ミヤコワスレ ドロップ   作:霜降

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 勢い良く部屋を出て行った漣を、曙はただ茫然と見送る事しか出来なかった。シンと静まり返った食堂内に、チクタクと時計の秒針が円を描く音だけが鳴り響く。

 

「漣、一体どうしたって言うのよ」

 

 何故、漣は急に激昂したのか? 確かに前兆はあった。朝の彼女は、何かに対し塞ぎ込んでいた。だが一体、何に対して?

 訳の分からない状況に、曙は不安と、そして罪悪感に駆られていた。ついこの間、潮を言葉で傷つけたばかりではないか。また自分は、誰かを傷つけるのか。

 

「あ、曙ちゃん。漣ちゃんだって、きっと何か訳が……」

 

 曙の表情から察したのか、潮がすかさずフォローを入れるが、今の曙にはその慰めは寧ろ残酷だった。いつもは気の利いた言葉で場を和ませる枕崎も、原因が全く分からない状況なので困り果てていた。気まずい沈黙だけが、その場を支配していた。

 

 

 

 

「さっきの漣の言葉は、本心じゃないと思う」

 

 不意に聞こえる声。朧だった。普段あまりこう言う話題に入って来ない意外な少女の声に、全員がその方向を向く。朧は、そんな視線に一瞬戸惑いながらも言葉を続けた。

 

「漣が何で今あんな状態なのかは知らない。でも、曙に対して言った事には心当たりがある」

「何か知ってるの? 知ってるなら教えて!」

 

 食い入る曙を制しながら、朧はしばらく思案する。言い出してはみたものの、これは漣のプライバシーに関わる事だ。彼女の断りも無しに言っていいものなのか考えた。

 だが、今の曙にはちゃんと話しておかないと、曙は余計に気を病んでしまう。それは漣も望んでいないであろう事も理解していた。

 朧は、決心して口を開いた。

 

「……漣ね、毎晩最後の時の事を夢に見ているのよ」

「最後の、時……?」

 

 朧の言葉を聞き、曙はハッとする。艦娘が戦舟だった頃の記憶を夢に見る事は珍しい事では無い。現に曙も、先の五航戦の二人との共同作戦の際に忌まわしい記憶を見た事があるのだ。それ自体は驚く事では無い。

 重要なのは、漣が見ているのが【最後の時】の光景である事だった。駆逐艦漣が轟沈した時、その場にはもう一隻僚艦が居たのだ。曙が忘れるはずがない、その僚艦こそ――。

 

「漣が見ている悪夢は、曙ちゃんに関する事なのよ」

 

 

 

 

 駆逐艦漣の最後、それはとある船団の護衛任務中、突然の出来事だった。度重なる空襲から、空を警戒していた曙と漣に向かい、突如敵の【潜水艦】から魚雷が発射されたのだ。魚雷は漣に三本命中し、漣はあっと言う間に轟沈してしまった。

 曙は、すぐに助けに行きたかったが、周囲に潜水艦が潜んでいた為迂闊に動くことが出来ず、止む負えずに筏を投げて、少しでも乗組員を救おうとしたのだ。

 そのお陰で、漣の乗組員は比較的多く助かる事となったが、この出来事は曙にとって、大きな傷の一つとなったのだった。

 

 

 

 

「最初は、ただ単に駆逐艦だった頃の光景だったらしいの。でも艦娘としての曙ちゃんに出会って、心を閉ざしたあなたを見てからは、夢の中の駆逐艦曙が、あなたと被って見えるようになった……漣はそう言ってたわ」

「漣ちゃんが、そんな夢を見ていたなんて」

「あいつは、曙ちゃんが心を閉ざしている事に少なからず責任を感じてるんだと思う」

「そんな……じゃあ、あたしは……」

 

 朧から語られた漣の悪夢。それにより、曙は全てを理解した。朝の漣の様子、そんな彼女が急に激昂したその理由を。結局のところ、自分は潮だけでなく漣まで傷つけてしまっていたのだと、曙は激しく自己嫌悪に陥った。

 朧は、そんな曙を見かねたのか、大丈夫と曙の両肩に手を置いた。

 

