絢辻詞 ~footage~   作:北海銀
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夏休みのアツい一日 ②

 詞の我慢は臨界点に達しようとしていた。もともとが、人一倍几帳面な性格なのである。時間の管理は最も気になる範疇なのに、彼女の完璧主義的な部分を知っているはずの彼氏が遅刻しているのだ。もうかれこれ一時間近く待たされ続けている。

 顔は相変わらずの清楚な美少女であったが、心の中は巨大で不気味な出刃包丁をギーギーと研ぐ鬼婆と化していて、接近注意のフラグが立っていた。

「あ、胸やわのお姉ちゃんだ」

 そこに、数人の小学生男子が通りかかった。彼らは以前、詞にからんで尻を触る胸を揉むなどのセクハラ行為をした前科があった。

「お姉ちゃん、なにしてんの。またオッパイもんでいい」

「おれ、尻でいいや」

 健全で元気いっぱいな子供らしく、反社会的な暴言をさらりと言ってのけた。

「ああーっ」

 無垢な人々を百人ばかり切り刻んだらこのような顔になるだろうか。いまの詞の機嫌は、絶望的なほどシリアルキラーになっていた。尻尾の先まで腐った魚の目と、すこぶるホラーな表情で子供たちを見下ろしていた。「おまえら、キリキリしてやろうか」

「やべえ、貞子だ」

「いや、オーディションって映画の女だ」

「にげろ」

 子供たちは、やはり元気いっぱい全力疾走で逃げ去っていった。

「ったく、なんなのよ、あの子たちは」

 詞はぷりぷりと怒っていた。再び時計を見る。

「もう、この暑いのに何時間待たせる気なの、あのおとこは、、って、あれえ」 

 この時、詞は突如として思い当たってしまったのだった。

{そ、そういえば待ち合わせ場所、ここだっけ}

 昨夜の長電話の切り際に自分で場所を指定したのだが、隼人と同様、詞も半分眠りかけていたので、自分の口から出た言葉がテキトーだった可能性があるのだ。 

 たしかにこの場所を言ったつもりだが、これだけ待っても来ないのなら、ひょっとしたらということも考えられる。

{私の記憶違いかも}

 その可能性を捨てきれない、いや、充分にあり得ることだと、昨夜の記憶にモヤがかかっている状態の詞は、まったく自信がなくなっていた。

{うん、やっぱり違う。絶対にここじゃない感がハンパないわ}

 ああ、どうしようと頭を抱える詞だった。

 待ち合わせの時刻から、すでに一時間は経っている。隼人はまだ待っているかもしれない。詞はそこに飛んででも行きたいのだが、記憶のモヤの中からその場所を特定するのは困難だった。

{ああ~ん、もう、私のバカバカバカバカ~}

「えいっ」

 自分への腹立ちまぎれに、詞はすぐ足元の地面に落ちていた小さなペットボトルを蹴った。

 

 パコ~ン。

 

 といい音がした。 それはロケットのように空中を直進し、あろうことか通行人の後頭部を直撃してしまった。

「だれや、コラア」

 ペットボトルをスキンヘッドな後頭部に直撃されたその男は、どの方角からみてもアウトローな姿であり、実際に名のある暴力組織の幹部だった。彼のほかに伴の者たちが数名いた。

「ヤバいーーー」

 とっさに詞は知らん顔をした。ごく普通の通りがかりの女子高生のように、つとめて平然と歩くのだった。 

「オイ、コラア、クソガキー、おんどれかー」

 ちょうどそこに、金髪と頭髪をガンガゼウニのように直立させた不良男子高校生がいた。二人はサッカーの話をしていて、運悪く金髪のほうがエアシュートを蹴った直後だった。アウトローは、その二人に向かっていた。

「は」

「え」

 もちろん無実なのであるが、状況は金髪とガンガゼウニがペットボトルをアウトローの後頭部めがけて蹴ったように見えた。

 彼らは有名な不良であったが、相手があきらかにそのスジの者たちと悟り、さらに過去にそのスジの者たちと揉めて銃撃され、あやうく殺されたかけた経験があったので、一切ためらうことなく、弾かれたように逃走した。

