NARUTO ―― 外伝 ――   星空のバルゴ   作:さとしんV3

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忍者、故郷に舞う 15

 白鳥 睡蓮。

 その男の忍術を知るものは、里でも限られている。

 古くから木ノ葉に根付く家系ではあるものの、『白鳥』という姓が本当に正しいのか、正しいとしたら、分家はどれくらい居るのかを正確に知る術は、ない。

 

 何故なら、白鳥一族は木ノ葉を内部から監視、不穏な動きがある者達を火影に密告することを生業としているからである。

 

 その昔、うちは一族が里へのクーデータを計画し、何代か前の火影の時代、様々なすれ違いと悲しい偶然が重なった事への対策だった。

 

「ボクさ、ボクのにゃんこを早く追いかけないといけないんだよ。だからキミ達、この玩具で遊んでおいてくれないかな」

 

 睡蓮が腕を指を鳴らすとカラクリ兵達が術を行使しながら一斉に襲い掛かる。

 

 ミゾレ達を追って十体がこの場から居なくなった為、五体のカラクリ兵が同時に雷遁を繰り出す。

 

 激しい閃光と大気が焦げる臭いが周囲に立ち込める。

「やれ」

 睡蓮の無表情な一言でプラズマ化した熱火球がレオとイオリを襲う。

 

 先ほどまでミゾレ達が居た教室程の大きさの部屋は火球による超高熱で激しい炎とともに球体状に削られるように融解していく。

「さて、ごみ掃除も終わったことだし、ボクのニャンコを追うとす……」

 

 睡蓮は、自分の胸に見慣れたものが突き刺さっていることに、ようやく気づいた。

「な、なに……? クナイ……?」

 胸だけではない。

 喉、額と、人体急所の正中線上に綺麗に突き刺してある。

 睡蓮はまっすぐに突き刺さったクナイを引き抜く

 額からは再び血が流れ、喉と胸からは僅かではあるが、血が噴水のように飛び出てはすぐにおさまっていく。

 

 マグマのようにどろどろに溶けて燃えている場所からは、二人の焦げ跡らしきものは見当たらない。

 それは完全に逃げおおせたことを意味している。

 

「くそ! くそ! くそぉ! このボクを馬鹿にしやがって!」

 睡蓮の怒号が建物に響き渡る。

「探せ、木偶ども! 死体をボクの前に引きずり出してこい!」

 

 

 

「……あれでも死なないのか」

 

 建物から少し離れた物陰でレオが呟いた。

「あいつ、まさか不死身なのか……?」

「いや、そんなヤツなどこの世にいない。絶対にカラクリがあるはずだ……」

 イオリが簡易的な病人服を脱ぎ、強化服を着込み、口寄せした衣服と黒い外套を羽織る。

「連中とナリが被ってしまうのは嫌なんだが、……まぁこれもケジメだからな」

 

 イオリがバルゴから貰った狐を模した面を付ける。

 

 これは儀式だと、イオリは思った。

 イオリという男から、夜鷹になる為の儀式。

 この儀式を経て、自分は夜鷹としての性能を最大限に発揮できるのだと感じていた。

 

 深呼吸を一つ。

 イオリからバルゴ班の夜鷹へと気持ちを切り替える。

 

