絢辻詞 ~footage~   作:北海銀
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本編の補足的な小話です。


小話
夏休みのアツい一日 ①


「遅いなあ。もう、遅い」

 絢辻詞はイライラしていた。真夏の日光が容赦なく照りつける灼熱の繁華街に立って、しきりに時計を見ていた。

「なにやってるのよ、あの男は」

 ブツクサひとり言をつぶやきながら、ケイタイを取り出して七度目の通話をこころみた。

「どうして出ないのっ。きっとまた忘れているのね」

 だが、詞の電波はまったく違う場所にとんでいるようで、彼の声が聞こえてくる気配は、つゆほどもなかった。

 

 十文字隼人は焦っていた。詞との待ち合わせ時間に、すでに四十分ほど遅れているからだ。なぜそんなことになったのかというと、彼が待ち合わせ場所を忘れてしまったからだ。どことも知れぬ待ち合わせ場所を求めて、ここでもない、あそこでもないと灼熱の路上をいたずらにさ迷っていたのだ。 

「マックだったかな」

 ハンバーガー店の前だと、隼人は今ごろになって結論づけたが、うっすらとした記憶がさらにぼやけているので自信はなかった。昨夜、詞との深夜の長電話の終わり頃に待ち合わせ場所を言われたのだが、半分寝ていたのでしっかりと記憶することができなかった。

「いや、ドーナッツだったかな」

 正解はどちらでもないのだが、彼はとにかく決断しなければならない。詞に確認をとるのがもっともベターなやり方なのだが、ケイタイで連絡しようにも、家に忘れてきたのでどうにもならないのだ。

 ともに正しくはないどちらかに行こうか迷っていた。そうやってフラフラと歩いていたら、カドを曲がったところで通行人とぶつかってしまった。

「おわっ」

「きゃっ、どこ見てんだよっ」

 女性だった。しかも女子高生だ。さらに輝日東高校の制服を着ていた。ちなみに二年生である。

「ご、ゴメン」

 謝ろうとして一歩前に出たところで、隼人のつま先が意図せずその女子高生の足を引っかけてしまった。

「どべっ」

 彼女は前つんのめりになって転んだ。アスファルトに少々強く打ちつけたのか、痛そうに膝を抱えている。

「静っち、大丈夫か」

 彼女の連れと思われる女子高生が二人駆け寄ってきた。やはり、輝日東高校の制服を着ている。

「わ、わるい、ワザとじゃないんだ」

 隼人はあわてて謝るが、相手はすでに気分を害していた。

「おめえ、なにすんだよ。ケンカ売ってのか」

 そう言って立ち上がった女子高生の顔は怖かった。女子というよりは、男前な板さんが本気をだしたような迫力がある。隼人は思わず、数歩後退するのだった。

「あ、ヘンタイだ」

 連れの女子高生の一人が隼人を指さした。そして、ヘンタイヘンタイと声をあげた。

「そうそう、すんごいヘンタイで有名な三年じゃん」

 さらにもう一人の女子高生が追い打ちをかけた。ゲームでめずらしいアイテムを見つけたみたいに、その発見がうれしいみたいだった。

「あはは、そう、俺はヘンタイで有名な十文字だからね」

 ドエロなヘンタイ男としての隼人の悪評は、輝日東高校の相当な部分まで知れ渡っていた。だから、いまさら面と向かって指摘されても、もう焦ったり落ち込んだりはしなかった。かえって自嘲気味に自己紹介する余裕さえあった。そしてそれができるのは、絢辻詞というとびきり美少女な存在が彼の心を支えているからだ。

「そういえば、見たことあるな」

 男前な女子高生は、目の前のイケメンをあらためて物色していた。

「ああ、ちょっと血が出ちゃったね」

 彼女の膝から血がにじみ出ていた。アスファルトで擦ってしまったからだ。

「ほんと、ごめんな」

「こんなの、たいしたことねえよ」

 彼女は男気を見せて強がるが、けっこう痛いと感じていた。

「俺、絆創膏もってるんだ。ちょっと動かないで」

 隼人は財布の中から大きめな絆創膏を取り出した。可愛いアニメキャラがプリントされたそれは、詞からもらったものだ。

「そ、そんなことしなくていいよ。こんなの、ツバつけとけば治るから」

 隼人は女子高生の前に屈み、絆創膏を用意した。ティッシュで膝の汚れをやさしく拭きとると、傷に障らないようにそうーっと貼った。男前は恥ずかしいのか、モジモジとしている。