「待てコラアーー」

 アウトローと不良がひと塊となって、街の向こうへと消えていった。

「ふう」

 危機を脱した詞が一安心していると、後ろからいきなり肩を叩かれた。

「ひゃっ」

 思わず口から心臓がとび出しそうになった。振り返った詞の目が点になっている。

「絢辻さん、大丈夫ですか」

「里塚君」

 彼女の肩を叩いたのは輝日東高校二年生の里塚翔太である。見かけも性格もいたって真面目な生徒だ。詞は生徒会によく出入りしているので、生徒会書記な里塚とは顔見知りだった。

「なんだ、里塚君だったのか」

「なんか、僕じゃあダメみたいな言い方ですね。正直いって傷つきました」

「ちがうちがう、そういう意味じゃないの。いま怖い人たちがいたから、ちょっとね」

「はは、そうでしたか。でも、もし絢辻さんにちょっかいだすヤツがいたら、僕がぶっ飛ばしてやりますよ」

 たぶん里塚には到底無理なことであり、逆にからまれてエジキになってしまうと詞は思っていた。

「うん、その時はお願いね」

 ありがたく、青少年のお気持ちだけをもらっておく律義な女子高生だった。

「ところで絢辻さん、ここでなにしてたんですか。買い物ですか」

 じつは里塚翔太は、詞にベタ惚れしている男子であった。大好きな彼女が他の男子とデートなどとは、太陽が西から昇って超新星爆発しても考えない。当然、彼女一人での買い物だと信じていた。

「まあ、散歩かなあ」

 十文字と付き合っていることは秘密にしている。デートの待ち合わせ場所に迷走しているとは、口が裂けても言えないのだ。

「散歩って、こんなところまでですか。たしか絢辻さんの家って、ここからかなり遠いような」

 生徒会で雑談をしていたときに、彼に絢辻家のおおよその位置を教えたことがあった。

「ま、まあね。私こう見えても散歩女子なんだよ」

「散歩女子って、そういう言葉、はじめて聞きました」

「さいきん、流行ってるのよ。はは」

 たしかにヘンな造語である。無理にアヤシイ言い訳を絞り出さず、素直に買い物にしておけばよかったと詞は後悔していた。

「どれくらい歩くんですか」

「ええっと、一日四万歩ぐらいかなあ」

 散歩にまったく興味のない詞はテキトーな数値を言う。

「四万歩って、三十キロは超えてますよ」

「え、三十キロも」

 自分で言っておいて、その遠大な距離に驚く詞であった。

「ま、まあ、三十キロくらいは余裕でしょう」

「じゃあ、そんな絢辻さんは、おそらくお腹が減っているはずだから、なにかおごりますよ」

 この会話の流れを、里塚翔太は無駄にしなかった。一見奥手そうなのだが意外とタフに攻める男子だった。

「え、いや、それは悪いよ。だって、お金使わせたら申し訳ないし」

「全然心配ないですよ、絢辻さん。僕の家、金持ちですから」

 じつに断りづらい文句であった。詞は次なる逃げ道を探すが、その前に里塚が先手を打ってきた。

「ヒマラヤベリーでもどうですか」

 ヒマラヤベリーという店は、高校生のカップルがイチャつく定番のカフェだ。そこで二人っきりでいると、付き合っていることの証となるのだ。

 彼氏とのデートをすっぽかして他の男子とそこにいては、完全なる浮気となってしまう。噂が一人歩きすると、きっと隼人の耳にも入るだろう。そうなっては一大事である。詞は相も変わらず、隼人が大好きなのだ。

「いやいや、あそこの食べ物は高カロリーだから太っちゃう。ここから遠いしね、ははは」

 詞は女子の必殺防御技、「太ってしまう」で逃げきろうとしていた。

「じゃあ、ヒマラヤベリーはまた次にしましょう。でも、今日はなにかおごらせてください。じゃないと一日中ストーカーしますから」

 里塚は真面目なだけあって、有言実行するタイプだ。一人で散歩しているはずの詞に、彼の申し出を断りきる理由がなかった。

 それに隼人との待ち合わせ場所もわからず、すでに一時間を無駄に消費している。彼は怒ってきっと帰ってしまっただろう。であるならば、里塚の誘いを断ってヘタに勘ぐられるよりも、そのへんのハンバーガー店でジュースでもおごってもらって茶を濁したほうがいいと考えた。そして、今晩の電話で隼人に死ぬほど謝ることにした。

「じゃあ、マックでシェイクでもご馳走になろうかな」

「シェイクだったら、もっとおいしい店がありますよ」

 里塚は意気揚々と歩きだした。詞は大きなため息をついて彼に従うしかなかった。

 








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