NARUTO ―― 外伝 ――   星空のバルゴ   作:さとしんV3

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忍者、故郷に舞う 16

 レオと睡蓮が戦っている、傾き崩れかけたビルより僅かの距離。

 もはやあばら家となった雑居ビル群に夜鷹は三体のカラクリ兵と戦っていた。

 

「……おかしい。この三体だけ連携が抜群だ……」

 カラクリ兵は兵器である以上、その性能は均一性を持たせねばならない。

 特殊な目的を持った部隊編成を除き、バラバラに突出した性能を持たせてしまうと戦力を単位として計算出来なくなるからである。

 しかし、今戦っている三体は、外装や基本性能は先ほど倒した二体と同じであるにもかかわらず、今戦っている三体「だけ」妙な一体感がある。

 

 眼前のカラクリ兵が四腕を展開、水遁 水流弾の連射により後退を余儀なくされる。

 左がらコンクリートの壁を突き破って現れた二体目が雷遁 飯綱走りが展開。

「おれへの当て付けかっ!?」

 先ほど夜鷹が使用した術を使われ、声を荒立てながら雷撃を反転して避ける。

 

 カラクリ兵が放った雷遁が先ほどの水流弾の水溜りに当たり、電質を帯びた水がボコボコと気化し始める。

 そこに三体目が火遁 鳳仙火の術を放つ。

 狭い部屋に誘導され、夜鷹の周囲には電解された水素分子が漂っていることになる。

 そこに火が投入されるとどうなるか。

 

「――しまっ……!」

 

 狭い空間での水素爆発が巻き起こる。

 

 周囲のコンクリートが爆風に耐え切れずに爆散し、直後、音を立てて瓦解した。

 

 爆煙が晴れると壁は破壊され、生命の燐片を感じられない瓦礫の山が姿を現す。

 

 

「……うっ、く……」

 

 爆発の直前、白眼で床に亀裂を発見し、鉄扇を突き刺し穴を開けた事で下の階へと落ちた事で爆発に巻き込まれるのを避けた夜鷹だったが、着地まで気を取る事が出来ずに背中を強打してしまい、全身に激痛が走る。

 打撲程度であれば強化服に内蔵された治癒機能により、時間の経過と共に痛みは和らぐだろう。

 しかし、それを待っていては確実にカラクリ兵に見つかってしまうだろう。

 まずはここを見つからないように逃げないと。

 逃げた先でレオと合流し、今度こそ二人で迎撃をしようと考えた。

 

「……せ、先生は……?」

 

 夜鷹は仮面の奥で白眼を展開。

 

 そこには、絶望的な場面が映し出されていた。

 

「……くそっ」

 

 顔は顎から目、額にかけて一直線の傷を負い、胸からは夥しい量の血が流れている。

 位置を察するに心臓なのだろう。

 

 死。

 

 レオの姿は誰もがそれを連想させ、事実として医療に携わっている夜鷹ですら同様の印象を抱かせた。

 

「……いや、待てよ。これは……!」

 

 レオの左胸を再び白眼で深く診る。

 左胸には風穴が開き、血液は止め処なく溢れている。

 

「……ああ、そういう事か」

 

 レオの身体の異常に気付いた夜鷹は、音を立てないように這うようにこの場を離れる。

 

 レオへたどり着くにはまずこの雑居ビルを抜け、隣の大きなビルへ向かわないといけない。

 睡蓮はというと、どういう訳か胸に黒い棒が突き刺さったまま、幸せそうな表情で天を仰いでいる。

 夜鷹の死体を見つけられていないカラクリ兵達は、夜鷹の頭上を探し回っている事が白眼で見て取れる。

 こういう時、白眼で本当に良かったと心底思った。

 

 そのまま永遠に探していろ。

 

 夜鷹は心の中で悪態をつきながら、枠が抜け落ちた窓から僅かなチャクラで慎重にヤモリのように張り付きながら、音を立てずに雑居ビルを抜け出し、傾いた隣のビルへと侵入する。

 

 レオはおよそ十二畳ほどの広さの中央に伏せていた。

 

 まだ暖かい、ドロリとした血溜まりの中に沈んでいるレオを診察する。

 

 胸に直径およそ七センチ程の穴が開いている。

 顔にある傷は深く、おそらく左目の機能はもう光を感じることすらもしないだろう。

 

