絢辻詞 ~footage~   作:北海銀
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 十文字隼人の存在が大きくなっていた。音楽祭のドラム演奏が華々しかったのと、もともとの端麗な顔立ちが相乗効果となって、盛りあがりつつあった人気に火がついたのだ。

 それは輝日東高校内部だけに収まらなかった。夕月とのドラムセッションが動画投稿サイトにあげられてから、外部にも知られるようになった。隼人と夕月は天才高校生ドラマーコンビとして、テレビ出演までしてしまった。調子にのった夕月が隼人と一緒の演奏を、立て続けにネットにあげ、それらの再生数は順調に伸びていた。

 詞も多少は忙しくなっていた。音楽祭でみせたあのパフォーマンスが原因だった。真面目な優等生像に、ファンクで茶目っ気のある女の子であるとの要素がプラスされて、さらに踊るビキニ姿が男心を揺さぶったのだ。その威力は後輩男子に特に効いていて、なんどか告白されるというハプニングもあった。 

 一緒に踊った裕子は、片思いしていたC組の男子と付き合うことになった。あの歌バトルで、じつは隠れ巨乳なことが公となって、巨乳好きな彼の心を鷲づかみにしたのだ。それまで付き合っていた同じクラスの女子との別れ話は修羅場だったが、彼女は鉄のような意志を貫き通して、その男子を獲得したのだった。

 薫と純一の関係は相変わらずだが、以前よりも距離が近くなったように見えた。二人でイチャつくような時は、梅原は気をつかってどこかに行くのだった。彼ら彼女たちにとって、輝日東高校音楽祭は恋愛のいい契機となったようだ。

 逆に、隼人と詞は二人っきりになる時間がめっきりと減ってしまった。隼人はあちこちでドラムを叩いたり 夕月に付き合って動画を撮ることが多くなった。詞は生徒会関係の仕事がほとんどなくなったので時間は空いていたのだが、いそがしい隼人の邪魔にならないように、あえて誘うようなことはしなかった。

 隼人は、休日はどこかでドラムの演奏をしていたり、スタジオで動画を撮っていたりする。夜は受験勉強もしているので、自然と詞との連絡が少なくなっていた。疲れていたせいもあって、夜の電話でのおしゃべりもほとんどなくなっていた。誰かが隼人に昼食を差し入れするので、詞は隼人専用のおにぎりを作ることができなくなっていた。詞特製肉みそは、出番のないまま冷蔵庫の中でくすぶり続けていた。

 

「あらあ、絢辻さんじゃないの」

 放課後、詞が廊下を歩いていると同学年の女子が声をかけてきた。

「ああ、夕月さん」

 詞にとってはあまり会いたくない相手だった。それでも、あいさつ程度の世間話ぐらいはしなければならない。

「動画のほう、最近すごい人気ね」

 詞は夕月たちの動画を一度も見たことがないが、噂ぐらいは知っていた。

「私って言うよりも、隼人が頑張っちゃってるからね。コメントも、女の子からのほうが断然多くなっちゃった」

 夕月の口から発せられた隼人という言葉に、詞は衝撃を受けた。右の頬を思いっきり引っ叩かれたような破壊力があった。自分以外の女子が彼を名前で呼ぶことはない。隼人と呼び捨てにすることは、詞だけの専売だったからだ。

「はは、そうなんだ」

 内心の動揺を見透かされないように、いたって通常な態度をとるが、夕月は、そんな詞の見えない心のヒダを弄ぶかのように話し続けた。

「隼人ね、音楽の才能メッチャあんのよ。顔もいいからさあ、きっと有名人になるよ。ちょっと大きな声ではいえないけど、いろんなとこからオファーがきてるみたいよ」

 詞にとってそれは初耳である。自分が知らないことを彼女でもない夕月が知っているのは癪にさわったが、話題は音楽関係なので仕方がないと堪えた。

「今ってさあ、隼人にとって一番大事なときなんだ。人気も出てるし、上手いバンドと組めば、絶対に売れること間違いなし。わたしね、応援してんのよ」

 隼人を応援する気持ちなら自分のほうが遥かに大きいと、詞は大声で叫びたかった。

「そんでね、これは隼人にも言っといたんだけど、いま一番やっちゃいけないことはね、彼女をつくること。せっかく人気が出てきてるのに、へんな虫がくっ付いてたら邪魔くさいじゃない」

 一癖も二癖もある言い方だった。夕月の思惑に感づかない詞ではなかった。

「でもそういうことは十文字君本人が決めることで、他人がとやかく言うことではないよね」

 詞は正論を言った、夕月の言わんとするに一理あると思っていたが、隼人の彼女であるので認めるわけにはいかないのだ。

「まあ、そうなんだけどさ。だけど、もし隼人に彼女ができるんだったら、その女がホントに隼人のことを想っているんだったら、身を引くのがいいって思うんだよ」

 夕月は詞の目を見ながら言った。けして友好的な視線ではなかった。

「たぶん、その彼女は他人の意見なんかきかないと思うよ」

 詞も睨み返す。いつ殴り合いになってもおかしくない危険な空気だった。

「はは、なんか隼人の話ばかりになっちゃったね。なんでだろう」

「私たちって、共通の話題が十文字君しかないからじゃない」

 詞も笑いながら応対するが、夕月とは友人ではないし、これからもそういう関係にはならないことをはっきりとさせるのだった。

 

 その日の夜、詞は隼人の携帯を呼び出した。

「なんか久しぶりね」

「そ、そうだな」

 しばしの沈黙があった。 

「忙しいの」

「うん、親戚のおじさんが楽器店の宣伝になるからって、動画三昧なんだ。世話になってるから断れないし」

「夕月さんも一緒なんでしょう」

「そうなんだよ。あいつ、しつこくてさ」

 夕月を夕月ではなく、あいつと呼ぶことが非常に気になったが、そのことを詞はあえて問い詰めようとはしなかった。

「化学室にもいってないね」

「そうだな。高橋先生から声がかからなくなったよ」

 化学準備室での密会が遠い昔の思い出となったことを、詞は切なく思っていた。

「なんか最近、隼人が遠くなってきちゃった」

「なんでだよ」

「だって、隼人は人気があって ほかの学校の女子もきてるし。きっと付き合ってほしい女の子が多いんじゃないかと思って」 

「詞だって、二年や一年のやつらからコクられてるじゃないか」

「そんなの、たまによ。隼人みたく芸能人じゃないし」

「俺は芸能人じゃないよ」

 あまりいい雰囲気ではなかった。以前のように、甘ったるい時を共有することが困難な雰囲気だった。

「勉強はしてるの。ドラムばっかりでサボってるんじゃないの」

「そんなの、詞に言われたくない。親じゃあるまいし」

 再びの沈黙があった。隼人がなにか言いかけるが、これ以上言い合いになりたくない詞が先手を打った。

「うん、わかった。今日は切るね」

「あ、そ、うん」

 詞はスマホをおいて、ベッドにうつ伏せになった。大きなため息をついて、ギュ―ッと枕に顔を沈めるのだった。

 






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