ソードアート・オンライン ~闇と光の交叉~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、そしてこちらではお久し振りです、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 《闇と光の交叉》の投稿が遅くなってしまい、誠に申し訳ありませんでした。数日どころか二週間ほども開けてしまいました。

 単純に、ネタはあっても書く気力が無かったので、加筆修正の手が後半で止まってしまっていたのです。結局後半のクオリティが低く、話がサクサク進んでますしね……

 で、リハビリ(?)&気力回復がてら、もう一つの作品を、《IS》を原作として投稿しました。そちらも読んで下されば幸いです。

 もっと言えば、感想&評価を下されば、気力が湧いてきます。他の作者の方が感想を欲しがる理由がとても分かりました。批判も、どこが悪いとか改善案も添えて書いて下されば最高です。

 長々と失礼を……今回はかなり視点が変わります。イチゴ、クライン、リーファ、イチゴ、サクヤという順で一気に変わっていきます。

 最初は《ダイシー・カフェ》解散後の現実一護視点です。一夏の時みたく、若干過去の話が混じります。

 ではどうぞ。



第十二章 ~衝突~

 東京都台東区御徒町の裏通りでエギルが現実世界で経営している《ダイシー・カフェ》と呼ばれる喫茶店兼酒場にて、とんでもない事実を知った後に《アミュスフィア》と《ALO》のゲームパッケージを、役人の菊岡さんから貰った資金で購入した俺は、この世界での幼馴染達と同じく家へ直行した。当然ながらALOにインする為だ。

 

「コイツの中に、アイツがなぁ……」

 

 物騒になったモンだな、マジでと、俺は内心で呟きを付け加える。遊びの世界が脱出不可能なデスゲームだったり、須郷伸之という男のように悪意ある人間が人を閉じ込める事が簡単に出来るようになってしまっているのだから。

 というか囚われの身になっているから助けに向かうとか、俺に死神の力を譲渡したせいで罪に問われた――結局はそれすらも仇敵の策の内だった――ルキアを助けに行く時みたいだなと思った。あの時はルキアが俺の為に身を引いた形になるが、結局は和人もまた、俺達の為に身を粉にして動き続けた結果囚われているのだから、複雑な気分になる。

 俺が転生者である事は、既に和人と木綿季の二人には知られている。小学二年生の頃に和人と出会い、そこから木綿季とも流れで対面し、速攻で転生者とバレてしまった。何でも木綿季は、俺が主人公となる創作物を前世で読んだ事があったから分かったらしく、俺は彼女が発した言葉へ過剰に反応してしまって、転生者とバレたのだ。まぁ、逆に俺も二人が転生者だと分かったのだが。

 和人の前世には《SAO》というデスゲームを基軸とした世界が綴られた創作物があり、その物語の中で紺野木綿季という人物も生きていて、俺があった木綿季は、正に和人が読んだ創作物の世界の人物として生きていたという、何とも面倒臭い経歴持ちだった。しかも詳しくは知らないが、二人は既にそのデスゲームを二度経験し、時を遡ったりしていたという……

 正直、信じられないというのが感想だったが、俺の過去を木綿季はほぼ全て的確に言い当ててたし、和人は和人で、当時の俺の全力を真っ向からぶつかって勝ってみせる実力があったから、信じざるを得なかった。それに転生云々は俺自身も経験しているから、そこに関して否定すると俺自身も否定してしまうから出来る筈も無い。

 木綿季は俺の過去を悉く言い当ててみせたが、しかしそれは大まかな流れ……それも大事件についてだけで、俺の普段の生活についてはほんの一部しか分かっていないようだった。更にその創作物では、俺は死なずに生きていたらしいし。恐らく生きるか死ぬかの道で俺の魂の行き先が分かれたんだろうと和人が言っていたが、あんまり難しい事は分からないので、特にその辺は聞いていない。今更聞いたところで何かが変わる訳でも無いからだ。

 俺が持つ親父から受け継いだ死神の力、虚としての力は未だ健在だ。

 だが、滅却師の王を名乗っていた奴との戦いを制した俺の力の中で、その滅却師としての力は発現すらしていない。死神としての力は斬魄刀と《卍解》、虚の力は斬魄刀と《虚化》で現出するが、滅却師としての力は何故だか一切出なかったのだ。

 和人はこれに対し、恐らく血が関係しているからではないかと言っていた。

 この世界には、少なくとも俺が知る範囲内では虚が存在しておらず、同様に死神も存在していない。霊圧を有する為か幾らかの幽霊は見るのだが、それらを尸魂界へ送る死神が一人も居ないというのは前の世界ではあり得なかったし、人間や人の霊を襲う虚の気配すら感じられないというのもあり得なかったので、恐らく本当に存在すらしていないのだろうと思う。

 つまり、虚を完全滅却……魂を流転へと戻すのではなく、完全消滅させて生み出させないようにする力を持つ滅却師達の存在意義すら存在しないため、そもそもそれらの血筋が無く、それ故にこの世界ではその力を俺は持っていないのではないかと、和人は予想した。

 確かに、死神と虚の力は魂由来のものだが、滅却師の力は元が人間なだけに血筋に由来するものだ。滅却師の王もそれを重視しているような節が見えたし、事実俺のお袋が滅却師だったのに死ぬ事になったのも、混血であった為にアイツが“聖別”とやらで力を奪ったかららしい。

 軽く死神、虚、滅却師などについて木綿季が解説しただけでそこまで行き着いたのには驚いたが、実際そうとしか思えなかったため、それで納得する事にした。

 元々俺としても、死神の力を長らく使っていたからそこまで不便があるという訳でも無い。前の世界……俗に言う前世っていうやつではたった一年にも満たない期間だったが、本当に身近な力だったし、今世では生まれた時からずっと一緒だった力だ。

 その力を使うにあたって、俺の武器となる斬魄刀は、見た目はぶっちゃけ身の丈大の出刃包丁だ。白い晒を剥き出しの柄に荒く巻き、刃は余った太い晒で収めるようにするその斬魄刀の名は【斬月】。本当の意味の俺の斬魄刀は大小二刀一対の筈なんだが、斬魄刀に宿っている意志こと“斬月のおっさん”曰く、俺が最も親しんだ形を取る事になったらしい。だから今はその出刃包丁型が、今世の俺の真の斬月という訳らしかった。

 そして俺はその斬月を、俺の意志で何時でも出せる。死神化という肉体を捨てて魂だけにならずとも普通に生身で出せるようになっているのだ。ここは完現術と呼ばれるものが関わっていると思っている。じゃないと生身で飛んだり跳ねたり、身の丈よりデカい得物を振るえないからだ。

 今世は前世と異なり、普通の日常もISという兵器紛いのパワードスーツがあるため割と物騒で、女尊男卑風潮を絶対を掲げる利権団体とそれに反発する組織の抗争が案外各地で起こっているらしく、身を護る術はあった方が良い。だが一般人である俺がいきなり武器を出すのもかなりおかしな話なので、一応和人から秘策というものは数年前に受け取っている。今まで一度も使った事は無いが、いざとなったら遠慮無く使うつもりだ。

 まぁ、その機会の悉くは和人が潰してるし、使いたくても使えない事が殆どだったので、今まで一度も使った事は無かったのだが。

 当然ながら、《ソードアート・オンライン》の中では死神の力なんて一切使えない。当たり前だ、霊的なオカルトチックなものがデータコードに置換出来る筈も無い、というか出来て堪るか。

 だからこそ、キリトにずっと教えられていた中盤まではずっと歯痒かった。瞬歩が使えたら、卍解が使えたら、《月牙天衝》が使えたらと何度も思っていた。どうしてもイメージと動きにラグが生じてしまい、そこを何度もキリトに指導されていた。当然ながらリアルの剣術でも同じ指摘をされていた。俺は前世でも我流で戦っていて、ルール無用の戦いならある程度戦えるのだが、幾らかの制限を受けると途端に勢いを失ってしまうのだ。特に霊圧を扱った技術に関しては全て使えなかったので、それらを主体に鍛えていた俺は少し経験と度胸のある剣士というだけで、技術というものは無かった。

