ミヤコワスレ ドロップ   作:霜降

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6-3

「そこ! 歩かずに駆け足!!」

「はっ、はいぃ……」

 

 北濱鎮守府裏手の山道。曙は鬼教官と化した山城の指導の下、他の艦娘と共に駆け足で未だ止まぬ雨の中急斜面の山を駆け上がっていた……艤装を展開しながら(・・・・・・・・・)

 艦娘の艤装はかなりの重量があるものの、普段であれば足パーツの推進力によりそれを感じさせない機動力が出せる。だがそれは水上での話だ。艤装を背負いながら自らの脚力で移動、ましてや急斜面を登るなど、いかに人間以上のパワーを持つ艦娘でも容易ではない。

 特に、日頃これほどの訓練をしていない曙にとっては、今までにない苦行から肉体が悲鳴を上げていた。

 

「ぜぇ……ぜぇ……」

「大丈夫曙? ここら辺でギブアップする?」

「だ、大丈夫です……すぐ追いつきますから……」

「最上! 手を抜くな、全力で走りなさい!」

「は、はーい! じゃあ曙、ちゃんと着いてきてね~」

 

 へらへらーと笑いながら最上は前列へと戻っていく。曙よりも重い重巡洋艦の艤装を背負いながら何故あんなにも余裕なんだろう? と曙は疑問に思った。だがそれよりも凄いのは扶桑と山城だった。

 扶桑型の艤装は、戦艦の艤装の中でもとにかく巨大な主砲が特徴的で、それは両肩を覆うほどの大きさがあった。当然、その大きさに比例して重量も凄まじいハズだ。だが二人はそれを軽々と背負い、特に山城は他の艦娘に走りながら大声で(・・・・・)檄を飛ばしていた。

 

 

 

 

「朝雲、山雲! 一枚撃ち漏らしよ。やり直し!」

「そ、そんなー!」

「あらあら~。朝雲姉、また最初からねー」

「い、一枚ミスしただけでやり直しなんですか……?」

「戦場では一つの撃ち漏らしが命取りになる事もあるわ。だからこそこれは、完璧にこなさないと駄目……曙、一ミス。やり直し!」

「あぁっ、そんなー!」

 

 ところ変わって鎮守府近くの演習場。移動する的を撃ち抜くというシンプルな射撃訓練――但し、的の動きは高速な上に参加者が同じ場所で砲撃を行い、更には自分が担当する色が付けられた的を一つでも撃ち漏らすと初めからと言う高難易度なものが行われていた。

 

「こ、こんなに入り乱れてたら狙いが付けられないわ!」

「激しい戦場では大混戦大乱戦は当り前よ。文句を言ったからやり直し!」

「り、理不尽よそれー!?」

 

 

 

 

「はい縦、横、縦、横!!」

 

 鎮守府前のグラウンド。曙達は足元に艤装の足パーツではなく、ボールを足の裏に乗せて立っていた。その状態で山城の掛け声に合わせて、ローラースケートのパフォーマンスの様に足でポーズを取っていく。

 

「こ、こんなのが何の意味があるの!?」

「艤装を背負ったまま不安定な足場でバランスを取れば、それが水上でのバランスに繋がるわ。さっきの動き回るよりは楽でしょ?」

「た、確かに楽だけど……って、きゃぁっ!?」

「曙転倒。やり直し!」

「ひいぃ……」

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……ぜぇ……ぜぇ……も、もう、駄目……!」

 

 時刻は夕方。全ての訓練を終えた曙は、グラウンドの地面に大の字になって倒れ伏していた。

 

「意外と喰い付きましたね。途中でバテると思っていたのに」

「ば、バテる事前提だったんですか……!?」

「言い換えれば、山城は全く手を抜いていなかったと言う事よ。それに着いてこれた事は、素直に偉いと思うわ」

「いやマジで山城の訓練メニューは鬼の特訓だって有名なんだぞ? 少しは誇っても罰は当たらん」

「はは……」

 

 扶桑と北濱にもフォローされ苦笑いが出る曙だったが、不思議と辛い気持ちは無かった。むしろ自分達が今までどれだけぬるま湯に浸かっていたかを思い知らされ、気が引き締められた思いさえあった……取りあえずは、こんな訓練は暫く御免だと言う思いの方が強かったのだが。

 だがそんな曙の安堵の心は、山城の次の一言で見事に撃沈してしまう。

 

