絢辻詞 ~footage~   作:北海銀
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 輝日東高校音楽祭前日まで、詞は毎日歌バトルの特訓となった。薫と裕子も詞のコーラスとして出場するので、三人での熱い練習は夜遅くまでに及んだ。あまりにも気合を入れてがんばるため、うるさいと詞の両親に怒られることもしばしばだった。

 隼人の練習はそれほど過密ではなかった。二曲しかないのと、もともとテクニックはプロに近いものを持っているため、すぐに習得できてしまったからだ。ただ、詞が忙しくて、放課後に会うことができないのを残念に思っていた。ただし、だからといって隼人一人でいるということもなかった。女子が話しかけてきたからだ。もちろん、詞のいない間に鼻の下を伸ばすつもりなど隼人には毛頭ない。あくまでも日常会話程度で、たとえばカラオケのお誘いがあってもきまって断っていた。

 いよいよ輝日東高校音楽祭が開催となった。全校生徒による校歌斉唱から始まり、各クラスによる合唱コンクール、吹奏楽部、軽音部などの演奏が続いた。そして待ちに待ったメインイベント、歌バトルとなった。今回の出場者は八人となり、勝ち抜き戦で勝者を決めるのである。

 第一戦目は、二年生の男子と一年生の女子となった。注目すべき初戦の一年生女子とは、十文字來未であった。超ド級の美少女である彼女には、司会者の紹介が始まる前から歓声が沸き起こっていた。すでに輝日東のアイドルとしての地位を手中にしてるようだ。

 輝日東高校の歌バトルは、コーラスが二人まで認められているので、実質的にグループ戦となることが多い。最初の曲、來未は同じクラスの男子を一人、コーラスとして出場させている。相手の二年生男子は歌唱力に自信があるのか、一人での熱唱となった。

 その二年生男子の歌唱力は抜群に上手かった。高校生には定番のカラオケ曲だが、あまりの上手さに、脇で控えていた詞は両耳を手でふさいだくらいだ。当然、観客である生徒たちの反応も上々であり、歌バトルのレベルの高さを示していた。

 誰もが彼の勝利を確信した。いくら美少女アイドルであっても、歌バトルは歌の実力が審査に多大に影響する。可愛さだけで勝てるほど、輝日東の歌バトルは甘くないのだ。

 來未とコーラスの男子が壇上に立った。ざわついていた観客が静かになる。彼女が不敵な笑みを一瞬浮かべた直後、曲が始まった。

「♪ How can you see into my eyes  ♪」

 いきなりの洋楽である。來未は、意表をついて英語で歌い始めた。観客は、聴きなれない言葉に面食らいシンと静まったままだったが、その静寂をこの曲を知っている、あるいは熱烈に好きな生徒からの悲鳴が打ち破った。

 來未は歌い続ける。英歌詞の流暢さもさることながら、その歌唱力は天井をぬけていた。美少女の心地よい歌声に、誰もが耳を澄ます。

「♪ Wake me up ♪」

 コーラスの男子が炸裂した。楽曲は一気にハードになり、歌っている來未の動きが激くなった。観客は瞬く間に引き込まれ、頭を上下に振りだしたり、手をあげるもの続出した。

 リズムに乗り、美少女の全身が跳ねるように躍動する。コーラスの男子も信じられないほど上手く、しかもオリジナルにないカッコイイセリフも追加していた。

 体育館全体が來未の歌に吸い込まれていく。ある者は瞬きも忘れて見とれ、ある者はうっとりしている自分に気づくことなく踊っていた。

 來未は歌い終えた。拍手と歓声にときどき絶叫が混じり、とにかく大盛況だった。歌い手はその声援にこたえるように大きく手を振り、深々とお辞儀をした。

 もはや勝敗はあきらかだった。詞会者が登場し、來未と対戦相手を並べて観客の拍手と声援を比べた。最初に歌った二年生男子への拍手も多かったが、來未はその数倍であった。誰もが納得のいく裁定となり、歌バトルは例年通り大盛り上がりとなっていた。

 次は三年生同士の対戦である。出場者は三年A組の絢辻詞とC組の女子だ。最初に歌うのはC組の女子であり、彼女も二人のコーラス枠を使って三人でのステージとなった。

 歌うのはボカロの代表的な曲だ。よく知られいるので観客にもなじみやすかった。三人が歌い始めると、C組のクラスメートがサイリウムを振って応援し華を添えた。彼女たちの歌唱力は、歌バトルに出場するだけあって上手かったが、十文字來未ほどのインパクトはなかった。体育館の熱気を冷まさない程度には熱かったということだ。

