ミヤコワスレ ドロップ   作:霜降

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「いや~。やっとぼのもその気になってくれましたか、漣感激!」

「漣、何だかお母さんみたいね」

「全く、大げさなんだから!」

「……お母さんなら既にいたね」

「ちょっと朧、どう言う意味よ!?」

 

 我らが鎮守府。一人帰還した提督から事の顛末を聴いた艦娘達が各々その事で盛り上がっている。

 ……結局、曙は北濱の提案に乗り彼の鎮守府へとお邪魔する事となったのであった。彼女の成長を見守っていた艦娘達、特に漣はその事がとても嬉しかったのだ。だが、浮かない顔をした艦娘が一人……。

 

「…………」

「曙の事が心配なのかい? 潮」

「ふえっ!? ……はい、その。潮も、曙ちゃんが最上さんに会えるのは凄く嬉しいです」

 

 突然の響の問いに驚きながらも潮は答える。勿論、彼女だって曙の事は嬉しい。ただ……。

 

「もしまた、翔鶴さんの時みたいな事が起きるんじゃないかって考えてしまって……駄目ですよね。潮が曙ちゃんを信じてあげないといけないのに」

 

 潮は、曙の傍で先の失敗を見ていて、少し慎重になっていたのだ。天を仰ぎ、ここには居ない僚艦に潮は想いを馳せる。

 

「曙ちゃん……頑張ってきて下さいね」

 

 

 

 

 海沿いの道路を走る一台の車。北濱提督の運転するその車内に曙は居た。慣れ親しんだ可香谷提督の車では無いからか、後部座席にて緊張した様子で座っていた。

両足を前で揃えてその膝に手を乗せ、脇をピタリと締めて、まるで借りて来た猫だ。

 

「緊張してる?」

 

曙の隣の座席に座っている時雨が、曙の手に自分の手を重ねて話しかける。いつもは前座席の北濱の隣に座る彼女だが、あまりにガチガチになっていた曙を見かねて席を移動したのだ。

 

「え? あ……うん、ありがと」

「このくらい、お安いご用さ……さっきはごめんね。提督があんな言い方して」

「おい、俺だけ悪者扱いか」

 

運転中の北濱が後部座席の時雨に反論するが、時雨の「提督以外誰が悪者だって言うの?」と言う返しにむぅと唸り沈黙した。曙はそんな二人の様子を見て、ただ苦笑するしかなかった。

 

「その……なんだ、さっきはちとキツい言い方だったかもしれん、すまん」

「別にそんなの気にしてませんよ。あたし、そんな柔な艦娘じゃないですし」

「ハッ、言うじゃねえか。剛の奴、中々肝の据わった相棒を持ったな」

「あ、相方ぁ!? 別にあたしはあいつとはそういうつもりじゃ……」

「ん? でもお前は剛の秘書艦なんだろ。だったら相棒みたいなもんだろ」

「そうなのかい? 僕は秘書艦だけど別に提督とそんなつもりは無いけれど」

「あぁ!? お前それ酷くね? 二人で鎮守府をここまで大きくした仲だろ」

「ふふ、冗談だよ」

「お前な~」

「はは……」

 

 突如始まった漫才に苦笑いしながら、曙は北濱の言葉を心の中で繰り返す。【相棒】。確かに可香谷提督とは、これまで出会ってきた提督の中では上手くやれていると思う。寧ろ、ここまで背中を押してくれた相手は今までいなかった。

 それに――。

 

 

『艦娘は、確かに元は兵器かもしれない。だが曙の……彼女達の心は造り物なんかじゃない! 命を懸けた戦場で恐怖する事だってあるし、敵に勝利して喜んだりもする。時として親友に傷つけられて悲しむ事や、傷つけて後悔する事だってある。そして……心を抉られる様な事を言われれば、絶望したりだってするんだ!』

 

『だから、曙は役立たずの兵器なんかじゃない。悩み苦しみながらも挫けぬ強さを持った……俺の大切な【仲間】だ!!』

 

 

 自分の為に、あんなに怒ってくれる人間なんて今まで居なかった。

 

「…………」

 

