レナの兄貴に転生しました【完結】   作:でってゆー

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オヤシロ様の祟り 1 バラバラ殺人事件 ③

「灯火、いましたか?」

 

「・・・・いや、それらしい人はまだ見つからない」

 

物陰から作業現場の様子を眺めながら、傍にやってきた羽入へと返事をする。

現在この現場にいる作業員の数はだいたい40人くらいだが、全員がバラバラに作業をしているため、すぐに目的の人物たちを見つけることは難しい。

 

「僕がもっと近くで見てくるのです!」

 

「わかった、見つかったらすぐに俺と梨花ちゃんに教えてくれ」

 

わかったのです!っと言いながら作業現場の方に飛んでいく羽入を見送りながら捜索を続ける。

 

梨花ちゃんたちと情報を共有して話し合った翌日の昼過ぎ。

俺たちはバラバラ殺人事件を犯す作業員たちを見つけるためにおっさんから教えてもらっていた作業区域の場所へと来ていた。

 

「・・・・灯火、あそこにいる2人組のやつらを見て」

 

近くで同じように物陰に隠れながら捜索をしていた梨花ちゃんがある場所に指を指しながらそう告げる。

言われた方へと注意して視線を向けて見れば、梨花ちゃんの言うとおり二人の作業員が共同で作業をしているのが目に入った。

 

「・・・・二人ともなんか様子が変だな。やたら立ったり座ったりと落ち着きがないし、しかも片方はおっさんが言ってた特徴の一つである金髪だ」

 

「・・・・もっとわかりやすい特徴があるわ。さっきから彼らを注意して見てたけど、よく首をかいてる姿が見えるわ」

 

梨花ちゃんの言葉を聞いて、しばらく二人の様子をうかがう。

すると梨花ちゃんの言う通り、かなりの頻度で首をかいている姿が目に入った。

それも見るからに加減を間違えている勢いでかいている、あれでは確実に首が傷ついてしまっているだろう。

 

「・・・・怪しいな。あの二人は雛見沢症候群の発症者の可能性がかなり高い」

 

おっさんの言っていた特徴にも一致しているのだ、彼らがおっさんを殺す犯人のうちの二人でほぼほぼ間違いだろう。

 

「となると残りは後二人ね。見た限り他に怪しい人は見当たらないし、もし遠くで作業しているのなら私たちで確認できないわ」

 

「それに関しては羽入が探してくれている。俺たちは見える範囲のところを探し続けよう。もしかしたら病気の進行が進んでいなくて症状が出てないのかもしれない」

 

もしそうなら見つけることは難しくなってくるが、こればかりは時間をかけて探していくしかない。

とはいえ、この暑さの中ずっと捜索を続けることは避けたい。

いくら日陰にいるとはいえ長時間の捜索はまだ子供の俺たちには危険だし、何より見つかるリスクも増える。

ダム反対運動でみんな苛立っているのだ、いくら俺たちが子供でも危害を加えられないとは限らない。

訓練をしているとはいえ、まだまだ大人の力に勝てるとは到底思えない。

 

「灯火、羽入が戻ってきてるわ。ひとまず羽入の結果を聞いてみましょう」

 

梨花ちゃんの指さす方向を見れば、遠くの作業員を確認しに行っていた羽入が飛んで帰ってきているのが見えた。

焦ったような表情をしていることから何かしらの情報を入手出来たのかもしれない。

 

「あうあうあう!梨花、灯火!雛見沢症候群の感染者のような人たちを見つけたのですよ!」

 

「少し落ち着きなさい、まだ時間は充分にあるわ」

 

慌てる羽入に対して梨花ちゃんが冷静な声でそう告げる。

それを聞いた羽入は深呼吸をして自身を落ち着かせる。

俺と梨花ちゃんは羽入が落ち着くのを待ってから彼女の話を聞いた。

羽入の話を聞くに、どうやら雛見沢症候群の発症者と思われる男を2人見つけたらしい。

それぞれ首に皮膚がえぐれるほどひっかいた傷があり、見るからに調子が悪そうだという。

 

「・・・・羽入の話を聞いた限り、その人たちで間違いなさそうね」

 

「そうだな、他に怪しい人もいなさそうだし。おっさんが言っていた人はこれで全員だ」

 

