カルデア男子たちの日常   作:3103

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 すまない。遅れてしまって本当にすまない。
 



第8話

 強い風が吹き抜けた。

 舞う風が前髪を揺らし、乾いた荒野に広がる砂塵を巻き上げる。

 先程まで剣戟の音が響いていた大地は、その姿を変え吹き荒ぶ砂嵐によって割と地獄と化していた。

 この嵐の原因が味方の攻撃なのが恐ろしいところだ。

 各種バフでステータスを上げたサーヴァントが打ち出した宝具の光は、熱と衝撃を生み相対する全ての敵を消し飛ばす。

 流石英雄の象徴とも言われる武具。効果に差異あれど解放した時の力は凄まじい。

 空気の塊が顔にぶつかり、思わず変な悲鳴が俺の口から漏れた。

 

「あばばばばばっ!! あばばばばばばばばっ!!」

 

「マスター! しっかり! 私の後ろから動かないで下さい!!」

 

 俺の後輩にして人と英霊の融合体、デミサーヴァントのマシュ・キリエライトが構えている巨大な盾の後ろにも、生じた爆風が届いていた。

 飛来する瓦礫や炎熱などは頼りになる後輩が防いでくれているものの、激しい大気の奔流はただの人間の俺にとって充分凶器となる。

 彼女の背中から離れない様、下肢に力を入れ耐える事数十秒。宝具の余波が消え去ったのを確認した俺は、マシュの背後から顔を出し戦況を確認する。

 

 俺の目に映ったのは崩れ落ちたゴーレム達の破片。魔術の力で動く人型の土塊は、俺が率いている英霊達の圧倒的な力を前に、見るも無惨な姿になっていた。他に動く影は無い。どうやら敵は殲滅出来たらしい。

 頭の中で鳴り響く勝利のファンファーレを聞きながら、熱対策の革手袋をした俺は瓦礫の中に手を突っ込み中を探る。頼むから出てくれよ、八連結晶。もう脳死で宝具ぶっぱするだけの周回は嫌なんだ……! そろそろ第五章を進めたいんだ……! 師匠に会いに行きたいんだ俺は……!

 

「あ、先輩。私もお手伝いします!」

 

 そんな俺を見て、マシュも隣に膝をついて同じ様に瓦礫の中を探り始めた。

 近寄って来た時に彼女のいい匂いが、ふわりと俺の鼻に届く。

 

「なかなか見つかりませんね。もう少し細かく砕いた方がいいのでしょうか。これだと捜索するのも少々面倒ですし。……先輩はどう思いますか?」

 

「……へ? ……ああ、そうだね! プロテインだね!」

 

「……あの、先輩。大丈夫ですか? なんだか顔が赤い様な……。もしかして熱があるんじゃ」

 

「い、いや大丈夫! ちょっと再臨要求素材を思い出して目眩がしただけだから! あとモニュメントも出るまで周回しなきゃなのかー、なんて何故かピースしか出ない超級修練場を思い出してただけだから!!」

 

「そ、そうなんですか? 不調なら無理せずお休みになられた方が……」

 

「大丈夫大丈夫! モーマンタイよモーマンタイ!!」

 

「は、はぁ……」

 

 マシュの肩に肩が触れて思わず触れて、赤くなった頬を必死に誤魔化す俺。

 ……くそ。ダメだ。顔の火照りが抑えられない。心臓もばくばくいっている。手の汗もすごい。手袋しといて良かった。

 俺の顔をまじまじと覗き込んでくるマシュから視線を逸らし、無言で瓦礫の山を探す。

 と、分厚い手袋越しからでも解る尖った感触を指の腹で感じたので、指先を使いそれを摘み出した。

 掴んでいたのはオレンジ色の水晶の様な物質。お目当の物を手に入れられた俺は息を吐く。

 

「あ、ありましたね。八連双晶」

 

「ああ、うん。……良かった。ドロップしてくれて。これでダビデさんが再臨できる。いや長かった……」

 

 長い探し物の旅にようやく終止符が打たれた。

 いや本当長かった。というかドロップ率もう少しどうにかできませんかね? 林檎食い過ぎてもう俺、腹パンパンなんですけど。

 

「じゃあ、戻ろうか。オカン達も待ってるだろうし。早く人理修復に向かおう」

 

 まあ、うだうだ言っていても仕方ない。

 俺は素材をきちんと仕舞うと立ち上がる。

 

「そうですね。帰りましょうか。帰投の準備をしてきます。先輩は少し休んでいて下さい」

 

「ああ、よろしく頼む」

 

 言葉を返すと、ぺこりと頭を下げ走り去って行くマシュ。

 ……どうしてこう、彼女に見つめられると素直にお喋り出来なくなってしまうのか。

 童貞だからだろうか。童貞だからだろうな、うん。

 俺はその背中を見送りながら再び深く息を吐いた。

 

