絢辻詞 ~footage~   作:北海銀
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 隼人の容態は重症であり、即日入院となった。次の日の朝、高橋担任はしばらく学校にはこられないだろうと、三年A組の皆に告げた。お見舞いに行こうと誰かが言うが、集中治療室にいるので、症状が安定するまで控えるように釘をさされた。高橋担任は、彼がもともと患っていた難病に起因するので、簡単には退院できなことも付け加えた。いつになったら学校に来るのだと純一が訊ねた。今年中は無理だと伏し目がちに語る担任を見て、皆が深刻さを理解した。 

 ホームルームが終わるなり、詞は高橋担任をつかまえて、自分が行くべき病院と病室の番号を聞き出そうとした。早退して看病に駈けつけるつもりなのだ。

「絢辻さん、気持ちはわかるけど、いまはそうっとしておいたほうがいいよ。いくら彼女でもね。それにご両親がつきっきりだから、いい顔されないと思うし、それは迷惑となるしな」

 正論である。詞は、隼人の両親にまだ正式に紹介をされていない。屋根から落ちて母親と遭遇したのが、いまのところ最初で最後となっていた。

「でも」と食い下がるが、担任はそれ以上話そうとはしなかった。詞は席に戻るしかなかった。

 

 昼休みになった 食欲がない詞が一人ぼーっと席についていると、夕月がやってきた。その表情から察すると、あきらかに友好的ではない接触のようだ。

「あんた、隼人に全部仕事を押しつけて、自分は生徒会でサボってたって話じゃないか」    

 夕月は隼人に相手にされなくなっていたが、彼を大好きなことは変わらなかった。想いをよせる男を独占している憎たらしい女が、彼を窮地に追いやったのである。日頃の嫉妬心も相まって、ドロドロに熟成された感情を叩きつけにきたのだった。

「隼人が雨ん中で倒れているときに、生徒会室で動画見て、ゲラゲラ笑ってたんだってな」

 それは真実をかなり捻じ曲げている噂だった。ただ、生徒会にかまけて彼を放置しておいたのは事実であり、だから詞はなにも言い返せないでいた。悪いことに、その噂はあらゆる悪意を含有しながら、輝日東高校の隼人ファンに拡散されていたのだ。

「絢辻っていうクソ女はここかー」

 突然、二年生の女子たちがA組の教室に入ってきた。詞を見つけて、ガンをつけながら近づいてくる。

 彼女たちの先頭にいるのは、コワモテとして二年生には有名な女子だ。けして不良というわけではないが、短気さとケンカの強さは折り紙付きだった。彼女たちも夕月と同じく、隼人に恋い焦がれている女子だ。三年生の教室に殴りこむという暴挙にまで出るということは、彼を病院送りにした悪女に相当にキレているのだ。ただ、夕月が呼んだわけではなく、偶然に重なっただけだ。

「なんだあ、てめえら。二年のクソガキどもが三年の教室に入ってくんじゃねえ。ボコられてえのか、コラア」

 薫が怒声をあびせかけながら前に出てきた。彼女の後にA組女子の有志が三人ほど続いていた。これは手ひどい暴力沙汰になると、多くの男子が確信した。

「ババアはひっこんでろよ。わたしらは絢辻に用があるんだ」

「ああーっ、死にてえのか、クソが」

 二人は衝突寸前になったが、夕月が中に入って止めた。

「ちょ、ちょっと止めなって。なんで棚町がキレてんだよ。そこの二年も落ち着けよ」

 二年の短気女子と薫は、お互いの襟首をつかんで離さない。夕月がかろうじて止めていた。

「だいたい、絢辻が悪いんだろう。隼人が難病なのを知ってて雨ん中でやらせたんだから。しかも自分は生徒会室でお茶してたんだろ」

 夕月が早口でまくしたてる。あくまでも主犯は詞であると断定していた。

 詞は、すで涙を流してた。いろいろな感情がこみ上げて押さえることができないのだ。  

「絢辻だけじゃねえよ。あのトナカイはA組みんなで作らなきゃならないんだったけど、あたしらが十文字と絢辻に無理やり押しつけたんだ。あたしら全員が共犯者だっつの」 

 それはA組の皆が思っていたことだ。詞を責める資格がある者はこのクラスにはいないし、じっさいにそうする者もいなかった。

 興奮した二年女子の一人が詞の髪をつかんだ。しかし、すぐにA組の女子がその手を振り払った。それが合図であるかのように、取っ組み合いのケンカが始まった。

 薫は早々に張り手を食らって唇を切ってしまったが、すぐに容赦のないコブシを二年生の短気女子に叩きつけた。手数が多くて動きの速い薫についていけず、短気女子の顔がみるみる腫れあがっていく。それでも苦し紛れに抱きつこうとするが、今度は肘鉄を食らって膝をがっくりと落とした。ほかの二年生たちも劣勢で、髪の毛をつかまれて振り回されたり、机に顔面を叩きつけられたりして、殴り込みにきたときの覇気が封殺されていた。夕月はとっさに距離をとった。薫の予想外の強さと容赦のなさに驚き、戦慄さえしていた。

