絢辻詞 ~footage~   作:北海銀
<< 前の話 次の話 >>

57 / 72
57

 あれから三年の年月が経とうとしていた。この日は地元繁華街の宴会場で、輝日東高校A組のクラス会があった。

「おう、みんな久しぶりだな」

「あは、元気にしてたかよ」

「裕子変わったね」

 懐かしい顔を見て、お互いが歓声をあげていた。

「おお、みんな来てるな」

「うちのクラスは結束が固いからな」

 純一は大学生になっていた。多少は大人びたが、それほど変わっているというわけではない。男たちは押並べて少しだけ大人になっているといった印象だ。彼らに比べて女子たちの変貌ぶりが際立っており、男たちはドギマギしながら見ているのだった。

「女って、変わるよなあ」

 梅原は腕を組んで女たちを俯瞰し、しみじみと感想を述べていた。彼は進学はせず、家業の飲食店を継いでいまは修業中の身だ。

「おう、梅原、純一、こっちだこっち」

 棚町薫が少し遅れてやってきた梅原と純一を出迎えた。ちなみに、純一と薫は卒業してからすぐに別れていた。二人は久しぶりの再会となる。

「薫、おまえも大人っぽくなったなあ」

「ははは。純一、あたしと別れたことを後悔しているだろう」

 薫は、純一と梅原を会場の中へと誘う。そこはすでに、いい具合に熱気が満ちていた。

「お、なんだか盛りあがってるじゃんか」

 やっぱりA組は連帯感が強いと、満足げな表情の純一だった。

「ずいぶんと派手な女がいるけど、誰だよ。うちのクラスにあんなのいたっけ」

 座敷のもっとも端に、場違いなほどきらびやかな服装の女がいて、キャッキャと大きな声で騒いでいた。

 その問いかけに、薫は顔を多少引きつらせながら答えた。

「絢辻だよ」

「ええーっ、あれが絢辻さんって、マジかよ」

「ウソだろ、おい。変わりすぎにもほどがあるぞ」

 派手な色合いの服とアクセサリ―で飾り、元クラスメートだった男相手にはしゃぎまくる絢辻に、かつての生真面目な学級委員だった面影は微塵もなかった。心ある市民ならば、すれ違いざまに目を伏せるか、殿方なら好奇の目で見ることだろう。

「なんか銀座のホステスみたいだな」

「いや、どっちかっつうと、キャバクラ嬢って感じじゃん。しかも、かなりエグい店って雰囲気だ」

 梅原はそういった店が好きで、よく通っている。だから、その界隈の女の子を見る目には長けていた。

「あ、橘君と梅原君、こっちこっち」

 二人を見つけるなり、絢辻が手を振って呼んだ。梅原と純一はお互いの顔を見てどうしようか迷っていた。

「ほらあ、ここに座るの、早く、早くう」

 まわりの人間が引くほどの大声だった。あまりにもうるさいので、梅原と純一は仕方なく彼女の対面に座った。薫も純一のとなりにきた。

 香水とアルコールのニオイがきつく感じられた。間近で見ると、化粧の濃さが目立ち、髪型もよほどおかしなことになっている。ただし元が美形なので、それなりに見栄えはした。アウトローな男の情婦といったところだ。

「なんか絢辻さん、雰囲気変わったね」

 絢辻はウイスキーをロックであおっていた。機嫌よくニコニコしているが、目に生気はなかった。

「いつまでもおとなしい学級委員じゃないつうの。それとも橘君はこういう女が嫌い?」

 純一は返答に困っていた。

「おれは好きだよ。前の絢辻さんもいいけど、今の感じもいい」

 梅原が愛想笑いをしながら言うと、絢辻はキャッキャと笑っていた。

「そういえば、棚町さんと橘君って、付き合ってんじゃなかったっけ」

 話をふられたので、薫が面倒臭そうに言った。

「卒業してからすぐに別れたよ。お互い遠くになったし、遠距離ってめんどいしさあ」

「キャハハ、そうなんだあ。別れたんだあ、キャハハ」

 無邪気に喜ぶ絢辻に対し、薫は少々腹が立っていた。

「まあでもさあ、男なんていっぱいいるし、一人と付き合うなんてもったいなよねえ。どうせ棚町さんのことだから、とっかえひっかえでしょう」 

 薫の堪忍袋の付近がカチンとなった。飲みかけた酎ハイのグラスをおいて、刺すような目線で絢辻を睨んだ。

「そういう絢辻はどうなんだよ。さぞかしたくさんの男どもに囲まれているんだろう。毎晩毎晩、とっかえひっかえで相手してるんだろう。今日はあっちの棒、明日はあっちの棒ってな。乾くヒマもねえよな、まったく」

