ハンマーで砕くのは聖晶石とか言われる謎物質だ。
値段は一個百二十円。一回の召喚につき3個砕かれ、十回同時に召喚を行うと確実に星4以上の概念礼装かサーヴァントを召喚する事が出来る。原理や仕組みは解らない。だって僕見習い魔術師だもん。
この金平糖みたいな虹色の石を粉々に砕く行為が、カルデアサーヴァントの召喚の儀式である。
アニメのように呪文を唱える必要は無いし、触媒も必要としないので俺みたいな木っ端のマスターにはとてもありがたいシステムだ。
その分誰が呼び出されるのかは完全にランダムなのだが。
俺はもう何度目かもわからないバキバキと30個の石を砕く作業を行い、光を放ち始めた召喚陣に目を向ける。
望むのは高位の女の子のサーヴァント。具体的に言えば赤王様かアルトリア。それ以外でも勿論可。
なんやかんやで修復したローマからついて来てくれたブーディカさんを合わせ、三人しか居ない我がカルデアの女性サーヴァントに新たなメンバーを迎える為、俺は切り詰めた食費から得た石を砕き膝をついて神に祈る。
「……お願いします。おっぱいを、柔らかいおっぱいを僕にください……!」
涙が目に滲む。心が折れそうだ。
何度目かも解らぬ挑戦。幾たびの敗北。
それでもなお、進み続けるのは心におっぱいがあるから。その先に地獄が待っていようが俺は走り続けなければならない。
犠牲にしたiTuneカード達の想いに応える為。
祈ることを、多々買う事を、俺は止めることは出来なかった。
召喚陣から出てきた影の名前を、ボソボソと口に出す。
「アゾット。猪。メッフィー。ローマ。優雅たれ。アゾット。タケシ。媚薬。若兄貴ーー」
ーーああ、吐き気がする。
デジャブだ。悪夢の様な星3の連続。重ねても重ねても出てくる野郎共。枠を圧迫するムキムキの麻婆神父とアゾット剣。
解りきっていたことだ。
物欲センサーは奇跡を許さない。心に欲がある限り、それがどんなに小さくても嗅ぎつけ、敗北を強いてくる。
解りきっていた。筈だった。なのに縋ってしまっていた。
『こんだけ回したら乱数的にいけるっしょ』というフレンドの甘言を。サポート編成にアルトリアが並ぶ奴の余裕の一言を。
もう限界だった。膝から力が抜けていく。世界からは全てが消えていた。
俺は虚ろな視界と朧な意識で、最後の光を呆然と眺める。
ーーしかし。
その光芒は、見慣れた白色では無く、眩いほどの金色だった。
「……っ!? ……来たか、この瞬間がっ!?」
心臓が早鐘を打つ。
高レア確定を知らせる金色演出。久しく見ていなかったそれは、俺の瞳に色彩を戻していく。
「……クラスは……、
進んだ先は、確かに地獄であった。
けれど歩んだ道は間違ってはいなかった。
俺は勝ったんだ。ドン引きする程の低確率に。
光が収束して行く。焼きつくような輝きが消えていく。
ーーようやく出逢えた。セイバー顔の彼女達に。俺が戦い始めた、その意味に。
俺は笑顔を浮かべ、消え去った光の先を見た。
「ーーセイバー。ジークフリート。召喚に応じ参上した。命令を」
「がああああああっ!! がああああああっ!! ■■■■■■ーーッ!!」
理性は一瞬で蒸発した。
現れた竜殺しの英雄に掴みかかり、声の限り叫ぶ。
「マ、マスター!? いきなり何をッ!? というかマスターだよな!? バーサーカーのサーヴァントじゃないよな!?」
「この竜殺しがぁ!! この竜殺しがぁぁぁ!!」
バシバシと鍛え抜かれた胸筋を殴る。
滅茶苦茶痛かった。軽く手首が砕けた。そういやこの人めっちゃ身体が硬かった。
痛みに若干頭が冴えてきた俺は、応急手当をしながら召喚されたセイバー、ジークフリートさんに声をかける。
「……いや、ジークフリートさん。今のはちょっと言い過ぎた。……すまない。ただちょっとネロちゃまが欲しくて」