 自分が可香谷提督の相棒たるかは分からない。だが少なくとも、嫌な相手ではないと感じていた。

 

「曙」

「っ!? は、はい!」

 

 北濱の声でハッと我に返る曙。長い間一人で昔を思い返していたようだ。

 

「剛の友人としてのお願いだけどな……あいつ、結構脆い所があるからよ。いざって時には傍に居てやってくれよな」

「……あいつには色々と借りもあります。あたしに出来る事なら、力になってやりますよ、仕方ないから」

「ハッ。おし、いい返事だ……さて、そろそろ着くぜ。俺の鎮守府へようこそ」

 

北濱がそう言うと、車はカーブを曲がり海沿いから山道へと入っていく。いつの間にか目的地まで辿り着いていたようだ。山間にそれらしい建物が徐々に見えて来た。

 

 

 

 

「ヒェー……」

 

 学校時代の恩師の口癖を思わず呟き、目が点になった曙はその建物を見上げていた。

 彼女の所属する鎮守府がそうであるように、基本的に各鎮守府は古い建造物を再利用してそのまま使っている。今の鎮守府を含め、曙がこれまで転々としてきた場所でもそれが普通だった。予算削減の一環らしいがそんな事は今はいい。

 曙の目の前に聳え立つソレは、真新しい威容を放つーーそれこそ周囲の自然の地形が異質に思える程にーー現代的な新築建造物。同じ鎮守府とは思えなかった。

 

「ここ、ちんじゅふなんですよね……?」

「やっぱり、驚くよね?」

「うん」

「ま、俺らの頑張りの賜物ですがね!」

 

 ドヤ顔で豪語する北濱だが、それでも曙は信じられないでいた。頑張りだけでこんな立派な建物を貰えるんだろうか。もしそれが可能なら、一体どれ程の重労働を――。

 

「ま、まさかあんた、時雨達に滅茶苦茶な指示出して……!」

「あぁ? おいおい、俺が、んな事する様なガラ悪い顔に……あ、見えるな、うん。とにかく、そんな事してないから安心しろ」

「そうだよ曙。もし提督がそんな事してたら、真っ先に僕が撃ってる」

「え、えぇ……」

「……ま、合意も無しにスパルタンな事はしてねぇから安心しろ。それよか、ほら行くぞ。最上に会いに行くんだろ」

 

 二人のやり取りにやや引き気味の曙を北濱が急かし、3人は鎮守府内へと入っていく。

 真新しい外観に反し、鎮守府にはスタッフと言った人間は誰も居なかった。北濱曰く、本来は各分野にスタッフを配備してもらえる筈だったが、彼らの食い扶持まで面倒見切れる自信が無いからと言う理由で辞退したとの事。

 そんな無人の廊下を歩いていると、前方にある部屋の扉から一人の少女が顔を出した。

 

「あ、司令官に時雨。帰ったのね」

「ん、今帰った。ところで最上の奴はいるか?」

「え? ああ、最上なら丁度午前の訓練から帰っ……て……」

 

 茶色い髪のお団子ツインテール少女の声が途切れ途切れになり動作が固まる。その表情は信じられないものでも見たかの様に、曙の事を凝視していた。

 

「は!? 曙!!? 何であんたが此処に来てんのよ!?」

「げっ、【満潮(みちしお)】!? あたしはちょっと最上さんに……って、あんたには関係ないでしょ!? あんたこそ、何でこの鎮守府にいんのよ!」

「私は此処の正規の艦娘なの。余所者は帰ってもらえるかしら、しっしっ」

「なんですって!?」

「お、何だお前ら知り合いか?」

「「こんな奴知らないわ!!」」

 

 寸分違わぬ阿吽の呼吸で曙と満潮が叫ぶ。往来の朋友の如くコンビネーションだ。

 

「息の合った返答ありがとよ。お前らの昔話にも興味あるがこのままじゃ話が先に進まん。満潮、悪いが最上の奴呼んで来てくれ。曙が来たって言ったら分かると思う」

「はあ? 何で私が……分かったわよ、仕方ないわね。曙、そこでちょっと待ってなさい」

 