 

 

 

♦︎

 

 

 

 

 

 マイルーム。

 光を放つディスプレイの前で、ポチポチとコントローラーを操作してプレイしているのは所謂ギャルゲーと呼ばれるジャンルのゲームだ。

 簡単に言えば可愛い女の子と仲良くなってイチャイチャするゲーム。現れる選択肢を選んで主人公の行動を操作し、話を進めて行くのが主なプレイスタイルである。

 

 で、俺はその中の一つ、とある有名メーカーが出した有名なゲームタイトルの一つを絶賛プレイ中なのだが……

 

「おいちょっと待て。おかしいだろ今の展開。なんでなんの脈絡も無く主人公が刺されて死ぬんだよ。しかも転校生がくわえてたカジキマグロに。いや確かにあの鼻先の鋭利なとこで刺されたら死んじゃうだろうけどさぁ……。バッドエンド思いつかなかったってこんな投げやりに終わらせていいのかよぉ……。ギリシャ(ウチ)見てるみたいで悲しくなって来たわ……。こいつこの後絶対星座にされるだろ。俺にはわかる」

 

「諦めろオリオン。コレ基本ぶっ飛んだバッドエンドしかないから。所謂バカゲーだから。まともにプレイするだけ損なやつだから。せめて笑ってやってやれ。そうすればその年のクソゲーオブザイヤーを受賞した開発も報われるだろう」

 

 画面に映る地面に横たわる主人公から流れる鮮血と、丁度心臓の位置に突き刺さる活きのいいカジキマグロを見ながら、アーチャーのサーヴァント、オリオンはクマのぬいぐるみボディで器用にため息を吐いた。

 

 一人と一柱セットで彼女のアルテミス(戦闘とかだと寧ろそっちが主)は一緒にいない。四六時中一緒だと流石に疲れるから、息抜きがてら俺の部屋に遊びに来たのだとか。

 暇つぶしのゲームは数多く取り揃えられてるものの、オリオンのゲーセンの景品みたいなぬいぐるみボディじゃその殆どをプレイする事が出来ない。

 考えた末、今は前から彼がちょっと興味持ってたギャルゲーを、俺がコントローラーを操作しオリオンが指示を出すという変則的な形でやっていた。膝の上にちょこんと座るオリオンの声の通り体を動かすと、なんだか巨大ロボになった様な気分である。

 

 しかしまぁ。このカルデア一のリア充に対し、入室許可出すの割と躊躇いました。

 でも嫉妬じゃありません。ただ単純にひと時とはいえ、二人の仲を引き裂いてしまう様な気がして気後れしてしまっただけです。決してリア充爆発しろの精神で軽く居留守していた訳じゃありません。

 ……くそっ。召喚陣からようやく出てきたおっぱいが俺に一切の興味が無い上、カップルだった時の悔しさよ。その日の夜は枕を涙で濡らしたもんだ。いやまあ、ティッシュも濡らしましたけど。

 

「……なぁ、マスター。他にゲーム無いの? 流石にこれやり続けんのキツいんだけど。開始して一時間くらい立ってんのに、ゲーム内の時間が半日と進まないのはどうなのよ?」

 

「まあ、マルチバッドエンディングが売りとか言われてるゲームだかんね。学園ラブコメなのに無駄に死亡エンドが充実。初心者のマ◯オでももう少し寿命長いって専らの噂だから仕方ない」

 

「いやなんでそんなヤバい奴やらせたんだよ。一応俺現界して間もないゲーム初心者よ? 初心者にこんな劇物やらせる普通? もっと普通に女の子といちゃこら出来るゲームないの?」

 

「いやあるにはあるけど……。……本当に大丈夫? マシュにちょっかい出した時みたいに、浮気判定されてアルテミスさんにまたハイライトの無い目でボコボコにされない? ここ俺の部屋だからアモーレミオされると凄い困るんだけど」

 

「大丈夫大丈夫。現実の女の子を相手にしてる訳じゃないからセーフ。……な、はず」

 

 と、膝の上のオリオンの視線が彷徨い始める。

 そこはきっちり言い切って欲しかった。しかしまぁ、俺もクソゲーをやり続けるのはしんどいので、がさごそと色々ゲームが詰められたカゴを探る。

 

「……あ、これなんてどうだ? 『ガチガミ』」

 

「おお。なんかケースの絵は綺麗だな。これは割と期待できそう。で、どんなゲームなんだ?」

 

「ヒロインがみんな吸血鬼でな、どのルートに行っても大体噛み殺される。上手くいっても絶対血を吸われる。そんで大体殺されてから彼女達の眷属として物語がスタートする。途中でなんだかホラーゲームをプレイしてる気持ちになる。美少女に容赦なく噛みつかれたい人にオススメの一作になっております」

