絢辻詞 ~footage~   作:北海銀
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本編の補足的な小話です。

二年生女子による三年A組殴り込み事件の後日談となります。
棚町薫と権藤静香のお話です。


歩み寄り、そして戦い ①

 昼休みとなった。

 二年D組の教室では、仲良し同士でお弁当をひろげたり、パンを買いに行こうとしたりと、生徒たちが嬉々として動きだしていた。 

 だが、いつも通りの和やかな空気が一気に張り詰めた。教室の前ドアに一人の三年生女子が現われたからだ。

 三年A組の棚町薫だった。彼女は両手を組んでドア枠に寄りかかっている。

 生徒会書記で何かとクラスのまとめ役の里塚翔太が、その三年生のもとへ行って二言三言話をした。そして踵を返し、教室の窓ぎわまで走ってきた。 

「権藤さん、あのう、来てるんだけど」

 彼はクラスメイトである権藤静香の席に近づき、彼女に来客がきていることを告げた。かなり緊張した様子だった。その三年生が招かざる者であることを十二分に理解しているからだ。

「わかってるよ」

 まだ腫れが引かぬ顔をあげて、権藤は席を立った。いったん開いた弁当箱のフタを少しばかり乱暴に戻した。

「静、私らもいくよ」

「うん、いくいく」

 一緒に弁当を食べようとしていた二人の女子生徒も立ち上がった。

「いいって。陽菜と友香はここにいてよ」

「でも」

「今度は負けないから大丈夫。逆にボコボコにしてやるよ」

 

 権藤静香と我妻陽菜、杉尾友香は、一昨日、三年生の教室に殴り込みに行ったのだった。

 三人は以前十文字隼人と知り合いになり、それ以来、彼に恋い焦がれている女子だ。とくに権藤の、ひそかに想い続ける愛は深刻なレベルであり、男勝りの豪胆な心をいい具合に焦がしていた。 

 それ故に、その想い続けている彼を非情にも病院の集中治療室送りにした女、絢辻詞を許せなかった。いくら彼女とはいえ、仕事をすべて十文字に押しつけて、自分は生徒会室でぬくぬくとおしゃべりをして、高熱を発している十文字隼人を氷雨が降りしきる場所に置き去りにしたのだ。羊の皮をかぶったドブネズミみたいな悪女に、鉄槌を下さなければ気が済まなかった。

 だから一昨日、権藤たちは絢辻の可愛い頬っぺたが千切れるくらい張り手を食らわせてやろうと思って、三年A組の教室へと突進したのだった。

 しかしながら、三年A組には棚町薫という核弾頭が存在している。憎い絢辻を叩きのめすつもりが、A組の守護神である彼女とタイマンを張ることとなって、ものの見事に返り討ちとなり、ぶちのめされてしまったのだ。

 そのことは全校生徒、とくに二年D組の生徒はよく知っている。なにかと短気ではあるが、イザとなったら体をはってクラスメイトを守ろうとする権藤を嫌う者はいない。皆、彼女のことを心配し、教室の入り口で斜にかまえている三年生女子を敵とみなし憎んでいた。

「なんなら俺たちも手をかそうか。棚町は一人で来てるみたいだし」

「いいって、女同士の話だからさ」

 体格のいい男子たちが助っ人を申し出た。もちろん、権藤は首を振って断るのだった。彼らが棚町に手をだしたら、今度は三年A組の男子が黙っていないだろう。

「どうしてやろうかな」

 殴り合いでは手数の多い棚町に勝てないことは自覚している。無理矢理押し倒して、そして寝技勝負にもちこんで絞め殺してやろうか。ゆっくりと歩きながら、権藤はそんなことを考えていた。

 

