英雄譚まとめ 著:博士   作:甲斐太郎

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視点
≪博士≫→≪ムスヒの君≫→≪博士≫


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突如として空から降り注いできた光弾によって、神垣の巫女であるカグヤさまが文字通り、命を張って掛けている結界が露になる。光弾が降り注ぐ上空を見据えると人型の赤いナニカが腕を突き出し、手のひらに光を集めている姿が映った。

 

結界の粗を探すように光弾をぶつける位置を変えていく赤いナニカがとある一点を見つめ、そこへ目掛けて腕を伸ばす。収束する光。その光は神垣の巫女の結界が届いていない外様の集落へと落ち、黒い煙と共に赤い焔の華を咲かせた。

 

「ちぃっ!綾時が言っていた視線の正体か!」

 

私は鬼の手を使って里の平屋の屋根の上に登り、銃を構えるも上空に浮かびながら今も攻撃を続ける鬼との距離が遠すぎて、目標が霞むのが分かった。鬼に近付こうにも里の外から鬼の攻撃を受けたということでモノノフも住人も混乱し、道は移動することも儘ならない状態になっている。

 

「博士、あれが鬼ですか?」

 

いつの間にか側に来ていたメティスが鬼を睨みつけながら言う。彼女の手には無骨な鈍器が握られており、今にも屋根からミシミシといった建物の悲鳴が聞こえてきそうだ。見れば眼下に憤怒を身に纏わせた紅月と焔がおり、今にも里の外へ打って出ようとしているが、まずやらなければならないのは上空に浮かんだまま攻撃をし続ける鬼を地面に引き摺り落とすことだ。

 

武器が薙刀の紅月と仕込鞭の焔では、例え鬼の真下に辿り着けても手の出しようもない。だが、その一瞬の膠着を切り裂くようにはっきりとした声が響いた。

 

「“合わせろ”、メティス!」

 

「仕方がないですね。殺す気でいくであります」

 

メティスがその手に握る鈍器を、腰を落としながら構えると同時に、首巻で鼻と口元を隠し、目つきを猛禽類のように鋭くした綾時が現れた。綾時の左手に装着された鬼の手は彼の思いを表すように爛々と紅く輝いている。

 

綾時がメティスの構える黄金の槌の面に降り立つ。その時、メティスの顔の側頭部についている機関が白い煙を上げながら高速回転をはじめる。

 

「オルギアモード発動」

 

メティスが感情を無くした淡々とした言葉を発した後、彼女が発するオーラというべきものが跳ね上がった。空気が震えていると錯覚する程。見るからに戦闘能力が桁違いに上昇したのが肌で感じるほどだ。

 

現にカグヤさまの結界が届かない場所へ攻撃を繰り返していた鬼の注意がメティスと綾時へと向けられた。メティスは自分が装備している槌の面にいた綾時を自分の上空へと打ち上げると、その場で回転し勢いをつけながら跳び上がり、落下してきた綾時を鬼に向かって弾き飛ばした。

 

メティスの一撃によって、綾時は里へ攻撃を仕掛けてきた鬼に向かって一直線に飛んでいき、役目を終えたメティスはそのまま落下してきて、私もいる平屋の屋根に大穴を開けながら地面に落ちた。その衝撃で私は浮かび上がったが、鬼の手を発動させて、近くの家屋の屋根へと移動する。

 

『ギィヤァアアアアッ!』

 

甲高い鬼の悲鳴。見れば、綾時の鬼の手によって発動した剣による一撃を受けた鬼がフラフラと領域に向かって撤退している。綾時は追撃を仕掛けようと鬼の手を伸ばすが躱され、そのまま地面に向かって落下していく。彼の命綱というべき、鬼の手は追撃を掛けた直後のため“伸びきっている”。綾時の身体は鬼の因子が埋め来られているため、普通のモノノフよりも丈夫で回復能力も高いが、あの位置からの落下で受け身がまともに取れなければ、さすがに致命傷を負う可能性も否定できない。

 

「あ、綾時っ!」

 