 だが、『まだ生きている』。

 強化服が装備者の死を認識していない以上、それはまだ生きている事になる。

 

 胸の傷は身に着けた強化服がジェル状になりレオの肉体組織に同化し、簡易的ではあるが止血がされている。

 

 早く、治療をしないと……。

 

 夜鷹が仮面の奥で、嫌な汗をかく。

 

「おやぁ? 逃げ出したネズミをはっけーん」

 

 いつの間に睡蓮が夜鷹の真後ろに居た。

 

 睡蓮が指をパチンと鳴らすと、夜鷹を追い詰めた三体が綺麗に整列した。

 

「黒いキミ、えっと、ヒヨリ君だっけ?」

「ヒヨリは姉だ……」

「そうそう! キミ達名前似過ぎなんだよねぇ。しかも双子だったんでしょ? 名づけた親のセンスを疑うよねぇ!」

「……何が言いたい?」

「いやいやいや。やっぱり仮面なんかあると、分からないものだよね。ボクさぁ、相手のイライラした顔が好きなんだよ。その上で一思いに殺すのが趣味なんだ」

「……」

「だからさぁ……」

 睡蓮が細い目から邪悪な素の表情を露にする。

「お前は仮面を、ツラの皮ごと剥ぎ取って嬲り殺してやるよ」

 

 強烈な殺気とともに、三体のカラクリ兵が夜鷹を襲う。

 

 夜鷹は抱えたレオごと吹き飛ばされ、壁面へと叩き付けられる。

 

「ぐぅ……!」

 

 衝撃で仮面の中央にヒビが入り、奥からは血がパタパタと零れ落ちた。

 

 夜鷹の前方でチャリンと、軽い金属が落ちるような音がした。

 

 見るとレオがポケットに仕舞っていた紅葉のネックレスだった。

 おそらく、意識を失う直前に取り出そうとしていたのだろう。

 

「……ふん」

 

 紅葉のネックレスを見た睡蓮が虫でも払うかのように足でそれを蹴飛ばす。

 

 レオの強化服は今も稼動をしている。

 

 だが、一刻も早く治療が必要だ。

 ポーチから掌サイズの巻物を取り出し、レオの左胸にめくった紙面を押し当てチャクラを込める。

 自身の命すら危うい中でどうに出来る事をしなくては。

 レオを治療するには圧倒的に時間が足りない。

 

 どうすればいい……?

 

「何でそんな死体を大事そうに抱えているか知らないけど……。まぁいいや。おいお前ら。さっさとコイツをなぶり殺しにしろ」

 

 睡蓮が冷酷な命令をカラクリ兵に与える。

 

 駄目か……。

 

 絶体絶命の状況で、思わず目を閉じる。

 

 覚悟を決めた夜鷹の前に一体のカラクリ兵が立ち塞がる。

 

 

 

 

「……おぉい、どうした? さっさと殺せよ、木偶人形が……!」

 

 睡蓮の苛立った声で目を開ける。

 

 どうした?

 あれだけ命令に忠実に、かつ迅速に行動していたカラクリ兵が動きを止めている。

 

 目の前のカラクリ兵の視線の先には、レオが大事に持っていた紅葉のネックレスがあった。

 

「……ガガ……ザザザ……」

 

 カラクリ兵の音声が流れる。

 無理に音声を出しているような感じだ。

 

 夜鷹はカラクリ兵が発する言葉に思わずはっとした。

 

 

「s……sense……i……」

 

 

「……!?」

 

 その時、夜鷹の脳裏に全ての出来事が映し出された気がした。

 

 レオの宿敵である狂暴な殺戮者。

 顔は綺麗なまま、身体惨たらしく殺された少女。

 行方不明になった少女の家族。

 コードつくよみ。

 カラクリ兵の器。

 

 あたかも、それを見てきたかのような鮮明過ぎる想像。

 

「……睡蓮。斑鳩池で、お前が殺した少女……。この先生が言うには、頭部は綺麗なままで、身体は凄惨な状況だったらしいな」

「……」

 

「その、本当の目的は、……脳髄だったんだな」

 

 睡蓮がぴたりと動きを止める。

 

「当時、一時的にゴシップを飾った異常な殺人事件は、おそらく解体された四肢や内臓の事ばかりで、まさか綺麗な頭蓋は空っぽである事まではハナの良い記者でも掴みきれなかったんだろう……」

