絢辻詞 ~footage~   作:北海銀
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夏休みのアツい一日 ⑤

 詞と隼人は、息を切らせながらカラオケ店に入った。受付の前に立ってから、ようやく手を離した。

 詞はケイタイを取り出して、会員であることを証明する。隼人はカードを出した。

「詞はここの会員だったんだ。クラスの連中とよく来てるのかい」

「ううん、私、あまり外で遊ばないから。ここにはお母さんとたまに来るのよ」

 普段の詞は、学級委員の仕事や生徒会に呼ばれたりして結構忙しい。暇があると、図書室にこもって勉強や読書に勤しむ真面目な女子高生である。

「お母さんは歌が好きなんだけど、一人でくるのは恥ずかしいからって私を無理矢理連れてくるのよ」

「楽しそうな母さんだね」

 うふ、と詞が微笑む。

「そういう隼人もカードを持っていたけど、橘君たちとよく来るの」

「俺もクラスの連中とはあんまり付き合いがないんだ。だから、もっぱら來未とだよ」

 隼人の妹である來未は、普段は一人カラオケなのだが、財布の中身が寂しくなると兄を強引に誘うのだ。

「前の隼人だったら、ちょっと誘いにくいものね」

 以前のホームレス然とした隼人を誘うと、彼の分を誰かが負担しなければないとの不調和が発生してしまう。詞の言いたいことを隼人は理解していた。 

「べつに貧乏なわけではないんだから、誘ってくれれば行ったのにさ」

「うふふ」

 少しばかり孤独気味な詞は、彼氏が同じような状況であることに、正直ホッとしていた。友達がたくさんいて社交的過ぎるのは、彼女としては重たく感じてしまうのだ。

 二人は部屋に入り、仲良く並んで座りメニューを吟味し始めた

「じゃあ、まずは飲み物を何にしようか」

「ジンジャーエール。それと私、お腹空いちゃった。隼人も食べるでしょう」

「え、ああ、うん」

 彼はついさっき、アイスとたい焼きをさんざん食べているのでお腹は減っていなかった。しかしながら、最愛の彼女にさっきまで後輩女子と楽しくお茶していたとは口が裂けても言えない。ここは胃袋に気合を入れるしかないのだ。

「そうなんだよ。迷っちゃって、すっかり腹ペコだよ」  

「ここのデラックスバタートースト、おいしいのよね。隼人も食べたことあるでょう」

 このカラオケ店のバタートーストは、鬼のようなボリュームで有名だった。ほぼ一斤の食パンに、アイスクリームとバターと甘々のあんこが山のように盛られている。大食いフードファイターが食したことでも有名だ。

 來未が兄とくると彼女はきまって注文し、結局食べきれなくなって隼人が残飯処理をすることが常だった。

 詞はさっそく、飲み物とバタートーストを二人分注文した。

{十文字隼人はアイスとあんこの夢を見るか}という命題が、隼人の脳裏をかすめた。

「私が最初に歌っていい」

「もちろん」

 控えめな詞が先に歌うと宣言した。自信があるのだろう。これはきっと天使のような美声に間違いないと、隼人のワクワクが止まらない。  

 詞がマイクを握った。ドラムが上手な隼人は、音楽のセンスがバツグンだ。タンバリンを持って、存分に打ち鳴らして盛り上げてやろうとスタンバイしている。彼女が歌い始めた。