 ずっと俺は先天的な要素を多く含む才能に支えられていたのだと痛感させられた。むしろ今まで戦ってきた相手によく勝てたものだと感心すらした。圧倒的な経験と技術の差を、俺は勘と瞬間的な爆発力で凌いでいただけだったのだ。

 そんな俺も、SAO攻略層が四十層に入った辺りで漸くキリトから認められて一対一の個人指導に入った。殆どがユウキと決闘するだけだったが、キリトとユウキから指摘されたり、自分で反省して改善するというのは中々新鮮なものだったのをよく覚えている。その果てにはあの二人しか出来なかった《心意》を発現し、仮想世界内でも《月牙天衝》を使えるようになっていた。黒い刀、死覇装に酷似した黒衣を纏っていたせいもあってかイメージがかなり強くなっていたらしく、キリトの助言もあって完成したのだ。

 現実世界でも、仮想世界でも、俺はキリト……和人の世話になってばかりだった。正直デスゲームに関しても、前の世界では常に命懸けだったからと高を括っていたのだが甘かったようで、完全にあの二人には置いて行かれる形にあった。まぁ、経験があったからアスナやナツ達に較べればまだマシだっただろうが、あの世界を生きた後の今となっては殆ど差は無いと言えるだろう。

 木綿季はそんな俺の力をも欲している。かつて俺がルキアを助けようとした時に力を貸してくれた井上、茶渡、石田のように、今度は俺が力を貸す番になったのだ。

 なら、和人を助ける為にも、あの二人に恩を返すという意味でも、俺は持てる力の全てを費やす勢いで力を貸そうと決めた。いや、もうずっと前から決めていた。

 

 

 

 ――――和人の奴が、自分の命を犠牲にしてまで自分以外の全てを救おうとした、あの時から

 

 

 

 正直言えば、あの時のアイツの決断に関して、俺はまだ許していない。そもそも謝罪を碌に受けていないので許す訳にもいかないというか、今の状況でそこが進展する筈も無いのだが、あの時の事を思い出すと胸がムカムカ来るのだ。苛立ちを覚え、拳を固く握ってしまいそうになるくらい、和人のあの決断に関しては怒りを覚えている。

 同時に、俺は俺自身にも怒りを抱いている。

キリトが即座にあの場で決断するに至った一因は、俺にもあると思っている。俺だけでは無い、あの世界を生きていた全ての人間に責任はあると思っている。

 デスゲームとなった《ソードアート・オンライン》は結局第七十五層で終了した訳だが、第三クォーターのボスですら、下手すれば攻略組が全滅していてもおかしくない強さがあった。どうやら逆行と平行世界どうこうを経験している事から、最低でも二回はSAOを経験しているらしいキリトとユウキはその経験と持ち前の知識、プレイングスキルを駆使して攻略を勧めていたので碌に苦戦らしい苦戦を攻略組はほぼ経験していなかったのだが、あの一戦だけは組めば最強の二人ですらもが手を焼き、一度はキリトが瀕死に陥る程だった。そこからキリトが暴走しなければ、下手すれば誰かは殺されていたに違いないと言える。

 流石に《ザ・スカルリーパー》に関しては何とも言えないが、それ以外ではキリトとユウキの二人が突出していて、俺達はどこか頼り過ぎていたように思う。ユウキも、一見ではそこまでとは思えないが、どこかキリトに依存しているようにも思えた。キリトがユウキに依存しているかは流石に分からないが……

 とにかく、キリトはあらゆる事を背負い過ぎていたのだ。仲間の命、攻略組の命、先行き、その全てを見据えていた。

 だからこそ、恐らくあの階層で終わらせる決断をしたのだ。第百層まで進めば、今まで以上の強敵が現れるのは必然だし、更にヒースクリフがプレイヤーとして戦っていた頃よりも遥かに強大な存在として立ちはだかり、最悪全滅もあり得るのだと。

 一対一という確実性のある決闘なら、最低二回はSAOを経験しているだろうキリトの事だ、勝機を見出していたのだろう。自分一人が犠牲になれば、今まで目の前で、あるいは人知れずどこかで散って逝った者達を救える事も、恐らく後押しした筈だ。

 幾らキリト/ユーリとユウキの指導力が優れ、攻略組の戦力がかなり充実していたと言えど、ボス戦で被害が出なかった訳では無い。勿論その回数は少なく、十回に上るか否か、死者も十人は超えても二十人には達しない程度ではあった。その死者達は、皆がリーダー……つまりは双璧を為していたヒースクリフとキリトを信頼して戦いに赴いた末に果てた者達だ。

 だが、ヒースクリフは茅場晶彦、つまりはデスゲームを開始した本人。それに初対面の時、第一層で顔を合わせた時点で気付いていたキリトは、他の誰よりも犠牲者の死を悼んでいたのは容易に想像がつく。死者が出たボス戦後は、死者が出ても勝てた喜びに打ち震えるレイドの中で、唯一キリト/ユーリだけが笑えていなかったのだから。キリトだろうが、ユーリだろうが、そこは変わらなかった。

 第七十五層ボス部屋の偵察部隊十名の死も、ボス攻略会議をしている時はおくびにも出していなかったキリトだが、その日の殆どは硬い表情だったのを覚えている。

 それほどに人の死に敏感なキリトが、ヒースクリフは茅場であると気付いていながら仲間を死地に向かわせ、死なせてしまった事を気にしない筈が無かった。ずっと後悔していたのだ、もっと早くどうにかすればよかったと。あの決断をする時の葛藤は、恐らくそれが関わっていただろう。

 俺達が頼り切っていた為にキリトは死者への懺悔のつもりで生贄になる事を決断した。親しい仲間や自分を愛する恋人との幸せでは無く、自らを犠牲にした他者の幸せを優先した。俺達と共に戦う第百層での決着では無く、自身一人での一騎打ちをしたのは、俺達が死んでしまうかも知れないという恐怖心から来るものだったのだ。

 その恐怖心は、つまり俺達の強さを信じ切れていなかった証だ。

当たり前だ、俺達はキリトの足元にすら及ばない程度の実力で、アイツに頼り切りだったのだから。

 途轍もない実力を有するキリトとて一人の人間でありプレイヤー、何時死ぬとも知れない。そしてキリトが死ねばユウキが崩れ、ヒースクリフだけが頼りとなるが何れ敵対するから安心出来ない。少なくとも、あの二人が居なくなった場合、攻略組は完全に瓦解すると言えた。それ程にキリトの影響力は絶大で、誰も死にたくなかったから当然のように頼り切りになってしまっていた。

 だから俺は俺自身に苛立ちを覚える。キリトの信頼を得られていなかった事、それでアイツ一人に全てを背負わせてしまっていた事で、自分自身にどうしようもない怒りを覚える。その怒りはアイツの決断に対する怒りより、遥かに大きいと言えた。

 その怒りから、俺は絶対にあの二人の助けになると決断したのだ。

 

「あっ、お兄ちゃん!」

「ん?」

 

 絶対に助け出してやるからな、と心の中だけで呟きながら意気込んでいると、ふと後ろから聞き慣れた少女の声が聞こえた。振り返って見れば、そこには近くのスーパーのロゴが入ったビニール袋を両手に下げた、俺の妹がいた。

 黒崎遊子、現小学三年生の妹の一人だ。明るい茶髪を後ろで左右に小さく括っており、どこか珪子に近い印象を受ける髪型をしている。事実、性格が近い事もあってか珪子によく懐いているので、恐らく彼女の髪型を真似たのだろう。

 早くにお袋を亡くしたせいでSAO以前は親父や俺が家事を代わりに行っていたが、周囲の人々の助力・助言の甲斐あってか、俺がSAOに囚われている間に俺の前世での遊子同様に家事の一切を仕切っていた。小学三年にして家事万能……取り敢えず、俺と違って将来は安泰そうで安心である。

 

「遊子か、買い物の帰りなんだな。一つ持つぞ?」

「えっと、じゃあこっちお願い」

「おう」

 

 軽い受け答えで遊子から差し出された方の袋を取ると、少し重い感触を受けた。中を見れば大ボトルの醤油一本と油一本、オレンジジュースとアップルジュースが一本ずつ、合計で四本の1.5ℓボトルが入っていた。六キロの重さという事になる。

 …………よく片手で持ってたな。

 