「ちょっと静っち、ツバつけとくって、小学生みたいじゃん」 

「てか、先輩のその絆創膏、可愛くて泣けてきちゃう」

 二人の女子高生が面白がっていた。おまえらうるさいぞ、と男前が喝を入れる。

「よし、これでOKだな」

 男前な女子高生の膝に可愛い絆創膏があてがわれた。隼人は立ち上がると、面と向かい合ってニッコリとステキな笑顔をみせた。

「う」

 隼人ほどの美男子にこれほどまで接近されたことは、彼女の人生で初めてだった。

「ま、まあ、ありがと」

 彼に対するお礼は、その見かけによらず、小さな声だった。しかも、若干目線が泳いでいた。彼女の心の隅っこで、長い間埃をかぶっていた恋愛スイッチに突風が発生していた。

「ところでさあ、なんで三人とも制服着てるの、夏休みなのに」

 夏休みである。高校生は高校生たる束縛から解放されなければならない。

「よくぞ聞いてくれました、十文字先輩。私たち補習組なんですよう」

「そうそう、マジメに補習を受けに行ったんですよ」

「途中で、バックレてきたけどな」

「それ、まじめじゃないじゃんか」

 夏休みに補習を受けなければならない理由は、おもに二つだ。期末試験で赤点をとったか、停学になって出席日数が足りなくなっているかだ。

「私とゆっちは赤点、静っちは停学なんだよ、イエーイ」と、ピースサインをする。

「そこ、自慢するポイントじゃないから。まあ赤点はわかるとして、停学ってなにやったんだ」

 男前な女子高生は、バツが悪そうにあっちの方を向いた。

「静っちはねえ、軟高に殴り込みに行ったんだよ。金髪DQNの彼女とタイマン張って、大暴れして、そんで停学になっちゃったんだ」

 軟高は、やたらと強力な不良がいることで知られている高校だ。健全な輝日東高生で近づきたいと思う者はいない。

「はは、それはすごい。ケンカ強いんだな」

 隼人は感心していた。他校に殴り込みに行くなど、彼の常識の中にはないからだ。

「友香、余計なこと言うなよ」

「へへへ」

 それ以上ネガティブな情報を口走らないように、男前は友人を軽く睨みつけていた。

「あれ、十文字先輩。服が汚れてますけど」

「ああ」

 隼人のシャツの脇腹部分に赤いシミができていた。

「それ、わたしのアイスだ」

 男前な女子高生はアイスを食べながら歩いていて、転んだ拍子にそれを隼人にぶつけてしまったのだ。

「ごめん。服を汚してしまった」

 意外にも、彼女は素直に謝った。

「いや、俺が足を引っかけちゃったからだよ。かえってアイスを無駄にさせてしまったな。そうだ、かわりのアイスをおごってやるよ」

 原因の大半は、隼人の不用意なつま先攻撃にある。加害者としては、当然の申し出なのだ。

「え、そんなに気を使わなくていいよ。それに、ほとんど食べてしまって、ちょっとしか残ってなかったから」

 彼女は、今までの人生で異性におごってもらった経験がなかった。それがよりにもよって校内で一番の美男子が、自分好みのイイ男がおごってくれるというのである。存分にドギマギしている様子だった。

「いいって、いいって。後輩が遠慮するなよ」

 今日の隼人は気前が良かった。姉の飲食店でのバイト料が入ったばかりなのだ。借金があったので相当差っ引かれていたが、それでも年下の女の子にアイスをおごってやれるだけの余裕はあった。

「先輩、私も」

「私、クレープが食べたい」

 ほかの二人も、すかさず手をあげてアピールした。ここで彼女たちの分をケチったら、それは漢が廃るというものだろう。もちろん、隼人はケチな漢ではない。

「よし、三人分まとめておごろう」

「やったー」

「今日はついてるう」

 二人の女子高生は、存分にはしゃいでいた。男前な女子も、なんとなく楽しそうな表情をしていた。

 アイス店はすぐ傍にあったので、四人はさっそく入店した。

「好きなのたのんでいいよ」

「え、マジですか」

「ヘンタイ先輩って、太っ腹なんですね」

「コラッ。もうヘンタイはカンベンしてくれよう」

 隼人は、さも困った顔をして懇願するのだ。イケメンには似つかわしくない表情である。以後、彼女たちは二度とヘンタイとは言わないことに決めた。

「そういえば、名前きいてなかったね」

「私は友香、杉尾友香だよ。そっちは我妻陽菜、ひなっちね。そんで輝日東の一人ファイトクラブは静香だよ。権藤静香っち」

「友香、苗字は言わなくていいって」

 男前な女子高生は、権藤という、じつに彼女らしい苗字を常日頃から快く思っていなかった。

「静香って、いい名前だよね。権藤って苗字もカッコイイじゃんか」

 詞と付き合うようになってから、隼人は女の子の扱いが若干上手くなっていた。もともとが相手を気づかう性格なので、慣れしまえば照れることなく言葉が出るようになっていた。