 

 レオを抱え、しゃがんだまま見上げるように睡蓮を睨むが、ここからではこの殺人鬼がどのような表情をしているかまでは伺えない。

 

「……それで?」

 ようやく言葉を発した睡蓮がどす黒い殺意とともに疑問符を投げかける。

 

「なぁ睡蓮。貴様に殺された少女の脳髄と、失踪した彼女の家族は今どこに『在る』んだろうな……?」

 

 睡蓮の命令を待っている三体のカラクリ兵が悲しそうに佇む。

 

「……それがどうした……?」

 

「……お前は鬼だ。人間じゃない」

「……そうだ。ボクは鬼だ。もはや人では、ない。」

 

 睡蓮が三枚の刃で綴られた大鎌を取り出す。

 狭い室内で器用に振り回し、二枚の刃が飛び出したと思うと、瞬きもしない間に夜鷹の首数センチの壁面に突き刺さっていた。

 

「……っ!」

 

「でもさぁ。里の業も大概だろう?」

 

 事実としてその通りだと思う。

 今の木ノ葉の日が当たらない部分、取り分け人体実験を繰り返してきた『根』という組織の闇は何よりも深く、深く。そして黒く、黒く。

 

「なぁ、仮面クン。木ノ葉の暗闇を見続けているとさ、狂っているのはボクなのか、里なのか、本当に分からなくなってくるんだ。人間の感覚って不思議でね。苦痛を与え続けると、麻痺してくるんだ。脳が痛覚を遮断するんだろうね。……それと同じさ」

 

「貴様に人の道理を説いても無駄だろうな」

 

「言うねぇ。その通りだよ。……ボクの家族はね、根っからのジャシン教徒でね。一応ボクは長男という事になっているけど、実は三男坊でさ。想像通り、上の兄たちは、捧げられたんだよ。ジャシン様にね」

 

「……」

 

「家族は儀式、って言っていたね。ボクの肉体に特殊な呪術を施して、不死へと変える呪いで、大昔に一人か二人ほど成功例があったらしい。でも、その不死は他人の命を奪い続けないと永らえない不完全で不安定な不死だった」

 

「そこに目をつけたのが、先代火影だった、というのか……?」

 

「その通りだよ……」

 

 夜鷹は今何か、自分が重要な事を言った気がしてならなかったが、それを考える余裕はなかった。

 

「……ふふふ」

「!?」

「あはははははっ! なぁんてねぇ! そんな事はどうぉでもいいんだよ! 家族? あんなやつらとっくの昔に肉の塊にしてやったさ! いや、捧げたんだよ! ボクが初めてやった儀式の生贄第一号さぁ!」

 

 急な豹変に思考が追いつかない。

 いや、元々が人外境地の鬼なのだ。人間のものさしで測る方がどうかしている、という事だろう。

 

「しかし、コードつくよみって、本当に素晴らしいと思わないかい? だってさぁ、自分を殺した男に顎で使われて、あまつさえ両親までもボクの奴隷となっているんだからねぇ!」

 

「……どうして悪人ってのは、他人をこうまでして冒涜したがるんだろうな……」

 

「あぁ!? 何か言ったかぁ!?」

 

 睡蓮が三枚目の刃を夜鷹に投げる。

 それはレオを庇う夜鷹の肩を傷つけ、同時に壁面に突き刺さっていた二枚の刃も夜鷹の首筋、わき腹を抉るように傷つける。

 

 すかさず鎌を手繰り、レオの時と同様口から体内に取り込む。

 再び睡蓮の様子が骸骨のようになり、邪気も格段に増す。

 

「チェックだ。でもすぐには殺さない。約束通り仮面と、そのツラを剥いでからじわじわと死に至らしめてやるよ。やれ! 人形!」

 

 睡蓮の声に反応したカラクリ兵が夜鷹に襲い掛かる。

 僅かな戸惑いらしき挙動を見せたものの、四本の腕から機械的に術を放出する。

 

 火遁 雷爆砲。

 任意の場所に静電気爆発を発生させる術である。

 

 目の前で発生した爆発でバルゴから貰った仮面が弾け飛び、中性的な顔が現れる。

 

「いいねぇ。キミの顔。女だったら惚れていたかもねぇ。だからこそ刻みがいがあるってもんさぁ」

 