 レオも強化服を着込み、巻物を口に加え印を結ぶとボワンという音とともに戦闘装束へと着替える。

「……! これは、凄いな……」

 強化服の恩恵は右半身麻痺を患っていたレオにこそ顕著に現れたようで、そのアシスト機能により完全ではないものの、身体がイメージに近い形で動く事が実感できた。

「科学忍具は本来、こうあるはずだったのだと思う……」

「うん、俺もそうであって欲しい」

「なぁ、先生。あんたならあのカラクリ兵達とどう戦う?」

「……そうだなぁ」

 レオは久しぶりに稼動する右半身を入念に確認しながら思案する。

「んー、悪いんだけどさ、アイツ等の相手、あんたがやってくれない?」

「は?」

 夜鷹は仮面の奥で、自分の瞳が人生で一番見開いた感覚を覚えた。

「俺はアイツに人の手による裁きを与えたいんだ」

「……あのチョーカーの事か?」

 夜鷹は先ほど睡蓮に聞いていた『紅葉のチョーカー』に因縁めいたものを感じた。

 レオがポケットからアクセサリーを取り出す。

 それは睡蓮が身に着けていた物と同様の紅葉のネックレスだった。

「それは……?」

「これは俺の生徒が実習で作ってくれたものだ。名前は<黄昏 アカネ>。忍術はからっきしだったが、工作が得意で卒業後は忍具研究所へ配属予定だった女の子だ」

「……だった?」

「あぁ。俺にこれを作ってくれた数日後、木ノ葉の斑鳩池で発見されたよ。……死体でな」

 話の流れから結末は既に予想はされたものだったが、それでも悪い予感の的中というのは胸糞が悪くなる。

「この事件はすぐに緘口令が引かれたから、知っている人物は少ないはずだ。俺も担任という立場であったが事態を全く知らされず、自力で真相まで突き止めたんだからな」

「それで、アイツが捜査線上に出てきたという訳か」

 レオは黙って頷く。

「その娘の家族は?」

「消えていたよ。本当に忽然と……」

「時代的に前の火影の時だとすると、まだ『根』があった頃だな……」

 レオはネックレスをポケットに仕舞いこみ、眼鏡の曇りを服の裾でふき取る。

「直接の死因は窒息死。頭部、顔は綺麗なままだったが、四肢は欠損。腹部も開腹されて一部臓器が持ち去られていたらしい……」

「逆流した血液が気管に流れ込んだのか。となると生きたまま、って事か。……酷い事を。でも、一体何の為に……?」

「……」

 レオの瞳に憎しみの炎が宿る。

 その表情には見覚えがあった。

 倫敦(ロンドン)の雨の中、初めてバルゴと対峙した際に向けられた表情に酷似していたのだ。

「本当言うとさ、俺の平和への主張なんてクソ拭く紙にもならない戯言だっていう事は理解しているんだ。でも、それは今を生きる子供達には関係ない事だろ? だから、アイツが逮捕されたと聞いて、俺はこの感情に封をするように押し殺したんだ……」

 

 夜鷹は考える。

 病み上がりの自分があのカラクリ兵五体を一人で相手をするのは至難。

 だが、睡蓮を一人で相手をするのも然り。

 レオの瞳には強烈な憎しみと覚悟が同居している。

 不思議だと思った。

 日向一族ではないのに、曇りのような白い瞳は白眼に似てはいるが、宿る光はバルゴと同じ空の青を感じさせる。

 今の日向の澱みきった泥のような白ではない。

「先生、アレを相手するのに、どれだけ大変かは理解しているよな……?」

「まぁ、一応は……」

 

 瞳の雲のようにどこまでも掴めない男だ。

 

「……了解だ。あのガラクタ共の相手は任せろ。だから先生は、……あんたの復讐に専念しろ」

「……ああ」

 どこまでも似ている兄弟に、夜鷹は心の底から羨ましいと思い、静かに心を落ち着ける。

 これより先、自分は機械となる。

 敵を速やかに排除する為だけに存在する機械だ。

 敵も機械だ。

 一切の感情を捨てよ。捨てよ。捨てよ。

 

 白眼で周囲を索敵する。

 

 斥候している一体がこちらに近づいてくる。

 

 レオと夜鷹が目で合図を交わす。

 

 夜鷹がポーチから煙玉を取り出し、カラクリ兵に投げつけると衝撃で周囲は煙に包まれる。

「いくぞ!」

 夜鷹の言葉を合図に行動を開始する。

 

「dmop30mla\_Kp3u-0!!」

 

 カラクリ兵が警報を発し、夜鷹が飛び出す。

 同時にレオも飛び出し、夜鷹に背を向けて走り出した。

 

 両者の間逆の行動に僅かに反応が遅れた隙をつき、夜鷹が得意の身長ほどにもある巨大な鉄扇を口寄せし、閉じた状態のまま歯が軋むほど力の限り殴り飛ばす。

 夜鷹は間髪を入れずに追撃をする。

 吹き飛ばされ、倒れたカラクリ兵に追いつき、超重量の鉄扇で腹部を串刺しにする。

 

 鈍くいぶし銀に光る筋繊維のような身体を貫くと、血液代わりのチャクライト鉱石のライトブルーの溶液が周囲に飛び散る。

 

「雷遁 飯綱走り!」

 

 二本の指を鉄扇に向けて雷撃を放つ。

 

 串刺しにされたカラクリ兵も何か術を行使しようとしていたのだろう。

 夜鷹が放った雷撃は鉄扇からチャクライト鉱石の溶液を伝い、発動前の術とショートし、カラクリ兵を内部爆発させる。

「……まずは一体」

 