「心配しないで。さっきも言ったけど、漣は本心であんな事を言ったんじゃないよ。色々何かが重なっただけで、本当は曙ちゃんの事は大好きなんだから」

「で、でも……」

「あいつがいつもふざけているのはね、あなたに笑っていて欲しいって言うのもあるんだよ……勿論、大部分は本人が楽しいからだけどね」

「…………」

「朧に任せて。艦娘になってからなら、あいつとの付き合いは皆より長いから」

 

 そう言って朧は立ち上がり、部屋の外へと向かっていく。曙は一度朧に付いて行こうとするも、枕崎がそれを優しく止める。一同は、一先ず朧に任せる事にした。

 

 

 

 

 鎮守府から少し離れた林の先、海が見渡せる崖の上に開けた場所があり、どこからか拾われてきたであろうガラクタや置物が不規則に並べられている。

 古代の武人を象った石像、木彫りの恵比寿様の像、粘土細工にラジオ部品や玩具の腕が付けられた謎生物の像、どうやって持ってきたのか横倒しにされた土管には、白いハンペンか餃子の様なキャラクターが描かれている。

 ――ここは、漣のお気に入りの秘密基地。彼女は、土管の上で三角座りをしながら蹲っていた。

 

「…………」

 

 無気力に海を眺める漣。彼女は自分の行いを強く後悔していた。提督があんな事になったのは明らかに自分が原因だ。あの時、もっと提督の様子に注意していればこんな事にはならなかった。自分の独りよがりな行動が招いた結果なのだと責めた。

 曙の事だってそうだ。何も知らない曙に、感情任せに怒鳴ってしまったのだ。夢の中でも現実でも、漣は曙に笑顔で居てほしかった。なのに自分は、その曙に酷い事をした。「ぼのちゃんは、何にも悪くないのにね」そう呟き、彼女は心の中で自分を責め続けた。

 と、ガサガサと漣の背後で誰かが歩いてくる音がする。漣は、ハッとして顔を上げ、振り向こうとした。

 

「ぼの――ぺじねらっ!?」

「やっぱりここに居た」

「うぅ……何だ、ぼーろちゃんか。今漣は冗談をかませる気分じゃ……」

「でも、やっぱり漣はふざけてた方が漣らしいよ」

「何っすかそれ……」

 

 朧は土管に乗り上げ、チョップによる痛みで額を抑える漣の横に腰を下ろして座り込む。そうして、二人して暫くの間、無言で海を眺めていた。

 

「皆、心配していたよ」

「…………」

「……曙ちゃんの事は、悪いけど話させてもらった。あのままじゃ話が先に進まなかったからね」

「そっ……か。ぼのは何て?」

「流石にショック受けてた。潮と色々あってあまり経ってないからね」

「やっぱりそうなるよネ。だから言わないでって言ったのに」

「今回はしょうがないよ」

「デスよねー……本当、漣はしょうがない奴です」

「…………」

「漣は、ぼのに笑っていてほしかった。夢の中みたいに、あんな後ろ向きな姿を見たくなかった。なのに、漣はそれを自分自身で台無しにしてしまった」

「…………」

「本当、漣は――」

「朧と漣が、艦娘になって初めて会った時の事覚えてる?」

 

 しばらく黙って漣の言葉を聞いていた朧が、突然それを遮った。えっと朧の方を見る漣。朧は、漣の方を向かず前面に広がる青空を、昔を懐かしむ様に眺めていた。

 漣は、その様子に言葉を返していいものかと一瞬悩んだが、朧がそれ以降言葉を続けないので、会話を続ける事にした。

 

「……初めて会った時の事?」

「朧、あの大戦の時は七駆の皆と一緒に行動する事って殆どなかったでしょ?