「中々重いな……遊子、お前よく持ててたな、しかも片手で」

「これでも家事をずっとしてるんだから、持てるようになるって。むしろお兄ちゃんの方が力無いんじゃない?」

「なぬっ……これでも毎日木刀を素振りしてるんだから、それは無いだろ」

 

 とは言え、目覚めてから一ヵ月半が経過するまでは、文字通り遊子にすら力負けしていたのだが、流石に年齢と性別と体格的に今は負ける筈も無い。

 

「……実は、途中途中休んでたり」

「夏梨にも声掛ければよかったんじゃないのか?」

「サッカーの約束があるって昨日言ってたし……それを邪魔するのもと思って。お兄ちゃんも出掛けてて、お父さんも居なかったから」

「そうか……」

 

 もう一人、遊子の双子となる妹がおり、そちらは黒崎夏梨と言う。ショートカットの黒髪にやんちゃな少年のようなラフな服装で遊び回る奴で、俺に似たのか若干ながら目つきが悪くて気も男勝りに強い。

 ちなみに夏梨は一度、直葉の家に遊びに行ったときに和人と対面して弱そうと言い、直後に道場師範としての指導を見せ付けられ、ギャップの激しさに絶句した事があったりする。それ以来、微妙に和人の事を意識しているらしく、顔を合わせた時は硬くなって受け答えをする。どうも苦手意識が出来たらしく、木綿季が苦笑していた。

 その夏梨の趣味と言えば、大多数の男子が好きなサッカーである。夏梨はよく男子とつるんで近くの空き地や小学校の校庭でサッカーをするのである。

 大事な用事とは言え俺も外出していた身なので、夏梨の事に関してとやかく言えないし、親父は家唯一の稼ぎ手なので交友関係を大切にしなければならない。そもそもあの親父、この世界では前の世界の親父以上の親馬鹿な部分があるから、余程大事な用事で無ければキャンセルしてでも遊子と一緒に買い物へ出たに違いない。

 とは言え……

 

「一言言ってくれれば、用事から急いで帰りもしたんだぞ。俺が帰った後、一緒に出ても別に良かっただろ」

「……ごめんなさい……」

「いや、別に叱ってる訳じゃないけどよ……」

 

 しゅんと肩を落として謝罪されると、そこはかとなく罪悪感が湧いてくる。別に責めてる訳じゃ無いんだがな……

 遊子はこういう所で変に責任を感じるし、恐らく俺に負担を掛けたくないと思って一人で出たのだろう。そういう人を気に掛けられる辺りが遊子の良い所であり、人を頼らないという欠点でもある。一応自覚はあるらしく、少し気を落として反省しているようだった。

 俺の後を付いて回っていた二人は、俺がいきなりデスゲームに囚われた時は何日も泣き続けたと親父が言っていた。特に遊子はショックが大きかったらしい。デスゲームから帰った後も、家に戻った後も何かと気に掛けてくれていた。

 それで俺に負担を掛けまいとしてくれたのだろうが……これくらいは別に良いんだけどなと苦笑を浮かべ、俺は遊子の頭の上に手を置いた。

 

「お兄ちゃん……?」

「このくらいで倒れたりしねぇよ、そんなヤワな鍛え方してないぜ。筋肉だってこの五ヵ月で戻ったんだ。買い物くらいなら幾らでも手伝ってやるから、遠慮なんてすんな」

「……うん」

 

 ふにゃりと、幸せそうに表情を緩ませながら頷いた遊子に、俺も笑って頷いた。

 暫く頭を撫でてやってから、俺達は揃って家へと帰った。にこにこと嬉しそうに笑う遊子を見ると、偶には俺の方から手伝った方が良いかも知れないなと考える。俺がSAOの中に居る約二年近く、ずっと甘えさせてやれなかったし。

 

「ね、お兄ちゃん」

「ん? 何だ?」

 

 ソファに座り、俺に上機嫌で抱き着いてくる遊子の頭を撫でながらそんな事を考えていると、頭を俺の膝の上に置いて遊子が話し掛けて来た。顔を下へ向ければ、俺を見上げて来る遊子と目がばっちり合う。

 

「そういえば、お兄ちゃんはどこに行ってたの? 知り合いから呼ばれたとか言ってたけど」

「ああ……SAOの中で知り合ったダチに呼ばれて話をしてたんだ」

「へぇ……どんな人なの?」

「頼りになる大人、だな、第一印象で言えば」

 

 チョコレート色に焼けた黒い肌、禿頭の巨漢であるエギルは同じSAO内でも数ある有識者だったと言えよう。強面ではあるが気は良いし根も優しいので、少し親交を深めれば遊子と夏梨の二人も懐くだろう。エギルはあれで結構子供好きだしな。

 何だかんだでキリトを構っていたのを思い出す。

 

「大人かぁ……何れお礼に行かないとね。お兄ちゃん、お世話になったんでしょ?」

「まぁ、そうだな。剣士プレイヤーを支援する商人プレイヤーとして大いに貢献してくれていたし、精神面でもかなり世話になったぜ」

「剣士……? 商人……? えっと、その人、どういう職業の人なの?」

「喫茶店兼酒場のオーナーだな。SAOの中では商人として、色んな物資の売買をしてた」

「……うーん……?」

 

 遊子はそこまでゲームをしないから、どうやら現実での職業とSAO内でのゲームの職業の区別が分かっておらず、アイテムの売買をしていたと言っても具体的に分からないようで、困惑の表情で唸りだしてしまった。

 

「ははっ、遊子には少し難しかったか。まぁ、店を経営してる大人だと思えばそれで合ってるぜ」

「ふぅん……それで、その人と何を話してたの?」

「…………あー……」

 

 遊子のその質問に、とうとう来たかと内心で呟きを漏らし、俺は思い切り目を逸らしてしまった。それが何か怪しく思ったのか、遊子はずいっと顔を寄せて来る。

 

「お兄ちゃん? まさかと思うけど……またVRMMOをするつもりなの?」

「……!」

 

 直後、一発で言い当ててきて、俺は誤魔化す言い訳も考えられずに驚愕してしまった。その顔を見て予想が当たっていたと理解した遊子は、途端にくしゃりと表情を歪めてしまう。

 

「お兄ちゃん……あれだけの事があったのに……また、するの……?」

「…………すまねぇ……けど、和人を目覚めさせるのに必要なんだ。一夏に明日奈、里香、珪子も同じゲームを始める、木綿季はとっくに始めてる。全員が和人を助ける為に動くんだ……俺だけ行かないって訳にもいかねぇんだ。アイツの為にもな」

「……どういう、事?」

「話すと長くなるんだが……」

 

 困惑の極みに至った遊子の疑問を解く為、俺は《ダイシー・カフェ》で受けた説明を分かりやすく噛み砕きながら説明した。和人が《ALO》というゲームに囚われており、木綿季が国家権力を持つ《SAO事件対策本部》とALO内の種族領主全員と手を結んでおり、助けを求めているからそれに応じるのだと。

 遊子はその説明を受け、ある程度の理解は示した。泣きそうな顔だが無理解という程では無い、やはり母親がおらず家事を率先してやっていたからか聡明な部分があるようだ。

 

「……止めても、無駄なんだよね……」

「ああ……最悪では目覚めない可能性も否定は出来ねぇが、《SAO》と違って《ALO》は公では普通に人気のオンラインゲームだ、何か不手際があったらすぐにクレームが出る。木綿季と協力してる連中も、主要なメンバーには事の事実が伝えられてるから、何かあった時にはすぐ対処出来るようにされてる。使うハードが《アミュスフィア》っていう……まぁ、死なないよう安全性を優先した機械だから、ぶっちゃければ最悪引っぺがせば俺はこっち側に帰って来られる」

 

 よもやSFチックに、ログイン中に外すと二度と意識が戻らないなどという事は無いだろうと思いながら言うと、あからさまに遊子はホッと息を吐いた。

 

「良かった……《ナーヴギア》をまた使うようだったら、無理矢理にでも壊そうって考えたよ」

「何気に物騒だなオイ……」

 