「十文字先輩、しずかちゃんって呼んであげると喜びますよ」

「え、そうなのか」

 友香が、ちょっと意地悪そうな目をしている。隼人は、その名で呼んだ方がいいのか本気で迷っていた。

「や、やめてください。権藤でいいですから」

 静香は顔を真っ赤にしていた。彼女が軟高に殴り込みをかけて、卑怯な金髪の不良男子に張り手をかまされた時より赤くなっていた。

「ほら、アイスとクレープがきたぞ」

 注文した物がそれぞれの手に渡った。隼人が代金を払う。その様子を頼もしそうに見つめる女子たちであった。

「そこのテラスで食べましょうよ」

「そうそう、ちょうど空いてるし」

「あ、ちょっと、引っぱるなって」

 陽菜がテラスへと強引に隼人を引っぱった。その後に静香と友香が続く。静香以外の二人は隼人に対し積極的だった。

「あは、このクレープ、超うま」

「先輩、ごちそうさまですう」

 友香と陽菜のクレープは、その店でもっともゴージャスであり値段も高かった。反対に静香のアイスは、一番安いバニラのシングルだ。

「権藤さん、そんなので足りるのか。もう二つくらい上にのっけてもよかったのに」

「わたしはこれでいいんです。いつも少食ですから」

 三人の中で、もっとも大食いな女子の口がそう言った。友人たちはクスクスと笑う。

「ところで十文字先輩は、今日はどういったご用事で。ひょっとしたら、彼女とデートですか」

「うっ」と隼人は呻いた。詞との待ち合わせのことを思い出してしまったのだ。

 彼女を待たせて、すでに一時間近く経過している。きっと詞は怒って帰ってしまっただろうと思った。今日はもう仕方がないので、詞には家に帰ってからケイタイで謝るとして、とりあえずこの場はデートのことを悟られないようにウソをつくことにした。

「いや、そのう、ゲームを買いにきたんだよ。そうそう、梅原と待ち合わせなんだ」

「梅原って、彼女さんですか」

「いやいや、とんでもない。男だよ」

「男の彼女ですか」

「え」

 途端に爆笑が起こった。静香までもが笑っている。

「おいおい、あんまり年上をからかうんじゃないぞ」

「冗談ですよ、冗談。それより梅原さんはいいんですか」

「ああ、もういいんだ。だいぶ遅れてしまったから、たぶん帰っただろうからな」

 エアな梅原は、そもそもここには存在しないどうでもいい存在なのだ。

「十文字先輩、ケイタイ貸してもらえますう」

 陽菜が隼人にケイタイを要求した。この美顔男子の電話番号やアドレス、通信アプリの設定を自分とリンクさせようと企んでいるのだ。

「いや、それが忘れてきちゃったんだ」

 だが、隼人は家に置いてきてしまっている。最近ケイタイを手に入れたので、まだ手についていないのだ。

「それホントですか」

 友香が隼人のズボンのポケットのあたりをまさぐるように、お触り放題していた。

「ちょ、ちょっと止めなさいって」

{おいおい、よくそんなことできるな}と、静香は親友の大胆さに驚き、少しばかりうらやましく思っていた。

「ほんとにないわ」

 ケイタイを持っていたら、いまごろは怒った詞から機関砲のような連発着信があるはずだ。

「ケイタイ忘れるって、十文字先輩はアホですか」

「うん、ありえないわ」

「はは」と笑って誤魔化す十文字だった。

 それから隼人は、後輩たちの雑談に付き合うのだった。

「なんかあ、クレープだけじゃあ物足りないね」

「あそこのたい焼き屋さん、すごく美味しいんですよ。いまサービス期間中で、十個買うと半額になるし」

 そう言ってから、友香と陽菜がじーっと隼人を見つめた。

「わかったわかった、俺も小腹がすいたし、みんなでたい焼きを食べよう」

 隼人は再び財布からお金を出して、友香に渡した。

「らっきー。先輩は何味がいいですか」

「ふつうにあんこでいいよ」

 そのたい焼き店には、あんこのほかにクリームや芋餡などがある。彼女たちは自分のお気に入りを仕入れるために、三人揃って買いに行った。

 一人テラスに残った隼人は、「やれやれ」とため息をついた。

 あらためて時計を見た。詞とのデートを本気で諦めざるをえない時間になってしまった。帰ってからの電話でどうやって謝ろうかと気が重かったが、年下の女子に「先輩」を連呼されて、それはそれでいい響きであるとニンマリするのだった。

 

 






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