「それじゃあ、十五分休憩にしましょう。その後はいよいよ演習よ」

「はい!? 訓練終わりじゃ無いんですか!?」

「何を言っているのかしら? 体を鍛えるだけじゃ強くはなれないでしょう。訓練の後は、二組に分かれての戦闘演習よ」

「ひえぇ」

「大丈夫だよ曙! ちゃんと僕がフォローするから」

「え!? いや最上さんそれは……」

「どうしたの? 僕と一緒に戦うのは嫌?」

「あ、いえ! そんな事無いです。無いですけど……」

 

 最上の問いに曙は言葉を詰まらせた。彼女と出会ってからずっと感じていた違和感。最上は自分の事を恨んでいる。ずっとそう思っていたのに、今目の前にいる彼女はそんな素振りを全く見せない。一体どういう事なのだろう?

 

「とにかく、組み分けは休憩後にしましょう。解散!」

 

 山城の号令で、その場は一先ず解散となった。

 

 

 

 

 休憩が終わり、一同は演習用の弾と魚雷を装填しながら、鎮守府から見える位置にある海上に集まっていた。雨は未だ止まずシトシトと水面に降り注いでいる。

 肝心の組み分けだが、相手側が山城、扶桑、時雨の三人。曙の組であるこちら側は最上、満潮、朝雲、山雲、そして曙の五人と言う組み合わせとなった。一見するとこちら側が人数分有利に見えるが、相手は戦艦二人に北濱鎮守府の最古参にして最も高練度の時雨だ。これでも勝てるかどうか怪しい配分なんだと言う。

 

「戦艦二人が相手なんて……勝てる気がしないわ」

「大丈夫だよ曙! 戦艦は高い火力が出せるけど小回りが利かない。君達駆逐艦の機動力で翻弄すればあんなのろい(・・・)お古の戦艦なんて……」

「最上、聞こえてるわよ」

「えへへ、何の事かな~?」

「おのれ。私だけならともかく、私達姉妹(扶桑型)まで愚弄するとは許しません!」

「ちょ、ちょっと最上さん! そんな事言ったら」

「大丈夫大丈夫。当たらなければいいんだって……問題は時雨の方だけどね」

 

 そう言って最上は時雨の方を見る。艤装の最終点検を終えた時雨は、こちら側を真っ直ぐ見据えていた。

 曙はそんな二人を交互に見て疑問に思う。彼女の知っている時雨は、雨の中儚げな気配を纏った穏やかな少女だ。そんな彼女が、戦艦二人よりも警戒する程の脅威なのだろうか?

 

「あぁそっか、あんた知らないのね」

「時雨はね~。普段は大人しそうだけど、戦いになると性格が変わるのよ~」

 

 曙の疑問に朝雲と山雲が答えるが、それでも曙は信じられなかった。

 

「おーしお前ら、定位置に着いたな。じゃあ……演習始――」

「テェーーッ!!」

「わぁーっ!?」

 

 通信端末越しから聴こえた北濱の号令とほぼ同時に轟く着弾音。不意打ちに近い山城の砲撃で先手を打たれ最上達は慌てふためき、出だしから陣形が大きく乱れた。

 

「ちょ、ちょっと山城!? 今のは反則じゃないかな!」

「ちゃんと提督の合図は確認したわよ。そもそも、実戦では誰もよーいドンなんて言わないでしょうが」

「そうかも知れないけどさぁ、明らかにさっきの事で怒ってるよね!?」

「なら、不用意に相手を挑発した貴方のミスね」

 

 扶桑と時雨に苦笑されながらも、山城はムスッとした顔で言い放ちながら二発目三発目を次々と放つ。対して最上は、仲間からの非難の視線を浴びていた。

 

「ちょっと最上、どうすんのよあれ!?」

「おこっちゃった事は仕方ないからさ、取り合えずわわっ! ……取りあえず単縦陣で射程内に入るよ!」

 

 最上の合図で何とか体勢を立て直した一同は、山城の砲撃を躱しつつ彼女達に近づいて行く。やがて、互いの顔が見えるくらいの距離まで接近した。

 

「さっきも言ったけど、戦艦は動きが鈍いから接近戦に持ち込んだ方が有利だよ。このまま懐まで肉薄する! 僕に続いてねー!」

「は、はい!」

 

 最上が先陣を切り、他の三人がそれに続く。曙もそれに遅れる事数秒後に続いた。それを確認した山城は砲撃を止め、扶桑と時雨の後ろへと引き下がった。

 