 いや、まぁ、一応で取ってあるだけとは言え、《アミュスフィア》が無かったら使うつもりだったので、遊子の考えも分かりはする。

 茅場の口ぶりから、恐らく《ソードアート・オンライン》のデータコードの一つとして、HP全損&ゲームクリアの条件を満たすと脳を破壊する高出力マイクロウェーブを発するシークエンスが起動するようになっていたようなので、恐らくアレが発売される以前のゲームのように、《ナーヴギア》でも他のゲームは正常に作動し、ログアウトも可能だとは思う。

 しかしスペックそのものでは脳を破壊できる代物だし、須郷伸之という男は曲がりなりにも実力で一つの大人気VRMMOを作り上げた、更にはSAOのサーバーをコピーしている。最悪、ALO内でHP全損はイコール死に直結する可能性も否定は出来ない。まぁ、ゲームクリアの要素をどこに置くかだし、話を聞いてた感じ、《グランド・クエスト》の後はアルフに転生した妖精種族としていない種族達の抗争があってゲームクリアにならないだろうから、脳破壊は起きそうにないのだが。

 だが須郷伸之という男が、脳破壊シークエンスを起動させる事は可能かも知れないし、木綿季の話からも内部に閉じ込められる危険性を示唆されている事が分かった。だから遊子の不安もあながち間違いでは無い、むしろあんな事があったのにVRMMOをする俺の方が異常だ。

 

「そういう訳だ……和人を目覚めさせるまでだけでも良い、仮想世界に行かせてくれねぇか」

「……」

 

 真剣に言うと、遊子は俺の膝の上から起き上がってソファに座り、真っ直ぐ俺を見て来た。小学三年生の女子とは思えないくらい真っ直ぐ、遊子にしては珍しい強い眼差しに、俺も目を逸らさず真っ直ぐ見返す。

 そのまま暫く見合っていると、唐突に遊子がふにゃりと表情を緩め、次に溜息を吐いた

 

「はぁ……反則だよ、お兄ちゃん…………そんな強い目で見られて、助ける為って言われたら、ダメだって言えないよ」

「……ありがとな、遊子」

「ん、どーいたしまして」

 

 俺が笑みを浮かべて言えば、遊子も笑みを浮かべて言葉を返してきた。それで少し気を抜くと、ただし! と語気を強めて遊子は指を突き付けて来る。

 

「お父さんと夏梨ちゃんにはお兄ちゃんから話してよ! それからご飯に遅れたりしたらご飯抜きだからね!」

 

 親父と夏梨への話は勿論、飯にも遅れる事は出来ない。もしも遅れてしまったらその時の飯と、更に次の飯も抜きになってしまうのだ。育ち盛りな俺に二回分の飯抜きは辛い。

 

「当たり前だ……とは言え、それは夕方になりそうだけどな」

「……あー、もしかして今から……」

「ああ。多分一夏辺りはもう入ってるんじゃねぇかな……」

 

 里香、珪子はそれぞれの家族への事情説明があって長くなるだろうが、一夏の場合、家族は姉である千冬一人。そしてその千冬も殆ど家を空けているから、少なくとも帰って来た時に話すと考えても今はもう入っていると見るべきだろう。千冬が家に帰って来る時は連絡があるらしいし、時間も大抵は晩、昼くらいに帰って来た時は荷物を取りに来る程度だと聞いた事がある。だから一夏だけは他よりもさっさと入れる筈で、アイツにレクチャーする為に恐らく直葉も入っているだろう。

 珪子はケットシーを選んでいるので、珪子に合わせて詩乃も入る筈だ。多分今頃は買い出しか何かでもしてるだろうな、アイツ、母親の代わりに家事やってるし。ちなみに遊子の家事の師匠は詩乃らしい。直葉の場合は和人が師匠で、SAOに入る前までよく指導されたらしい……剣道、剣術だけで無く家事でも師匠なんだなと初めて知った時は思った。

 まぁ、それはともかく、経験にアドバンテージがあるとは言え一夏もやれば相当なものなので、あんまり差を付けられたくないという意地もあって、そろそろ行って来ると遊子に伝えた。微妙に複雑そうな顔だったが、行ってらっしゃいという言葉は送ってもらえ、それに手を返しながら俺は自室へ引き上げた。

 

「さてと……エラいコンパクトになってんなぁ、コレ……」

 

 家に帰ってすぐ自室に置いた《アミュスフィア》の箱を開け、中身を取り出し、円環状のバイザー型フルダイブ機器を取り出して矯めつ眇めつそれを観察する。俺の部屋の隅に置かれている最初期の《ナーヴギア》に較べれば翅の様に軽いし、見た目も清々しい印象を受ける。《ナーヴギア》はヘルメット型のハードだったから、流線型とは言え無骨だったから、余計にそう思えてしまう。

 ちょっとだけ感慨深くなりながら、ALOゲームのカートリッジを差し込み、有線LANを差し、電源コードも差す。部屋の温度も設定し、フルダイブに最適な服装になってから、俺はそれの電源を入れ、頭に被ってベッドへ横になる。

 視界の右上にはバイザーに映し出された時刻が見えた。時間はゆっくりしていたためか、二時半……一夏の事だから、多分もうダイブして一時間近く経過しているんだろうな。

 

「ンな事は良いか…………リンク・スタート!」

 

 ふっと苦笑を漏らしながら、俺は二度目となる式句を唱えた。すぐさま感覚が遠のき、二年と一ヵ月越しになる感じにまた感慨深くなりながら、俺の意識は肉体から離れて行った。

 

 ***

 

「……違う、今の奴じゃねぇ……」

 

 蒼い転移光と共に現れた人物を見て、首を振る。

 

「……いや、今のでもねぇな……」

 

 また蒼い光を帯びて出て来た人物を見て、こちらも違うと判断する。

 

 

 

「……いや、アイツ遅過ぎんだろ?! ログインするだけでどんだけ掛かるんだ?!」

 

 

 

 声は小さいながらも少々鋭い絶叫を上げるという器用な事をして、俺は不満を漏らした。

 エギルの方から連絡は受けていて、俺の種族……つまりはサラマンダーとしてこの妖精郷に降り立った《風林火山》のギルドリーダーである《クライン》こと俺は、同じ種族を選んだという《Ichigo》のレクチャーを頼まれたため、ずっとプレイを始めたばかりのプレイヤーが出現する場所の前でアイツが来るのを待っているのだが、待つ事およそ一時間が経過しても一向に来やしない。

 まぁ、一人暮らしをしている俺と違って、アイツには家族が居るのだからそれも仕方ないのかも知れないとは思っているので、別に怒っている訳では無い。聞けばアイツにはSAO開始当時で小学一年生の妹が二人居るらしいから、その子達の説得に手を焼いているのかも知れない。あれから二年が経過した今は小学三年生になってるとは言え、それでもまだまだ兄には甘えたがりな時期だ、兄として大いに困っているという事もあり得る。

 何だかんだで家族思いなイチゴの事だから、別にそういう事は仕方ないとは思う……思うが、不満の一つや二つくらいは別に良いだろう。まぁ、直に言いはしないがな。

 

「……っと……へぇ、ここがALOの中か。思ったより良いな」

「お?」

 

 まだかと思って待っていると、また蒼い光に包まれて出て来たプレイヤーがいた。今度も男で、身長は俺より頭半分低い程度だからおよそ百七十センチ程だろう、体格は中背中肉。赤みよりもオレンジ色のツンツンの髪に、少し悪い目つき、そしてちょっと強面の顔には関心を持っている笑みが浮かべられている。

 装備こそ初期装備だが、間違いない、十中八九アイツがイチゴだなと判断した。そもそもSAOアカウントを使えば髪や瞳の色はともかく容貌は現実のそれ、すなわちSAOでのアバターと瓜二つになる。今出て来たこのプレイヤーもまるっきりSAO時代のイチゴと同じなので、間違いないと確信を俺は持っていた。

 

「よぉ、お前イチゴだろ?」

「ん? って、クラインか?」

「おう。会うのはSAO振りだな。で、多分聞いてるだろうが、お前ぇのレクチャーを担当する事になってる」

「ああ、それは聞いてるぜ。よろしくな」

「おう。ま、基本的なシステムは知っての通りあの世界と一緒だから、あんまり教える事は無いんだがな……さて、と。まずはここから一旦離れて、お前ぇの装備やら何やらを見繕うぞ」