「高嶋んとこ行くんだったら、んなことしなくていいよ。あいつには話をとおしてあるからさ」

 二年D組の女子の一人が廊下に出たところで、棚町は声をかけた。まさに彼女は職員室へ襲撃者が来たと通報しに行くつもりだった。

「あ、は、はい」

 狼に睨みつけられた小鹿のように一瞬立ちすくんでから、彼女はすごすごと教室へ戻っていった。

「また続きをやんのか、相手になるよ」

 権藤が棚町のもとへやってきた。一昨日さんざん殴られたのに、怖気づくことなく堂々と対峙していた。

「ちげえよ、勘違いするなって。あんたに話があってきたんだ。ここじゃあなんだから、ちょっとツラかしなよ」

 棚町は場所を変えることを提案し、権藤に異存はない。

「体育館の用具室なんていいんじぇねえか、先輩さん」

「そうだな。マットもあるし」

 棚町は、後輩の挑発的な目線を真正面から受けてたった。いまにも殴り合いが始まりそうな空気である。まわりの生徒はひどく緊迫し、気の弱い女子は泣きそうになっていた。

「静」と、杉尾友香が声をかけた。そしてクラス中が注目していた。

「大丈夫だよ。なんか話だけみたいだからさあ。先に食っててよ」

 三年生を先頭に、二人は体育館へと向かった。

 

 体育館には誰もいなかった。あと十分もすれば昼食を終えた生徒たちがワラワラと遊びにくるだろう。二人は用具室に入って、きっちりと扉を閉じた。

「で、話ってなんスか」

「まずその前に、この前のことは水に流さないか」

 権藤と話し合いたかった棚町に闘う意志はなかった。

「はあ、あれだけやっといて忘れろってか。おかげさまでこっちは四谷怪談みたいな顔になってるんだって。近所のガキがお岩だ貞子だって、うぜえんだよ」

「ははは、悪かったよ、ちょっと殴りすぎたかも」

「笑うなよ。こっちは頭にきてるんだ」

「わかったよ。じゃあ一発殴れ。それでチャラにしようぜ」

 棚町は多少殴られようとも、話を進めたかったのだ。

「じゃあ、そうさせてもらう」

 だが権藤は殴りかかるフリをして、そのコブシを棚町の顔面すれすれで止めた。三年生は微動たりしなかった。冷えた瞳で後輩を見つめている。

「な~んてな。まあ、もともと三年に殴りこんでいったのはこっちのほうだし、ボコられても仕方ないさ」

 権藤は短気でケンカっぱやいが、無抵抗の相手を殴打するほどのサディストでも卑怯者でもない。理も情もわかる女子なのだ。

 彼女があっさりと自分の非を認めたので、二人の間の緊張がいくぶんか緩和された。

「また、味噌汁がのめなくなると思ったよ」

 頬っぺたの内側を指でまさぐりながら棚町が言う。あの時の張り手が効いたとのサインだ。権藤の虚栄心が、少しばかりくすぐられた。

「で、本題はなんですか。おててつないで仲直りするために、わざわざ呼び出したんじゃないでしょう」

「うん」

 棚町の視線が後輩の顔にそっと触れた。そして問いかけるように話し始めた。

「もう絢辻に手をだすのはやめてくれないか。十文字のことはいろいろ言われてるけど、いま一番苦しんでるの、あいつなんだよ。クラスでもなるべくさわらないようにしてるんだ。だから、これ以上もめ事を起こさないでほしい。とくに絢辻はケンカするタイプじゃないし」

「はあ?、イヤだね。あのクソ女だけはぶっ叩いてやらないと気が済まないんだよ」

 絢辻の名を聞いただけで、権藤の闘志がメラメラと燃えていた。握り拳を作って、積まれたマットを殴っていた。

「ちょっと彼女になったからって調子にのって、彼氏をパシリみたいにこき使いやがって。十文字さんはやさしい人なんだよ。すっごく思いやりのある人なんだ。それをあのドブスがさんざん利用して、自分はいい子ちゃんしやがって。ほんとアッタマくる」

 権藤が絢辻の性格を悪い意味で曲解していること、ドブス扱いしていることを、いちおう訂正しておかなければと棚町は思った。

「権藤、あんたは絢辻を知らないんだって。あいつはクソ真面目なだけに、器用に恋愛できないんだ。まあ可愛い顔してるけどさあ、いい子ちゃんになりたくて男をコロコロ転がせるほど腐っちゃいないってさ」

「腐ってんじゃねえか。十文字さんがぶっ倒れてるのを知ってたのに、生徒会室でへらへら笑ってたって里塚が言ってたぞ」

 里塚翔太は生徒会書記なので、十文字が倒れたあの日、生徒会室で絢辻たちと動画を視ていた。

 彼は絢辻詞が大好きな男子である。当然、十文字のことは快く思っていなかった。顏と人気では到底勝てないので、ドロドロに熟成された嫉妬心を焦がしまくっていた。だから絢辻と十文字が破局してほしいと願っていたし、さらに十文字なんぞに簡単に口説かれてしまう彼女が憎たらしと思う気持ちもあった