 やや不機嫌気味に踵を返し、満潮が部屋の中へと戻って行った。予想外の人物に会った事に驚いた曙だったが、今の彼女には、いよいよ最上と対面すると言う思いの方が強くそれどころでは無かった。高まる鼓動を抑えながら曙は静かに深呼吸する。

 

「ふぅ……」

 

 最上の顔はここに来るまでに写真を見せて貰っていたが、艦娘として会った事はこれまで無かったのでどんな人物か想像がつかない曙。一体どんな艦娘なのだろうか? 重巡洋艦の艦娘だから、厳しい相手かもしれない。自分の事を一目見るだけで軽蔑するかもしれない。

 

(でも逃げないわ。何を言われても、絶対受け止める)

 

 不安を抑えながら、曙は腹をくくった。と、部屋の方からドドドと誰かが物凄い勢いで駆け寄って来る足音が聞こえた。いよいよ緊張がピークに達した曙は、扉が開くと同時に叫んだ。

 

「あの、最上さん! あたし駆逐艦のあけぼ「曙ーーッ!!」おふぅっ!?」

 

 言葉を言い終わる前に、部屋から飛び出してきた何者かは曙に向かってダイブし、そのまま抱き着いてくる。曙は突然の出来事に、思考が追いつかずにいた。

 

「本当に曙だ! まさか君から会いに来てくれるなんて思わなかったよー!? ボクの事分かるよね? ボクが最上だよ! って言うかボクの事は気軽に【もがみん】で良いよぉ!」

「え? え??」

 

 カクカクと曙の両肩を掴みながら激しく揺らすやたら勢いのある艦娘。勇壮さや威厳とは無縁のどこか子供っぽく、漣に負けず劣らずハイテンションな少女。黒いショートヘアーに半ズボンと言う出で立ちは、写真で見たよりもボーイッシュ……と言うより場合によってはやんちゃな少年と間違えそうな雰囲気を纏っている。本人が先程から何度もそう言っている様に、彼女が航空巡洋艦の艦娘にして、曙が会いに来た艦娘の最上だった。それが紛れもない事実である。

 

「おい最上! ちったぁ落ち着け。曙の奴放心してるじゃねぇか」

「え? あ、ごめんごめん! 驚かせちゃったかな……曙?」

「……え???」

 

 

 

 

「あはは……何か驚かせちゃってごめんね? 改めまして、ボクが最上型重巡洋艦の艦娘・最上です」

 

 北濱鎮守府の司令室にて、最上は再度曙に挨拶をする。曙は、ぎこちないながらも差し出された手に握手を返した。

 

「ク……可香谷提督の鎮守府から来ました綾波型駆逐艦・曙です。今日一日よろしくお願いします……えーっと」

 

 最上の周囲を一通り見渡す曙。先に会っている時雨とある程度知った間柄の満潮はともかく、司令室内には他にも複数の艦娘が居た。皆曙の知らない艦娘ばかりで、どう話しかけるか彼女は戸惑ってしまう。

 

「そういや他の奴らの自己紹介がまだだったな。お前ら順番にしてやれ」

 

 北濱が気を利かせて周囲の艦娘に促す。それに応える様に、巫女服の様な衣装の女性が曙に微笑んだ。

 

「戦艦【扶桑(ふそう)】。この鎮守府の家事全般を任されているわ。何か分からない事があれば何でも聴いてね」

「姉さま、その紹介じゃまるで姉さまが只のお手伝いさんみたいじゃないですか……同じく扶桑型戦艦の二番艦、姉さまの妹の【山城(やましろ)】よ。日課訓練の教官をしている他、出撃の際には旗艦を任されているわ」

 

 駆逐艦娘である曙よりも背が高く、艶のある美しい黒髪を揺らしながら応える二人。

 長髪で大人しい印象の、ともすれば儚げにも見える姉の扶桑と、短髪で活発と言う程では無いものの、どこか覇気を感じる妹の山城。同じ型の艦娘でも、全く異なる印象を受ける。

 

「駆逐艦、【朝雲(あさぐも)】よ。よろしく!」

「同じく【山雲(やまぐも)】~。趣味は家庭菜園よ~」

 