 これは勝てると薫が言った。裕子はウンウンと頷いていたが、主役の詞は青い顔をして緊張に耐えていた。これから始まる死闘に、胸の鼓動が鳴りやまなかった。

 詞たちがステージに上がると、観客がどよめき始めた。薫の格好と立ち位置がちょっと異様だったからだ。詞と裕子の後ろにいるのだが、二メートル近くある台の上に立っている。しかも、なぜかスクール水着に髪型はアフロヘアーだ。もちろんカツラであるが、分不相応に巨大なアフロヘアーだった。

 詞の緊張は極限にまで達していた。できることなら、お腹の中にある臓物類を心ゆくまで吐きだしたい思っていたが、そこは気合で押し込めていた。この勝負には三年A組の名誉がかかっている。学級委員の責任として負けるわけにはいかないのだ。最愛の彼氏も見守ってくれているだろう。命を賭しても闘い抜かなければならない。これは聖戦なのだと、歌の神様に祈るのだった。

 曲はジェームズ・ブラウン、〈セックスマシーン〉。

 突如、「♪ゲロッパ♪」を連呼し始めた詞に、観客はあっ気にとられていた。これは何だと、頭の中が混乱する者多数だった。  

 なによりも観客の目を惹きつけたのは、詞の踊りだった。若きジェームズ・ブラウンのあの独特の振り付けを数倍大げさに、ヘンテコさは大盛りマシマシに、恥ずかしさは十倍にパワーアップされていた。とにかく踊っている本人よりも、見ているほうが強烈な恥ずかしさに身もだえするようなダンスなのだ。

 ガニマタで屈伸したかとおもうと、殺虫剤を噴霧された銀バエのように爆ぜまわり、腰を左右じゃなく前後ろにカクカクと振り、大仰なステップとターン、スピンを繰りひろげていたが、顔はまっすぐに真顔であった。リズムに合っているのかは関係なかった。ヘッドマイクをしての全身ダンスは、ある種のキレと迫力があり、観衆を十二分に惹きつけていた。

 詞とともに異様なのは、アフロヘアーでスクール水着姿の薫だ。音楽に合わせて、一人後ろのお立ち台でゆる~く踊っている。そのクネクネした振り付けはちょっとセクシーであり、ちょっと二十世紀であり、ちょっとばかりソウルだった。

 あの生真面目で有名な優等生が、珍妙なダンスをしながら「♪ゲロッパ♪」と「♪セックスマシーン♪」をひたすら絶叫しているのである。ほかの歌詞も歌っているのだが、なにを言っているのか本人でさえわかっていない。ヘンテコ踊りをしながら、「♪ゲロッパ♪」と「♪セックスマシーン♪」さえ叫べばいいというのが、軍師・棚町薫が考案した作戦であったからだ。

 隣りで「♪ゲローッレ、ゲローッレ♪」歌っている裕子も、リズムにのりながら恥ずかしい踊りをしていた。女子高生が好むような今風のカッコ良さは微塵もなく、詞のダンスと同様、とにかくファンクなのであった。

 爆笑はすぐに訪れた。体育館の鉄骨を揺さぶるような大笑いだった。

 可愛いい優等生が、大真面目な顔して存分にファンクを見せつけているのである。ウケないわけはなかった。 

 詞の歌に合わせて、「♪ゲロッパ♪」と「♪セックスマシーン♪」を連呼しながら踊るものが多かった。とくに「♪セックスマシーン♪」の際などは、仲の良い者同士お互いを指さして、腰を振りながら踊るのだ。輝日東高校の生徒はノリがよかった。

 そんな詞たちを見て、隼人は手を叩いて喜んでいた。最後までどんな曲を歌うのか秘密にしていたが、こういう仕掛けを考えていたのかと感心していた。これなら歌が多少下手でも、勢いとダンスで観客を魅了することができる。しかも彼らとの一体感を演出してさえいるのだ。 

「俺の彼女、スゲーやるじゃん」とつぶやきながら、彼自身もファンクなステップをきざむのだった。

〈セックスマシーン〉が終わった。

 極限まで体力を使い切った詞はしばし放心状態で、観客たちの万雷の拍手や歓声は耳に入らなかった。お立ち台から降りてきたアフロな薫と裕子と手を取り合って、お互いの健闘をたたえ合った。