「だからそれも違うって。生徒会室で去年の動画みてたから、雨には気づかなかったんだよ。吉川が気づいて教えたら、真っ青な顔してすっ飛んでいったって話よ」

「フン、どうだか」

 権藤の中では絢辻詞は悪女の見本である。ちょっと顔がいいからって、自分が想いをよせている男をぞんざいに扱っていいはずはないと、強く思っていた。

「まあ、あんたがどう思おうが勝手だけど、もし絢辻に手をだすんだったら・・・」

「だったら、どうするんだ」

 棚町が一歩前に出た。引き寄せられるように権藤も一歩前に出る。今ここでやり合うことになるだろうと、その短気な二年生女子は覚悟をきめた。

「十文字が悲しむだろうさ」

「う」

 だが棚町の答えは予想外すぎた。それは彼女の心の中の、きわめて無防備な個所をグサリと突き刺したのだった。

「病院の集中治療室からとび出してきて、必死になって絢辻をかばうよ」棚町は、さらに追い打ちをかけた。

 権藤は思わずその場面を想像してしまった。瀕死の十文字が青い顔してか弱き絢辻を庇い、その前に立っている暴力的な自分。そんな光景を思い浮かべ、ないないと首を振る。

「いいよ、わかった。なにもしないよ。十文字さんに迷惑かけるのは、絶対にイヤだから」

 口では物騒なことを言っていたが、絢辻を殴るのが本気であるかどうかは、じつは当の本人でさえあやしいと感じていた。

 それをきいて、棚町の気持ちがほっこりと緩んだ。

「あんたさあ、十文字を好きみたいだけど、あいつの顔だけにホレたのか」

「それは違うよ。前にアイスとかたい焼きとかおごってもらったんだ。やさしいんだよ、あの人。この前も久しぶりだって、購買でメロンパン買ってくれたし」

「はは、十文字のヤツ、意外と浮気症なんだな。絢辻が知ったら、怒ってプリプリしそうだよ」

 権藤を少しばかり持ち上げる微妙な表現に、その本人はまんざらでもなかった。自分も十文字に相手にされている女と認められることは、彼女にとって大事なことなのだ。

「まあでも、絢辻のほかにも十文字が好きな女がけっこういるからな。ちょっと無理っぽいぞ」

「大きなお世話だって。あの人は憧れのままでいいんだよ」

 権藤は照れくさそうだった。そんな表情を見られるのは屈辱なので、話を進めなければならなかった。

「で、どうなんだよ。十文字さんの容態は」

「よくないみたいだよ。面会謝絶でさ、絢辻でさえ会いに行けないんだから」

「そ、そうなのか」

 いまになっても面会ができないほど重篤だと知って、権藤はショックを受けた。もう絢辻などどうでもよくなっていた。

「でもまあ、死んだわけじゃないんだし、高校生がそう簡単に死にはしないしさ」

「死ぬとか、縁起でもないこと言うなよ」

 好きな男を本気で心配するその女らしい顔を見て、棚町は感心するように言う。

「あんたみたいなクソ怖い女でも、男を好きになるんだな」

「クソ怖い先輩に言われたくないけどな」

 好戦的ではあったが、二人ともいい表情をしていた。

「十文字さんがよくなったら、教えてくれよな。見舞いに行きたいからさ」

「ああ、わかったよ。絢辻のいない時をセッティングしてやるよ」

 棚町の要件は片付いた。満足のいく結果だった。

「あ、そうだ。あたしさあ、駅前のバーバリアンってファミレスでバイトしてんだよ。火木土の夕方はシフトに入ってるから、ヒマな時にでも来いよ。ピザとコーラくらいならおごってやるからさ」

「マジか。じゃあ、友香と陽菜も誘っていくよ」

「アホ、そこは一人で来いよ。あたしのバイト代がなくなっちゃうだろう」

「先輩、セコいなあ」

 苦笑いする権藤であった。顔の腫れは引かなかったが、気分はスッキリとしていた。

「そんじゃなあ」と手をあげて、棚町は用具室を先に出た。体育館の真ん中を歩き、やがて生徒たちの喧騒の中へと溶け込んでゆく。その姿が見えなくなるまで、権藤は見送るのだった。

 



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