絢辻詞 ~footage~   作:北海銀
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夏休みのアツい一日 ラスト

「ああー、もうイライラするーっ」

「ちょっとう、マズいってー」

 廊下が騒がしくなった。誰かが大きな声で叫ぶようにして話していた。

「だって、隣りで、こうもド根暗な曲ばかりやられたら、こっちまで盛り下がっちゃうじゃないの。ズンドコの後に世情って、ぜったい、アタマおかしいって」

「一曲、いいのがあったじゃないの」

「男はいいの。女がイラつくー、はっ倒してやるわ」

「はるか、止めなさいって。ケンカになっちゃうでしょう」

 唐突に、ドアが開かれた。

 店員でも来たのかと、隼人が入り口のほうを見た。詞はモニターに集中していたので侵入者に気づいていなかった。 

「ああー、隼人じゃないの」

「あら、ほんとだ」

「森島さん、塚原さんも」

 乱入してきたのは、森島はるかと塚原響だった。二人は隼人たちのとなりの部屋にいたのだ。

「ええーっと、それじゃあ、そこでド根暗に歌っているのは、絢辻ということね」

 なぜ二人がここに来たのかわけがわからなかったが、隼人がコクリと頷く。

「♪ シュプレヒコールの~ ♪」

 曲は終盤になり、詞はサビの部分を熱唱している。目を瞑り、涙を流しながら一人悦に浸っていた。

 はるかと響はとりあえず着席した。そして隼人と詞の食べかけのバタートーストをかってに食べて、後輩女子の熱唱を冷めた目で見ていた。

「あの子、どうしちゃったの」

 塚原の問いかけに、隼人は、ハハと笑うことしかできなかった。

「この店の壁、不良品よねえ。さっきから絢辻のお経が隣にダダもれだって。迷惑なの、迷惑」

 通常、カラオケ店は防音が施されていて隣りの部屋の音が聞こえづらくなっているものだが、この店は厨房に力をいれるあまり、壁の厚さに設備的なコストをかけなかったようだ。

「あっ、なによ、だれ?」

 歌い終わって振り向いた詞が、侵入者に気づいた。

「あれえ、森島さんじゃあ・・・、塚原さんも。どうして」

「あんたの、くそ重た~い歌声がこっちまで響てくんのよ。胃が痛くなったじゃないの。責任とってよね」

「え、なにが」

 はるかの言っている意味がわからず、詞はキョトンとしていた。

「森島さんたち、隣りで歌ってたみたいなんだよ。なんか、仕組まれたような、すごい偶然なんだ」

 隼人は、はるかと響が以前のようにまとわりついているのではないかと疑っていた。

「仕組んでなんかいないわよ。人ぎきの悪いこといわないでよねえ。いつまでも高校生のイチャつきに付き合ってほどヒマじゃないの。こっちだって男連れなのよ」

「それはホント。今日は私たちも大勢で来てるから」

 はるかと響は、大学の男友達と遊びに来ていたのだ。

「そうだ、せっかくだからみんなで歌いましょう。いま、男どもを引っぱってくるから」

 はるかが出ていった。塚原は、「邪魔してゴメンねえ」と言いながらもしっかりと居座っている。バタートーストをもりもりと頬張り、隼人のコーラでグビッと流し込んだ。

「ぷはー、うんめえ」

 大学生になって、少々オヤジみたいになった響きだった。じつは昼間っからではあるが、多少のアルコールが入っていたのだ。

 詞は不機嫌な表情だった。せっかく隼人と二人っきりでカラオケを楽しんでいるのに、またもや森島はるかの妨害である。今日は、まだまだ心に沁みわたるとびっきりの歌を彼氏にプレゼントしたいのにこれでは台無ではないかと、再び「うらみま~す」を歌いたい心境だった。

 いっぽう、隼人のほうも残念な気分だった。彼女の歌は正直言って期待外れだったが、せっかくの密室なので、ムードのある曲をかけて一緒に踊ったり、その際にキスしあったり、できることなら可愛い詞のいろいろな個所をお触りしちゃったりと、ドヘンタイで名を馳せている男らしい展開を夢見ていたのだ。