「♪ あの日~ 泣いた~ ♪」

 だが彼のタンバリンは打ち鳴らすタイムミングをつかめずに、しばし沈黙することとなった。

{の、ノれない}

 その曲は、いわゆるノリのいい曲ではなかった。バラードのようなテンポであるが、曲が含んでいる雰囲気は どことなく薄暗くてメランコリックな感じだった。

 詞は淡々と歌っていた。いや、朗読していた。耳をすますと、お経のような感じだった。その曲を知らない隼人だが、すくなくとも自分の彼女が歌ヘタだということはわかった。

 歌のマズさも大概だが、そもそも彼氏との初めてのカラオケで最初にもってくるには、だいぶ明るさに欠けていた。 

 それでも隼人はめげなかった。持ち前の音楽センスで、まったりとしたタンバリンを絶妙に合わせて応援していた。

「ご清聴、ありがとうございます」

 歌い終わった詞は、深々と頭を下げてからニッコリと微笑んだ。

「ねえ、どうだった。この、お母さんのオハコなの。とってもいい歌だったでしょう」

 どうやらこの美少女は、自分の歌ヘタ&選曲ヘタに気づいていないようだった。

「う、うん。スゲーいい曲で、俺、ドラムを叩きたくなったよ」

「そうでしょう」

 本音ではあまり叩きたくなかったが、それでもその曲自体は良かったので、きっと上手い人が歌ったら、さぞかし聴きごたえがあっただろうと隼人は思った。

「じゃあ、次も私がいっちゃおうかな」

 彼氏の誉め言葉に気をよくしたのか、続けざまに歌うようだ。 

 もちろん、隼人には異存がない。たとえ歌は上手くなくとも、歌っている詞のその表情は、なんとも形容ができないくらいに可愛らしかったからだ。

 美少女は、腹の底に溜まったひどく澱んだ感情を吐き出すように歌い始めた。

「♪ うらみま~す ♪」

 怨嗟のような読誦だった。真夜中の墓地で白い着物を着た髪の長い女性が、こっちにおいで~っと、皺がれた声をしぼり出しているような感触だった。隼人の目が点になっている。

{な、なんちゅうものを歌うんだよ}

 隼人も知っている曲だった。しかしながら、これは彼氏との初カラオケデートでは推奨できない類のものだ。あまりにも陰鬱すぎて、隼人以外の男子なら直ちにお腹を下していただろう。 

{これはダメだ、ダメだよ~、詞}と、隼人はうらめしそうに心の中でつぶやいていた。

「♪ うらみま~す ♪」

 タンバリンの出番は割愛となった。もし無理にでも打ち鳴らそうものなら、例えるならそれは、恐山で自らの魂に霊を降ろしている最中のイタコの鈴の音となってしまうだろう。どこか深い闇から怨念の塊が降ってきそうだった。

 曲の後半はドラムまじりの伴奏が効いていて、なかなかの勢いではあったが、恨み節な歌には変わりなかった。歌詞が表示されるモニターには、雨に濡れるお地蔵様の映像が延々と流されていた。どこのホラー映画だと、隼人は背筋が寒くなっていた。

 詞は歌いきった。その曲調と歌詞の内容から程遠いような、じつに晴れ晴れとした表情をしていた。

「これもお母さんが得意なラブソングなの。お父さんの愚痴を言いながら歌うのがミソよ」

 いまの曲が亭主の陰口をたたきながら歌うラブソングなのかどうか、その判断は人それぞれであるが、隼人は違うのではないか思った。ただし、指摘はできなかった。

「はい、じゃあ次は隼人ね」

 いよいよ隼人の出番となった。力のかぎり盛りあげたかったので、ここはノリのいい曲で流れをつかもうと考えていた。

「あ、やっぱり私もう一曲歌うね」

 ちょうどそこに、注文していたものが運ばれてきた。彼氏がお腹を空かしているはずだから、先に食べるように気づかってくれたというのは理由の半分で、もう半分は詞自身がまだマイクを離したくなかったのだ。

「うう、甘い、甘すぎる」

 まったく食欲はなかったが、隼人は食べるしかなかった。

「次はノリノリでいっちゃうよう」

 曲が始まる前から、すでに腰を振っている詞であった。それは、ビートが効いた曲になるとのサインである。今度こそは俺のハートに火が点くのだなと、隼人は多大な期待を持っていた。

 

「♪ ズンドコ は・や・と ♪」 

 

 固まった。

 隼人は存分に固まっていた。

 フォークで突き刺した、あんこがたっぷりと付いたアイスクリームを口の前十センチに浮かべ、唖然としていた。

 

{ズンドコ節かーっ}

 

