レナの兄貴に転生しました【完結】   作:でってゆー

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親族会議

 

佐藤さんが口にした内容は園崎本家で行われた親族会議についてだった。

 

「普通の親族会議っていったら親族が集まってお茶でも飲むようなものだな。だが園崎本家の親族会議はそんなのんびりしたものとは訳が違う」

 

園崎本家の会議。それはまさしく雛見沢村を支配する支配者たちの会議。

ただの親類の内輪話などなく、反ダムの抵抗運動についてなど、全てを決める。事実上の村の命運を決めているに他ならない。

 

厳かな和室の真ん中に布団に入ったまま上半身だけをおこし、険しい顔をしている老婆こそ、園崎お魎その人である。

 

その脇に座するのが次期当主の園崎魅音。

まだ若く、若いという言葉も相応しくない。幼さを残す少女。

園崎お魎の脇に座し、時折求めに応じて取り次ぎをする程度の役だが、お魎の跡を継ぐことを許された唯一の存在に他ならない。お魎と同じ鷹の目を有し、眼光だけで見るものの心臓を凍らせることができるという将来を期待された当主の孫娘だ。

 

さらに御三家の公由家当主にして雛見沢村の村長である公由喜一郎。古手家当主で古手神社の神主とその妻が座し、その周りを園崎家の親族、縁者がぐるりと取り囲むようにならんでいるのだ。

 

 

 

部屋にいるのは全員が御三家の関係者。ただの村の住民が加わっていいところでは決してない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただ1人の例外を除いて

 

 

 

 

 

 

 

その人物は園崎家次期当主園崎魅音と、まるで対等の立場であるかのように園崎お魎の脇に座していた。

 

園崎魅音とその人物2人で園崎お魎の横に並ぶ。

周りの者にその光景に疑問を持つものはおらず当然のようにその光景を受け入れている。

 

 

 

 

 

「‥‥なんですか‥それは‥」

 

言っている意味が理解出来ない。

そんなことが許されるのか?その村の全てを決める、村の中でもっとも力の強い者たちが揃う場に普通の村の者が入るだけでも違和感しかないというのに園崎家次期当主と並ぶようになんて、そんなことがあり得るのか?

 

「旦那から聞いてないのかい?園崎天皇である園崎お魎に気に入られている子供がいるって。さっき散々おっちゃんが愚痴ってただろう」

 

「‥‥‥竜宮灯火」

 

そうだ、少し考えればわかるはずだ。そんな状況に該当することができる人物など1人しかいないのだから。

 

きっと無意識にその名前を連想することを避けていたんだと思う。

俺にとってその名前はもはや恐怖の対象になってしまっている。

 

 

「‥‥続けてください」

 

胸の奥から溢れようとする恐怖を無理やり押さえ込み続きを聞く。

佐藤さんはしばらくの間、沈黙を守った後、静かに語り出した。

 

 

 

 

 

 

 

「‥‥マスコミ関係に支払ってる謝礼金の額が大きいんじゃないのかい?」

 

長い沈黙を破り、切り出したのは公由家当主であり、雛見沢村の村長である公由喜一郎だった。

 

鬼ヶ淵死守同盟は会社ではない。雛見沢ダム計画撤回を目指す任意団体にしか過ぎず、決まった収入源などない。活動当初こそ、多額の資金が集まったが闘争の長期化に伴い、その額は年々減少していき、彼らの頭を悩ませていた。

マスコミの力は大きいがそれを繋ぎとめるには莫大な資金が必要なのだ。

だが戦いの長期化に伴い、当初は潤っていた資金も底が見えようとしていた。

 

「去年、機関紙の値上げの理解を得るのも随分と苦労したじゃないか。また今年もという訳にはいかないでしょう。ねぇ古手さん?」

 

古手家の神主とその妻に同意を求める村長が同意を求めると神主は曖昧な顔をして即答を避けたが妻のほうは躊躇せずに答える。

 

「そうですね。機関紙代は特に貧しい家には大きな負担になっています。みんな自分たちの村のためだからと堪えてますが、これ以上の値上げはやめた方がいいですね」

 

機関紙には同盟の活動の紹介や理念、決意などが記されたものだが、非常に粗末な内容であるのは否めない。

この機関紙はその内容の周知など目的になどしていない。村人や関係者、協力企業に購読させて、その代金を吸い上げるのが目的だ。

本来購読は自由意思なのだが、雛見沢では暗黙のうちに購読は義務化されている。

周囲の町でも同盟と事を荒立てないために泣く泣く購読している会社も多いらしい。

 