 睡蓮が自分の顔を右頬から左頬へ向けて横一文字に傷を作ると、夜鷹の顔にも同様の傷が現れる。

 

「……っ!」

「悲鳴が聞こえないなぁ。つまらない、な!」

 

 今度は自分の左腕を黒い棒で突き刺す。

 夜鷹の腕も弾かれるような鋭い痛みとともにぽっかりと穴が開き、血が噴出す。

 

「あっひゃひゃひゃ! どう? 痛い? ねぇ? 痛いよねぇ? ねぇってばぁ! ねぇねぇねぇええ!?」

 

 執拗に自傷を繰り返し、その度に夜鷹の身体が傷だらけになっていく。

 着込んだ強化服が自動的に止血を始めるが、失った血までは回復しない。

 失血の為か、意識が一瞬グラつく。

 

 抱えていたレオを床に落とし、自身も覆いかぶさるように倒れこむ。

 

「あぁ……、気持ちイイ……」

 

 睡蓮が恍惚な表情で天井を仰ぐ。

 狂気的な殺人衝動に身を任せ、自身は絶対的な強者としてこの場に君臨する快楽。

 どこかで見たことがある。

 夜鷹が失いかける意識の中で、ふと感じた既視感。

 どこだ、と無意識の狭間において記憶をまさぐるようにソレを探す。

 

 そうだ。

 忘れるはずがない。

 いや、忘れられるはずがあろうか。

 

 夜鷹にはその姿が忌むべき叔父 日向 カイコに重なった。

 夜鷹の心の中に、真っ黒い感情が失いかけた意識を侵食していく。

 それは、夜鷹の白い心に染みのようにぽつりと表れ、数を増し、どんどん飲み込んでいく。

 

 その感情を、人はこう呼ぶ。

 

 怒り。

 

 怒れ。

 自分に呼びかける。

 

 怒れ!

 この世の理不尽に。

 

 怒れ!!

 自分すらも守れない、自分の弱さに。

 

 怒れ!!!

 怒れ!!!!

 

 医学的な観点で言えば、既に動かす事など出来ない両足に鞭を打ち、全霊で膝を立て咆哮と共に立ち上がる。

 それは人が息を吸い込み、想いを込め、言葉にする「声」なんかよりももっと、酷く原始的な雄叫び。

 全身からあらん限りのチャクラを放出し、まるで初めて獲得したような感覚に闘争本能を重ね、そして委ねる。

 加工しないままのチャクラが、倒壊しかけたビルに更なる亀裂を生む。

 

「ここも長くは持たないな。やはり演目のラストシーンはこうでなくては! ふふふ。……いい表情じゃないか! さぁ! この悲劇の幕引きといこうかっ!」

 

 睡蓮が黒い棒を両手に持ち、心臓に突き刺そうと構える。

 

 狂気と歓喜に満ちた表情は、演劇においてまさにクライマックスを演じている役者の気分だろう。

 

 さぁ、この杭を自分の心臓に突き刺せば、終幕だ。

 睡蓮にとっては喜劇。

 夜鷹にとっては悲劇。

 対極的な幕引きは決して交わることはない。

 

 大げさな程に大声を上げた夜鷹が睡蓮へ突進をする。

 睡蓮は恍惚とした笑みを浮かべながら礼をするよう鎌を振り上げ、三枚の刃を飛ばす。

 

 まるで意志を持ったかのような、獰猛な軌道を描きながら夜鷹の四肢を傷つけていく。

 

 しかし夜鷹はそれに怯む事なく口寄せした巨大な鉄扇を閉じたまま睡蓮に殴りかかる。

 

 睡蓮は柄でその超重量を受け止める。

 バキリと柄にヒビが入り、睡蓮の人を馬鹿にした笑みが消え、邪悪さを内包した瞳が焦りとともに開かれる。

 

「っこのっ!」

 睡蓮が右足で夜鷹の腹部を蹴り、間合いを空けようとする。

 夜鷹は両足で崩れるように着地をし、右手に持った鉄扇を展開する。

 

「風遁 かまいたち 乱舞!」

 

 全身から血を噴出しながら鉄扇で複数の鋭い真空を作り出す。

舞いながら霧散していく夜鷹の血液。

 

 目を開ける事を許さない程の風に、鎌の刃は弾かれ、睡蓮は左腕で顔を覆い変化めまぐるしい戦況を把握しようとする。

 右手に持った柄を操り、弾かれた刃を収納しようとするも反応しない。

 

