ミヤコワスレ ドロップ   作:霜降

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 公園や学校のある場所から、人工島のほぼ反対側に存在する大本営鎮守府本部の建物へと二人は向かっていく。途中雨が降り出したため、二人ともフードを深々と被ってしまいその素顔は見えないが、少なくとも明るいものではない事は明らかだ。

 入り口で雨具を脱いで自動ドアを潜り抜けると、そこは五階までが吹き抜けの円形になったエントランスだった。だだっ広いエントランスやそこから見える二階から五階の廊下では職員と思われる人々が忙しなく行きかっている。殆どは二十代以上の男女だったが、上階の廊下の所々に十代ほどの少女の姿も確認できる。恐らく彼女達は艦娘なのだろう。皆が皆、新たにエントランスに現れた提督と艦娘の姿をチラリと確認するも、すぐに自分の仕事へと戻っていく。この様な光景は珍しくはないのだ。

 

「ちょっと待っててくれ」

 

 提督は受付まで歩いていき、二、三手続きをすます。受付の女性がどこかへ電話をかけ、それを終えると「どうぞ」と提督にジェスチャーを行い、それを確認して提督は戻って来た。

 

「行こうか」

 

 改めて曙を連れてエントランスホールを抜け、エレベーターホールへと進む。途中で、パラボナアンテナと一対のマシンハンドが付いた三角形の大型掃除ロボットが前進して来たので脇へと避ける。

やがて奥にあるエレベーターホールまで到着。幾つか並んでいるエレベーターの一つが一階に来ていたので、そのままボタンを押して乗り込む提督と曙。向かうは、建物の最上階――総監室である。

 

「不安か?」

「……はあ? いきなり何」

「顔が落ち込んでいるぞ」

「別に……ただ、ひょっとしたら解体処分とか下されるかもって考えてただけよ」

「流石にそれは無いよ。余程の事をしない限り、解体なんかされない」

「……例えば?」

「ん、そうだな……人間に危害を加えるとか?」

「なんだ。なら、いつもやってるじゃない」

「はは、違いない」

 

曙の顔から陰りが消える。提督と冗談を交わしたことで、緊張が解れたようだ。 

その後途中乗ってくる者もおらず、エレベーターは二人を目的地まで一気に運び込んだ。エレベーターが開き、ホールを出た先の窓もない白い壁に挟まれた狭い廊下を歩いて行く。やがて曲がり角を曲がった先、【総監室】と書かれた扉の前で、二人は立ち止まった。

 

「――可香谷 剛提督、及び配下の駆逐艦艦娘曙、共に参上致しました」

 

扉の前で敬礼を行い要件を述べる。すぐに「入れ」と厳粛な声が聞こえ、それに応えるかのように提督はドアノブを回した。

 

 

 

 

 部屋の中は薄暗かった。奥の壁一面に設置された視聴覚スクリーンの様な一枚窓にはカーテンが掛けられているため、折角の光も殆どが遮られてしまっている。ましてや、外は雨による曇り空。しかし室内灯を点けるには中途半端な暗さの為、結果として僅かな光源のみが室内に送り込まれそれが重苦しい空気を演出していた。

 その部屋の奥……薄暗い光に照らされながら、武蔵を横に従えた初老の男性が一人、椅子に座りこちらを物凄い形相で睨みつけていた。体格は提督よりもずっと大柄で、服の上からでも分かる隆起した筋肉と太く捻じれ曲がった白髪交じりの眉毛が、彼が叩き上げの軍人肌で決して温厚的な人間でない事を物語る。彼こそが大本営鎮守府最高責任者にして、提督や艦娘達にとっての頂点に立つ存在――【埋田 悟(うめだ さとる)】総監である。

 

「……!」

 

 凄まじい威圧感を放つ総監を見て、曙は息を呑んだ。恐ろしい人物だと噂には聞いていたが、実際に対面してみるとその噂が嘘ではないと言う事を思い知らされる。彼の、艦娘の命を顧みない命令により遂行された作戦で、沈んだ艦娘も居ると言う話も聞く。真意は不明だが、この男ならやりかねないと言うオーラを総監は纏っていた。総監の横に居る武蔵は、ただ黙って目を閉じ腕を組んでいる。助けを乞う事は出来そうになかった。

 

「大丈夫」

 

 そんな曙の不安を察したのか、提督が小声で曙に囁く。いつもなら鬱陶しがる曙も、この時ばかりは提督の声に安心を覚えていた。

 

「とんだ大失態をしてくれたな」

 

暫くした後に、厳しい口調で総監が言う。

 