だが、幸か不幸か、綾時は落下の途中で青白い光を発した消えた。いつもの時間転移が起きたらしい。

 

 

 

元々、富嶽さんが住んでいた里を襲い、彼が親しくしていた神垣の巫女や仲間たちを食らった鬼、ダイマエンが現れた。

 

相打ち覚悟で先にウタカタの里を出ていった富嶽さんに追いつき、ダイマエンと対峙したのだけれど、ダイマエンは私たちの攻撃が届かない遥か上空を滑るように移動し、能力を使って瓦礫を降らしてくる。頭上に振ってくる瓦礫を武器で払いつつ、攻撃する機会を伺うが一向にその機会が訪れないことに皆が苛立ち、瘴気による活動限界もあり焦りが生まれる。

 

「クソがぁああっ!降りてきやがれぇええ!!」

 

「落ち着け、富嶽。奴はこちらが痺れを切らすのを待っているんだ」

 

「このままだとアイツは降りてこねぇっていうなら俺が囮になって奴を引き寄せる。元々、俺はアイツと心中するつもりでここに来たんだからなっ!」

 

「そんなことが許されるわけないでしょ!」

 

桜花の説得する言葉に反論するように怒鳴った富嶽さんの言葉に初穂がすかさずキレる。助けに来た仲間がみすみす傷つけられるのを見逃せるほど、私たちの心は腐っちゃいない。だけれど、空を飛び続けるダイマエンをどうにか地面に落とさない限り、私たちが好転することはない。

 

私が上空にいるダイマエンを睨みつけると、ダイマエンの口元が弧を描き嘲笑っているように見えた。地に足を縫い付けられ、自らを攻撃する手段を持たない私たちを。私は下唇を噛みしめ、毅然とした態度で再度睨みつけ、

 

『グゥエッ!?』

 

己がいる高度よりも高い位置からの奇襲を受け、苦悶の叫び声を上げつつ地面に向かって落下するダイマエンを目撃した。勢いは弱まることなく、ダイマエンは重力に引き寄せられるままに落下。

 

凄まじい轟音と高く巻き上がった土煙、巨体が地面に落下したことによる衝撃波によって体躯が小さな初穂と体重が軽い速鳥が吹き飛ばされ、桜花と私は武器を地面に突き立てて耐えつつ、吹き飛ばされてきた初穂を抱きとめた。

 

「一体全体、何だって言うんだ」

 

武器を構えたまま息吹さんが言う。富嶽さんは籠手を構えたまま微動だせず、その場に留まっており、彼の背後には尻もちをついた那木がいるがすぐに立ち上がった。土煙が晴れると同時に見えたのは、見覚えのある黄色い首巻をつけた双刀を構えた青年の後ろ姿。

 

「アンタはタケイクサの時のモノノフ!?」

 

息吹さんが驚きながら告げるが黄色い首巻をしている青年は左手につけられた“変わった形の籠手”を双刀の柄で突き、何かおかしいのか首を傾げている。その時、怒号のような鳴き声が響き渡る。地面へと落とされたダイマエンが怒りの眼差しで、己を落下させた原因である彼へと殺意を込めた視線を送っているのだ。

 

しかし、彼はダイマエンなど眼中にないと言わんばかりに左手の籠手に注目している。豪胆なのか怖いもの知らずなのか、その判断をする機会はすぐに訪れた。ダイマエンが能力を使って多くの瓦礫を舞い上がらせると彼と私たちに向かって、放ってきたのである。

 

私と桜花は地面に突き刺していた武器を引き抜き、飛来する瓦礫を斬り払う。富嶽さんは弾き飛ばし、初穂は鎖鎌をつかって防御したり、弾いたりしている。そんな中、首巻をした青年はダイマエンに向かって“突き進んでいた”。飛来してくる瓦礫の飛んでくる軌道を完全に見切っており、まるで勝手知ったる家の中を移動するようにすいすい進んでいく。気付けばダイマエンの目の前まで移動し、唖然とするダイマエンの大きな嘴を思いきり蹴り飛ばしていた。

 