「ちっ。さっきの一撃で鎌の仕掛けが破損したか……。でも、お前を殺すには、この黒の槍で十分だ!」

 睡蓮は鎌を捨て、黒い棒のような槍を構え、夜鷹を睨む。

 夜鷹の術により、全身に切り傷を負ったものの、明らかに夜鷹ほど重症ではない。

 この痛みさえ超えれば、夜鷹を殺せる。

 

 待ちに待った快楽に浸る事ができる。

 

 夜鷹が閉じた鉄扇を杖代わりにしながら立ち、憤怒に満ちた表情で睡蓮を睨む。

 全身に電撃が走るかのような殺気が睡蓮を襲う。

 

「さぁ来い。最後の決着と行こうじゃないか! 舞台の終幕にふさわしい、派手な演出でお前を退場させてやるからよぉお!」

 

 睡蓮の歪みきった表情は、周囲をどす黒く変色させるかのような邪気を帯び、夜鷹を圧倒する。

 

 

 ……。

 …………。

 

 どうした?

 

 なぜ、立ち止まっている?

 

 夜鷹の異変に気付いた睡蓮が、僅かに緊張を解く。

 

「はっ。立ったまま気絶してやがる……」

 

 鬼気迫る表情のまま、夜鷹は気を失っていた。

 

「これじゃぁ興ざめじゃないか。まったくもってあっけない……」

 

 夜鷹へ完全に興味を失った睡蓮の表情が元の事務的なものへと戻り、心底つまらなそうに夜鷹の顔に唾を吐く。

 

「おい、木偶ども。そこを動くなよ。絶対にボクの邪魔をするな。……それじゃぁ、さっさと終わらすか……。ん……?」

 

 腕が動かない。

 睡蓮はようやく自分が置かれた状況に気付いた。

 

 見ると両腕に透明な釣り糸のようなものが巻き付き、動きを封じている。

 

「あぁ!? 何だよ、コレ!?」

 

 いつの間にか、睡蓮の後ろにレオが立っていた。

 互いに背中合わせとなり、その表情を伺う事は出来ない。

 レオが生きていた理由が分からない睡蓮の動揺が背中越しに伝わる。

 

「……これは天百合蜘蛛の糸を、チャクラが篭った女の髪と油目一族の奇壊虫の死がいの粉末で寄り合わせた糸。あいつが命を懸けて放った術に仕込んでおいたものだ。……簡単に切れると思うなよ……」

 

「……き、さまはっ! 何で生きている!?」

 

 睡蓮が頭痛を堪え、右目に備わった白眼を展開する。

 

「……内臓逆位……だと……!?」

 この時、ようやくレオの身体の秘密に気付いた。

 内臓逆位。

 生まれつき内臓の位置が左右逆転している症状を指す。

 これは病気ではない為、通常の生活などには全く支障をきたさない。

 

 つまり、あの時睡蓮が貫いた左胸に、レオの心臓はなかったという事になる。

 とはいえ、肺に穴が開いていた事実は変わらない。 

 

 夜鷹は漆黒の外套の下、会話により時間を稼ぎながら必死にレオを治療し続けた。

 

 まさに今の現状を。

 諦めなければ巡ってくるであろうチャンスを。

 この、どんでん返しを信じて。

 

「この糸は特別性でさ。触れた者のチャクラを遮断するんだ」

「……? チャクラを……?」

 続けて自身の経絡を見る。

 確かに巻きついた箇所の周囲の点穴から一切のチャクラの感知が出来ない。

 

「……それが、……どした?」

「……ああ、その右目は、白眼だったな。封印させてもらう」

 睡蓮の疑問に答える事などせず後ろから右目に深くクナイを押し込む。

 

「ぎゃああああ!」

 

 激痛に天を仰ぐ。

 

「煩い」

 

 今度は喉笛を横に一閃。

 大量の血液と共に、喉から空気が漏れる音がする。

 

 今残っているカラクリ兵はマスターの命令に依存する初期型。

 声帯認証により命令を実行する。

 これでは命令を下す事が出来ない。

 

 木偶人形!

 何を見ている!? 助けろ。

 ボクをたすけろはやく!