「今回の計画は日本の、ひいては人類の希望となる作戦の第一歩だった。それを貴様の艦娘が全て台無しにしてくれた……何か言う事はあるか」

「いえ、部下の失態は提督である私の責任です。返す言葉もありません……申し訳、ありませんでした」

「ふん、詫びる口は一人前の様だな。そもそも、主力艦隊の方で故障が起きなければ貴様らの様な辺境の提督を頼る事にならずに済んだのだ。揃いも揃って役立たず共が!」

「申し訳ありません」

 

 総監の言葉に唯々頭を下げる提督を見て、曙は不快感を露わにした。今回の作戦、提督は彼女と潮を送り出しただけで作戦の指揮を執っていた訳では無い。何故ここまでの追及を受けるのか? その姿は、彼女にある記憶を思い出させた。

 「処分下すならさっさとあたしに下せよ」と、彼女は聞こえないくらいの小声で毒づいた。だがその願いは、直ぐに叶えられる事となる――彼女が予期せぬ形で。

 

「貴様には、鎮守府内での一週間の謹慎を命じる上、所持しているソイツ以外の戦力を一部没収する!」

 

 総監のその言葉に、提督は拳を握り締め何かを堪えながらも「わかりました」と答えた。彼はその処分を受け入れたが、その横で曙は思わずエッと声を上げる。彼女は、てっきり処罰は自分自身に対してのものだとばかり思っていた。だが下されたソレは、提督と自分以外に対してのもの……決して納得の行くものではなかった。

 

「待って下さい! ミスをしたのはあたしです。処罰ならあたしに」

「貴様は黙っていろ!!」

「っ!?」

「部下のミスは上官である提督の責任だ。作戦に投入する艦娘の振り分けも出来ぬ無能な提督の所持する艦娘は最小限で良い!」

 

「ーー!」

 

「まずは貴様と共に作戦に加わり、瑞鶴を無傷で守り抜いた艦娘……確か潮と言ったか。奴は少しは優秀なようだ。この様な無能の下よりも、有効に艦娘を運用する鎮守府へと転属させる」

 

 総監のその言葉を聞いて、曙は愕然とした。潮が転属。総監は、【有効に艦娘を運用する】と言ったが、その言葉に艦娘の心身への配慮があるとは思えなかった。曙の脳裏に、最悪の結末が過る。

 

「あたしが行きます! だから潮には何もしないで」

 

 曙は総監へと抗議するも、彼は怪訝な顔をして曙を睨み付けた。

 

「おかしな事を言うな。有能な提督の元に転属される事は、貴様らにとっての栄誉の筈だ。何故そんな事を言う? そもそも、貴様の様な結果を出せない艦娘が栄転など出来ると思っているのか!」

「それは」

「それともなんだ貴様。僚艦の栄転がそんなに妬ましいのか?」

「なっ……!」

 

 絶句。潮を庇おうとした曙の言葉も、総監には卑しい思惑としてしか感じられなかった。ズキリと、曙の心の奥底で何かが軋みを立てる。

 潮への妬み――確かに、曙自身そう言うものを持っていた。それは紛れもない事実だった。だが今は違う。潮は親友だ。夕焼けの軍港の丘で誓ったのだ。もう二度と、嫉妬や憎しみの想いで彼女を感じたくなかった。だからそんな風にあたしと潮を見比べるなと、曙の心は避けんだ。

 提督が目で「堪えろ」と曙を制止するが、もはや曙は止まらなかった。

 

「……じゃない」

「何?」

「そんなんじゃない!! このクソ総監!!」

 

 薄暗い室内に響き渡る声に一瞬全員が静まり返る。自身を覆いつくそうとした邪気を振り払うような勢いで曙が叫んだ。潮への想いを汚された事への怒りだった。だがこの行為は結果的に、総監の逆鱗に触れる事となる。しばしの沈黙。やがて――

 

「貴様……今何と言った!? クソだと! 人間に対して何と言う言葉遣いだ!!」

 

総監は机から立ち上がり、ずかずかと曙の前まで歩み寄る。見るに見かねた提督が、拙い状況を察知して二人の間に入り「総監、落ち着いて下さい!」と言うが、総監は「どけっ!」と言いながら提督を弾き飛ばす。結果提督は、椅子の上に雪崩れる様に倒れ込んでしまった。それに見向きもせずに総監は、曙の胸倉を掴み上げる。

 

「一体どう言う教育を受けている! 貴様の様な艦娘は即刻処分した方がよさそうだな!!」

 

