英雄譚まとめ 著:博士   作:甲斐太郎

7 / 13
視点≪綾時≫→≪焔≫


7ページ目

ようやっと青いゴウエンマとの戦いで追った傷が癒えたので、久しぶりに安の領域に行こうと思い里の中で時継を探していたら、近衛の長である八雲さんと本部でばったり顔を合わせることになった。彼は僕を見た後、どこかへ行こうとしていた歩みを止めてまっすぐ向かってくる。そして、「部下の命を救ってくれたことを感謝する」「何か困ったことがあれば、1度は話を聞いてやる」と尊大な感じで告げて去っていった。

 

「……何あれ?」

 

「へぇー。八雲の野郎にあれだけ言わせたのか。まぁ、当然だよな」

 

「あ、おはよう。焔」

 

「おう!」

 

紅月さんと組んで行動していることが多い焔。彼に話を聞くと時継は紅月さんと一緒に博士の研究のために出かけているそうだ。焔自体は里で用事があって付き添いは断ったそうだ。しかし、時継が博士の研究の付き添いで出ているのならば、いつ帰ってくるか分からない。仕方がないから、久しぶりに単独で出撃しようかなと思っていると、焔が急に肩に腕を回して顔を近づけてくるとニヤリと笑った。

 

「時継を探していたってことはお前も出かけるんだろ?面白そうだ、俺も連れていけ」

 

「あれ、博士たちにつていかなかったのって何か用事があったからじゃないの?」

 

「ああん?いや、あの博士って、わけわかんねぇことばっか言うからよ。適当に用をでっちあげて逃げただけだ」

 

「それって、紅月さんにばれるとやばくない?」

 

「ばれるとやばい。つまり、お前も共犯になれば怖くない」

 

そう言って焔はからからと笑う。僕も彼につられて笑ってしまった。

 

マホロバの里から遠出する時は時継または仲の良いモノノフの誰かを連れていくことを博士に厳命されている僕。そこまで心配されるほど弱くないって伝えたんだけれど、『私が心配しているのはそっちじゃない』と鼻で笑われた。時継は声を掛けると喜んでついてきてくれるんだけれど、時継以外で親しいのはマホロバの里の民ばっかりで近衛や外様のモノノフたちとは縁がないのか、あまり話が出来ていない。

 

先日救助した近衛のモノノフたちとはよく会話するんだけれど、暇な時でいいから里の外への同行をお願いしたら決まって『私共の実力では貴方さまの足を引っ張る一方でございます』と丁寧に断られ続けている。

 

だから、正直に言って焔の同行の言葉は嬉しかった。

 

「で、どこに何をしに行くんだよ?」

 

「安の領域に点在している瘴気の穴を塞ぎに行こうと思っているんだ」

 

「おっと、面白うじゃねぇか!やっぱ、博士の付き添いについていかなくて正解だったぜ!」

 

僕の肩に回していた腕を外して里の門へと向かう焔の後に続こうとしたら、門のところに見覚えのある金色の髪を持つ女性が濃しに手を当てて仁王立ちしていた。彼女は向かってくる僕と焔を見て、にこりと笑い口を開いた。

 

「話は聞かせてもらった!私も同行するぞ!」

 

僕のパーティに焔とグウェンが強制的に加わった。こんなにも強引に割り込んでくる人は今まで僕の周囲にいなかったからある意味で新鮮だ。

 

 

 

安の領域についた僕たちは瘴気の穴を探しつつ、鬼を問答無用で討伐していく。その中で焔とグウェンはいつの間に意気投合したのか仲良くなっていた。僕を差し置いてずるい。

 

荒んだ僕の心を癒してくれたのは迷子になって蹲っていた天狐だった。残念ながら天狐と意思疎通する術を持たないので泣く泣く別れることになったのだけれど。瘴気の穴は割とすぐに見つかり、先日やった要領で瘴気の無い穏やかな世界を思い浮かべつつ、鬼の手に力を籠めると、そこにはもう瘴気がない安穏な世界が広がっていた。

 

 

 

 

 

≪焔≫

 

「ビャクエンとの戦いを近くで見ていたから分かっていたが、やはり綾時はマホロバの里の中でも一段と強いな。私が知る霊山のモノノフたちよりも強いのは確実だ」

 

「ああ。俺も色んな里を渡ってきたが、綾時ほど強いモノノフを見たことがねぇ。それこそ、第2のオオマガドキの再来を防いだ、ウタカタの里の奴らと同等なんじゃねぇか?」

 

俺は海外のモノノフで今は霊山にある本部に所属しているグウェンと会話し認識を共有していた。彼女の言うビャクエンという鬼は見たことがないが、博士曰く現在の俺や紅月では勝負にならない化け物らしい。

 

オヌホウコやオンジュボウといった大型の鬼を片手間で葬る綾時を以てしても碌な傷を負わせられずに逃がしてしまった奴だと聞いて、俺と紅月は顔を見合わせた後、考え込む羽目になっちまった。

 

 

 

冗談みてぇな強さを持つ綾時。

 

こいつがいれば俺たちが戦う必要はないんじゃねぇかと思うこともあった。だが、博士の見解では綾時をこのまま鬼と戦わせ続けると手の施しようのない事態が来るかもしれないと真面目な顔をして忠告してきた。手の施しようのない事態って何だ。綾時の事情を知っているのは博士と時継だけで、俺らが知っているのは『若いのにめちゃくちゃに強いモノノフ』ってことだけだ。俺は紅月に言われた。