もしまだ雛見沢症候群の発症者がいる場合、見つけることは難しい。

さっき見つけた作業員たちだけであることを祈るしかない。

 

「では早く入江たちのところに行って報告を!彼らを入江たちに治してもらえれば全部解決なのです!」

 

「そうね、さっさと終わらせてしまいましょう」

 

「・・・・二人とも待って。そんな簡単に入江たちに報告は出来ないし、それで解決とはいかないぞ」

 

雛見沢症候群の発症者の四人を救うために入江さんたちのいる入江診療所へと向かおうとする二人を止める。

はやくこの事件を終わらせたい気持ちはよくわかるが、何も考えずに行けば、あとあとめんどうなことになりかねない。

 

「二人は診療所に行って作業員たちのことを見てもらうつもりなんだろうけど、どういう風に報告するつもりなんだ?」

 

「・・・・どうって雛見沢症候群の発症の疑いがある人がいるって言えばいいだけじゃない。私がそう言えば、とりあえず話は聞いてくれるはずよ」

 

「梨花ちゃん、大事なことを忘れてるぞ。梨花ちゃんは入江さんたちから雛見沢症候群について説明を受けていないだろう?」

 

入江さんたちはまだ雛見沢症候群のことを梨花ちゃんに伝えていない。

つまり俺たちが雛見沢症候群のことを知っていてはおかしいのだ。

それなのに梨花ちゃんが誰にも伝えていないはずの病気について、その症状まで詳しく知っていることを鷹野さんたちに言えば・・・・・どうなるのか想像もしたくない。

 

「・・・・迂闊だったわ。今の私はまだ雛見沢症候群のことを知ってるはずがないもの。焦って頭からそのことが抜けていたわ」

 

「あと、雛見沢症候群のことを伏せて作業員たちの症状を伝えたとしても対応してくれるとも限らない。本人たちが来たのならともかく、関係のない子供の俺たちがそう言って、じゃあ彼らを治療するために迎えに行こうとはならないだろう」

 

 

もし雛見沢症候群を発症していると確信して作業員たちのところへ入江たちが行ってくれたとしても、結局は本人たちが行くと言わなければ意味がない。

いきなり見ず知らずの医者から病気だから病院に行こうなんて言われて、はいそうですかと言ってくれる人なんていない。怪しいところに連れていかれないか疑うに決まってる。

 

もっとも、鷹野さんなら山狗を使って強引に拉致してしまうだろうけど。

 

そして病原体を見つけるために彼らを解剖してしまうかもしれない。

末期症状でないならしないと信じたいが、確信は出来そうにない。

 

 

「・・・・彼らを助けるためには彼らが自らの意思で入江たちの診療所に行ってもらうしかないってことね」

 

「あうあうあう!それは難しいのです!せっかく見つけたのに、これでは意味がないのですよー!」

 

「灯火が彼らをボコボコにすればいいんじゃない?怪我を負わせれば診療所に強制的に送りつけれるわ」

 

梨花ちゃんが拳を作業員たちのいる方向へ向けながら物騒なことを口にする。

 

「・・・・それは本当に最後の手段だな。それをすれば間違いなく症状が悪化する。最悪末期レベルまで移行してしまいかねない」

 

末期状態になってしまえば救うことはもう出来ない。入江たちの研究だって今は停滞してしまっているはずなのだ。

 

 

彼らは本来の物語では人殺しをしてしまったけれど、それも雛見沢症候群によるもので彼らの本当の意思ではない。そして彼らにも大事な家族や恋人がいるはずだ。

彼らが殺人を犯すことで悲しむ人がいる以上、彼らを救うために下手なショックは与えたくない。

 

「・・・・とりあえず作業員の人たちと直接話して、病院に誘導してみるか」

 

疑心暗鬼になってしまっている彼らも子供の話になら耳を傾けてくれるかもしれない。

刺激しないように言葉を選びながら、うまいこと病院へ行かせるように誘導するしか道はない。

 

「・・・・梨花ちゃんはここにいてくれ。俺が作業員の人たちと話して病院に行くように誘導してみる」

 