 

 先輩プレイヤーがニュービーを育てるというのはありきたりだし、プレイし始めの者と待ち合わせというのもありがちだが、いきなり強い装備というのはステータス的にも色々とおかしいし、寄生プレイと思われてしまう可能性は否めない。だから俺はここから離れ、人目を忍んで装備を整える事を言外に伝えた。

 イチゴもそれに関しては既にエギル辺りから言われているのだろう、俺の言葉の裏を汲み取って頷き、黙って付いて来てくれた。

 一先ず宿屋に入った俺達は、イチゴの装備やステータスを確認する事にした。まぁ、俺も経験済みだが所持金、所持装備、SAOと共通するパラメータとスキルは引き継がれており、素材アイテムと回復アイテムはバグっていたので、それらは捨てた。

 装備を整えれば、イチゴは左腰に黒い刀を差した黒い和装姿になった。俺は武将の装いに近いが、こうして見ればイチゴは流浪の侍にも思える装いだ。これのどの辺が死神なのかは分からないが、本人は死神を自称している、黒いからなのかとも思うがそれだとキリトも死神になるので微妙だ。

 

「お前ぇ、前々から思ってたけど何で死神なんて自称してんだ? 黒だからか?」

「あー……まぁ、俺の拘りだよ」

「拘り、ねぇ……現役中二だから中二病なのか?」

「ぶった斬るぞテメェ」

「すんませんでした」

 

 年齢を考えれば中学二年生な訳だから別におかしくないようなと思いつつ茶化すと、割とガチの殺気を向けられてしまい、俺はアッサリ謝罪する事にした。疑問は残るが、今のは茶化した俺が悪い。キリトもユウキもそうだったが、俺の周りにいる連中は色や服装に矢鱈とこだわりを持っているようなので、下手に突っつかない方が良いのだ。今はそれを忘れていたので口にしてしまったのだが。

 その謝罪で許してもらった後、イチゴの回復アイテムを一通り買い揃えてからはすぐに《ルグルー回廊》へ向かう事にした。コイツの事だから、多分進んでる内に随意飛行も習得して、ALOでの戦闘やシステムにも慣れるだろうと思っての事だった。

 ……思っての事、だった……のだが……

 

「なるほどなぁ、こうやるのか、随意飛行ってのは。案外コツ掴めば簡単じゃねぇ?」

「……ンなアホな……」

 

 まさかのまさか、コイツ、コツ教えてから数分でものにしやがった。幾ら感覚派とは言えこれには限度があるもんだろうがよと、随意飛行をマスターするのに一ヵ月は費やした俺の努力を真っ向から嘲笑うかのように空を舞うイチゴを、俺は何とも言えない表情で眺めた。SAO組の殆どが一ヵ月は要したのに、何でキリトの幼馴染はとんでもない連中が多いんだよ。

 既にサラマンダー領を出発してから約二時間が経過し、《ルグルー回廊》に差し掛かる辺り。戦闘も《イビルグランサー》という飛行する薄ピンクの飛ぶトカゲを数度相手しているが、イチゴは完璧に慣れた様子で黒刀を振って倒していった。慣れていないのは魔法だが、こちらは仕方が無いにして、いきなりエアレイドを完全にこなすとは予想外も良い所である。

 まるで以前から空中戦を経験しているかのような……そんな印象を受けたが、そんなバカなと否定する。確かに幾らかフライト感覚を味わえるVRゲームはあったが、ALOの《フライトエンジン》とは比べるべくも無いくらい完成度は低いし、随意飛行ほど意のままには飛べない代物だった。更に言えばそんな生身で戦うバトル系でも無かったので、空中戦なんてSAOでのソードスキルバトル程度だろう、しかも放った後は落ちるだけなので本格的な空中戦闘なんて経験は無い筈なのだ。

 だが、完全に違和感なく慣れた様子で刀を振っていたのだ、経験があるようにしか思えなかった。

 ……また謎が増えたな。キリトもキリトだが、イチゴも案外謎めいた部分があった。小学生にしては矢鱈冷静だし、肝が据わってる上に慣れたように剣を持って戦うしで、キリト、ユウキ、イチゴの三人は割とSAOの謎だった。実はアインクラッド七不思議の一つだったりする。特にキリトは一度システム外の現象を起こしていたから尚更だった。

 そのうちの一つだったヒースクリフの鉄壁は、システム的不死に守られたものであった訳だが。

 まぁ、思ったより早く随意飛行と空中戦闘に適応した事は流石に予想外だったが、裏を返せばそれは練習の為に費やす時間も減るし、敵に遭遇した時の対応も速く出来るという事になる。洞窟に入ってからは空を飛べないためあまり意味は無かったが、ALOのシステムに慣れるという面ではそれなりに役立ったようで、堅い甲殻を持つ蠍型モンスターやオークなどの亜人型モンスターを一気に屠って行けた。

 途中で道に迷ってしまった事で、洞窟に入ったのは五時過ぎだったのに《ルグルー》に到着したのは六時半を過ぎてしまったものの、これくらいは大丈夫だろうという事で一旦夕飯を食べにログアウトした。イチゴに関しては出掛けていた家族に事情説明をする必要があるので、八時半くらいになると言われ、それくらいにログインする事にした。

 

 ***

 

 長田君からの通話を終えたあたしは、すぐさまALOにログインした。時刻はまだ八時半、待ち合わせまでは三十分あるからナツはまだ来ていないかもと思っていたが、宿屋で借り受けた部屋から出て一階のロビーに行くと、端の方に置かれているソファに腰掛けて、誰かと話し込んでいるのを見つけた。

 話している相手は赤色とオレンジ色の髪の毛をした二人組の男性プレイヤーで、赤髪の方はバンダナを巻いた侍、オレンジ髪の方はスッキリとしている漆黒の袴に身を包んだ刀使いの陽だった。

 

「ナツ」

「ん? あ、リーファさん、まだ時間前なのにログインしたんですね」

「それはあなたもでしょう……ところで、そっちの二人はもしかして……」

「ああ、紹介します。こっちの赤髪の人がクラインさん、オレンジ髪の方がイチゴです」

 

 やはり、見覚えのある顔だからまさかと思っていたが、どうやら壺井遼太郎さんことクラインさんと黒崎一護ことイチゴのようだった。

 聞けば、二人はあたし達とほぼすれ違う形で洞窟に入り、あたしがマップデータを持っていたから迷わず進めたのに対し、クラインさんはマップデータを持っていなかったから迷ってしまい、会わなかったらしい。ナツが先に事情を聞いていてくれたのですぐにそれは分かった。どうやらモンスターが矢鱈少なかった原因は、先のPK集団だけで無く二人が粗方倒していたからだった。

 

「なるほど……」

「ところでリーファさん、あと三十分ほど余裕があるんですけど……どうするんですか?」

「ちょっと面倒な事になったわ、すぐにここを出て央都に向かうわよ。事情説明は歩きながらするから急いで。クラインさんとイチゴも」

「え? は、はい」

「「お、おう」」

 

 流石に急な事なので戸惑いを見せながら三人は頷いて立ち上がり、ウィンドウを消した。ナツは既にチェックアウトを済ませていたので、あたしも借り受けていた部屋のチェックアウトを済ませて宿屋を出ると、すぐに《アルン高原》方面の出口に向けて歩き出す。

 元々ここに来るまでにアイテムを使った覚えは無いが、念のために確認すると、彼らは既に確認を終え、腰のポーチにも回復ポーションは補充したし武器の耐久値も回復させたという。どうやら思った以上に早くインしていたらしい。

 今ばかりはそのマメさは助かるばかりだった。

 すぐに街を出て、橋の上を歩きながらマップを呼び出し、ルートを確認しながら、あたしはリアルでレコンのリアルの人から伝えられた情報をそのまま彼らに伝えた。特にシグルドの企てが成功してしまえば、和人を助け出せる可能性が大幅に下がる事を伝えると、そこで漸く彼らもあたしが焦っている事情を察せたらしかった。

 

「それは絶対阻止しないと……でもリーファさん、その会議がある場所って分かってるんですか?」

「止めようにも場所が分かってねぇと止めようが無いぜ」

 