 

 睡蓮が苛立つ目で三体のカラクリ兵を睨む。

 

「哀れだな。いや自業自得と言うべきか。こんな時に誰も助けに来てくれないなんてな」

 レオがゆっくりと睡蓮の前に歩みを進める。

 

 知ったことか。

 殺したければやればいい。

 不死身であるボクを完全に殺せるものならな。

 

「……っ!?」

 

 レオの目は黒く濁り、目の下に生じた隈はやつれたような顔に、不気味とも言える幽鬼のような表情を作っていた。

 

「……お前の考えている事はよく分かるよ。でもさ。俺にお前を殺す手段が無いとでも思っているのなら、大間違いだ」

「――っ!?」

 

 いつの間にか全身を天百合蜘蛛の合成糸で巻きつけられ、完全に動きを封じられた睡蓮が必死に糸を振りほどこうとする。

「この糸の最大の特徴はチャクラを吸う為にどんどん長くなり、対象に絡みつく特性がある。しばらくそれで遊んでいろよ……」

 

 レオはゆっくりと一体のカラクリ兵へと近づき、頭を撫でる。

「……キミがアカネだったんだな。ごめんな。本当に頼りない先生で……」

 カラクリ兵は何を発する訳でもなく、レオを見る。

「お前の腕の中のアレを借りるよ。……いいね?」

 

 

 何をしている?

 何をしようとしている?

 無駄だ、無駄無駄無駄。

 何をしようとジャシンサマの加護の下、ボクを殺すことなど出来ない。

 

「なぁ睡蓮。お前、今の身体の状態がどんな状況か、って考えた事があるか……?」

「……?」

「今のお前はな。人間の身体とチャクラ体の、丁度中間のような存在なんだよ。だからその黒い棒で自分の身体を傷つける事で、身体ジャックした対象にその情報をトレースさせる事ができるらしい。……それが何だという顔をしているな。なぁ睡蓮。コレが何だか分かるか……?」

 身体を動かすのを諦めない睡蓮が、目だけをレオの手に視線を向ける。

 額から流れる汗が、睡蓮の全てを物語っているようだった。

 

 小さな巻物が掌に乗っている。

 

「そうだ。術のカートリッジだ。これは術、つまりはチャクラを、この中に封じ込める事ができる」

 言わなくても知っているか、とレオが自嘲する。

「そうなると、これから俺がやろうとしている事も、何だか理解できるな……」

 

 睡蓮の脳裏に初めて恐怖という感情がよぎる。

 今の自分はチャクラ体だ。

 そんな自分にカートリッジで封印されてしまうと、意識は、タマシイは、一と零のデジタル信号へと変換されたら最後、二度とこのアナログの世界へと戻る事が出来ない事が容易に想像できる。

 

「……喜べよ。これで完全な不老不死だぜ? あくまでこのカートリッジの中での話だけどな」

 

 鬼の声がした。

 鬼。

 鬼とは、自分の事ではなかったのか。

 

 鬼。

 ああ、そうか、

 この場において、鬼は自分ではなかった。

 

 復讐鬼。

 

 本当の鬼は、こいつか……。

 

「……ははは。センセェよぉ。お前の今のツラ。邪念に満ちた目。さぁいこうだぜぇ……?」

 睡蓮が歪みきった表情でレオを嗤う。

 

「永遠に彷徨っていろよ。クズ野郎……」

 言い終わるのと同時に、カートリッジに半チャクラ体となっている睡蓮を封印する。

 

 

 それは一瞬の出来事で、断末魔の余韻すら許さない程の静寂だった。

 

 あっけない。

 長年追い求め、感情を封印してまで憎んだ敵の最期だったが、達成感も感慨も何もない。

 

  

「……」

 アカネだったカラクリ兵を見る。

「終わった……というのは、俺のエゴだよな。アカ……」

 

 緊張の糸が切れたレオが崩れるように倒れ込む。

 

 地鳴りがする。

 

 斜めに傾いたこのビルが倒壊する事が予想できる。

 

 夜鷹を助けないと。

 でもどうしようもなく力が入らない。

 

「……sense……」

 

 声帯認証でしか動けないはずの初期型のカラクリ兵が自発的に動き出し、レオと夜鷹を抱きかかえる。

 

「アカネ……。ごめんな。こんな先生で……」

 

 

「ありがとう、先生」

「ありがとうございます。先生」

「お二人とも本当に、ありがとうございました」

 レオの耳に届いた、懐かしい声と聞き覚えのある二つの声。

 