向こうは疑心暗鬼になっているのだ、暴行を加えてくるくらい普通にあり得る。

そんなところに梨花ちゃんを連れていくわけにはいかない。

 

「いいえ灯火、ここにいるのはあなたよ、私が彼らのところへ行くわ」

 

「っな!?なにいってるんだよ梨花ちゃん!」

 

俺を止めた梨花ちゃんから予想外の言葉が漏れる。

俺がここに残って、梨花ちゃんが向こうに行く?おいおいなんの冗談だ。

 

「灯火、あなたは自分の悪評をよく知ってるでしょ。いくら子供でもあなたの悪評を彼らが知っていたら警戒されてまともに話なんて聞いてくれるわけがないわ」

 

「うっ、まぁ確かにその通りだが・・・・」

 

痛いところをつかれてしまい、うまく言葉が出てこない。

魅音、詩音と一緒にダム反対運動で悪さをしていたことが、ここで足を引っ張ってくるとは思わなかった。

 

情けないことに自業自得という言葉しか出てこない。

 

「私はあなたと違って何も悪いことしてないもの。彼らも警戒なんてしないわ。ましてや女の子である私に暴行なんて加えるとは思えない」

 

万が一何かあっても羽入の力でなんとかなるわと羽入の方へと視線を向ける梨花ちゃん。

それを聞いて羽入は任せて下さいと自信満々に頷いていた。

 

「理解できたかしら?これに関してはあなたは完全に足手まといよ。だから大人しくここで待ってなさい」

 

「うぐぐっ、でも年下の女の子を一人で行かせるわけには」

 

「・・・・言っておくけど、生きた年数で言えば私の方がはるかに年上なのよ。あなたは私を礼奈たちと同じように妹扱いするけれど、むしろ逆よ。私の方が年上なんだから姉として頼りなさい」

 

完全に論破されても食い下がる俺に対してピシャリとそう告げる梨花ちゃん。

確かに何度も同じ時を生きてきた梨花ちゃんの方が俺より年上だ。

情けないことに俺が足手まといだということも理解できる。

 

ここまで言われてまだ認めないのはさすがに見苦しい。

 

「はぁ、わかったよ。俺に言われたくないかもしれないが、無茶はしないでくれよ。羽入、梨花ちゃんをよろしく頼む」

 

「あうあうあう!梨花を守るためならともかく、何もしていない人に力は使えないのですよー!」

 

「一応言っておくけど、力を使うのはなにかあった時だけよ。出会い頭に相手をぶっ飛ばしたりするんじゃ・・・・そうね、羽入の力で彼らを病院送りにするのもありね。よし、羽入やってきなさい」

 

「あうあうあう!?梨花を守るためならともかく、何もしていない人に力は使えないのですよー!」

 

梨花ちゃんの無慈悲な言葉を慌てて拒否をする羽入。

まぁ羽入がたとえ事故に見せかけて彼らに傷を負わせたとしても雛見沢症候群の症状を悪化させてしまう恐れがある以上、そういった強引な手段は最後の手段としてとっておいたほうがいいだろう。

 

「冗談よ。じゃあ行ってくるわ。あなたは余計なことせずにそこで大人しくしておくのよ、いいわね!」

 

「すぐ戻ってくるのですよ~!」

 

物陰から出て作業員たちの元へと向かう梨花ちゃんを見送る。

確かにこの件については俺なんかより梨花ちゃんの方がはるかに適任なのは間違いない。

梨花ちゃんたちの言う通り、俺が余計なことをして彼女たちに危険が及ぶ可能性がある以上、ここで大人しくしておくのが賢い選択か。

梨花ちゃんたちが頑張っているのに俺は何もせずにじっと待っているだけっていうのはかなり情けない気持ちになってくるが。

 

「・・・・とりあえず、他に怪しいやつがいないか警戒だけはしておこう。おっさんの情報なら四人だけだけど、他にもいないとは限らないからな」

 

自分の今できることを確認して捜索を再開して周囲を見回す。

すると、工事現場入口のほうに、見覚えのある人物がやってきている姿が見えた。

その人物は

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・まずは一番近くにいる2人組から接触するわよ」

 