 強化服のアシスト機能により驚くほどに僅かなチャクラで術が発動した。

 身体の動きもスムーズで、まるで感覚が先に走るようなを覚えた。

 早くこの感覚に慣れなければ。

 少しでも感覚の歯車が狂うとそれは隙となり、死に直結する。

 

 しかし今だけは、この強化服の開発者に感謝をしたい。

 

 盛大に爆発までさせたのだ。

 こちらの狙い通りに他の四体がこちらに向かってくる様子を白眼で捕える。

 

 左右から同時に二体が現れる。

 その姿は四本腕に別々の忍術を発動させている。

「……舐めるなよ、ガラクタ共」

 仮面の奥で滴る汗を舌ですくい、360度の知覚範囲で迎撃に当たる。

 

 夜鷹を中心に左右のカラクリ兵が同時に都合八つの術を放つ。

 火、雷、水、土から構成される術のエネルギーは夜鷹に命中した瞬間に大爆発を起こす。

 

 

 

 その爆発を遥か後方で聞いていたレオが自身の目標と対峙する。

 睡蓮は斜めに崩れかけた建物の屋上にいた。

 

 

「やぁ、やっぱり生きていたんだね。というか、ボクも律儀だよね。こうして君達が来るのを待っていたんだからさぁ」

 レオは応えずに睡蓮を睨みつける。

「んー。ボク、キミに何か恨まれるようなことをしたっけなぁ」

 顎に手を当てて考える睡蓮。

「もう、よせよ。そういうフリは反吐が出る」

「そうは言うけどさ、やっぱり知っておきたいじゃん? ボクに殺されるやつがボクにどんな恨みを持っていたかって事にさ」

 

 レオはポケットから紅葉のネックレスを突き出す。

「……」

 睡蓮の糸のように細い眼が僅かに開き、ピンクを帯びた邪悪な紫の瞳がネックレスを覗き込むように見やる。

「……へぇ」

 睡蓮は心当たりがあるようで、先ほどまでのわざとらしい顔を止め、本来の頬まで裂けるような笑みを浮かべる。

「そうか。キミはあの娘の関係者か何か、かな……」

「担任だった。事件にお前が絡んでいる事は突き止めていた。でもお前はストーカー事件で逮捕され、あの娘の家族も消え、いつの間にか事件は無かったことにされていた……」

 睡蓮は下卑た笑みを浮かべたまま動かない。

 

「なぜ、あの娘はあんな殺され方をされなければならなかったんだ……?」

 

 睡蓮が口を開け、ニタリと笑う。

 それはまるで、いや他に形容しようが無い程に『悪魔』の顔だった。

 

「あの娘の事はよく覚えているよ。確か、黄昏 アカネちゃんだったねぇ。長くて艶やかな黒髪に、ぱっちりとした二重の可愛い女の子だった。あははは。そうか。担任か。担任が復讐に来るのかぁ。そうか、そうか……!」

 睡蓮は自分の首にある紅葉のチョーカーを撫でるうように触る。

「……ボク達一族はある神様を信仰している。それは崇高にして絶対の神様だ。そしてあの娘は、その神様の栄えある供物へと捧げられたんだ。腸、小腸、肝臓、肺、胃、心臓、そして子宮……。全部神様へと捧げたよ。だからさぁ、あの娘も泣いて喜んでいたよ」

 レオの瞳が一層冷たく澱む。

「やっぱり……。お前が信仰している宗教は……」

「そう、ジャシン教さ!」

 

 ジャシン教。

 円に白三角をシンボルとする、今は亡き湯隠れの里を発祥とする宗教。

 汝、隣人を殺戮せよ、を教義とし、生命を奪うことを是とするカルト集団である。

 その昔、とある儀式により不完全ではあるものの、不死人を造り出した経緯もあるが、その拠点は常に曖昧で、信者すらその具体的な人数は判明していなかった。

 

「……そんな事の為に、あの娘は惨たらしい殺され方をされなければならなかったのか……」

 睡蓮がニタリを笑う。

「来なよ、担任の先生。キミにはボクを殺す道理がある」

 

 レオの瞳が大きく開かれる。

 今眼前にいるのは仇敵だ。

 その怒りは、生徒を守れなかった自身へ向けたものでもあり、生きたまま腹を割かれたアカネへの贖罪でもある。

 今まで平和主義を唱えることで押し殺していた感情。

 それは目の前で笑っている、コイツに対する強烈な憎しみ。

 身を焦がすほどに燃え滾っていた憤怒の炎の封印が解かれる。

 