「来ますよ姉様、時雨! 姉様は最上を集中して仕留めて下さい、えぇもう完膚なきまでに! 時雨は駆逐艦を各自撃破。順番は任せるわ!」

「ふふ、あまり熱くなるつもりはないけれど……任されたわ」

「了解、じゃあ行くね」

 

 まず時雨が前へと進み、此方に向かって来ている駆逐艦娘達を見据えると之字運動をしながら近づいて行った。曙達はそれを迎え撃つべく、高速で進んで行く。

 

「あたし達の相手は時雨だけ?」

「あいつのペースに乗せられたら駄目よ、攻撃される前に一気に畳みかける!」

「え? あ、ちょ、ちょっと!」

 

 曙が怪訝に思っている間に満潮は時雨に襲い掛かった。朝雲、山雲もそれに続く。

 

 

 

 

 扶桑も時雨が動いたとほぼ同時に手を最上の方へと優雅に翳す。すると背中の主砲が鈍い音を響かせながら最上の姿を捉えた。

 

「あ、あはは。扶桑は山城みたいに怒ったりしないよね?」

「ふふ、そうね……私は山城程武闘派ではないつもりだから、怒ったりしないわ」

「ほっ」

「でも私は扶桑型の一番艦……その誇りはちゃんと持っているつもりよ?」

 

 上品な笑みを浮かべる扶桑だが、その主砲は獰猛な肉食恐竜が如く最上を捉え、今まさに咆哮せんとしていた。

 

「やっぱ怒ってるよね!? ……で、でも僕だって最上型重巡洋艦の艦娘! 扶桑達を皆の元には行かせないよ!」

 

そう言うと最上は、肩から鞄の様に下げた艤装を掲げる。それは、船の飛行甲板の様な形をしており、表面にはフロートの付いた複数の妖精サイズの艦載機が張り付いていた。

 

「瑞雲さん! 水上爆撃機の力、お借りするね!!」

 

 最上がそう叫ぶと、艤装に張り付いていた艦載機に虫取り網を持ったピンクのツインテール妖精が乗り込み、次々と発艦していく。やがて瑞雲と呼ばれた艦載機は、雨が降りしきる曇り空を覆いつくした。

 

「制空権は頂くよ!」

「あら……これはマズイわね」

「姉様、ここは私にお任せを。瑞雲、全機発艦!」

 

 後方から聞こえる声。それまで演習場全体を見渡していた山城が最上に対抗して瑞雲を発艦。両者の艦載機は空中でぶつかり合い、拮抗状態となった。

 

「ああもう、折角制空権取ったのにい」

「今です姉様!」

「山城、有難うね……主砲、副砲、撃てぇーーっ!!」

「わわーーっ!」

 

 扶桑の号令と共に巨獣が吼える! 先程の山城同様、但し先程より至近距離で砲弾の雨が最上を襲った。最上は慌てふためくがそれでもパニックになっている様子は無く、砲弾を難なく躱していた。お茶らけているように見えて、彼女もこの鎮守府の艦娘なのだ。

 

「こうなりゃ自棄だよ! 突撃ぃーーっ!!」

 

 

 

 

 同じ頃時雨の方は、満潮朝雲山雲三人からの連携攻撃を受けていた。一人に対して三人が苛烈の攻撃を仕掛けるその光景は異様ではあったが、三人は手を緩めようとはしない。むしろ冷静に対処しているのは時雨の方で、満潮達は一瞬でも隙を与えまいと汗をかきながら必死になっている様だった。

 

「……!」

 

 時雨は砲撃を踊る様に躱し、肉弾戦は腕で防御しながらも蹴りなどを交えてカウンターを喰らわせていく。曙はその状況に着いていけず、しばしポカンとしていた。

 

「曙、魚雷!」

「へっ?」

 

 満潮の声で曙はハッとして、自分に迫る雷跡を躱す。この中で自分に魚雷を発射する相手は時雨しか居なかったが、三人と交戦している間に魚雷を撃つ余裕があったのかと戦慄した。

 

「あんたも参加してんならきゃっ……そんな所で突っ立てなくて戦いなさいよ!」

「っ! い、言われなくても分かってるわよ!!」

 

 満潮の言葉にムッとして、漸く曙は前進し三人の交戦に加わる。満潮の拳を肘で受け止めつつ背後から迫る朝雲の鳩尾に蹴りのカウンターを与え、山雲の放った砲弾を上半身を横倒しにして躱す時雨だったが、魚雷で仕留める筈だった曙が砲を構えたのを見て顔を歪ませる。

 