不自然にならないように辺りを不思議そうに見回しながら、迷ってここにたどり着いたように装いつつ目標の作業員たちの元へと近づく。

意識を徐々に幼い少女である古手梨花のものへと切り替えていく。

村を散歩していていた古手梨花は偶然この工事現場へとたどり着き、帰り方を尋ねるために作業員へと近づいている。私が今ここにいるのはそう言った理由であると自身を思い込ませるようにして古手梨花を演じる。

 

「ん?なんでこんなところに子供がいるんだ?あぶねぇからあっち行ってろ!」

 

彼らの目の前までやってきたところで私の存在に気付いた作業員の一人が私を怒鳴りつける。

ここは工事現場で危険な作業しているのだから怒るのは当然だろう。

彼の姿を近くでよく見てみると、首には深く爪でひっかいたような傷がいくつも出来ているのが見えた

表情は暗く、全体的に焦りのような雰囲気を纏っているように感じた。

間違いない、彼は雛見沢症候群を発症してしまっている。

 

「みぃ・・・・ここはどこなのですか?お散歩をしていたら迷子になってしまったのです」

 

作業員の怒鳴り声に怯えた振りをしながら涙目でそう尋ねる。

それを見た作業員の男はバツが悪そうに私から目を背けた。

 

「あ、いきなり怒鳴って悪かったな。迷子になっちまったのか」

 

私の目線に合わせて申し訳なそうに謝ってくれる作業員の男。

予想よりもずっと冷静な対応に内心で驚く。

雛見沢症候群の末期レベルまで発症していると思っていたのでいきなり問答無用で殴りつけてきてもおかしくはないと思っていたのだが。

 

「出口はあっちだ、あそこから下っていけば町の方へ行ける。わかったか?」

 

「わかりましたのです!ありがとうなのですお兄ちゃん!にぱ~☆」

 

出口の場所を指で示してくれる作業員に満面の笑みで応える。

私の笑顔を見て、ずっと張りつめていた男の表情が少し緩んだのを感じた。

私はその隙を逃すことなく本題へと移行する。

 

「みぃ、なんだか元気がないのですよ。どこか痛いところでもあるのですか?」

 

「あ、ああ・・・・どうも最近調子が悪くてな」

 

「・・・・お医者さんに診てもらったほうがいいと思うのですよ、入江ならきっと治してくれるのです」

 

「入江?ああ、村の診断所の人がそんな名前だったな。確か、すごく優秀だって話を聞いた気が・・・・」

 

よし、話に食いついた!

心の中でガッツポーズをしながら病院への話に誘導していく。

 

「はいなのです!入江はとっても頭がいいのですよ!あっちの人も元気がなさそうですけど大丈夫なのですか?みんなで入江のところへ行った方がいいと思うのです」

 

本当に心配していると言った表情を作りながら声も表情に合わせて落としていく。

ふん、私にかかればちょろいもんよ。

得意げな笑みを心の中で浮かべながらもう1人の作業員の方へと視線を向けた時、私の表情は凍り付いた。

私の目の前にいる作業員の男が表情を緩めているの対し、もう1人の男はこちらを睨みつけていた。

それも、明確な敵意を持って。

 

「・・・・お前、うちの監督から俺たちを監視するように言われてきたんだろ」

 

「・・・・え?」

 

私を睨みつけていた男が突然口を開いたかと思えば、意味の分からない言葉を私に投げかけてきた。

突然の意味のわからない質問につい素の声が漏れてしまう。

 

「こんな場所に子供が迷い込むわけがないだろう。現場前には関係者以外立ち入り禁止の看板だってあるし、ちゃんとロープで入ってこれないようにだってしてたはずだ。それなのにわざわざ俺たちのところに来た理由なんか、俺らのことが嫌いな監督が俺たちがさぼってないか確認するためにこいつをここによこしたに決まってる!子供が相手なら俺たちが油断すると思ってな!!」

 

「ち、違うのです!僕はそんなこと知らないのです!本当に迷ってここに来てしまっただけなのです!!」

 

作業員の言葉に怒気を感じ、慌てて否定する。

いきなりなんだっていうのよ!私が監督の命令であなたたちを監視していた?そんなわけないでしょ!