「ほら、入って入って」

 はるかと、その男たちがわらわらと入ってきた。 

「ウッス」

「ウッス、失礼します」

「お邪魔しまっス」

「お、カワイイ女子高生がいる」

「お、カワイイ男子高校生もいる」

 総勢五人の筋骨たくましい男たちだった。真夏ということもあり、上着はTシャツのみかタンクトップだけだった その男臭さに、詞は思わず咳き込みそうになった。

「パンパカパ~ン。これが我が大学のボディービル部だよ。ほらほら絢辻、触ってあげて」

 美少女女子高生が触ってくれるとあって、彼らは大喜びだ。全員がTシャツやタンクトップを脱ぎ始めた。

「な、な、なんですか」

 白や黒に目が点滅している詞を囲んで、彼らはボディービルダーのキメのポーズをとっていた。

「キレてるキレてる」

 塚原がキャッキャとはしゃぎながら声援を送っている。ボディービルダーたちは、詞が触ってくれるまでポーズをキメ続ける気だ。

「ちょ、ちょっとまって」

 隼人が彼女を救出しようと立ち上がるが、角刈りのボディービルダーが肩を押して強引に座らせた。そしてとなりに肩を寄せ合うように座った。

「君、いい顔してるねえ。これからどこか静かなところにいかないか。二人っきりで」

「ウッホ、遠慮しときます」

 男子高校生としては絶体絶命な状況だった。隼人は自分が逃げるのが精一杯なのだ。

「ヘーイ、ボーイたち、今日は盛りあがっていこう、ヒューヒュー」

 はるかは男たちの筋肉をペシペシ叩きながら、「曲をかけて」と叫んでいる。すでに一杯ひっかけてきたのか、顏を赤く火照らせて上機嫌ではしゃいでいた。

 男たちはさらにラディカルな格好になった。なんとズボンを脱いで、ビキニパンツ一枚となったのだ。そして、ボディービルダーの本能が命ずるまま、相変わらずのキメのポーズをするのだ。

 唐突に曲が始まった。選曲はすでに響がやっていたのだ。

「♪  in the navy  ♪」

 筋肉ムキムキなマッチョたちが全員で歌う。ノリノリの曲に合わせて、はるかが両手を叩き「ヘイヘイ」と盛り上がっていた。

「♪  in the navy  ♪」

 はるかは、筋肉マッチョの男たちと肩を組みながら合唱し始めた。響が黄色い声援を飛ばす。

「・・・」

 そのやかましさと厚かましさ、男臭さに呆然と立ち尽くしたままの詞であったが、森島はるかの生き生きと楽しそうな顔を見て、メラメラと怒りの感情がわいてきた。せっかくのカラオケデートを邪魔されただけでも腹立たしいのに、彼女の趣向とは逆の歌を絶叫され、しかもわけのわからぬ筋肉男たちと大騒ぎしているのではないか。表情には出さないが、腹の底でギギーと歯ぎしりしていた。   

 突然、ブチッと曲が途切れた。盛りあがっていた大学生たちは、停電にでもなったのかとキョロキョロしている。電気の供給が途絶えたのではない。詞が強制終了させたのだ。

 

「♪ コンコン 釘をさす ♪」

 

 そして間髪入れず詞は歌い始めた。例のお経のような朗読スタイルで、しかも負の感情をふんだんに織り込みながらのアツい唸りだった。

 

「♪ わらの人形 ♪」

 

{『呪い』キター}

 

 隼人は、奇跡的にその『呪い』という曲を知っていた。大好きな彼女からは一生聴きたくはない部類の曲だが、いまの状況ではナイスな反撃だと心のなかで喝采を送っていた。

 その場の高揚した雰囲気が急降下していた。今度は、はるかと筋肉男たちが立ちすくむのだった。

「♪ コンコン ♪」

 プッツンと曲がぶった切られた。はるかが仕返しをしたのだ。そして、すかさず自分の曲をかけた。

「♪ この頃 はやりの女の子 ♪」

 森島はるかが『キューティーハニー』を歌い始めた。 

 歌の上手さもさることながら、十二分にセクシーで見ようによってはエロチックな振り付けが、これがまた絶品だった。胸を手で挟みながら、その極上ヒップを小刻みに振りまくる。挑発的な流し目の直後に股を大胆にひらいての屈伸など、思春期の男子には垂涎ものの光景だった。

