最悪な修学旅行「序」
俺が修学旅行でやってきたのは、京都。
そして、きっかけはただの「音」だった。
「なあ、下土井。この旅館変な音聞こえねぇ?」
「音? なんだそれ」
「幻聴じゃねーの?」
布団に寝転がった同室の奴がそう言ったのがきっかけだった。
旅館の一部屋に男が五人。クラス内で決めた、旅行先で一緒に行動するグループがそのまま同室にされていたのである。
普通なら常に同じグループにしたりはしないはずだし、班だって男女混合にするのが普通なのだが、このときは教師が面倒臭がったのか、俺のクラスは常に仲のいい奴が集まって班が組まれていた。
とはいえ、広めの部屋ではあるが男子が五人。
正直なところむさ苦しいことこの上ない。友達とは言えど、同じ和室に五人並べて寝るのは虚しくもなる。人数的に一人だけ布団の並びがぼっちになるが、むしろこの布団を巡って壮絶なじゃんけんに発展したりなど、まあまあ高校生男子っぽいことをしていたような気がする。
あとは無難に枕投げしてみたり、トランプを出してくる奴がいたり、女子の部屋に突撃しようとする奴がいたり……それから、寝る直前にこの話をした奴がいたのだ。ちょうどおとなしいタイプの男で、旅館内を歩いているときもどこか上の空だった気がするな。このときまではそんなに気にしていなかったから、あまり覚えていない。
なんせこの事件も五年以上は前になるわけだし。そこまで細かいところは言えないかもしれないな……俺も記憶を直接見せるくらいできればよかったんだが。
「ああ、なんか口笛的な音がどこからか聞こえる気がして」
「口笛ねぇ。そんな音してたか?」
俺が言うと、周囲の奴らも否定を返す。
「誰かがふざけてるとか?」
「それか、お前の幻聴だったりして」
「や、やめろよ。おれおかしくなんてないよ」
「で、今も聞こえんの?」
「いや、今は聞こえないかなあ……聞こえたときも、遠くから微かに聞こえてくる感じだったし」
「じゃ、女子あたりが口笛で歌ってたとか?」
女子は男子とは部屋のある場所が正反対であったために、そいつはそう推測したらしい。実際、俺達にはなんにも聞こえなかったので、気のせいか、本当に僅かな音だったかくらいしか選択肢がなかったわけだ。
「いや女子だったらどんだけでかい口笛だよ」
半笑いになったクラスメイトが言う。
確かにそうだ。
「じゃあ幻聴だげんちょー! 大丈夫かあ?」
「大丈夫だよ。おかしいな、おれが変なの……? いやでも聞こえたしなあ」
「なになに気になるの?」
「本当に女子なら突撃してみるか?」
「ああ、それもいいけど」
「え、マジで言ってんの? 冗談だったんだけど」
「え」
そんな軽いからかいに発展するくらいで、その話はそれで終わった。
みんな修学旅行初日で疲れていたのだ。
起きていようとしても、自然と寝落ちする奴が続出していたのだ。わりと皆真面目な性質の奴らだったからか、あまり夜更かしが得意ではなかったみたいだな。
それは俺も例外ではなく、徹夜しようと言っておきながら見事に寝落ちしていたのである。
そして翌日、口笛を聞いたというやつはいなくなった。
最初は誰もが早起きして朝風呂でもしてるんじゃないかと思っていたのだが、いつまで経っても帰ってこないし、朝食にも出てこない。さすがにおかしいとなって教師に報告してみれば、旅館内を先生方で探し回ってもどこにも見当たらない。
口笛をきいたそいつは、見事に行方不明となってしまったのである。
「な、なあ、下土井。なんか聞こえないか……?」
「え?」
それは、京都市中から旅館に帰ったあと、中庭の近くを通ったときの出来事だった。同室ではない友人がそう言った。
「ほら、なんか口笛? みたいな音」
「く、口笛……?」
行方不明になった奴との会話は、勿論同室の俺達しか知らない。
それに、俺達は別に口笛が原因だとは特に考えていなかったから、このときに心底ゾッとした。
まるで関係ない奴までもが口笛を聞いたと言っている状況。そこになんだかホラー映画の前触れのような、そんな僅かな恐怖感が煽られたのである。
「……」
恐る恐る耳を澄ませてみれば、確かに聞こえてくる。
本当にごく僅かだが、どこからか口笛の「ピイーッ」と細く細く伸ばすような音が。それも強くなったり、弱くなったり、しかし絶え間なく口笛のような音が聞こえている。
「嘘だろ……」
「おー、本当だ。聞こえる」
その場にいた同室の奴らも聞き耳を立てた結果、その音が聞こえたようだった。そしてその中の一人が好奇心を覗かせて言った。
「……なあ、確かめてみないか?」
確か、そいつは俺達のグループの中でもわりとオカルト方面に明るい奴だった気がする。だからこそ、この現象に目を輝かせて提案したのだ。
「なんで確かめたいんだよ」
「オカルトかもしれないじゃん? 見たいんだよ、そういうの。気にならないか?」
「おい、行方不明者が出てんのにそれは不謹慎だろ」
俺が窘めてみても、そいつは好奇心をそのまま顔に出して食い下がった。
「もしかしたらあいつも見つかるかもしれないじゃんか。なら俺達で探そーよ。見つけたら英雄になれるぜ?」
「先生達が探してんだろメンドクサイ」
「そうか、怖いなら仕方ないなー。俺だけで探す!」
「怖くねーし! しょ、しょうがねぇなあ! 行くよ! 行けばいいんだろ!」
と、軽率なクラスメイトの判断により、俺も自然と巻き込まれていったわけだ。
「今夜中に見つけよーぜ! 探検だ探検!」
こうして、俺と同室の奴四人。そして別の部屋に泊まっている奴一人で夜の旅館を徘徊して回ることとなったのだった。