 

「なっ!?そういうことかよ!あのくそ野郎!俺たちにこんなハズレ作業を押し付けただけじゃなく、監視までするってのか!!」

 

「お、落ち着いてくださいなのです!僕はあなたたちの監視なんてしてない!信じてほしいのです!!」

 

激高している男に感化されて、大人しかったもう1人の男まで怒気を身体に宿していく。

今にも私に殴り掛かりそうな雰囲気だ。

これでは彼らを病院へ誘導など出来そうにない。

 

「梨花!ここは一度灯火のところへ戻りましょう!作戦を練り直すのです!!」

 

彼らの様子を見て、傍に控えていた羽入の焦った声が飛んでくる。

く、やむを得ないわね。これ以上ここにいたら本当に殴り掛かってくるわ。

羽入の言葉に従って彼らから距離を取るために足を後方へと下げる。

 

「おい、どこに行く気だ?俺らを監視しといて逃げれるわけがねぇだろうが!」

 

「監督のところに連れて行って文句言ってやらなきゃ納得がいかないぜ」

 

そう言いながら私を殴るために手を握り締めながら、こちらへと腕を振りかぶってくる。

子供相手に本気で殴りかかるつもりだ。怒りで半分我を忘れてしまっているようだ。

 

失敗した、雛見沢症候群の発症者の疑心暗鬼を甘く見ていた。

圭一たちを見て、十分知っていたはずなのに。

 

こうなったら羽入に頼んで彼らを気絶させて病院送りにさせるしかないわね。

症状が悪化してしまうかもしれないけれど、このままではどっちにしろ悪化してしまう。

そう判断して羽入に彼らを気絶させようにお願いをしようとした瞬間、私たちのすぐ横から誰かが現れたのが見えた。

 

「てめぇら!こんなガキに手を上げようとするなんざぁ、ふざけたことしてんじゃねぇぞこらぁぁぁぁ!!!」

 

私の横を通り過ぎた男は、耳に響くような怒声と共に私に手を伸ばそうとしていた作業員たちの胸倉をつかむ。

私は目の前の男に見覚えがない。てっきり灯火が駆けつけてきてくれたのかと思ったけど違ったようだ。

 

「うっそだろ!?おっさんに俺の出番取られたぁぁぁ!!普通あそこは俺が華麗に登場して梨花ちゃんを助けるところだろうがよー!!」

 

私がそう思ったすぐ後、私の背後から灯火の間抜けな声が耳に届く。

振り返れば予想通り、間抜けな顔をしながら地面に手をついて叫んでいる灯火の姿があった。

 

「はいはい間抜けたこと言ってないで説明して、彼は誰なの?見たところ作業員みたいだけど」

 

作業員たちと口論を続けている男の服装は彼らと同じものだ。

さっきまでの監視の時に見かけなかったから、きっと別の場所で作業をしていた者なのだろう。

 

「梨花ちゃんは会ったことなかったのか・・・・あの人は元ダム建設の監督だよ」

 

「っ!?じゃあ彼がバラバラ殺人事件で死ぬはずだった男なの!?」

 

灯火から聞いた予想外の答えに思わず声を荒げてします。

でも彼は確か、灯火の働きによって別の部署へと移動したはず、ダム建設の場所にいるのはどういったことだろう。

 

「なんでも昨日俺が聞いてきたことが気になって様子を見に来てたらしい。さっき見かけて声をかけたら教えてくれた。なんでお前がここにいるんだ!って拳骨も一緒にもらったけど」

 

痛そうな表情で頭を摩る灯火の話を聞いて改めて助けてくれた男へと目を向ける。

三人とも大声で話しているため、話の内容はよく聞こえた。

彼らから話を聞いて、そんなわけがないだろうと拳骨を彼らの頭に落としているのが見える。

突然の騒ぎに付近で作業していた多くの者たちも手を止めてこちらへと集まってくる。

 

「お前ら・・・・前から話は聞いていたが、明らかに様子がおかしいぞ。前までのお前らなら子供に手を上げるようなことは絶対しなかっただろうが。それに首の傷もひどいぞ、治療もせずにほっといたら菌が入って大変なことになるぞ!」

 

「うるせぇ!てめぇはもう俺たちとは関係ねぇだろうが!首の傷だって大したことねぇ!!」

 

