オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川

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それぞれの思惑が交錯するパーティーの開始
様々な人物がそれぞれ別々のことを考えながら一堂に会する状況は書くのが難しいです
分かりづらかったらすみません


第84話 パーティー開始

 ここまでの流れは全体的に、帝国で開催した舞踏会をなぞっているような気がした。

 パーティー開始前に来客者に敷地内を自由に歩かせることで、数々のアイテムや武具、料理などを味わわせて自分の力を見せつけた後、進行役のメイドが主賓の名を読み上げる。

 本来主催者は一番先に会場内で待機し、来客者を歓迎するものだが、帝国でのパーティーにおいてジルクニフは自分の絶対的な権力を内外に示すためにあえて一番最後に入場することが多い。

 恐らくはアインズも同じことを考えているのだろう。

 一国の最高権力者と商会の主が同じことをするなど、本来は滑稽でしかないが、招待客の中でそれを笑う者は恐らくいない。

 そのためにこれだけの力を見せつけているのだから。

 それとは別にわざわざ先日の舞踏会を真似したのは、自分に対する当てつけのような気がしてならない。

 そのアインズは現在どこにいるのか、少なくともこの控え室にも姿は見えない。

 つまりは主賓を先んじて個別に歓迎する気も無いと言うことだろうか。

 現在ここにいるのは主賓である三人、すなわち王国、聖王国、そして帝国の最高権力者と、それぞれの護衛だけ。

 各国の頂点が一堂に会しているこの場は、襲撃や暗殺の絶好の機会と言えるが、それを警戒してか如何にも特別製らしき装備の整った幾体ものゴーレムに加え、あのデス・ナイトまでもがまるで下っ端兵士のごとく複数で周辺を警護しているため、危険は限りなく低いだろう。

 デス・ナイトはアインズが完全に支配しているために、暴走の危険などは無い。それを分かっているジルクニフや、同じく国を救われたことで、完全にアインズに心酔しきっているらしい聖王女は気にした様子も見せないが、王国の王、ランポッサ三世だけは毅然とした態度を見せながらもチラチラと視線を周囲に向けているのが分かる。

 

(内心はさぞ穏やかではないだろうな)

 戦士長ガゼフが警護に就いてはいるものの、流石に戦争の場に現れた時のような完全武装とは行かず、あくまで帯剣しているだけだ。

 デス・ナイトは斬った者をアンデッドにする特殊能力を除いても、帝国四騎士全員で掛かっても時間稼ぎが精一杯で敵わないとされる強さ。もし仮にこの場で襲いかかってくれば、ガゼフはおろか、四騎士や聖王女の護衛である聖騎士団長レメディオスらが全員で掛かっても勝てないだろう。

 だが今の状況でアインズがそんな暴挙に出るはずがない。

 これは単なる信頼ではなく、アインズの考えや行動を読んだ上でのことで、確信に近い。

 逆に綺麗ごと好きの聖王女は、自分の国を救ってくれた恩人であるアインズがそんなことをするはずがないと高を括っているのだろう。

 そしてランポッサはそうしたアインズの思考を読むことも、無条件に信じることもできずに、こうして警戒しつつも虚勢を張り続けることしかできないのだ。

 

 そんな控え室内はシンと静まり返り、独特の緊張感に満ちている。

 誰一人として口を開かないせいだ。

 トップ同士の会話ともなれば、誰がその口火を切るかということが重要になる。

 大抵は呼び出した側から声をかけるものだが、今回はアインズからの呼び出しであり、ここにいるのは全員が客となる。

 その場合は国同士の力関係で変わるが、帝国と王国は現在戦争中だ。どちらも自分が下になるなど認める訳にはいかないため、自分から口を開くことはない。

 ならば中立であるはずの聖王女が、となるはずだが、その聖王女はニコニコといつもの偽善的な笑みを浮かべてはいるだけで、間を取り持つ気はないようだ。

 

(あの女にしては珍しいが、復興の際は王国帝国どちらの力も借りるために、敢えてどちらにも近づかないようにしているのか?)

 いつもの八方美人振りを発揮していると見ることもできるが、もしそれを計算しているのならば、警戒度を一段上げる必要がある。

 とはいえ、聖王女が動かないのならばジルクニフとランポッサの我慢比べになる……と言いたいところだが、残念ながら今回はそうはならないだろう。

 段取りが悪いと思われない為にも、直にアインズが動き出すはず。

 そして今回の勝敗は初めから決まっている。

 そんなことを考えたあたりで、扉を守っていたゴーレムが待合室の扉を開き、見覚えのあるメイドが姿を見せた。

 

「大変お待たせいたしました。順番にご案内いたします」

 夜会巻きにメガネを掛けた理知的な美女は、帝国支店で何度か顔を合わせている、ユリ・アルファだ。

 綺麗な礼の後、ユリの視線は王国、ランポッサ三世の元に向かう。

 薄い微笑を浮かべたまま王の名を告げ、案内を促すユリにランポッサは苦々しげな表情を見せる。

 国王ともあろう者が他国のトップの前でそんな分かりやすいポーズはどうかと思うが、どちらかと言えば、自分を三番目に指定したアインズに対する無言の抗議を含めているのかもしれない。