 レオは懐から巻物を取り出し、瞬時に展開。

 親指の先を噛み千切り、自分の血を巻物へ一直線に殴るように引く。

「お前は俺が殺す……!」

 

 口寄せしたクナイ、手裏剣が何十枚も現れ、殺意を持った黒い壁となり睡蓮へと飛び掛る。

「へぇ……。面白い術を使うね」

 睡蓮は襲い掛かるクナイと手裏剣の群をまるで踊るように一枚一枚丁寧に避け、両手に持ったクナイで弾く。

 レオの攻撃を全て弾ききり、憎しみで顔を歪ませるレオを見る。

 

 おそらくは自分を絶対の強者であると自覚をしているのだろう。

 睡蓮は声を震わし、光悦の表情で天を仰ぐ。

 雲の切れ目から正午の日差しが差し込んでいる様子に、両腕を広げ歓喜する。

「……これだから殺しは止められない……!」

 睡蓮はここが舞台で、自分が物語りの役者のような気持ちを抱く。

 

 レオは両手を合わせ、空気が破裂したような音を響かせる。

 

 その瞬間、弾き落としたクナイ、手裏剣の全てが睡蓮を貫いた。

 

「がぁあ!?」

 

 頭部、眼部、喉部、胸部、肩、腕、手、腹部、頚椎、股間、腰部、腿部、脛部に至る人体急所のすべてをレオが放った忍具が正確に突き刺さっている。

 

 何が起こったか理解できずに、睡蓮が血だらけになりながら両目に突き刺さったクナイを引き抜こうとすると、レオが既に眼前へと迫っていた。

 

「螺旋丸!」

 

 足の甲に突き立てられたクナイにより衝撃を逃がすことすら許されず、命中した左胸部を中心に睡蓮の肉体が抉られ、激しい風とともに風穴を開ける。

 

 睡蓮の開いた背中からレオの姿が見え、思い出したかのように大量の血液があふれ出す。

 僅かな肉で繋がっていた左腕がボトリと落ちる。

 

 

 何度も急所を的確に貫いても生きている化け物だ。

 これでも死んでいないのは誰でも分かる。

「狸寝入りはよせ。何度でも殺してやる……」

 

「……くは。くはは。流石というべきかなぁ。バルゴ君の弟だなんて、失礼な言い方だよねぇ。あぁ、キミの殺気、とてもいいよ。でもさぁ……」

「不死身の貴様を殺しきれないっていうんだろ?」

 睡蓮の身体がまるで逆再生をしているかのように血が体内に戻り、肉体も同時に修復されていく。

 現実とは思えない異様な光景にレオは眉一つ動かさず見つめる。

「そうとも! 誰にもボクを殺すことは出来ない!」

 復活した睡蓮が懐から巻物を取り出し、武器を口寄せする。

 

 それはまるで死神が持っているかのような大鎌。

 刃は三つも並んで装着されており、命を刈り取るだけに造られた魔道の代物。

 

「正直、ボクあまり信仰深い方じゃないんだけどね……」

 睡蓮は細い目を見開き、ピンクを帯びた紫の瞳でレオを見据える。

「ジャシン様にキミの魂を捧げて、この悲しい復讐劇を幕引きとしよう」

 睡蓮は仰々しく頭を垂れてお辞儀をする。

「馬鹿にして……!」

 

 睡蓮が大鎌を振るうと三つの刃は区切りから蛇のように伸び、まるで意志を持つかのようにレオへと襲い掛かる。

「……! 知ってるぞ、傷を付けられればアウトなヤツだろ!?」

「ぴんぽーん。有名すぎるのも考えものだよねー」

 

 大鎌を頭上で回転させると遠心力に比例して鎖で繋がられた刃の殺傷範囲も広がる。

「そおぅら! 当たると終わりだよぉ!」

 腕と指の僅かな動きを伝い、獲物を追い詰めるムカデの如くジグザグに交差しながらレオに攻撃を仕掛ける。

 刃以外にも鎖の部分にも棘がある為、掠めただけで流血は免れない。

 一枚目の刃を裂けても続けて二枚目、三枚目が続く。

 更にそれを弾いても棘の鎖がまるでのこぎりのようにクナイの刃を削っていく。

 鎖の長さを僅かに残し、睡蓮がレオに迫り強烈な蹴りを仕掛ける。

 レオは持ち前の反射神経を生かし、後転して避ける。

 