「貰ったわ!」

「そこよ!」

「……甘いよ!」

 

 丁度時雨と対角線上に並んだ曙と満潮が、ほぼ同じタイミングで主砲を発射する。が、時雨はそれをしゃがみ込む事で回避。結果二人の砲弾は素通りし、お互いを狙い撃つ形となった。

 

「きゃっ!?」「危なっ!?」

「ちょっとあんた、どこ狙ってるのよ!」

「そっちこそ!!」

「二人ともこんな所まで喧嘩止めなさいよ!?」

「はいは~い。満潮姉も、曙ちゃんも、真面目にね~」

 

 既に離れた所に移動して時雨と格闘している朝雲が盛大にツッコミを入れる。山雲も、のんびりした口調とは裏腹に時雨の格闘と砲撃、魚雷による不意打ちを混ぜた連撃を難なく躱していた。

 

「くっ……曙、時雨は押されてるみたいだから、今だけは合わせるわよ」

「ふん、分かってるわよ!」

 

 そう言って戦列へと復帰する二人。根本的な所では似た者同士なのか、こう言う場面では妙に息が合っている。

 

「時雨。ちょっと大勢でズルい気もするけど、勝たせてもらうわ!」

 

 満潮と同時に砲を構える曙。既に朝雲と山雲のコンビネーションの対応に追われていた時雨は、横から自分を狙わんとする二つの主砲に気付くも対応しきれず、表情に焦りを見せた。

 

「くっ、流石にこれは……うわっ!?」

 

 曙達に集中していた時雨は、突如としてあらぬ方向からの砲撃を喰らいよろめいた。即座に背後へと跳んで四人から距離をとると砲撃のあった方向を見る。

 そこにいたのは最上だった。扶桑の砲撃を躱す傍ら、時雨の注意が曙達に完全に向いた隙を見計らい、見事一撃を当てたのだった。「ごめんなさい時雨」と、彼女と対峙していた扶桑が通信端末越しに謝罪した。

 

「みんな見事な連携だったよ! それにしても、僕にしてやられるなんて【佐世保の時雨】も大したことないなあ」

 

 あははと愉快に笑う最上に曙達は調子がいいんだからと苦笑する。ふと、時雨の方がやけの静かな事に気付いた曙は彼女の方に目を向ける。見ると、時雨は動きを止めその場に立ち尽くし下を向いている。その姿に何か言いようの無い不安を感じた曙は、時雨に声をかけた。

 

「えーっと……時雨?」

「――ごめんね、曙。少しだけ、本気出すよ(・・・・・)

 

 顔を上げ、そう申し訳なさそうに苦笑し呟くと、時雨は何を思ったのか手にしていた主砲を背中に仕舞いその場で棒立ちになる。やがて両手をクロスしながら額の前までゆっくりと上げ、そして――

 

「――改二(かいに)ッ!!」

 

 そう叫び腕を斜めに振り下ろした時雨の姿が一瞬光ったかと思うと、次の瞬間には彼女の姿が大きく変わる。黒一色だった制服にはいくつかの装飾が加わり、髪の毛の上部左右がまるで犬の耳を思わせる形に跳ね、かんざしの様な髪飾りが表れていた。

 艤装にも変化が見られ、背負い式になっていた主砲は腰に付いたマシンハンドの様なパーツに連結され、左右に分かれる形で展開される。

 まるで魔法の様な、超常的な変身を時雨は行ったのだ。降りしきる雨がそれに呼応するかのように、一層激しさを増した。

 

「な、何あれ!?」

「あんたそんな事も知らないの?」

「はぁ!? な、何よ!」

「あれは【改二】って言って、一部の艦娘が使える更なる戦闘形態よ。時雨の奴、マジ(・・)になってるわ……」

 

 

 

 

「…………」

 

 満潮の顔が青ざめる中、変身の余韻を完全に終えた時雨は静かに彼女達を見据えた。まるで獲物を静かに狙う、狩人の様に。そしてある一点に狙いを定め、ゆっくりと足を動かす。

 

「――え?」

 

 その後は一瞬だった。時雨は急に速度を上げて旋回し、駆逐艦の群れの一人……山雲の側面に肉薄しそして――。

 

「残念だったね」

 

 砲撃音と同時に山雲は吹っ飛ばされ、凄まじい勢いで海面を転がっていった。

 

「山雲!?」

「うぅ~……ごめんなさい朝雲姉、油断しちゃったわ~」

「よそ見している暇は無いんじゃないかな」

「っ!」

 