だから、艦娘になってからも、皆とはあまり馴染めなかった。皆と思い出を共有できない事が、コンプレックスになってた」

「……懐かしいなぁ。あの頃のぼーろちゃん、漣の事避けてたからね。その割にしょっちゅうチラ見してたけど」

「あ、やっぱりバレてたんだ」

「バレるヨ。ぼーろちゃんは何て言うか、真面目すぎるの。然り気無い動きとかが下手くそだから、すぐ分かる」

「そうかなあ」

「そうだよ」

「……まあいいよ。とにかく、あの時だって漣は、朧の事を気にかけてくれたよね」

 

 

 

 

 養成学校時代。朧が、食堂内で他の艦娘にちょっかいをかけている漣に気付き、話しかけようと手をあげる。だが、自信がないのかすぐに手を下ろしてしまった。寂しげに反転し、その場から朧は立ち去る。

 漣がその後ろ姿に気付き、艦娘にゴメンの仕草を行った後に朧の後を追った。

 

「ちょっとそこな艦娘さん!」

 

 食堂から離れた廊下で、朧に追い付いた漣が声をかける。朧は、驚きと不安から少し後ずさった。

 

「な、何……?」

「あなたは綾波型の娘デスよね。もしかして、朧の艦娘デスか?」

「……そうだけど」

「やっぱり! この間からよく見かけるからそうじないかと思ったんデスよー」

「そ、そうなんだ」

「朧ちゃん、いつも遠くから漣の事見てましたよね? 見てるだけなんて面白くないデスよ。一緒にきたきた」

「えぇ、ちょ、ちょっと」

 

 

 

 

「今だから正直に言うけどさ、朧、あの時の事嬉しかったんだよ? 朧の事も、第七駆逐隊の一員として受け入れてくれて」

「…………」

「漣はさ、そのくらい相手の事を考えれる艦娘なんだよ。しょうがない奴なんかじゃない、朧が保証する。だからさ……そんな一人で塞ぎ込むんじゃないわよ」

「ぼーろちゃん……」

「戻ろ。曙もショック受けてたし、漣が声かけてあげないと」

「……そうだね。ぼのちゃんには悪い事しちゃいましたし、ちゃんと謝らないと」

 

 そう言って漣は土管から降りて、鎮守府への道を進みだす。朧も、それを確認して一緒に歩き出した。

 ふと、漣は途中で足を止め、朧が数歩進んだあたりで声をかけた。

 

「ぼーろちゃん、あの!」

「ん?」

「……有難う、デス」

「……どういたしまして」

 

 

 

 

 鎮守府へと戻って来た二人を曙達が迎えた。曙は、真っ先に漣の元へと駆け寄っていく。

 

「漣! その……さっきは、ごめん。漣の気も知らずに、あたし酷い事言って」

「いいよもう。あれは、漣が悪いんだから」

「でも!」

「あーもう、またぼのちゃんのでもが始まった! もう忘れて下サイー」

 

 尚も謝ろうとする曙に対し、漣はお茶らけて返した。まだ気持ちが整理できた訳では無かったが、曙がまた悲しむのは嫌だったので、無理矢理にでもふざけたのだ。

 

「ほら曙。漣もこう言ってるんだし、お言葉に甘えておきなさい。

……でも漣、一体何があったの? 事の発端は、提督が朝から引きこもってる事と関係があるんでしょう?」

 

 曙をフォローしつつ、枕崎が漣に問いかける。そう、事態はまだ収まってはいないのだ。枕崎としても、ぶり返すのは正直心苦しかったが、このままにしておく訳にもいかない。

 漣もそれを理解しているのか、彼女の真意に応える事にした。

 

「はい。提督がああなっているのは、漣のせいデス……皆まで巻き込んで、ごめんなサイ」

「あ、謝らないでよ。クソ提督の事は、皆で解決すべきなんだから」

「曙ちゃんの言う通りです。漣ちゃん、言いにくいとは思うのですが教えて下さい。一体、提督と何があったのですか?」

「はい。今朝の事なのですが――」

 

 漣が朝の事を語りだそうとしたその時、鎮守府の方に近づいてくる車の音が聞こえてきた。一同が道路の方を見ると、一台の乗用車が向かってきているのが見える。

 やがて乗用車は鎮守府の駐車場に止まり、中から一人の男性が下りてきた。穏やかな表情に白い髭を生やした老齢の男性、だがその体は、そんな優し気な風貌に反して非常にガタイがいい。

 老人が、鎮守府の入口まで歩み寄り、彼女達に言葉を投げかける。

 

「失礼、君たちはここに配属されている艦娘だね? 提督に会いたいのだが、彼は今どこに居るのかな」


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