 物凄い気迫で怒鳴りつけ、そのまま後ろへと曙を突き飛ばす。「きゃっ」と小さく声を上げ倒れ込んだ曙に対し、怒りの収まらない総監は更に言葉を続けた。

 

「翔鶴は未だ入渠が完了せず、主力艦隊の運営に穴が開いていると聞く。貴様がしっかり護衛していれば、こんな事にはならなかったのだ!」

「それは…っ!」

「反論があるのか? 貴様が身代わりとなり沈んでいれば、翔鶴が行動不能になる事もなかったのだ。違うか!」

 

 総監に言われた言葉に、曙は反論できないでいた。彼女自身、翔鶴を守り切れなかった事に対しかなりの負い目を感じていたのだ。そう、まるであの時の様に……。

 

「報告では敵艦載機の追撃に遭ったらしいが、一戦を終えて油断していたのではないのか。恥を知れ!!」

「油断なんてしてない! ……してません。あたしは」

「ならば何故気付かなかった! それが油断していた何よりもの証拠ではないのか」

「っ……!」

 

 ズキリ。再び曙の心が軋んだ。今度はもっと奥深く、彼女の古い記憶が。総監の気迫に気おされたのも手伝い、曙は完全に弱腰になってしまっていた。

 だが曙が、これほどの追及を受ける謂れは無い。敵の奇襲は、翔鶴ですら予期出来なかったのだ。索敵能力を持たない駆逐艦である曙に、どうしろと言うのか。

 

「そもそも、瑞鶴と翔鶴で破損の度合いが違い過ぎる。貴様……まさか逃げていたのではあるまいな!?」

「ちが、あたし、逃げてなんか……」

 

 ズキリズキリ。軋みがどんどん大きくなる。それは、曙にとっては呪いの言葉だった。彼女が駆逐艦曙だった頃、死力を尽くし敵と刺し違える覚悟で挑んだにも拘わらず真面な評価をされなかった戦い。『油断故の恥辱』『会敵しても劣勢の為逃げ出した』『弾薬を一切消耗していない』。かつて彼女に降りかかった理不尽な言霊が、姿を変えて再び曙の心を抉り取る。

 総監の言葉が、口が、顔が、姿が、かつて自分に乗艦し戦った人々に呪詛を唱えた者達と重なり、幻影となって曙を攻め立てた。

 

「やめ……て」

 

両手で頭を抱えて蹲り、力なく言葉を発する曙だが、弱々しく発せられた言葉が総監に届く筈も無い。

 

「泣き落としで済まさされるとでも思っているのか? 浅はかな艦娘め! 貴様に価値などない! 必要ないのだ、貴様の様な役立たずは!」

 

 トドメとばかりに、総監は曙へと指を突き付ける。潮への想いも、戦った事の証明も、彼の前では意味をなさない。彼は、一方的に曙を役立たずと言い捨てたのだ。

 この短時間の間に、彼女の心は砕かれ、壊され、犯され、握り潰され、踏みにじられた。もはや彼女に反論する力は無く、呼吸も錯乱により大きく乱れ、眼の両端には涙が溜まっていた。彼女の心は、もはや崩壊寸前だった。

 

 

 

 

「ま……待って下さい、総監」

 

 倒れていた提督が起き上がり、曙に詰め寄る総監の元へとよろよろと歩み寄る。

 

「私は、曙が作戦を放棄して逃げたとは思えません!」

「何だと?」

「わ……私が軍港に彼女を迎えに行った時、彼女は全身傷だらけで――左足に大きな負傷がありました。海に落ちた小用丸の乗組員が敵艦載機の機銃掃射に襲われそうになった際、身を挺して乗組員を庇った際に出来たもので、この事はともに作戦に当たっていた僚艦潮や、他ならぬ救助された乗組員の証言から証明済みです!」

 

総監と曙の間に割って入った提督は彼女を庇うように立ち塞がり、総監に捲し立てる。総監はそんな提督を睨むように顔を近づけた。

 

「貴様……何が言いたい?」

「総監は、報告とは申されますが詳細を確認されたのでしょうか。艦娘の艤装には、戦況を中継するカメラが取り付けられています。主力艦隊艦娘である翔鶴のそれが映した記録を見ればハッキリする筈です……曙は、私が指揮する艦娘です。謂れの無い辱めを受ける事は、上官として聞捨てる訳にはいきません!」

 

 強い意志を込めて提督が言い放ち、総監を睨み付けた。提督が総監にこの様な態度を取る事は決して許される事ではない。だがそれでも、総監に追い立てられ弱々しく怯える曙の姿を見た時、提督は言い様の無い怒りを覚えた。それが何かは分からない。ただ提督は、曙の心を踏みにじる総監を許せなかった。