 すぐ目の前で聞こえた時雨の声にハッとする朝雲は、とっさに背後にバックステップする。ついさっきまで彼女のいた場所に時雨の回し蹴りが空を切る。間髪入れずに時雨は手に持った砲を朝雲に放つ。朝雲は之字運動でそれを回避するが、時雨は更に腰のアームと連動した大型主砲を連続で放ち徐々に朝雲の距離を詰める。

 やがて、時雨の砲撃が僅かに止んだ。

 

「もらった!」

 

 その隙を逃さずすぐに朝雲は態勢を立て直し時雨へと主砲を向ける。が――。

 

「甘いよ」

「え?」

 

 朝雲が状況を理解する間もなく、彼女の足元に到達した時雨の魚雷がさく裂。朝雲は海面を二、三度バウンドしながら止まった。

 

「ちょちょ、ちょっと何よあの動き!?」

「だから言ったでしょ! あいつにペースを握らせたらマズイって」

 

 物の数秒で二人をダウンさせた時雨は、次にとうとう曙へと狙いを定める。態勢を低くし、曙の懐まで肉薄する時雨。「ひっ」と思わず小さい叫びを上げる曙が見た彼女の姿は、初めて会った時の儚げな少女のそれとは大きく変わっていた。降りしきる雨の中、冷たく蒼い眼を持つ漆黒の猟犬が目の前にいた。

 

「この……っ!」

 

 喉元に喰いつかんとする猟犬を前に、逃げ腰になればやられる。そう直感した曙は後ろへ跳ぶと同時に時雨へ向けて主砲を放った。半ばカウンターを喰らうようになった時雨は咄嗟に顔を防御するも直撃を喰らいやや後ろによろめく。

 その隙に曙は時雨と距離を取るべく後ろへと最大船速で移動した。

 

 曙のその判断は間違っていなかっただろう。間違っていたとすればそれは、後ろをよく見ていなかった(・・・・・・・・・・・・)事だ。

 

「ちょっ、こっち来ないでよ!」

「えっ……きゃぁっ!?」

 

 後ろを振り向けば慌てて自分を避けようとする満潮。咄嗟に速度を落とす曙だったが遅かった。横へ避けようとした満潮の艤装と曙の艤装が勢いよく衝突。満潮の方の艤装から黒い煙が上がり、二人は揉み合う形海面を転がって行く。

 

「この、離れなさいよ!」

「あんたこそ離れろよ!」

 

 起き上がりながら互いを押しのけ合おうとする二人。だがそうすればそうするほど混乱故に余計にその体はこんがらがっていく。

 

「ちゃんと前見て動きなさいよ!」

「はぁ!? あんたこそちゃんと避けなさいよ!」

「何ですって!?」

「何よ!!」

「二人とも」

「「ちょっと黙ってて!! ……え?」」

 

 仲良く声の方を見る二人。勝利を確信した時雨が、呆れながらこちらを見ていた。その前方には無数の雷跡。もはや避ける事は不可能な距離だった。

 

「「……あー」」

 

 海面に、巨大な水柱が上がった。

 

 

 

 

「うそーん……」

 

 ものの数秒で壊滅した自分のチームの状況を見ながら、最上はポカーンとする。彼女自身、度重なる交戦によりあちこちボロボロになっていた。

 

「形勢逆転ね」

「ぐぐ、こうなったらせめて僕だけでも勝たせてもらうよ。扶桑、覚悟!」

 

 背水の陣となった最上は、決死の覚悟で扶桑めがけて突撃する。扶桑はそれを砲撃により迎え撃つが、最上は左右に動きそれを回避。一気に扶桑まで間合いを詰めた。

 

「いっけぇーっ!」

 

 そうして、射程距離に入り扶桑へと一撃を――。

 

「わぁーっ!?」

 

 ……当てようした所で、側面から主砲の直撃を受けた。砲撃の方向を見れば山城。既に上空の制空合戦は彼女の瑞雲部隊が勝ち取り、攻撃に移ってきたのだ。「これで終わりよ、最上」そう言って扶桑と並んで砲口を最上へと向ける。

 万事休す。もはや最上に勝ち目はなかった。

 

「ちっくしょぉ、なんでこうなるんだよー」

「不用意に相手を挑発したあなたが悪い。恨むならその軽口を恨む事ね」

 

 

 

 

 演習場に響き渡る轟音の後、北濱の「そこまで!」と言う声と共に、曙を交えた合同演習は終わりを告げた。


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