「関係ねぇだと?そんなわけねぇだろうが!同じ服きて同じ会社で汗水たらしながら働いてんだ、だったら俺らは仲間に決まってるだろうが!さっさと病院にいくぞ!!首の治療だけじゃねぇ。うつ病か何かしれないが、頭のほうも見てもらえ」

 

男の怒声にひるんだのか、作業員の二人は大人しく話を聞いている。

他の作業員たちも心配していろいろと声をかけていた。

どうやら彼の登場によって結果的にうまくいったようだ。

残る問題は、雛見沢症候群の発症者はまだあと二人いるということだ。

なんとかして残りの二人も彼らと一緒に病院に連れて行くように誘導しなくては。

 

そう私が考えていると、灯火も同じように考えているのか、多くの作業員たちが集まっている中に紛れるようにして彼らの元へと進んでいる姿が見えた。

 

「監督!あっちにいる2人も様子が変でした!二人を連れていくならあいつらもお願いします!!」

 

「あ?そうなのか?あっちにいるってあの二人か?」

 

その声を聞いて離れた場所で作業をしている2人の作業員へと指を指す元現場監督の男性。

他の作業員たちもその声に同意するように彼らの様子がおかしかったと男に伝えていた。

 

・・・・ていうかさっきの声、頑張って渋い声に変えてたけど、間違いなく灯火の声よね。

どうやら大勢の作業員たちが集まっているところに紛れながら作業員の声を装ってうまく男を誘導したらしい。

なんていうか、抜け目がないと言えばいいのかしら?こういうのは。

 

灯火の声を聞いた監督の男は残りの二人の作業員の元に行き、そのまま事情を話して病院へ一緒に行くように説得していた。

説得というか半分拉致みたいに思えたけれど、大丈夫かしら?症状が悪化してないといいんだけれど。

 

「おっさん!興宮の病院より入江診療所の方が近いよ、むこうと違って混んでないし、医者の入江さんは精神関係の病気にも詳しいって聞いたことある」

 

病院へと向かおうとする監督の男に灯火が声をかけた。

そうか、何も言わなければ雛見沢の住民ではない彼らは入江たちのところへは行かずに町中にある興宮の病院に向かってしまう。

もちろん向こうの病院の方が大きいし、設備もいいのだから当然そちらを選択するに決まってる。

だけど彼らの病気は普通の病院では治療どころか診断も出来ない。

雛見沢症候群の症状をおさえるには、それを専門的に研究している入江診療所に行くしかない。

 

「あ?灯火、まだいやがったのか。雛見沢の住民じゃない俺らが村の中にある病院に行けるわけないだろうが」

 

「それは入江さんに言って裏から入れば大丈夫だよ。事情を言えばそれくらいしてくれるし、それに興宮の病院じゃあ精神関係の病気は診断できないよ?診断のための専門知識を持つ人もいないし検査のための機械もないらしいし」

 

「その入江診療所にはあんのか?その知識を待ってる医者も機械も」

 

「いるよ、だから早く行こうよ!案内だったら俺たちがするから一緒に乗せて」

 

「・・・・ちっ!しょうがねぇな!狭いんだから大人しくしとけよ!!」

 

灯火の言葉に舌打ちをしながらも従ってくれる。

その光景を見て、身体から喜びの感情が沸き上がるのを感じた。

 

やった!これで彼らを入江たちの元へ連れていくことが出来る!

入江たちならきっと彼らの症状をおさえてくれるはず。

末期近くになった雛見沢症候群は治すことはできないけれど、それ以上悪化させないことは出来るのだから。

 

胸の中にバラバラ事件を阻止できた確かな実感を抱きながら、診療所へと向かうために灯火と共に車へと乗りこむ。

 

 

 

ああ・・・・今年の綿流しは惨劇なんてない、みんなで笑い合える楽しい祭りになる。

ダム反対運動の影響でテントの下で騒ぐだけの小さなものだけれど、それでもみんなと一緒にいれば楽しいものになるに違いない。

想像するだけで口元に笑みが浮かぶのをおさえることが出来なかった。

 

 

 

はやく、みんなと共に綿流しを迎えたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなことを呑気に考えていた私は、すぐそばで険しい顔をしていた灯火に最後まで気付くことはなかった。

 

 

 


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