分が悪いと判断したのか、ダイマエンが両翼を大きく羽ばたかせ飛び上がろうとしたのだが、そんな隙を彼が見逃すはずがなかった。ダイマエンが浮かび上がるために視線を地面へと向けたその一瞬、彼は一気に距離を詰め、手に持っていた双刀をそれぞれダイマエンの両目に突き立てた。視界が完全に塞がれたダイマエンは飛翔することも忘れ、絶叫しながら地面をのたうち回る。

 

その際、巻き起こった暴風によって近くにいた首巻の青年は木の葉のように何の抵抗も出来ずに巻き上げられていった。ダイマエンは迷惑な暴風によって得られた安全圏で両翼の先端を目に刺さった刀へと伸ばす。しかし、彼が突き立てた双刀は深々と突き刺さっており、簡単に抜ける代物ではない様子だった。

 

富嶽さんを見れば、不完全燃焼とまではいわないけれど、「随分と呆気ない幕切れだな」と苦笑いしていた。視界を奪われたダイマエンに、先ほどまでの脅威は微塵も感じない。意気消沈しながらも荒れ狂う暴風を避けつつ、それぞれの武器をダイマエンに突き立てる中、初穂がキョロキョロと周囲を見渡していた。

 

「彼、いつの間にかいなくなっちゃったね」

 

「あ、そういえば」

 

「素性、また聞けなかったな。まぁ、それよりも……」

 

「彼はどこから降ってきたんだ?」

 

その場にいた全員で空を見上げるが、そこにあるのは暗雲に閉ざされた夕闇のみ。我々の危機にどこからともなく現れて、鬼を蹴散らす青年は一体何者なのか。その答えを得るのはずっと先の未来のことだった。

 

 

 

時継とメティスを伴い綾時の落下予想地点へと向かう。

 

神垣の巫女であるカグヤさまの結界が届かなかった外様のサムライたちが住まう地は今、怒りと悲しみが渦巻いている。医者としてやれるだけのことはやった私は、こうして鬼を撤退させた後で時間転移によって落下死を免れたはずの綾時を探しているのだが、気配がまったくといってない。綾時に限って時間転移先で死んだってことはないだろうから、タイミングの問題かと切り株に腰掛ける。

 

「にしてもメティス、『おるぎあもーど』だったか?あれ、すげーな!」

 

「同型機の物と比べれば、若干出力を押さえて持続時間を伸ばした仕様でありますが、やはり使った後のオーバーヒートが怖いであります」

 

「しばらく動かなかったのは、その所為か」

 

「発動後に120秒動いて、100秒機能停止する。我ながら燃費が悪すぎるであります」

 

「確かに戦場のど真ん中で動かなくなられるのは困るな」

 

時継とメティスとの談話を聞きつつ、ぼんやりと空を眺めていると突然綾時が現れて落っこちてきた。普段であれば鬼の手や武器を使って器用に着地するのに、今回は着地失敗で全身を地面に叩きつけられた衝撃で「ひぎぃっ!?」なんて情けない悲鳴を上げてのたうち回っている。時継の介抱を受ける綾時に近づき確認すると鬼の手のコアと呼ぶべき機関が割れていた。

 

「結構、頑丈に作ったのだな。まぁ、綾時“の”は何もかもが規格外だったから仕方がないか」

 

私は綾時の左手ごとカラクリを引き寄せ調整をし始める。その間、手持ち沙汰となった綾時は時継からマホロバの里の現状を聞き、死傷者が多数出たことを聞き、強く下唇を噛みしめた。中でも主計殿が外様の子どもを庇って亡くなったと聞いた時は、綾時の頬をツツ―っと涙が一筋の線が出来た。カラクリの調整が済んだことを伝えると、綾時は早速と言わんばかりに鬼の手を発現させて近くにあった岩を握りつぶした。

 

「で、どうするつもりだ。綾時?」

 

私は『分かり切ったことだがな』と内心呟きながら、綾時に尋ねた。明確な返答は無かったが、綾時が首巻で鼻と口元を隠し鬼の手を紅く発光させる仕草を見て、私たちは一斉に武器を構え、携えながら歩き出すのだった。

 

 


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