 判定はものの見事に圧勝であった。詞たちは一回戦を突破したのだ。 

 それからも歌バトルは順調に進んでいた。他の出場者も、歌だけではなく振り付けにも創意工夫を凝らして、とてもレベルの高い激戦となっていた。

 準決勝が始まった。一戦目は、十文字來未と三年生の男子となった。今度は先に來未が歌うのだが、その曲はまたしても英語歌詞である。しかも、カラオケにプラスしてピアノの伴奏があった。弾くのは、來未のクラス担任の女教師だ。彼女は音楽教師である。

「♪ Follow me ♪」

 先ほどとは打って変わって、スローテンポなバラードだ。有名なアニメ映画のテーマソングとなっているので、聴いたことのある者が多かった。さらに、ステージの後ろに巨大なスクリーンが降りてきた。傍らに設置されたプロジェクターから光が投射されると、その人気アニメ映画の名シーンが映しだされていた。

 ピアノの伴奏も相まって、來未はその曲が持つせつなさをしっとりと歌いあげている。観客からは、歓声や悲鳴などは一切あがらなかった。背景のアニメーションと彼女が一体化し、相乗効果となってえもいわれぬ風景をかもし出していた。 

 とくにサビの部分での語りかけるような、それでいてのびのびと歌いきる歌唱力は たとえ言葉の意味がわからなくても、心の奥底に響かずにはいられない。その曲名のごとく、多くの生徒が來未について離れなかった。 

 絶品だった。高校生一年生が歌っているとは思えない実力だ。そのままジャズバーなどのステージにたっても十二分に通用するだろう。アニメーション効果も抜群であり、観客たちを仮想の空間へといざなうのだった。曲が終わると同時に拍手がおこった。じわーっと大きくなる拍手だった。

 対戦相手もバラード曲で勝負をかけてきたが、十文字來未には及ばなかった。彼女は勝利し、決勝戦へとコマを進めた。

 準決勝の二戦目は、詞たちと二年生女子との対決である。相手は有名歌手のものまで一戦目を勝ち抜いた変則的な猛者である。今回もかなりの変化球を投げてきて、それなりにウケていた。

 しかし変化球ということであれば、三年A組の三人も負けてはいない。今回はともにスーツ姿で登場した。しかも紳士服用のスーツである。黒いサングラスをかけて ネクタイをだらしなくぶら下げ、顏を斜にかまえてアウトローを演出していた。

 曲は、クーリオの〈ギャングスターパラダイス〉。

 ただし、歌詞を日本語に変え、しかもそのテーマを、自分たちの担任である高橋教諭の未婚理由に絞った。詞の歌下手を歌詞の内輪ネタとラップで誤魔化そうとする作戦だっただが、それが大当たりだった。歌が奇跡的に上手くなっていた。詞は通常の歌は下手なのだが、なぜかラップ調になると調子よくすらすらと歌うことがでたのだ。

「♪ビールビンでぶんなぐ~る酒乱麻~耶ギャングスターパラダイス♪」   

 サビのコーラスが観衆の笑いを誘う。またまた詞がファンクな振り付けを披露したので、さらにウケが良かった。

 一曲目ほどのインパクトはなかったが、予想外にラップが上手い詞に軍配が上がった。彼女たちは二回戦も勝ち抜いたのだ。

 いよいよ、決勝戦となった。一年生の美少女・十文字來未と、三年生の優等生・絢辻詞との対決である。近年にない好勝負となり、体育館は否応なく盛りあがっていた。先に歌うの來未であり、またもや洋楽である。しかも、高嶋教諭が好きそうな古い曲を選んでいた。

 曲はLoxy music,〈Love is the drug〉。

 來未が登場すると、大歓声が上がった。とくに男子からは割れんばかりの拍手と口笛、黄色い声援が飛び交っていた。理由は、彼女の衣装にあった。

 どこで手に入れたのか網タイツにガーターベルト、下着のような黒皮製の衣装だ。しかも手にはムチをもって、バシバシと床を叩いている。まるでSM女王のような風体だった。もちろん高校生としてはやり過ぎであり、彼女のこの行為は、あとで停学沙汰まで発展することとなる。

 そんなハレンチな格好で來未は歌うのだった。歌唱力はあいも変わらず抜群であったが、皆の目をくぎ付けにしたのは、そのダンスだ。あくまでもゆっくりと動くのだが、たぶんに扇情的であり、存分にセクシーであり、彼女がそう意図したとおりのエロチックさであった。

 Love is the drugを歌いながら、來未は妖し気な流し目をしたり、怒ったようなしぐさをしてセクシーな小悪魔を演じている。卑猥な声援が飛び交い、ステージに到達した男子が手を差し出すと、彼女はムチをバシバシと振るのだ。男子たちはもうたまらない。