 詞絶対LOVEな隼人も、これには存分に欲望を刺激されていた。また、脇で即席のバックダンサーを務めるボディービルダーたちも、別なお色気では気合が入っていた。

 こんなハレンチな曲は直ちにdeleteしなければと真面目な女子高生は思ったが、途中で消されないようにと響ががっちりガードしている。仕方なく曲が終わるのを待つしかなかった。

 歌い終えたはるかが、筋肉男たちと上機嫌でハイタッチしている。詞には口が裂けても言えないが、これはよいものを見させてもらったと、隼人はすっとぼけた表情ながら感動していた。

 間をあけることなく、仕返しにと詞が次の曲を歌い始めた。

「♪ 別れはいつも~ ♪」

 『わかれうた』であった。

 まるで彼氏のうわついた心を見透かしたかのように、詞の歌は辛辣なのだ。もちろんバカ騒ぎできる曲ではなく、せっかくはるかが醸成させた熱気に水をかけるのだった。

{名曲だけど、彼氏を前にして歌う曲じゃないよ~。縁起でもないよ~}と隼人は思った。

 当然のように、はるかが消しにかかるが響がブロックしていた。親友といえどもフェアに闘えというのだ。

 ならばと、はるかはテンションが否応なしにアゲアゲになる曲をかけた。そして、弾けるように踊るのだ。 

 ならばと、詞は気分が否応なしに悲しくなる曲をかけた。そして、葬式の坊主みたいに歌うのだ。 

 盛り上がる曲vs盛り下がる曲、美人女子大生vs美少女女子高生の歌バトルだった。規定時間内では決着がつかず、延長に次ぐ延長となった。 

 可哀そうなのはバックダンサーを仰せつかったボディービルダーたちだ。はるかの歌は激しい曲調のものがほとんどで、全力で踊さられる羽目になった。椅子に座って休もうとすると、「そこ休むなっ、踊れ」っと激がとぶのだ。

 その状況は隼人も似たようなものだ。相手側の数に負けないように、終始詞の横でタンバリンを持って、彼女の盛り下がる曲に合わせて打ち鳴らしていた。詞の曲は難易度が高くて、手首の尿酸値の上昇がいちじるしかった。

 

 どれほどの時間が経過しただろうか。疲労困憊した大学生と高校生が無言で椅子に座っていた。はるかと詞は、もう歌う気力と曲がなくなっていた。ほかに志願するものもいない。

「疲れたから帰る」

 そう言い残して、はるかが出ていった。響が続き、筋肉男たちも元気なく出ていった。

 詞と隼人は並んで座っていた。余程くたびれたのか、彼女の頭部が彼氏の肩へもたれかかっている。

「もう、ノドがガラガラになっちゃった」

「今日は詞の歌がいっぱい聴けてよかったよ」

「そんなに良かった、ふふふ」

 詞はまんざらでもない気分だった。選曲と歌の腕前が良かったと本気で思っているようだ。

「今度はクラスのみんなと来ようかな」

「そ、そのときは」

 隼人は、流行の曲を最初に歌うように強く勧めた。これだけ暗い曲を連発されたら、皆がドン引きしてしまう。二度とカラオケに誘ってもらえなくなる可能性があるからだ。詞のためをおもってこその助言だった。

「え、今日の選曲マズかったかなあ」

「いや、そういうことじゃなくてさ、最初にみんなが聴きなれてるのを歌ってさあ、勝負曲は最後にもってきたほうが、ほら、なにかとカッコイイじゃんか」

「それもそうね」

 詞は素直に納得し、後日じっさいにその通りにした。

「じゃあ、俺たちもそろそろ帰ろうか」

「うん」

 今日一日、なんだかんだあり過ぎて詞と隼人はともに疲れ果てていた。すでに夕刻になっていたし、これ以上デートを続けるのは適当ではないとの合意に達した。

 ただ会計での精算時、予想以上の金額を請求されて、二人は顏を見合わせて苦笑いするのだった。

 






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