「おい、薫、あんまりいうなって」

 あきらかに挑発モードに入った薫を、純一が諌めた。

「私は、いろいろよ。いろいろと忙しいの。どうやらあんまりモテてない棚町さんには、わからないだろうけど」

「絢辻さんも言いすぎだって」

 今度は梅原が諌めた。絢辻はあさっての方を向いてウイスキーを一気飲みした。

「ずいぶんと嫌味な女になったなあ、学級委員さんよ。この性格ブスじゃあ、十文字に相手にされなくなるのもわかるわ」

「るっさい」

 絢辻は突如激高して立ち上がった。座敷全体が水を打ったように静まりった。何事が起ったのかと皆が注目する。

「あんたになにがわかる。隼人のことをなんにも知らないで、知ったような口きくなっ」

 薫が言いかえす間もなく、絢辻はヅカヅカと猛獣のような足取りで出て行ってしまった。途中、何人かの背中に彼女のバックが当たるが、気にする様子はなかった。

「あーあ、やっちゃったよ」

「う~ん、十文字のこと言っちゃったのはマズかったかな」

「まあな」

 宴会の場はしばしシラケてしまったが、徐々に騒々しさが戻ってきた。純一の周りにも仲の良かった連中が集まって、ワイワイ話し始めた。話題はしぜんと絢辻のこととなった。

「それにしても、あの変わりようは異常だよな。昔の絢辻さんの面影がないよな」

「あれは相当遊んでるよ。真面目で可愛い優等生だったのに、ヤリヤリな女になっちまったのは残念すぎる」

 梅原がしみじみと語ると、付近の男たちがウンウンと頷いた。

「あいつ、大学を辞めたわけじゃないよな」

「うん、まだ学生やってるって言ってたな」

 ケンカする前に、薫と絢辻はお互いの近況を話していた。

「大学じゃあ、絢辻さん有名だよ」

 絢辻と同じ大学に通う女子がやってきた。絢辻の話題が聞こえてきたので、冷めないうちにとご注進にきたのだ。彼女のことを話したくて、うずうずしているといった様子だ。

「彼女ね、あのまんまの格好で、いつも一番前の席で講義を受けてるの。それで講義の最中に何回も手をあげて、とんちんかんな質問するの。しつこく食い下がるから、先生たちからすんごく嫌われてるって」

 絢辻の奇行は大学では有名であった。

「絢辻の男も大変だな」

 そのいかにもな容姿と振舞いから、当然付き合っている男がいるはずだと誰もが思っていた。

「彼氏はいないみたいよ。っていうか、だいたい女友だちもいなくて、いつも一人でいるよ。ときどき大声で笑ったり、ひとり言をいいながら歩いてるから、気味が悪くて誰も近づかないの」

「それだけじゃないよ」

 そこにもう一人、絢辻の噂を持った女子がやってきた。

「わたしの彼氏も絢辻さんと同じ大学なんだ。それで彼氏と同じゼミの男がさあ、絢辻さんをベロンベロンに酔わせてホテルに連れ込んだんだって。そしていざ服を脱がそうとしたら、それがもう、狂犬みたいに暴れて手に負えなかったみたいよ。そのへんのものを手あたり次第投げつけて、しまいにはバックからハサミを出して斬りつけたらしいよ。相手の男が怪我しちゃったみたいで、警察がきたとかなんとか」

「マジかよ。まるっきり危険人物だな」

「うん、だから派手に見えるけど、男関係は全然ないんだって」

「やっぱ、十文字のことを引きずってるんじゃないのか」

「そうだな。あいつの目をやっちゃったのは、実質的に絢辻さんだしな」

「もう三年前だよ、十文字君だってどこにいるのかもわからないし、そんなことないんじゃない」

「いくら好きだったからって、ふつう、そんなに引きずらないって」

「そうそう。だいたい、十文字のことでいったら、あたしたち全員が悪いんじゃないのさ」

 薫が絢辻を庇った。皆、なんとなく下を向いていた。

 今回のクラス会の幹事は十文字にも出欠を打診しようとしたが、そもそも所在不明で連絡がとれない状況だった。

「絢辻さん、ひょっとして、今日十文字君が来るんじゃないかって期待してたんじゃない」

「ああ、それはあるな」

「でも、十文字がくることなんてないだろう」

 もう十文字隼人と会うことはないだろうと、誰もが思っていた。そして絢辻詞とも、これっきりではないかと誰もが考えていた。

 



※この小説はログインせずに感想を書き込むことが可能です。ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に
感想を投稿する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。