「……ああ。……いや、気にするな。いつもの事だ。もう慣れている」
そう応えるとジークフリートさんは自嘲気味に笑った。
恐らく彼を召喚したマスターの中には、俺と同じ様に悔しさや怒りをぶつけた奴がいるのだろう。竜殺し(笑い)とか散々言われてきたのだろう。
遠い目をしている彼は物凄い哀愁を漂わせていた。
「……いや本当に申し訳ない。折角来てくれたのに。取り乱してしまいました。……改めてよろしくお願いします。ジークフリートさん。共に世界を救いましょう」
「こちらこそ、よろしく頼むよマスター。竜殺ししか能が無い英雄だが存分に使ってくれ」
がっしりと握手を交わす。
なにはともあれ、これで契約は完了した。
星4以上初のセイバーだ。狙っていたサーヴァントじゃ無かったけれど、我がカルデアにとっては貴重で重要な戦力になる。
早速エミヤに集めさせた種火を使って彼の霊基を鍛えよう。
俺は召喚陣から遠ざかって行くジークフリートさんを見送りながら背筋を伸ばす。
「ーーよし。もう一度だ。今度こそネロちゃまを引くぞ俺は」
新しくiTuneカードを構えた俺は、石を買い始める。
俺の多々買いはまだ始まったばかりだった。
♦︎
「……ちくしょう。ちくしょう。ちくしょう」
「はっはっは。見事な爆死であったな、マスターよ」
マイルームには俺の他に和服の男の姿があった。
アサシンのサーヴァント、
非常に腹が立つ。腹が立つのだが、
「……もう色々ヤバ過ぎて怒る気にもならないよ。なんでだよ。なんであの後ジークフリートさんばっか来るんだよ。もう宝具レベル5だよ。1枚くらいネロちゃまと交換してくれよ。しかも星三すら女の子出ないってなんなんだよ。もう野郎は十分なんだよ……!」
「カルデアに呼ばれた猛者達が、更に力を得る。良い事では無いか。マスターに呼ばれた者、皆限界まで宝具の威力が高まっているのだろう? いやぁ、腕が鳴る。後で今日来た竜殺しの御仁に、一つ斬り合いを申し込んでみるか」
「出たよバトルジャンキー。お前らはいいよな、楽しそうで。命がけの戦場もあんたらにとっちゃテーマパークなんだろ? ワイバーンなんてスナック感覚でサクサク斬れる雑魚なんだろ? ……こっちはそんな血生臭いのよりキャピキャピしたラブコメ求めてんだよ。可愛い女の子とイチャイチャしたいんだよ。あわよくば童貞捨てたいんだよ」
「主殿は自分に素直であるなぁ。結構結構。己が執念を燃やし、周りを顧みず目標に向かってただ突き進む。多少の誤ちは若気のいたりで済ませられるのが若人の特権。存分に励めよマスター。一念、極めれば奇跡を起せるやも知れぬぞ?」
「俺の童貞卒業は多重次元屈折現象使ってTUBAME斬る位の無茶と申すか。……くそ、今の所否定が出来ない。呪われてるレベルで男しか居ないもんな、俺の周り」
何時だって世界は、こんな筈じゃなかった事ばかりだ。
がっくりと肩を落とす。肩凝った。あとでエミヤに肩もんで貰おう。
「しかし主殿。それ程無茶な事なのか? 主殿の周りには少ないが麗しき乙女達が居るではないか。特に盲目的に其方を愛する竜の少女ならば、喜んで夜枷の相手を申し出そうなものだが」
「あー……。前にランサーにも話したけど、清姫ちゃんはちょっと厳しいんですよ。確かに見た目は可愛いし、ちょっとアレだけど嘘つかない限り基本は上品でいい子だし、以外とおっぱい大きいし。そういうとこ含めれば普通にタイプなんだけどさ。一生嘘吐かないなんて無理だからなぁ。絶対どっかで火生転生になる。自慢じゃ無いが自信がある」
「成る程。一欠片の嘘も許せぬとあらば、関係は上手く続かぬな。多かれ少なかれ、人とは偽り、欺きながら生きるもの。真実とは残酷であることの方が多い。しかし見るに、それを全て受け止められる器もあの娘には育っておらん。それでは末長く関係が続いていく事は無いだろうな。主殿の言う通り、いつかは破綻する」