 強化服のアシスト機能を最大限活用しているとはいえ、クナイを持った両腕がしびれる程に重い連撃でギリギリ攻防を強いられる。

「早くボクに殺されろよ、センセーぇ!」

 睡蓮が大鎌を後ろにまわし、レオに再び迫る。

 レオはクナイを持ちながら、眼前に二本指を突きたてた印を作る。

「破っ!」

 レオが発したチャクラに反応したのは、使用者にしか見えないシールのような半透明な呪符。

 逃げ回っている間に、睡蓮の行動を予想して貼り付けておいたものだ。

 

 爆発は小規模ながら無数の小さな鉄の玉が睡蓮を襲う。

「ぐああぁっ!?」

 シールクレイモアと呼ばれる地雷符だ。

 その名の通りステルス性を兼ね備え、どこにでも設置可能な札で、使用者のチャクラが起爆剤となり爆発と同時に時空間に閉じ込めた無数の鉄の玉を射出する事ができる、忍界大戦の遺物である。

 

「……立て。何度でも殺してやる」

「あんまり図に乗るなよ……」

 睡蓮に先ほどまでの余裕の表情はない。

 口から血を吐きながら、レオを睨みつける。

 

 半身麻痺という障害から解き放たれたレオの力は計算外で、圧倒的な戦術で睡蓮に何度も致命傷を負わせる。

 レオは元々障害を持っていた状態ですら特別上忍まで上り詰めた、努力を怠らない天才ではあるが、殺しても殺せない不死性と、かすり傷を負っただけで死に直結するという状況は不利以外の何物でもない。

 

 睡蓮が再び大鎌を振るう。

 先ほど同様、鎖を介して三枚の刃がレオの生き血を吸わんと喰らいかかる。

 低空から水平に伸びる一枚目を、コンクリートの床にヒビが入るほどに強く踏みつける。

 完全に動きを止めた一枚目とは反対側から胴を狙った二枚目と死角となる背中へ三枚目が同時にレオへと向かう。

 睡蓮は大鎌の握りを細微な調整でその先の鎌を操りながら、自身も二枚目とは逆方面から強襲する。

 まるで一人で四人を相手している錯覚に陥る。

 

 レオはその天性とも言える直感で死角となる三枚目に目を向け走ると、棒高跳びの要領で空中で身体を捻りながら反転。

 四肢を獣のように同時に着地する。

 レオの僅か数センチ上を前方から鎖が通り過ぎた。

 あのまま開いていた前方に逃げると鎖の餌食となっただろう。

 一瞬で最適な判断を下した事に驚嘆する睡蓮に、蓄えた爆発的な脚力と通常よりも高密度の螺旋丸を再びぶつける。

 螺旋丸は睡蓮の左足に直撃し、獰猛なチャクラの乱回転は勢いを継続したまま、睡蓮の左わき腹まで深く抉る。

「ぐあっ!」

 

 強い。

 睡蓮は再生し始めた肉体を引きずり、改めてレオの実力を思い知った。

 

 しかし、レオの息は上がり始めている。

 このまま泥勝負に持ち込めば必勝。

 そしてレオの必敗となる。 

 

 睡蓮とレオが同時に舌打ちをする。

 

 僅かに傾いているとはいえ、広い場所で戦うのは不利だ。

 レオは壊れ錆びた手すりに手を掛け、落ちるようにその場から姿を消す。

「逃がすかよぉ!」

 睡蓮は大鎌の鎖を手の動きで収納し、レオが居るであろう足元を渾身の力で切り裂く。

 

 それは大鎌に備わった、人間を殺す為だけの特殊能力。

 元々は霧隠れに伝わる特殊な忍具を造る技術を応用したもので、忍刀七人衆が持っていたとされる『ヒラメカレイ』を基本概念とし、人体殺傷に特化した凶器である。

 睡蓮のチャクラを吸い、例え鋼鉄の裏側に潜んでいても刃はそれをすり抜け、人間の生命だけを刈り取る事が出来る。

 

 睡蓮の真下の通路を走っていたレオ眼前に大鎌が唐突に現れる。

 考えるよりも速く上体を反らした刹那、僅かに前髪を切り落とす。

「あっぶねぇ! 鎌が天井から現れたぞ!?」

「……外したぁ!」

 

 再び両者が同時に感情を声に出す。

 睡蓮にはレオの居場所が手に取るように分かるようで、再び大鎌で地面を切りつける。

 レオは真後ろから迫り来る睡蓮の殺意の塊を天性の直感で避け続ける。

 