 だが案の定、総監はそんな提督に怒りを露わにし首根っこを掴み取った。

 

「自分の立場が分かっとらん様だな貴様……艦娘は、提督が扱う【兵器】だ! 兵器に辱めも何もあるか!!」

「兵器……!?」

「そうだ、こいつ等は人の皮を被った兵器だ。人間らしく振舞っているが全て造り物だ! そんな奴らに、人間と同様の扱いをするんじゃあない!!」

 

 未だ立ち上がれない曙を指さし総監が言い放つ。艦娘は兵器ーー彼女達の成り立ちを考えればある意味それは正しい表現なのかもしれない。だが、総監はそれにかこつけ彼女達の人格すら否定したのだ。

 提督は、これまでの戦いで曙達の感情を見てきた。涙を見てきた。いくら総監の言葉でも到底許せるものではない。彼の心に、抑えようのない怒りがこみ上げる。

 

「いい加減にしろよ、あんた……!」

「……何?」

「艦娘は、確かに元は兵器かもしれない。だが曙の……彼女達の心は造り物なんかじゃない! 命を懸けた戦場で恐怖する事だってあるし、敵に勝利して喜んだりもする。時として親友に傷つけられて悲しむ事や、傷つけて後悔する事だってある。そして……心を抉られる様な事を言われれば、絶望したりだってするんだ!」

「だから一体何だと言うのだ!」

「だから、曙は役立たずの兵器なんかじゃない。悩み苦しみながらも挫けぬ強さを持った……俺の大切な【仲間】だ!!」

 

総監を前に提督が吠える。上官への反抗だとか、そんなものは関係なかった。提督はただ、曙を守りたかった。

 

「何を言い出すかと思えば……揃いも揃って、自分の立場が分かっておらんのか!」

「分かっていないのはあんたの方だ! 艦娘達を束ねる組織のトップに立っている者が、彼女達の事を何も分かっていない。あんたは、総監として相応しく無い! 総監失格だ!!」

「ッ……貴様ぁ!!」

 

 激しい問答の末、怒りが頂点に達した総監は、提督の叫びすら跳ね除け彼を殴り飛ばす。提督はそのまま背後の本棚に倒れ込み、ぶつかった拍子で彼の頭上には分厚い本が幾つもドサドサと音を立てて雪崩れ込んだ。

 「クソ提督!!」曙が悲痛な叫びを上げる中、総監はなおも提督に詰め寄らんとする。

 

「口の聞き方も分からん奴め! 貴様は謹慎など生ぬるい。提督の地位を剥奪する! だがその前に、その考えを私自らが正してくれる。立て!!」

 

 尚も提督に鉄拳制裁を与える為、彼を立ち上がらせようとする埋田総監。が……。

 

「……!!」

「貴様、何の真似だ」

 

 曙が提督の前に立ち、総監から庇う様に両手を広げる。無意識だった。そこにはいつも持っている羞恥や嫌悪感は無く、これ以上提督が傷つけられる事を見たくないと言う、悲壮な想いからの反射的な行動だった。

 目に涙を溜めながらも、その目は先程までの弱々しいものではない。明確な強い意志をもって総監を睨み付けていた。が、総監も怯まない。

 

「そこをどけぇっ!!」

 

暴力的な衝撃を纏いながら、総監の剛腕が曙に迫る。対する曙も怯まない。引くもんかと、両足に力を込める。

 だがその拳が、彼女に届くことは無かった。

 

「な……武蔵、貴様」

「やめておけ。駆逐艦とはいえ、艦娘の力は人間のそれを遥かに凌駕する。いかに貴様の様な鍛えた人間でも、無事では済まんぞ」

「馬鹿な。艦娘が本気で人間に危害を加えると――」

「【一年前】の事例を忘れたか? 例外は存在する。こいつは、自分がどうなってもお前から提督を守るだろうよ。目がそう言っている」

「ぐっ……」

 

 武蔵の言った通り、曙はそこから一歩も動くことは無かった。それは、敵を刺し違えてでも倒さんとする覚悟にも似ていた。例え自身が処分される事となっても、彼女が引くことは無いだろう。

 

「……もういい。行け」

 

暫しの沈黙の後に、総監は提督にそう促した。武蔵にも目で今の内だと促され、提督は立ち上がりお辞儀をした後、曙を連れてその場を後にする。

バタンと扉が閉まる音だけが、薄暗い総監室に響いた。


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