 なお、男子はいっさいの手出しをしていない。これは女同士の戦いであると、正しく理解していたからだ。

「おまえら、なにやってるんだ」

 騒ぎを聞きつけて、B組の担任が駆けつけてきた。彼は、なにかと話題豊富なA組のことを常日頃から快く思っていなかった。

「棚町、おまえ下級生になにをしたんだ」

 顔をボコボコにされ、すっかりと戦意喪失した二年生の短気女子を見ながら、彼は薫を厳しく叱責する。

「先生、先に手をだしてきたのは二年です」

 純一が大声で言った。薫は、肩で息をしながら黙っている。

「そうそう。わざわざ三年の教室に殴り込んできたの、その二年たちですよ」

 裕子も加勢する。

「二年のバカが私らにいちゃもんって、あり得ないっしょ」

「薫は被害者なんですけど」

「こわ~い。いまの二年生ってヤクザじゃないの」

 教室のあちこちから声が上がる。いまの三年A組は一体となっていた。

「うるさい、静かにしろ」

 自分がバカにされているように感じて、その若い男性教師は憤慨していた。

「ありゃりゃ、なんかやらかしたようだな」

 高橋担任もやってきた。クラスの男子が職員室に行って呼び出したのだ。

 彼女は騒然とした教室をひと舐めすると、状況を瞬時に察した。おもむろに薫のアゴに手を当てて、負傷の具合を確認していた。薫がイヤそうに顔をしかめる。

「あたし、悪くねえよ」

 うんうんと、麻耶担任はうなずいた。

「いいから職員室に来い、棚町」

 男性教諭が薫を引っぱって行こうと手を伸ばすが、その前に高橋担任が立ちはだかった。

「まあまあ吉井先生、ケンカ両成敗ですから、うちの子だけ責められても困りますう」

 ヘラヘラと笑う高橋教諭だが、薫の前からその身を退ける気はなかった。吉井教諭が再び薫の身柄引き渡しを要求するが、今度は彼を睨みつけたままきっぱりと拒絶した。教師同士のケンカにまでなったかと、誰もが最悪の事態を予想した。

「とりあえず、顏を腫らしたやつは保健室に行ったほうがいいぞ。それと、あんまり教室で暴れるなよ。今日のところは厳重注意でカンベンしてやるけど、今度やったら、二年も三年も停学だからな」

 いつの間にか、高嶋教諭が来ていた。教室入り口のドア付近で腕組をしながら立っている。吉井教諭がなにか言いかけたが、手を振って彼の口を制した。教師の格では、若い吉井は高嶋にかなわないのだ。B組の担任は、さも不機嫌そうに教室を出ていった。

「こいつらを保健室まで連れて行きますから、高橋先生、あとは頼みますよ」

「いつもすみません。この借りは必ずお返しします」

「ははは、期待しないで待ってます」

 傷ついた敗残兵を引き連れて、高嶋教諭は行ってしまった。

「さて、どうしてこんなことになったんだ、って、まあ十文字がらみだろうな」

 詞は机に伏せって大声をだして泣いている。薫は、裕子が差しだしたハンカチで切れた唇を押さえて、加勢した女子に声をかけていた。純一が彼女の肩を叩いて、やっといつもの笑顔になった。

 高橋担任は心の中でドロのようなため息を飲み込むのだった。自分が受け持つ三年A組はいいクラスで、できれば一人も欠けずに卒業式を迎えたいと願っていた。

 

「ねえねえ、聞いたかよ」

「なにがだよ」

「D組の権藤静香、三年の教室に殴り込みかけたって」

「三年に?、マジか」

「三年に絢辻っているだろう」

「ああ、真面目なゲロッパお嬢ちゃんの」

「わたし、ああいうタイプがムカつくんだよなあ」

 放課後、体育館わきの女子トイレの中、数名の二年生女子が鏡の前でたむろしていた。素行の悪さは輝日東高校でもトップクラスのギャルたちだ。

「あの狂犬、好きな男のことで、その男と付き合っている絢辻をボコりにいったんだってさ」

「なんだそれ、しょっぺえ話だな。キャハハ」

「そんで、静香ちゃんとその絢辻はどうなったん」

「それがさあ、おっかしくてさあ。あいつ、絢辻とじゃなくて、なんでか棚町とタイマンはったんだってさ」

「はあ?、棚町とタイマンって、バッカじゃね」

「でしょう。よりによって棚町ってありえねえじゃん。まあ、あいつの頭んなか筋肉だから、見境なく突っかかっていったみたいなんだよ」

「そんで静香ちゃんはどうなったんよ。ま、想像はつくけどさあ」

「うふふ、棚町にボッコボコにされて保健室に運ばれたって。あのブス顔が、さらにブスになったって話さ」 

「そうなるわな、ザマーないね」

「キャハハ、いい気味だっつうの」

 彼女たちの会話をトイレの個室で聞いている一年生がいた。十文字來未だ。ギャルたちが出て行くと、彼女も個室から出てきた。そのまま帰宅することはせずに、三年生の階へと行きA組の教室の前までやってきた。そこでは、まだ数人の生徒が掃除をしていた。

 その中に詞がいた。虚ろな表情でノロノロと動く姿をしばし見つめて、來未は彼女に会うことなくその場を去った。詞は來未の存在に気付くことはなかった。

 



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