 少し雰囲気が異なるが、満潮と同じグレーの吊りスカートを着用している事から彼女と(ついでに言えば霞とも)同じ朝潮型の艦娘と思しき二人が、扶桑姉妹に続き挨拶を行った。

 

「改めまして、白露型駆逐艦時雨。この鎮守府の秘書官を任されているよ。よろしくね」

 

 朝雲山雲に続き、時雨が礼儀正しく挨拶を終えた。残すは満潮のみだが……。

 

「ふん」

「こら満潮、客人に挨拶くらいしやがれ」

「別にいいじゃない。コイツとは腐れ縁なの。挨拶なんて不要よ」

「腐れ縁か何か知らんが、挨拶くらいちゃんとしろ阿呆」

「痛っ!? 叩かなくたっていいじゃない……朝潮型満潮、終わり! これでいいでしょ?」

 

 不機嫌気味に自己紹介を吐き捨て、満潮はプイっと顔を逸らした。

 

「相変わらず仲悪いのねあんた達」

「あん? 朝雲、お前もこいつ等の事知ってたのか?」

「直接話したことは無いけど、大本営の学校じゃ問題児同士で有名だったのよ。教室違うのにしょっちゅう喧嘩して」

「あ~山雲もそれ知ってる~。演習以外で砲撃しちゃいけないのに、廊下で撃ち合ったのよね~」

「……マジかお前ら」

 

 問題児二人の武勇伝(?)に、チョイ悪な北濱も若干引き気味になる。当の二人は、気まずそうに目線を下に逸らしていた。

 

「い、いやあれは曙が突っかかって来て」

「はぁ!? 先に喧嘩売って来たのはあんたでしょ?」

「いいやあんたよ!」

「何ですって!?」

「あーこらこら、お前らやめろ!」

 

 取っ組み合いになる二人を北濱が間に入って止める。引き離された二人は、同時に「ふん!」と言いながらそっぽを向いた。

 

「あー……何だ。こんな奴らだが仲良くしてやってくれ」

「こんな奴だなんて酷いね提督! ねぇそれよりさ、もう挨拶はいいでしょ? ボク早く曙と色々話したい事があるんだよ」

「挨拶はもう良いが、お前は駄目だ。これから訓練の時間だろうが」

「えぇっ!? お客さん来てるんだよ? こんな時くらいいいじゃないか~」

「駄目です。訓練をサボる事は許しません」

「そんな~」

 

 山城に首根っこを掴まれた最上が情けない声を上げる。その様子を、曙はただ苦笑しながら見守るしか出来なかった。

 

「そんな訳で曙。申し訳ないけれど、暫く最上は預からせてもらうわね」

「あ、いえお構いなく」

「ちょっと曙!? そこは何かフォローしてよ!」

「い、いやぁ寧ろあたしの為に皆に気を使ってもらうのが悪いって言うか……」

「そう言う所は別に気にしなくてもいいわよ……何なら、貴方も午後からの訓練に参加する?」

「えっ?」

 

 突然の山城の提案に曙は困惑する。日頃の曙の過ごし方は、可香谷提督の方針からそこまで詰めて訓練は行っていない。午前中に自習に近い形で各自訓練を行った後近海のパトロール等を行い、何事も無ければ後は自由時間としていた。

 だがここでは、午後からも訓練を続けるらしい。寧ろそれが本来の鎮守府の在り方なのだが、今までそうしてこなかった曙にとっては未知の世界だった。

 尤も、だからと言ってそれに尻込みする程軟な曙ではなく、寧ろ最上と同じ訓練が出来る事、本格的な訓練を経験できることからやる気に火が付いていた。

 

「どうするかしら?」

「……もし迷惑でないのなら、ご一緒させて下さい!」

「ふふ、良い返事ね……但し、参加する以上は貴方は客人ではなく、対等の立場で扱うわよ、いい?」

「もちろん!」

「よろしい。じゃあ私達に着いてきなさい」

 

 山城を先頭に、北濱鎮守府の艦娘達が訓練場へと移動、曙もそれに続き午後の訓練へと向かって行った。


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