 その曲をウケや冗談で歌う女子高生はいるかもしれないが、詞はいたって真面目に選曲したのだ。しかも、見ている方が恥ずかしさで身を捩りたくなるようなダサい振り付けまでしている。アイスクリームが溶けて、隼人の手に流れ落ちていた。

「♪ ズンドコ は・や・と ♪」 

 キ・ヨ・シ・の部分を隼人に言い換えているのは、彼女の彼氏に対する愛であった。

 それにしても、踊りというか振り付けというか、彼女の動きがとにかく奇妙であった。

{だが、それがいい}

 じつに滑稽ではあったが、詞がズンドコ朗読しながら大真面目に一生懸命お尻を振る姿は、なんともコケティッシュであり、{俺の彼女、がばい可愛か}と更なる愛しさに目覚める隼人であった。

「この曲はね、お母さんの振り付けがスゴいのよね。隼人に見せたかったなあ」

 いや、娘の踊りも十二分に見ごたえのあるものだった。

 詞は音楽にさほど興味があるわけではない。贔屓にしているグループやバンドもなければ、とくに好きなジャンルもない。だからカラオケの曲といえば、彼女の母親の趣味が100%反映されることとなるのだ。

「はい、今度こそは隼人の番よ」

 このタイミングでマイクを手渡されても、いまさら盛り上げることは困難だと隼人は思った。それでも高校生の定番の曲で、自分の彼女をまっとうな道へと更生させるのだと意気込むのだった。

 隼人は、ドラムは超高校生級の腕前だったが、歌もそこそこ上手かった。詞のトンチンカンなタンバリンの連打でリズムが崩されかけたが、なんとか歌いきることができた。

「まあ、なかなかだけど、後半、私のタンバリンに合ってなかったかな」

 リズムがデタラメなのはタンバリンであって、歌い手ではない。

「はは、そうかな」

 隼人は、ノドから出てきそうになったものをグッと呑み込んだ。

「いまの曲、詞はもちろん知ってるよね」

「ううん、知らない」

 バタートーストをもぐもぐと頬張りながら、さも興味がないといった表情だった。

「私、あんまりマイナーな曲って知らないから」

 あれだけドマイナーな歌を惜しげもなく披露した口がそれを言うのかと、隼人は一時的に憤慨したが、あんこを口の端に付けた詞がよっぽど可愛かったので許すことにした。

「さあ、時間分は歌っちゃうよ。もう、ズンズンといっちゃうから」

 詞は、なぜか盛り上がっていた。さっきの歌のどこに気分を高揚させる要素があったのか不明であるが、とにかくマイクを握るのだった。

 イントロが始まった。詞はキリリとした顔で立ち上がる。よく見ると、唇の端にはあんこのほかにアイスクリームまで付いていた。

「これは、お母さんの大事な曲なの」とわざわざ前置きをして、彼氏に注意して聴くように促した。そしてジンジャーエールを一気飲みし、かるくゲップをしてから歌いだした。

 

「♪ 世の中は~ ♪」

 

{くううう、そうきたか}

 

 隼人は、思わず頭を掻きむしりたい衝動に駆られていた。予想はしていたが、またしても盛り下がる曲であった。

『世情』である。

 寂寥感てんこ盛りのメロディーとコーラス、世の無常観を体現したような歌詞、どれをとってもテンションがダダ下るにはもってこいの選曲だ。

 たまにふと死にたくなった時、あるいは失恋して絶望に打ちひしがれた際に聴くとすんなり入ってくる曲であって、初カラオケデートで彼氏に真顔で聴かせる曲では、すくなくともない。名曲なのだが、時と場所を選ぶのだ。

{なぜに俺たちの生まれる遥か前の曲ばかりなんだ、つかさ~。趣味がオバサンすぎるぞ}と、隼人は嘆き悲しんでいた。

「♪ シュプレヒコールのなみ~ ♪」

 朗読調の歌の合間に、なぜか「加藤くーん」と意味不明なつぶやきが入っていた。歌いながら目が潤んでいる詞を見て、{え、なんで}と逆に泣きたくなる隼人であった。

 



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