 二人の問いに、あたしはこくりと頷いた。

 正確に言えば、あたしはその会議する場所は知らない。だがシルフの現領主であるサクヤとケットシー領主のアリシャ・ルーとはフレンド登録をしているので、彼女達二人のフレンド反応が集まっている場所に向かえば、恐らくその会議場所に辿り着けると予想している。ユウキはあたしを知らないが、彼女が疑いを掛けて来たなら師範代としての剣腕かナツを前に出せば良いし、情報をどこで知ったのか聞かれればあたしの素性と事の経緯を伝えれば済む話だ。

 それを伝えるとナツとイチゴはなるほどと頷き、しかしそこで難しい表情になった。

 

「でもそれ、フレンド追跡を無効にされてたら取れない手段なんじゃ……」

「……まぁ、普通はそうなんだけど、ね」

 

 残念ながらなのかは分からないが、あたしはそこらの普通のプレイヤーには無い特殊な権限を幾つか持ち合わせている。

 

「あたしはシルフの現領主サクヤとは旧知の仲……と言うか、どちらかと言えばあたしの方がALO歴では先輩でね、彼女の面倒を幾らか見てた頃があったの。それで信頼されて、サクヤが領主になってからも軍部の教導官の依頼も来るようになった……ここまではいい?」

「ああ。ていうか、あんだけゲームが苦手な機械音痴だったリーファが、そんな風になってる事に驚きなんだが……」

「そこは良いのよ。で、傭兵として依頼を受けてたあたしはそれなりの信頼を置かれて、領主のサクヤから幾つか特別な権限を与えられた。その一つに、近衛と同じものがあるの」

 

 それが、領主の反応を必ず追跡出来るというもので、フレンド追跡も無効化されないという事だ。

 もしも近衛が裏切者だったりすれば圏外に出た途端に大ピンチになるので、近衛になるのも、そしてこの権限も相当の信頼を置かれなければ絶対に与えられはしない。逆に言えばそれだけ信頼されているという証であり、現にあたしは依頼というのにかこつけて領主館に何度も足を運んでもいる。ちゃんと理由はあるし、サクヤや近衛、領主館に居る人達にもそれは認められるくらい信頼されているので、問題は無い。

 よって、万が一にも追跡出来ないという事はあり得ないのだ。

 普段ならプライベートとかを気にして使用しない権限なのだが、今は一刻を争う時なので使用する事にした。一応本人にもレコンから教えられた事をそのまま移動しつつメールにしたため、それを送信する。これで逃げる事は敵わなくとも、少なくとも対策自体は可能な筈だ。

 傭兵として動き続けて来たあたしは、戦いは始まる前から既に殆どが決していると考えている。それは対策然り、心構え然りだ。情報が生命線になると言っても過言では無い事はこのALOをプレイし始めてから痛感したし、剣道選手の得意攻撃を知っているだけでも攻めと守りの一手にもなり得るため、元々重視していた。

 だからあたしはサクヤに、《会議場が多種族混合パーティーに狙われている、リーダーはシグルド、すぐに駆け付ける。サラマンダーには注意》という文で。

 彼女も後輩とは言え、経験が浅くとも二期連続で領主を務めているプレイヤーだ。恐らくサラマンダーの代表が領主モーティマーでは無く、その弟とされる武の将軍ユージーンである事には内心で疑念を浮かべている筈。そこにこのメールが届けば打ち取られる油断は少なくなるだろう。

 シノンと、一応親しいアリシャさんにも送っておこうと同じ文でメールをそれぞれ送り、それからメールを打つために少し緩めていた足の速さを元に戻して一気に洞窟の中を疾駆する。

 途中で遭遇する亜人モンスターのオークは首を一撃で斬り飛ばし、甲殻蠍型モンスターなら首の関節の柔らかい部分に一撃くれて即死させる。ナツも、オークならともかく蠍型となると最初は無理だったが、暫くしてから出来るようになったので、これで少しはトレインをしてしまう可能性も低くなるだろうと安堵した。

 

「ナツ、思った以上にやるわね」

「いや、結構キッツイんですけどね?!」

 

 あたしがオークの首を斬り飛ばしながら言えば、ナツは少し歯を食い縛りながら白い片手直剣でオークの胴体を真横に一閃し、絶命させながら応える。確かに少しばかり余裕が無くなって来たかとも思うが、そもそも彼はALOをプレイし始めてからまだ半日も経っていないし、むしろあたしのペースに付いて来られているだけでも凄い方だ。

 クラインさんとイチゴの方を見れば、二人はまるで兄弟であるかのように刀を縦横無尽に振るい、勢いそのままに剣劇を敵に見舞っていた。流石に甲殻を持つ蠍型モンスターには少しばかりてこずっているようだったが、柔らかい関節部分を狙って機動力を削いだり、頸に刃を突き立てて絶命させたりなど、その手際はナツよりも数段上だ。これはナツが弱いのでは無く、単純に二人の技術が高すぎると言うべきだろう、恐らく経験では二人の方が上なのだ。

 今までALOをプレイしてきて、あたしの全力に付いて来られたプレイヤーは一人も居ない。空中戦闘ともなれば尚更だ。

 今は洞窟の中で、インプ以外では飛べない設定なのでシルフとサラマンダーである為に地上戦闘を強いられている訳だが、それでもあたしの戦闘力はシルフ最強と冠せられる。そのあたしに付いて来られているのに、ALOにあまり慣れていない上に剣を振るうのがSAO以来というのだから、三人がこのゲームに慣れたら恐ろしい強敵になりそうだなと、彼らには見えないよう口の端を歪めながら内心で薄く笑う。

 どうやらあたしには少し戦闘狂の気があるらしいと、レコンとナツの二人から言われた性格が違うという言葉も間違っていないと思いながら、三人と共に敵を排除しつつ全速力で出口へと向かって走り続けたのだった。

 

 ***

 

 難しい顔の親父と夏梨の二人をどうにか説得し、少なくとも和人を助け出すまでの間はALOへのログインを許された俺は、絶対に帰って来るという約束を交わして《ルグルー》の宿で再ログインを果たした。一階のロビーへ降りた時にクラインも丁度ログインしてきて、更には別種族だったため央都で合流する予定だったナツと偶然遭遇し、リーファ先導の下で央都側への洞窟を一気に走り抜けている俺は、割と必死に遭遇する敵を捌き続けていた。

 央都側への洞窟を走り抜けているこの短時間で分かった事だが、リーファはどうやらSAOでも最前線で戦い続けた攻略組である俺達に匹敵、あるいはALOのシステムに慣れていない事を加味してもそれ以上の実力を有するプレイヤーのようだった。話に聞けば、シルフ族の現領主の先輩プレイヤーとして幾らか面倒を見た事があるくらいの最古参プレイヤーの一人らしく、傭兵として身を立てていたらしい。

 使用する武器は《片手剣》と《刀》が混ざったような武器で、カテゴリ的には長さが足りないので長刀型片手剣という分類、つまり片手剣を扱っているらしい。時たま両手持ちで振るっているのは恐らく剣道の名残だろう。

 全速力で駆け抜けながら敵を一太刀で斬り捨てるその実力は、既にALOに慣れている元SAO組のクラインを遥かに凌いでおり、SAOに居たと言われても全く不自然でない程だった。

 

「三人とも、アレが出口だよ! すぐに崖だから空を飛ぶつもりでいてね!」

 

 遭遇する敵の中で躱せる攻撃をするものはスルーし、躱せなければパリィ後の一撃で屠るスタイルで走り続けることおよそ十分で、マップデータがあった事もあって《ルグルー》に到達するまでに比べて遥かに短時間で抜ける事が出来た。

 そして抜けた直後、その速度のまま飛び出したため、カタパルトよろしくそのまま空中に身を放り出してしまう。あらかじめリーファから忠告されていたので動揺も小さく羽を広げた俺達は安定したグライドに入る。

 チラリと後ろを見れば、俺達を追い掛けて来ていたオークや蠍の山が屯していて、後ろから押されて幾らか落下していくのが見えた。アレでも一応俺達が相手した事になるのか、ユルドの値が少しずつ増えていっていて、何だかなぁと思ってしまう。

 