「まー。俺の事を好いてくれてるのは純粋に嬉しいんだけどね。今の俺が彼女を受け止めてやれるかってなるとそれはNOだし。俺がもっと器のでかい男だったらよかったんだけど」
彼女の想いを全部背負えるような日が、果たして俺に訪れる事があるのだろうか。
清廉潔白プラスに一切の嘘は無し。なんて出来る気がしない。ぶっちゃけ人理救うより難しい気がする。
そう頬を掻いていると、何かを考える様に押し黙っていた小次郎が、指を立て口を開いた。
「主殿はまだ若い。ならば包み込む様な包容力がある女性がいいかも知れんな。失敗や未熟を時に叱り、時に励ます母の様な立派な
「あー……。ブーディカさんか。あの人なぁ……。あの人はなぁ……」
「む? どうした主殿。やけに歯切れが悪いでは無いか。年上の女性はあまり好みではないのかな?」
「いやめっちゃタイプ。おっぱい大きいし美人だし優しいしおっぱい大きいし控え目に言って滅茶苦茶セッ◯スしたい。霊基再臨するまで目のやり場に困り過ぎて彼女の方向全く見れなかったもん。今でも正直困ってますけど。油断するとすぐ前屈みになっちゃうから」
「好みではあるのか。ならば何故主殿は躊躇う? 相愛ならば契りを交わしても何の問題もあるまい?」
「いやだって……。……あの人の好意って完全に弟とか息子とかに対するそれなんですもん。俺とか多分、異性として全く見てないですよ。こっちとしては凄い生殺しだけど」
ブリタニアの勝利の女王。
護る為の宝具を駆使して戦う彼女が俺に向けてくる感情は、恐らく慈愛。
きっと家族に向ける無償の愛に近いものだろう。こちらが幾ら意識をしてもハナからそういうフラグが立ってないのだ。そこから先に進める筈が無い。
……それにあの人、凄い旦那さん想いだしね。それこそ俺が入る隙が無いほどには。
「……ふむ。それは確かに難儀な事だ。
の愛の中で最も強いのは母の愛。即ち子を想う気持ちであるからな。それを超えるのは主殿では厳しいか。難しいだろうな。主殿であるし」
「なんか鼻に付くけどまあいいや。事実だし。否定したいけど出来ないし」
「ならカルデアの残る一人。シールダーの娘はどうなのだろうか。他二人ほど解りやすい好意は見せておらぬが、主殿の盾として戦う彼女の背中からは信頼以上の想いが見える。主殿がその気なら充分に懇ろな仲に持っていけると思うのだが」
「…………あ、いや。…………それは、その」
来るだろうと予想はしていたが、小次郎から振られた質問に思わず言葉が詰まってしまう。
恐らく俺の顔は真っ赤だろう。知ってた筈なのに羞恥心を抑えきれ無かった。
それを見て小次郎は、端整な顔を崩さずにやりと口の端を吊り上げた。
「……そうか。成る程。これはしたり。我ながら無粋な質問をしてしまったか。いやぁ、申し訳無い。今のは忘れてくれ、マスター」
「おいやめろ。そのわけ知り顔を今すぐやめるんだ。腹立つから。すっごい腹立つから」
「なに、照れる事は無い。恋とは美しいもの。それが若人の身を焦がす様なものなら尚の事。ここまで激しい恋慕など老いてから出来るものではないからな。命短し恋せよ少年。人生とは有限だ。悔いが残らぬ様にな?」
「忘れろ。ここ数分の出来事全部忘れろ。殴ればいい? 全力でぶん殴れば全部記憶ロストするかな?」
「では、某はこれにて失礼致す。マスター、楽しき時間であったぞ」
「ちょ、まっ……! ……待てやこらぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! 置いてケェェェェッ!! 記憶置いてケェェェェェェェッ!!」
逃げ出した小次郎を追いかけ、カルデアの廊下を走り出した俺。
俊敏Aのサーヴァントに追いつく為、俺は全力で両足を前に繰り出した。