシだから」

「ああ、いいよ、いらないよ」

「小さいのだったら、無理して作ってやってもいいけど」

「じゃあたのむよ」

「具は何がいいの」

「いつもの肉みそで。鷹の爪多めにしてちょっと辛くしてくれ」

「それはダメ。あれでもけっこう辛くしてるんだから。絶対に身体に悪いよ」

「あと、別に卵焼きがあったら、すんごくうれしい」

「甘いやつ?」

「うん」

「夕月さんに作ってもらえば」

「夕月?、だれそれ」

「しょうがないなあ。詞特製のあま~い卵焼きを作ってあげますか」

 尖った雰囲気が、なんとなく丸まってきた。詞も隼人も、会話の合間に笑いをはさむ余裕ができていた。これで安心して眠れると、二人は心おきなく話し続けるのだった。

 








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