「んで、リーファ、会議場ってのはどこなんだ? 街の中っていうのはちょっと考え辛いからフィールドのどこかじゃねぇのか?」

 

 クラインがそう問いを発したが、街の中で無いのはユウキ達が運営や中立プレイヤーに知られないよう隠れて行動しているからだ、街の中だと必ず人目について噂になるのでフィールドのどこかに違いないと検討を付けたのだ。

 リーファも急いで《ルグルー回廊》を抜ける事に優先していたためそこは確認していなかったようで、少し待ってと言いながらメニューを来る。恐らく現領主サクヤとやらのフレンド追跡を行っているのだろう。

 

「えっと……今あたしたちはアルン高原の南東に位置してるわ。サクヤとケットシー領主のアリシャ・ルーさんの反応は、ここから西……《蝶の谷》という所ね。シノンの反応もそこにある」

「シノン……っていうと、詩乃さんですよね?」

「ええ。多分珪子……ええと、シリカだっけ? 彼女とかなり早い段階で合流出来たんでしょうね。SAO攻略組だったなら多分ケットシー領側のルートも速攻でクリア出来たんだと思うわ、シノンもあそこはかなりの回数通ってるからMobの湧きポイントも把握してるし」

 

 道中でクラインから聞いた話によれば、リーファとシノンはそれぞれシルフとケットシーの最強プレイヤーとして知られているらしい。同種族のプレイヤーで二人の名前を知らない者は居ない程の有名人らしく、領主以上の知名度を誇るらしい。

 リーファは剣と魔法の凄まじい使い手として、シノンは数百メートル離れた所から敵を射抜く射手として恐れられており、二人が揃っている時には如何なる敵も彼女達を斃す事は不可能……とまで言われている程らしい。サラマンダー、しかも中立域で動いていたクラインですら知っているのだから、各種族領地で動いている他種族のプレイヤー達からすれば恐怖の対象だろう。リーファに至っては一時期軍部の教導官として動いていたと、さっき言っていたし。

 

「メールに返信は無いから……先に集まって話し合いをしているのかしら……?」

「んー、でもよ、会議ってのは十一時からなんだろ? 流石に速くねぇか?」

「クラインさん、会社の会議って早まったりします?」

「いや、その時間を目安に色々と仕事を分けるから、基本的に変わらねぇ……てかよ、そのシグルドってやつが知ってる時間の方がダミーって事は考えられねぇか? そのサクヤっていう領主が同盟を組むっていう話も、どこと同盟を組むか具体的に知られないようにしていたとしたら、そいつが反感持って何かするっていう予測も経つからダミーの情報を掴ませるっていう事もあり得るぜ。二人は知らねぇだろうが、ギルドリーダー間では《笑う棺桶》掃討戦で一回同じ事をしてるしな」

「「……あー……」」

 

 確かに、何やらとんでもない事をしようとしているユウキなら、シグルドの動きを先読みしてそれくらいしていそうではある。なら十一時よりも早い時間に本当の会議をするという事も考えられるのだ。

 気になるのはサラマンダー領主と将軍の事なんだが……

 

「そうなると、サラマンダーの領主と将軍の事は……」

「さぁ、そこまでは俺も分からねぇよ」

「そうですよね……」

 

 クラインの返答に、問いを投げたリーファは少しだけ苦笑した。流石にここまで全部推測なのだから誰に分かる筈も無い。分かるとすれば、それはユウキと全領主くらいなものだろう。

 

「ところで、その《蝶の谷》っていうのはあそこじゃねぇ?」

 

 話しながら飛び続けている内に見えて来たのは、滝が存在する緑の多い場所だった。確かに谷と呼ばれるだけあってそれらしい構造をしているが、蝶が飛ぶような花の類はあまり見られない。まぁ、遠くからだからかも知れないが……

 リーファに三人で視線を向ければ、彼女はマップとの位置を比較した後にこくりと頷いた。つまりあの滝がある場所が《蝶の谷》と呼ばれる場所なのである。

 もう少し近付けば、プレイヤーが集まっているのが見えた。赤、緑、青、紫、黒などなど……様々な色が見える事から、本当に全種族存在しているのだろう事が分かった。

 そして、その谷には二つの集団が存在している事が、遠くからでも見て取れた。一つは幾つかの幕を張って谷に陣地を敷いている集団、もう一つがその陣地に武装して赴いている集団だ。

 前者は言わずもがなユウキ率いる同盟軍だろう、ならば後者は……

 

「まさか……もう動いて?!」

 

 それを見たリーファは同じ結論に至ったらしい。レコンというプレイヤーからリアルで伝えられた情報によれば、会議場を襲う時間は午後十一時の筈。今はまだ午後九時を過ぎたばかりで、まだ二時間も速いのに、恐らく襲撃メンバーと思しき者達がそちらへ向かっていた事に、俺達は唖然とした。

 焦りを見せる中、リーファだけは飛行速度を上げながら目を凝らして戦闘を見ていた。俺には見えないが、風の妖精は聴覚が最も優れているだけでなく、ケットシーの次に視力も良いらしい。風、だからか遠目は出来るらしかった。

 

「……シグルド!」

 

 そして、数秒もしない内にリーファは、敵組織であるレジスタンスの頭の名前を呟いた。俺も目を凝らせば、先頭を飛んでいるプレイヤーが緑色のマントを纏っているのは見えて、アレがそうなのかと判断する。

 同盟軍とレジスタンス組織の距離は、もう数分で接触してしまう程に狭まっていた。

 

「く……間に合って……ッ!」

 

 祈るような声音でリーファは言い、俺達を突き放す勢いで飛翔した。目指す先は、混沌に陥ろうとしている《蝶の谷》ただ一つだった。

 

 ***

 

「お前の命運もここまでだ、サクヤ」

 

 そう言って、鋼色の長剣を突き付けて来るシルフの男……シグルド。勝利を確信しているようで、彼は怜悧なその顔に勝ち誇った笑みを浮かべていた。

 

「俺はお前を下し、新たなシルフの領主となる! お前のように他種族に頼る者など領主の器では無い、それは他の者達とて同じだ! お前達に不満を持つ者で構成したレジスタンス組織は、満を持して今日、現領主達を粛正する!!!」

「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!」」」」」

「……困ったな」

 

 シグルドの宣言に合わせ、彼に付き従っているらしい私達に不満を持つプレイヤーおよそ千名が咆哮を上げる。それに私は苦笑し、呟きを漏らす。戦えない事は無いが、聊か予想以上の数を揃えていて戦力的に数の不利が大きいのだ。

 

「むぅ……サクヤちゃん、どうしよう?」

「流石の私も、この数を相手に領主を護るのはキツイわよ」

「何せ領主勢が討たれては全てご破算だからな……」

 

 すぐ近くに居るアリシャとその護衛を担っている傭兵の弓使いシノンが、難しい顔で言う。シノンはケットシー最強と言われており、近距離戦も短剣で対応出来、ケットシーの俊敏さを活かした戦いが出来るのでかなりの腕前を誇るのだが、流石に数の不利をひっくり返せる程では無い。彼女が一気に相手にできるのは数名まで、あくまで弓使いなのだからそれでも十分なのだ。

 ここには各種族の精鋭が揃っているし、SAO組も居るには居るが、精鋭は数が少ないしSAO組は空中戦そのものが不慣れなので、寄せ集めとは言えどシグルドが擁しているプレイヤー達に数で劣っている現状では勝利は難しい。それが領主も居るとなれば尚更だ。何せ領主が討たれてしまっては、ユウキ君が考え抜いた末に見出した案を実行に移せず、全てご破算になってしまうのだから。

 特に今、シグルド達にやれてやる訳にはいかないのだ。かなり準備が進んで、各種族領主達も種族の垣根を越え始め、あと少しで挑めるという所まで進んでいるのだから。

 

「くっ……まさか、ここまで数があるとは、流石に予想外だった……」

 

 今回、シグルドの動きを予測した上で事を勧めていたユウキ君も、流石に彼が集めていたプレイヤーの数が千人に達していたのは予想外だったようで、何時もなら冷たさと温かみの両方を感じる微笑みを浮かべている彼女も、今ばかりは悔しげに歯を食い縛っていた……アレが演技だとすれば、彼女は相当な演技派である。