 四方を壁で囲まれた部屋に逃げ込んだのは失敗だった。

 いや、誘導されたと言うべきだろう。

 

 睡蓮の右目が白く輝く。

 

 白眼だ。

 右目だけではあるが、レオを可視領域に捕え確実に追い込んでいく。

 しかし発動には酷い頭痛を伴い、目からは赤い涙が出ている。

「……ぐっ。あの時火影に無理やり埋め込まれた目……。ジャシン様がお怒りだ……。早くヤツを捧げないと……」

 

 鎌に力を込め、吸わせているチャクラの量を増やす。

 吸ったチャクラに比例して伸びる鎖が、早く獲物の生き血を吸わせろと言わんばかりに獰猛に猛る。

 

 レオの周囲はまるで壁を伝うムカデのような鎖に完全に包囲され、どれだけ隙を見つけようとしても二重三重、それ以上に部屋を覆われ、もはや逃げ場は皆無。

 

「これで、終いだ……! 死ねよ!」

 

 勝利を確信した睡蓮が、床に垂らした大鎌の鎖を、釣りが如く力の限り引き上げる。

 

 レオの周囲の鎖がそれに呼応して収縮。

 退路を完全に塞ぎながら、レオの足元から頭蓋をめがけて三枚の刃が、獲物の生き血を吸い尽くすのを待ちきれんばかりに迫る。

 

あの少女、黄昏 アカネは下腹部から胸部にかけて一直線に、その身体を切り裂かれていた。

 

 レオは自身の左目に死神の刃が迫る刹那がどうしようも長く、永く感じられ、不意にそんな事を思い出した。

 

 レオの左顎部から頬、左目、そして額へと三枚の刃が綺麗に一列にその爪痕を刻む。

「ぐああっ!」

「ビンゴぉぉお!」

 

 レオは激痛に身もだえ、睡蓮は歓喜の声を上げる。

 それは同時に敗者と勝者を意味していた。

 

 睡蓮は大鎌を満足そうに引き上げる。

 滴るレオの真っ赤な血をゆっくりと舌で舐め取る。

 

 睡蓮は大鎌の柄をコンクリートに叩きつけると、すくいこぼした血が着地するのと同時に円陣が現れる。

 丸と三角を組み合わせた簡単な文様ではあるが、ジャシン教にとっては最も意味ある教紋だ。

 

 中央の睡蓮は肌の色が白と黒へと変色していく。

 目元と頬は黒色が強くなり、額中央には大きな黒点。

 白眼が埋め込まれた目はなぜか開く事ができない。

 まだ頭痛がする。睡蓮はこれを『ジャシン様の怒り』であると感じていた。

 古の神官のように白い装束から僅かに覗く腕は骨の位置に沿って白く、他は黒色となり、その様子はまるで骸骨のようだ。

 カールが掛かった髪をかき上げ、オールバックとなった睡蓮はまるで別人のようである。

 

「……これで、先生を殺す儀式は整った……」

 その脅威は他にあった。 

 

 睡蓮は袖から黒くて長い鉄杭を取り出す。

「呪術 死司憑血……!」

 

 それは忍術でも幻術でもましてや体術でもない、呪いだった。

 一度条件が揃えば、回避は不可能。

 睡蓮は対象の血を体内に取り込む事で、自身の肉体情報と対象とをリンクさせることが出来る。

 そして睡蓮は急所を貫かれても死なない体質だ。

 それはつまり……。

「さぁよなら、先生! あの世であの娘によろしくなぁ!」

 

 睡蓮は鉄杭で、自身の心臓を正確に貫いた。

 

 肉体情報をジャックされたレオの肉体に、必死の情報が伝わる。

 

「っうぐっ!?」

 

 レオは胸部に強烈な痛みとともに、口から大量の血を吹き出す。

「あ……がぁ……」

 ジャシン教を調べつくしたレオが最も警戒していた結末だ。

 

 レオは立つことすらままならず、膝から崩れ落ちるように倒れる。

 穴が開いた胸から血が流れる。

 息が出来ない。

 苦しい。

 急激に視界がかすんでいく。

 

 アカネの復讐を果たせぬまま死ぬのか。

 

 あの娘も、アカネはもっと怖かっただろうと、思った。

 

「……ぁ、カネ……」

 ポケットからアカネの形見のネックレスを取り出そうとするも、力が入らない。

 ここまでか……。

 

 自分の意志と反して閉じようとする目。

 レオの視界は静かに暗く沈んでいった。

 


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