 

「俺にそんな性癖ねーから。なんだよ大体噛み殺されるって。物騒すぎるだろ。お前が住んでた平和な現代日本が舞台なんだよな? もっとバイオレンスじゃない学校が舞台のやつとかないのかよ?」

 

「んー……。じゃあこれは? 『クラ◯ド』」

 

「……あー、なんか前に廊下で人生がなんたらって、黒髭の海賊が喚いてた名前に似てるなそれ。アイツも知ってるってことはその筋では有名なゲームなのか?」

 

「まあ、有名かな。この手のゲームの代表作と言っても過言では無い」

 

「へぇー。じゃあそれにしようかな。ちなみに内容はーー」

 

「主人公は元ソルジャークラス1stでな。今はミッドガルで何でも屋を営んでいるんだが、ある日アバランチに雇われて神羅カンパニーの持ってる魔晄炉爆破計画に加わるんだ。そこでーー」

 

「待て待て待て待て! 専門用語が多くて何言ってるか全然わかんねぇよ! というか今取説見たらキャラクターみんなでっかい剣とか武器装備してんですけど! これ確実に平和な世界舞台じゃないよな! つーかタイトルからして違うじゃねぇか! ファイナル◯ンタジーって書いてあるぞここに!」

 

 ばしん。と小さなぬいぐるみハンドで、FFのパッケージを叩くオリオン。

 クラウドとクラナド、一文字違いだし間違えても仕方ないよね。どっちも滅茶苦茶有名だし。

 とまあ、オリオンをからかうのはそろそろ止めにして、そろそろ真面目にゲームを紹介してやろう。

 

「まあ、冗談はここまでにして。これなんかオススメですな。『アマ◯ミ』」

 

「……本当か? 本当にちゃんとしたゲームなんだろうな? さっきのとタイトルそっくりだけどアレの続編とかじゃ……」

 

「今度のは大丈夫だって。こっちは本物だから。……じゃ、ソフト変えるぞー」

 

 疑心を抱いたままのオリオンは無視して、ソフトを入れ替えゲームを起動する。

 しばしのローディングの後。見慣れたOPが流れ始め、画面の前のプレイヤーの俺たちにゲームの開始を知らせてくれる。

 

「……しっかし、こういうゲーム大量にやってる癖してどうして実物相手にするとカチコチに固まっちまうのかね、マスターは」

 

「一部はカチコチにならなきゃ困る時だってあるだろいい加減にしろ。

 ……まー、アレだよ。やっぱ虚構と現実は色々勝手が違うじゃない? 選択肢も出て来ないし、セーブもロードも出来ない。間違っちゃったらやり直せない。それどころか即ゲームオーバーにだってなる。だから慎重にならざるを得ないんだよ、色々と」

 

「いやお前が慎重になるの大体女の前だけじゃねーか。普段特異点行ってる時はこっちが心配になるくらいぐいぐい進んでくじゃねーか。単にヘタレなだけだろ。見境なく種蒔くような野郎よりはマシだけどな」

 

「さり気無くそっちの主神をディスるんじゃない。反応に困る」

 

 言いながらゲームを進めて行く俺とオリオン。

 ちょうど最初の選択肢が現れた所だ。画面を見ているオリオンに選択を迫る。

 

「ほら、オリオン。お待ちかねのーー」

 

「ここにいたのね、ダーリン!!」

 

 どかぁん。と耳をつんざく破砕音。

 咄嗟にベッドに強化の魔術を使用。その陰にオリオン連れたまま隠れて飛来する破片をやり過ごす。

 あっぶねぇ……。自室でミンチになるとこだった。

 衝撃が収まったのを感じた俺は顔だけ出して周囲を見回す。

 滅茶苦茶になったマイルームには、やっぱりオリオンの恋人でありギリシャ神話の月の女神であるアルテミスさんが、奇妙な形状の弓を片手に立っていた。

 施錠していた扉は破壊されていた。頑丈とはいえサーヴァントの宝具には耐えられなかったようだ。カルデア内で宝具ぶっぱすんなよとか、ノックすればすぐ開けてオリオン差し出したのに、とか色々言いたい。

 

「ダーリン早く出てきなさーい! 浮気なんて絶対許さないんだからねー!!」

 

「……おい、オリオン。判定ギルティじゃねぇか。俺の部屋どうしてくれんだよ。もう色々と木っ端微塵なんですが」

 

「……すまん。まさか次元の向こうまで対象範囲だったなんて思わなくて」

 

 男二人、物陰でひそひそ話し合う。

 恋する乙女は怖いなー、なんてだんだんハイライトさんが仕事しなくなってきたアルテミスさんを見ながら、荒ぶる神にオリオンをそっと差し出すのであった。

 

 


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