 

「モノノフのまとめ役をしている自分よりかは、年端の近い焔の方が綾時の本音を聞けるかもしれません。それとなく探りをいれてください」

 

腹芸は苦手なんだが。

 

ああも紅月に真剣に頼まれた以上、その役目は果たさなければならないと思っていたのだが、結局のところ綾時の強さを再確認したのと、窮地に陥っている人の助けを求める声を拾う範囲がやべぇっていうのが分かった。

 

いきなり道なき道を進み始めたと思ったら、50を超えるガキの群れに襲われて息も絶え絶えなモノノフの小隊を見つけたり、

 

オヌホウコに襲われて負傷した商人を見つけたり、

 

物陰に身を潜めていたオンジュボウの気配を察知して先制攻撃を仕掛けたり、集中した状態の綾時の五感がやべぇ。

 

「なぁ、焔。商人は仕方がないとして、モノノフたちが落ち込みながら絵馬のような何かに線を入れていたのはなんなのだ?」

 

「……あれか。あれは里の外で他のモノノフに助けてもらった時に線を入れるための道具なんだが、あれに10回線を入れた奴は自ら教練所に行って、また一からモノノフとしてやっていくための教練を受けなければならないんだ。導入したのは時継だな」

 

あまりにも危機管理能力がなっていないモノノフが多すぎて、綾時と時継の2人が任務地にたどり着くまでに時間を要した挙句、結局一度装備を整えるために里に戻らざるを得なかったことが災いし、あの強制教練所行絵馬が作成された。

 

幸い、俺はもらったことがねぇけど。見た所、グウェンも実力はそれなりにあるほうで助ける側みたいだ。

 

「道理で。マホロバの里の周辺地理を把握するために散策していて、ガキやノヅチの群れと戦っているモノノフたちがいたから加勢しようとしたが、涙目で『こいつらくらい私たちで倒せます!加勢は結構です!!』と断られたのは。その時はてっきり毛色が違うからではないかとショックを受けたが、なるほどそういうことだったか」

 

「ガキとノヅチも倒せないモノノフとか流石にいねぇだろ。大型は無理でも中型までは単独でも倒せねぇとな。そんな実力もない奴だったらいっそのこと才能がねぇって、命を喪う前にモノノフを辞めさせたが無難だぜ」

 

「意固地になってしまうと周りを巻き込んでしまうから、早々に諦めさせるということだな」

 

「まぁ、そういうことだな」

 

俺とグウェンがそんな会話をしている間、綾時はどこからか見つけてきた天狐と戯れていた。俺たちが瘴気の穴のことを言うと泣く泣く天狐と別れたが、そんな情けない表情をするんじゃねぇよ。なんか綾時に関してあれこれ難しく考えている俺たちが馬鹿みてぇじゃねぇか。

 

ちなみに天狐と別れてすぐのところに瘴気が噴き出す穴があったが、鬼の手をその穴の中に突っ込んでしばらくすると付近に漂っていた瘴気がすっきりと晴れて、重苦しさそのものが解消されていた。

 

「半信半疑だったが、まじか……」

 

「あの時は小規模な変化であったが、今回はかなり広い範囲で瘴気が薄まったようだな」

 

グウェンはこの現象を体験済みだったのか、その場で腕を組みうんうんと頷いている。その時、鬼の手を作り出す手の甲のカラクリがキラッと光り、そこから声が聞こえてきた。

 

『綾時。お前、安の領域にいるだろ』

 

聞こえてきたのはこのカラクリを作った張本人だった。その声色に幾分か苛立ちが含まれていること以外は特に変わった感じではない。

 

確か今日は研究のためにどこかへ出かけていたはずだが、この丁度の時に連絡を入れてきたってことは。そんなことを考えていると、綾時が気楽に返事をしていた。

 

「あ、博士。今、瘴気の穴を塞いだところです」

 

『「あ、博士」じゃなーいっ!!お前、一昨日治療した時に口を酸っぱくして『一週間は安静にしておけ』って言ったばかりじゃないかっ!誰だ、その重傷人をここまで連れてきた阿呆は!!』

 

俺とグウェンは咄嗟に自分の手で口を塞いだ。

 

これは拙い。非常に拙い。というか、綾時お前、重傷人だったのかよ!?いつも通りで見かけた鬼は必ず殺すから、全然気づかなかったわ!!その重傷人である綾時は俺たちが必死になって存在を消そうとしているのを見て空気を読んでくれたのか、博士に対し「ここにいるのは自分1人だ」と告げた。が、

 

『( ゚Д゚)ハァ?今時、「西に行く」といって「右に行く」ような方向音痴が1人で安の領域に来れる訳がないだろっ!ようし、綾時おまえはそのままその場で待機していろ。私たちも安の領域にいるから、すぐにお前を迎えに行ってやる』

 

八方塞がりとはこういうことを言うのだろうか。俺たちはとりあえず、長年放置され続けてボロボロになった地蔵さんの後ろに身を隠したのだが、鬼の手なんていうカラクリを作れるような頭のいい博士を撒くなんてことは出来ず、しっかりと絞るようにねちねちと説教されるのだった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。