神主が小声で妻に余計なことは言わない方がいいと囁くが妻は冷たい目線でそれを黙らせた。

古手家の血筋を引くのが妻の方であるため、2人の上下関係は必然的に妻が上だ。

古手家に婿養子に入ることで御三家に入ることになった神主では勝てるはずがないのだ。

 

そんなことなど関係なく妻の尻に敷かれている気がするが。

 

その夫婦の横では娘である古手梨花が静かに座っている。

何時間も会議が続いているせいか偶に眠たげに目をこする姿が見えるが、それでもきちんと目を開けて姿勢を正したままだ。

神主の妻は、娘のその様子を見ては嬉しそうに頬を緩ませていた。

 

 

お魎が魅音に目で合図すると魅音が耳をお魎に近付ける。そして小声で何かを伝えていた。

魅音が尋ね返し、お魎がそれに頷くと魅音は周りを見渡してからお魎の言葉を代弁した。

 

「機関紙の値上げは止むを得ません」

 

その言葉で公由たちは苦虫を噛み潰したような顔になる。

 

「だ、だけど魅音ちゃん。君だってわかっていると思うが機関紙の負担は決して軽いものじゃない。あまり負担をかけ過ぎれば内部から崩れることだって」

 

「内部から崩れるのは誰ですか?」

 

「誰って‥‥別にそういう意味じゃ」

 

「最初に崩れるのは誰かと聞いています」

 

まだ幼さの欠片を残す少女に詰問され、公由は言葉を喉の奥に詰まらせ黙り込んでしまう。

彼女が口にした言葉はお魎の言葉を代弁したものだ。だから魅音の口から出ようとその重みはお魎のそれと何も変わらない。

 

「公由さん。機関紙の値上げごときでは誰の決意も崩れませんよ」

 

「‥‥‥‥ああ、そうだね」

 

公由は小さな声で反論がないことを示す。

 

「‥‥‥ところで公由さん。北条家の息子と娘の様子はどうですか?」

 

これで話は終わったと思っていた公由は魅音のその言葉が予想外で反応するのが少し遅れる。

 

「あ、ああ。毎日一生懸命手伝ってくれとるよ。本当にいい子達だよ。子は親を選べないというけど、あの子達を見てるとその言葉の意味がよくわかる」

 

公由は自分の家で休んでいるだろう2人のことを思い浮かべて2人への同情と親への憤怒を同時に浮かべる。

もはや公由にとって2人は息子、娘同然であり北条家に返す気など一切なかった。

 

「‥‥そうですか。引き続き監視を続けてください。特に親の動向には注意を。何か問題が起こればすぐに私に知らせるように」

 

「ああ、わかってるよ」

 

魅音の言葉に苦笑いしながら公由は頷く。

さっきまで魅音に対し畏怖と恐怖を顔に貼り付けていたというのに、今度は一転、可愛い孫を見るような優しい笑みを公由は浮かべていた。

 

「‥‥マスコミ関係への出費は継続します。その出費がさらに圧迫するようなら機関紙の値上げも止むを得ない」

 

先ほどまでの会話を打ち切り、魅音が裁定を下す。一同は深く頭を垂れ、黙ってその言葉に耳を傾けていた。

 

「園崎家当主代行、園崎魅音です。我が名において以上を決定し、決定の効力は即日発効されるものとします。異議はこれを認めず、抵抗ある場合は実力をもって排除します」

 

魅音が懐から大きな鈴を鳴らし、一同はそれに合わせて平服する。

 

 

 

「‥‥大時代的な親族会議ですね」

 

「こういう古い土地には未だに根強く残ってるのさ。あんたみたいな若い者には信じられないかもしれないけどな」

 

大石さんの言う通りだな。御三家と言いながら園崎家の独裁のような状態だ。

 

「会議はそれで終了ですか?」

 

「いや‥‥まだ続く」

 

 

 

 

やがて鈴の音が止むと耳が痛くなるような沈黙が訪れた。その中を1人のスーツの男が魅音のそばまで近付き、小さな声で何かを伝えた。

それを聞き終えた魅音はお魎へと何かを伝える。

 

やがて伝え終えた魅音がお魎から離れると室内にお魎の声を小さな笑い声が伝わる。

 

「そら、難儀なこともあったものよのぉ。くっくっく‥‥!」

 

その言葉を聞いて公由が恐る恐る尋ねる。

 

「ダムの親玉の大臣の孫がさらわれちまって右往左往しとるっちゅう話だ。くっくっく‥‥!」

 

 

 

 

 

 

「バカな!!」

 

そんなことはありえない。大臣の孫が誘拐されたことはどこにも漏れていないはずなのに。

大臣の孫の誘拐は俺たちですら詳細を知りかねているんだぞ!?それなのにどうして東京から遥か遠くにある田舎の旧家が知ることができる!?