 

「さぁ、者ども! 相応しくない領主達に、今こそ粛正をしようではないか!!! 全軍、攻撃か――――」

 

 

 

「やらせるかぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!」

 

 

 

 シグルドが長剣を振り上げ、攻撃宣言と共に振り下ろそうとしたその瞬間《蝶の谷》全域に轟いた怒号は、今まさに私達へ襲い掛かろうとしていたレジスタンスプレイヤーだけで無く、それに応戦しようとしていた私達も、完全に意表を突かれたため動きを止めた。

 私はその怒号の声に、聞き覚えがあった。いや、聞き覚えどころでは無い、私がこのALOをプレイし始めてから最も長く聞いて来た、最も長い付き合いのプレイヤーだ。

 声は、上から聞こえた。周囲が動揺する中で上空を見上げれば……空気を切り裂いてこちらへ疾駆する緑衣に金髪の少女の姿を、しっかりとこの目で見て取った。あの金髪、忘れる筈も無い、シルフの中でもレアな髪色をしている事でも有名なプレイヤーのものだ。

 その金髪を一つに括っているプレイヤーなど私は一人しか知らない。

 

「リーファッ!!!」

 

 私が歓喜と共に名前を叫べば、彼女はしっかりと私を見て強い笑みを浮かべた。それだけで、一先ず最悪な事態は避けられるという謎の安心感が胸中に生まれ、笑みを浮かべてしまう。

 

「何ぃッ?!」

「シグルド、覚悟なさいッ!!!」

 

 私が名前を叫んだのを聞いたシグルドも同じように上を見て、そこに居る筈の無い人物を見て驚きの声を上げた。リーファは私から目線を外してシグルドを見るや否や、その双眸を鋭くし、左腰の長刀型片手剣を抜剣しながら怒鳴る。

 しかしシグルドもシルフ五傑に数えられるだけあり、リーファの超高速ダイブによる奇襲もギリギリで剣を翳す事で防いだ。凄まじい勢いのため彼は幾らか後ろへ押されていたが、翡翠の翅を懸命に振るわせる事で体勢を立て直し、空中で鍔迫り合いを始めた。

 

「リーファ、貴様、もう来たのか?!」

「はん、アンタ詰めが甘すぎなのよ! あたしを殺すつもりなら数百人規模でPK集団を送り込んできなさい! たかが四十人程度じゃあたしを殺すには足りなさ過ぎるのよ!!!」

「この、化け物女がぁッ!!!」

「アンタが基本を欠き過ぎてるから弱いのよッ!!!」

 

 至近で怒鳴り合う二人は、直後刃を押して距離を取り合った。

 次に行動を起こしたのはやはりリーファで、シルフ最強にして最速の名に恥じぬスピードを一瞬で出してシグルドへ肉薄する。ほぼ一瞬で距離を詰めたリーファは長刀を両手で持ち、大上段から斬り掛かった。

 対するシグルドも同じように大上段から唐竹を放つが、しかしリーファの剣と鍔迫り合う事は無かった。彼女が唐竹の軌道を変え、右薙ぎに変換し、シグルドの長剣を弾いたからだった。予想外の方向からの一撃で剣を弾かれたシグルドは、己の武器を手元から弾き飛ばされてしまう。

 

「な、んだと……?!」

「だから言ったでしょ……アンタ、基本を欠き過ぎなのよ」

 

 驚愕に目を剥き、慄いているシグルドに一歩分踏み込んだリーファは、冷徹さを感じさせる声音で言い切った後、今度こそ大上段から長刀を振り下ろした。

 五傑に数えられるシルフ族の男は、その一撃で体を左右に両断され、直後翡翠色の爆炎を上げ、翡翠色の炎へと変わり果てる。

 

「「「「「……」」」」」

 

 漸く領主に不満をぶつけられると息を巻いていたレジスタンス達も、彼女に救われた立場にある私達も、一様に無言で彼女を見詰めていた。当の彼女は目の前で揺らめく翡翠色の炎をじっと見ていたが、その炎もすぐに消えた、シグルドがどこかでセーブした地点へと蘇生を待たずに戻ったのだ。

 まぁ、リメインライトとなっても意識はあり、たった今自分を殺した相手にじっと見られていては、蘇生も絶望的なのだからすぐに戻るのも当然だろう。

 リーファの睨みは怖いからなぁ……

 

「お、おい……嘘だろ、シグルドさんがやられたぞ……」

「殆ど抵抗らしい抵抗も出来ずに……俺達の最大戦力だぞ、あの人……」

 

 どうやらシルフ五傑で三番手のシグルドがレジスタンス最大の強さを有していたらしい。

 ふむ、二番手の私と一番手の私、そして各領主達も何かしらで各種族のトップに立っているから、これは案外盛り返せるか……?

 

「エック・バトラ・ミール・リンディ・ウィディア・グロール・アウカ・スカルパ・レンズォ・ゴール・スウェディ・フォーザ・ラグナ・メルト・イーディア・ティアゼ・フォルトゥナ・デューク・メディック・キラティア……タイラント・ハリケーン」

「「「「「ッ?!」」」」」」

 

 私がそう思案していると、リーファが高速でスペルを完成させ、術の名称を口にした。各属性の魔法のスペルは最上位にもなると二十ワードに上る長大さを誇るので、彼女ほど相手に対応出来ない速度で詠唱出来るプレイヤーを、私は一切知らない。私ですら二十ワードを唱え終えるには十秒は要するのに、彼女は三秒ほどで詠唱を終えてしまうのだ。

 そして完成した魔法は、風属性最上位である最強魔法《タイラント・ハリケーン》。暴虐の竜巻の名に恥じぬ威力を誇り、魔法の熟練度に合わせてその竜巻は巨大且つ強大なものへと変わっていく。彼女はこれを完全習得寸前まで鍛えているので、百メートル規模の巨大な緑の竜巻を発生させ、空中に屯するレジスタンス達を纏めて絡め取り、一掃していった。

 数十秒を経て漸く勢いが削がれ、竜巻はその形を保てなくなって霧消する。その時に残っているレジスタンスプレイヤーは、およそ数十人。

 

「覚悟なさい、ここで斬られる覚悟をね」

 

 逃げられると思うな、と言外に言ったリーファに恐れをなしたかのように下がる者達は、この数分の後、一人の風妖精を主とした私達の反撃によって殲滅された。

 

 

 




 はい、如何だったでしょうか……ぶっちゃけ酷いですね、心情描写が少なすぎて泣ける( ノД`)シクシク…

 一護に関してですが、私は原作持ってないし《千年血戦編》をほぼ読んでないのでチラリとしか出してません。彼はあの戦いの後に死亡し、転生したという事にしており、斬魄刀は彼が最も長く親しんだ形になったというご都合主義にしております。

 ただし完現術は使えますし、卍解も使えます、虚化も同様です。件の戦いで得た能力に関してはほぼ出ないと思って下さい。

 そしてSAO編で彼を書いていなかった為、当時のイチゴの心情を書いてみました。所々彼らしからぬ部分があるとは思いますが、そこは私の力量不足ですね。

 ちなみに、彼のリアルについて書いたのは、力や家族の事にも触れたかったからです。


 で、読んで頂いて分かると思いますが……リーファが完全バグキャラ化しました。

 シグルド単体相手ならともかく、魔法の方は完全にやり過ぎましたね、後悔はしてませんが(笑)

 これは《アリシゼーション編》の彼女の言動も変える必要性が出て来たかも……? 本当なら原作に近い強さでしたからね、あの辺まで。完全に乖離してるー……


 よし、もうシノンもバグキャラ化させよう★(錯乱)


 という訳で、GGO編でシノンもどうにかこうにか原作より強くしようと思います。取り敢えずALO編でも。


 そろそろこの辺で……いや、遅くなってマジですみませんでした……

 あと、次話予告についてなのですが、ハッキリしている時とそうで無い時があり、後者の場合はかなりグダグダになりかねないのでやめる事にしました。実は今回遅くなった原因の一つがこれだったりします。

 誠に申し訳ありませんでした……頑張って書き上げますので、今後もよろしくお願い致します。感想、評価、批判など、お待ちしてます。

 では、次話にてお会いしましょう。


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