 理解している。

 これは幻聴だ。

 カラクリ兵の音声は言葉を発する事に適していない。

 だからこれはレオが都合よく解釈した幻聴なのだ。

 

 

 しかし、それでも……。

 アカネと両親がレオと夜鷹に何かを伝えたそうにしている事が理解できた。

 

 音を立てて崩れゆくビルの中で、レオは満足そうな笑みを浮かべて暗い意識の中に落ちていった。

 

 

 

 

 どれくらい意識を失っていたのだろうか。

 腕時計で確認すると十分も経過していない。

 

 周囲は瓦礫が広がり、先ほどまでの出来事が夢ではなかった事を物語っている。

 

「あ」

 自分の後ろに夜鷹が倒れていた。

「……おい、夜鷹。……良かった、生きてる……」

 夜鷹の脈を確認して、ほっとする。

「あれ? あいつを封じたカートリッジは?」

 強く握っていたはずの巻物型のカートリッジが手に無い事に気付いた。

 

 

「……探しモノはこれか? センセぇよぉ?」

 

「……な!? 睡蓮!?」

 

 レオと夜鷹の眼前に、いつの間にか睡蓮が立っていた。

 しかし、その姿は這う這うの体といった風で、白を貴重とした古の神官のような装束は引き裂かれたかのようにボロボロで、全身の毛穴から血を噴出しているようだった。

 更に隆々たる筋肉もすっかりやせ細り、チャクラ体を抜かれた人間の末路を、如実に示していた。

 

 こけた頬に血走った目を異様なまでに大きく見開き、力の限りレオの頭を踏みつける。

 

「うぐっ!」

「ぬあああああぁ! この野郎ぉ! 俺の身体を元に戻しがやれぇ! 身体をよ!」

 隆起したコンクリートに何度もレオの顔を踏みつける。

 

「くそぉ! こらぁ! 木偶どもぉ! 出て来いやぁ!」

 

 もはや最初の紳士のような風貌からは想像も出来ない粗暴さは、これが本当の睡蓮なのだと思わせるのに十分なものだった。

 

 睡蓮の声に反応したカラクリ兵が瓦礫の中から音を立てて現れる。

「他のヤツはどうしたぁ!? はは! 死んぢゃったかぁ! 役立たずの木偶人形が! まぁいい! おい、木偶。こいつを殺せぇ!」

 

 右腕のカバーが外れている。

 これが、アカネなのだという事はすぐに理解できた。

 

 レオは蹴飛ばされ、ボロ雑巾のように横たわる。

 

「さぁ、こいつを殺せ。今すぐだ!」

 

 カラクリ兵は動かない。

「おい! さっさと言う事を聞きやが……っ!?」

 

 睡蓮が言葉を失った。

 

 自身の胸に突き立てられた、カラクリ兵の腕。

 骨を皮だけの睡蓮の身体をいとも簡単に貫き、心臓を握りつぶしていた。

 

いつのまにか着けていたレオのネックレスが、睡蓮の血で赤く汚れていた。

 

「な? ……ごっふ……」

 震える手でカラクリ兵の腕を掴もうとするが、カラクリ兵が倒れ、重々しい金属音を立てながら崩れ落ち、それに連れられるように睡蓮も倒れこむ。

 

「senseisenseiseneisensensensen……」

 先生という言葉を繰り返しながら、ゆっくりと音声が小さくなっていく。

「……ア、カネ」

 乾いた口でアカネを呼ぶ。

 冷たい鉄仮面のカラクリ兵が再び動き出す事は、もう無かった。

 

「い、やだ。……いやだ。死にたくない……死にたくな……死にたく……死に……し……」

  

 

 白鳥 睡蓮。

 稀代の快楽殺人者。

 かつて木ノ葉の里を恐怖に陥れた人殺しの怪物。

その、あまりに乖離しすぎた口調や性格は、後に乖離性同一性障害と診断される事なる。

 

死にたがりのチャクラ体の睡蓮と、生に執着した生身の睡蓮。

同一にして異なる睡蓮が求めたものは、一体何だったのだろうか。

 

 しかして、その最期の言葉は「寒い」だった。

 

 静かな余韻を残して、睡蓮の身体はまるで蛇の抜け殻のようにカサカサとなり風化していった。


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