 ただし女子連中にはそれほど好評ではなかった。いや、かえって冷たい目で見られたりもしたが、とにかく全校生徒の半分を手中にすれば勝てるとの戦略なのだ。

 曲が終わると、場の雰囲気は悪い意味でざわついていた。教師が、運営する生徒会の幹事を呼びつけて何か言っていた。出場者の行き過ぎた行為を注意しているようだった。

 これはマズいと判断した薫は、司会者を蹴飛ばして早く自分たちの曲をかけろと催促した。わけがわからない彼は、とにかく詞たちの番であると宣言する。薫が急ぐには理由があった。

 曲が始めるまでに、詞と薫と裕子は体育準備室で着替えを終えた。そして、イントロが始まったと同時にステージに上がった。

「おおーっ」と、どよめきが起こった。  

 彼女たちは水着であった。スクール水着などではない。しっかりとビキニな水着であり、ヘソが丸見えであり、露出度はセクシー來未よりも高かった。さすがに恥ずかしいのか腰にはパレオを巻いていたが、それが透け透け生地なので余計にセクシー感が出てしまっていた。そう、彼女たちもお色気路線だったのだ。

 三人はすでに踊り始めていた。今度は前の二曲みたいなファンクなダンスではない。原曲を歌うアーティストとほぼ同じ振り付けだ。

 曲は、ディスティニーチャイルド、〈サバイバー〉。

 英語歌詞であり、かなりの早口さと歌唱力が要求される。とてもじゃないが詞には無理なレベルなので、ここでメインボーカルが裕子に代わっていた。詞はコーラスのみとなる。

「おおーっ」、とまたまた観衆がどよめいた。

 裕子のボーカルが、あきれるほど上手かったのだ。ごく普通の女子高生の口から、流暢な英語がよどみなく流れ出ていた。詰まることなくメロディーにのって、声高らかに歌うのだ。彼女は英語の歌詞をなぞっているわけではなかった。曲を何回も何回も聴き続けて、身体の中に音を叩きこんでの熱唱だった。

 彼女たちは踊った。もっとも練習に時間を費やした勝負曲である。詞の親に怒られてまで頑張った甲斐があって、彼女たちのキレのあるダンスは、ぴったりと息が合っていた。  

 水着でのダンスであったが、來未のように、あからさまな妖しさ、エロティックさを強調するわけではなかったので、女子たちの見る目はやわらかだった。かえって、憧れるような眼差しが多かったりした。

 曲の後半部のヤマ場は薫が熱唱した。英語はそれほどでもなかったが、高音部がよくのびてきれいに歌いきった。アドリブでコブシを効かせたのは、いい見せ場となった。コーラスな詞はウーウーと呻っていただけだったが、ダンスは力のかぎり頑張った。生真面目な性格なので、なにごとにも手を抜くことはできないのだ。

 体育館はたいへんな盛り上がりだった。今年の歌バトルは、ユニークかつファンキーであり、しかも誰もが歌唱力抜群で過去にないレベルの高さとなった。特に來未と詞たちは、後々までの語り草となる活躍だった。 

 だがしかし、決勝戦の勝者はいなかった。いや、それ以前の問題となったのだ。

 学校側から物言いが入り、來未と詞たちはものの見事に失格となってしまった。SM女王風の淫靡な振り付けと、ビキニ姿でのへそ出しセクシーダンスは、教育機関的に許容できななかったのだ。彼女たちは堅物の教頭に生徒指導室まで連行され、さんざん叱られた挙句、不純露出行為により停学の危機となった。 

 高嶋教諭と麻耶教諭が、怒れる教頭をなんとかなだめたので、停学にもならず親に言いつけられることもなく済んだのだ。

「ホントにすみませんでした」

 教頭がいなくなった部屋で、深々と頭を下げる三人の三年生と一人の一年生だった。

「いやー、先生はビヨンセが好きだったから楽しめたけど、ビキニはちょっとやり過ぎだったかな」

 麻耶担任は笑っていた。怒っている様子は全く見受けられなかった。全校生徒の前で、教え子たちがあれほど見事に立ちまわったことに感心していた。自分が輝日東の生徒だったころを思い出して、わたしにはできなっかったであろうと、年代の違いを痛感していた。  

「ロキシーミュージックとは、センスがいいぞ」

 生徒指導にはうるさいはずの高嶋教諭だったが、こと今回については上機嫌だった。來未の選曲と、あのいやらしい歌い方を絶賛していた。曲のイメージに実によくあっていたと、終始ご満悦でさえあった。

 



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