 

心のどこかで今回の事件とこの村は無関係だと願っていたちっぽけな願望が呆気なく壊れる。

 

 

「‥‥とりあえず話は終わりだ。あとは兄さんの仕事だな。何の仕事やってんのか知らねぇが園崎家を相手するなら相当の覚悟をしておけよ」

 

佐藤さんの話では大石さんも園崎家に関わってから何回も襲われているらしい。

 

「忠告ありがとうございます。気を付けます」

 

「‥‥兄さんってさ。東京の人だったりする?」

 

「え?‥‥‥‥それが何か?」

 

「兄さんの仕事ってさ。警察庁の公安の人ってことある?」

 

「‥‥‥」

 

ここで言葉を詰まらせたらダメだ。

 

「‥え?まさか、はははは」

 

「こっからは旦那からもらった金の範囲には入らないんだが、兄さんとは卓を囲んだ仲間だからな。サービスで話してやる‥‥お魎から誘拐の話が出た後、もう1つ話題が出た」

 

 

 

 

 

 

 

お魎は建設大臣の孫の誘拐を小気味よく笑うと、表情を元の険しいものに戻し、再び口を開く。

 

「‥‥それでな。それを調べるために東京からはるばる公安の捜査官が来るっちゅう話だ」

 

「公安の捜査官?」

 

「大臣の孫の誘拐、迂闊にゃ大事にできゃんってことで警察庁の公安部が独自で調べるっちゅう話だ。大仰なこったのぉ」

 

「‥‥どうしますか?御母さん」

 

魅音の父が問いかける。その無骨な表情は命令さえあればいつでも捻り潰してみせると言っているように見えた。

 

 

その問いにお魎が答えを返そうとした時

 

 

「その公安の人なんですけど、俺に任せてくれませんか?」

 

今の今まで口を開くことなく静かに会議を静観していた少年がここで口を開く。

 

「お兄ちゃん?」

 

ここで少年が口を開いたことに魅音が小さく驚きの声を出す。

 

「‥‥ほぉ‥灯火、東京から来るっちゅう公安のもんに興味があんのかい?」

 

隣に座る少年ーーー竜宮灯火にお魎は薄く笑みを浮かべながら問う。

 

「はい。個人的興味が1つと‥‥まぁいろいろ役に立つと思うので」

 

「くっくっく‥‥ええよ。あんたの好きにしたらええ。あんまりいじめちゃらんようにしいよ」

 

「はい、ありがとうございます」

 

灯火はお魎に笑みを返しながら頭を下げた。

 

 

 

 

「なんて話があったみたいだ。まさかあんた、その公安の新米じゃないよな?」

 

「‥‥ま、まさか?あ、あはははは‥‥」

 

背すじを‥‥‥ぞわぞわした冷たい、毛むくじゃらなのものが這い上がってくる感覚。心臓が未だかつて経験したことがないほど高速に動く。

 

 

 

東京から公安部の捜査官がここに来た?

 

その捜査官は誰だ?

 

その公安部の捜査官は誰に狙われている?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

竜宮灯火

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「‥‥っ!‥‥?!‥!」

 

全身のあらゆるところから冷や汗が溢れ出る。

なんだそれは?竜宮灯火が俺を狙ってる?

親族会議が行われたのは昨夜、つまり昨日だ。

 

じゃあ今日俺が雛見沢に観光客を装って向かった時に、すでに俺の身元は割れていた?

 

瞬間的に梨花ちゃんの言葉が頭をフラッシュバックする。

 

 

 

 

東京へ帰って

 

 

 

 

梨花ちゃんは俺にこのことを伝えたかったのか?いや‥‥だったらなぜ灯火と会わせようとする?

じゃあ梨花ちゃんは灯火とグル?ならば東京へ帰れという言葉と矛盾してしまう。

 

くそ!わけがわからない!

 

「‥‥もういいかい?よければ好きなとこまで送るよ?」

 

「‥‥いえ、大丈夫です」

 

街灯すらまばらな、田舎の街道。何も見えない。何者かが潜んでこちらを窺っているかもしれない。

 

 

東京へ帰れ

 

彼女の声がいつまでも頭に残っていた。


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