 

(愚かな。そんな真似が通用するのは、己より力の弱いものだけだ。それとも強い王国は健在だという幻想を見せつけたいのか。今のお前はそんなことを気にしている場合では無いだろうに)

 王国が弱りきった現状は、アインズにとってはチャンスでしかない。

 放っておけば、ここぞとばかりに喰い尽くされることだろう。

 もっともジルクニフとしては、アインズが土地だけではなく領民まで手に入れ、正式に国を興されては困る。故にそうさせないために動くつもりなので、図らずも王国の手助けをする形になってしまうことになるのだが。

 そんなこととは知る由もないランポッサの視線にもユリは表情一つ変えずに、ランポッサとガゼフを連れて出ていく。

 これでここにはジルクニフとカルカだけになったわけだが、この分では自分たちも直ぐに呼ばれるだろう。

 カルカと話をしている余裕はない。 

 それはパーティーの合間にするとして、先ずはホストとしてのアインズのお手並みを拝見することにしよう。

 後はソリュシャンをフールーダと対面させて、その正体を見破らせれば今回の目的はほぼ達成される。

 

「お待たせいたしました。ローブル聖王国、カルカ・ベサーレス聖王女陛下。ご案内いたします」

 思ったより早く次の迎えが来る。

 こちらに小さく会釈をして出ていくカルカを見送っていると、視界の端で護衛のニンブルがこちらに背を向けたまま、指を動かし合図を送ってきた。

 ドクンと心臓が一つ跳ねる。

 このタイミングでこの合図が送られる意味は、フールーダから伝言(メッセージ)による連絡が入った証だ。

 無言で続きを待つと、ニンブルは警備として警戒している振りを続けながら、今度は人差し指だけを一度振る。

 瞬きをしていればそれだけで見逃すような、僅かな動きの示す意味。

 その意味を知り、ジルクニフはさも気付いていない振りをしながら、待合室に用意されていたワインを持ってこさせ、一口飲む。

 数多の美酒を飲んできたジルクニフとて味わったことのない、深い味わいに浸りながら笑みを隠す。

 人差し指だけを動かすのは、成功を示す合図。

 先にパーティー会場に出向いていたフールーダが、ソリュシャンの正体を見破った証に他ならないのだから。

 

(ああ。やっと、やっとだ。これでやっと……いや、落ち着けまだ何も成し遂げたわけではない。気を緩めるな)

 決して勝利ではない、たった一つ反撃のカードが手に入っただけだ。

 

(ここにも法国の手の者は送り込まれているだろうからな。先にそちらと接触してみるか? いや、アインズに妙な警戒感を持たれるのも不味いか)

 後の問題は、あの叡智の極みとも言えるアインズ相手に気づかれることなく、法国とアインズの双方を騙すことができるかだ。

 

(その辺りは今後じっくり考えることにしよう)

 たった一つの希望でこうまで心が軽くなるものか。とジルクニフは本当に久しぶりに感じる平穏を噛みしめながら、二人の王が出ていった扉に目を向けた。

 早く迎えが来ないものかと浮かれるジルクニフの思いに応えるように扉が開き、現れたのはランポッサを送り届けたユリだった。

 

「バハルス帝国皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス陛下。お待たせいたしました。ご案内いたします」

 

「ああ。しかしアルファ嬢。公式な場でもあるまいし、もっと気さくに呼んで貰って構わないよ」

 

「お戯れを。皇帝陛下はアインズ様が主賓としてご招待した御方。礼を尽くすように命じられております」

 

(相変わらずか。やはりこちらから切り崩すのは難しそうだ)

 帝都支店でも、見目麗しい彼女にちょっかいをかけようとする者は多い。

 彼女自身が目的の者も居れば、それを足掛かりにアインズに直接近づこうとする者もいる。

 だが、彼女は相手が誰であれ、この生真面目な表情を崩すことはない。

 これで、ますます自分が手に入れたカードの重要性が高まるというものだ。

 

「それは残念だ。では案内を頼めるかな?」

 

「はい。ご案内いたします」

 ユリの心に僅かな波紋も起こせなかった自分に苦笑しつつ、先導する彼女の後に付いて歩く。

 当然護衛であるニンブルとバジウッドも同様だ。

 さて、いったいどの様なパーティーを見せてくれるのか。仕事として以外にも個人的な興味を抱きながら、華美を極めた調度品が多数飾られた通路を会場に向かって進み始めた。

 

 

 ・

 

 

(何という……これが魔導王の宝石箱、いやアインズ・ウール・ゴウンの本当の実力か)

 周囲を見回しながら、レエブン侯は思わず息を呑んだ。パーティーの主賓を紹介する為に会場は薄暗くなったため、周りからの目も気にすることなく、しっかりと観察できた。

 今回主賓としてメイドが名を読み上げるのは、あくまで三国の支配者たちだけであり、それ以外は商人も大貴族も同様に一招待客として、この場に待機させられている。

 初めはそのことに憤慨している者も多くいたが、このパーティー会場を見てその気も失せたようだ。

 無理もない。ここにある品と同等の価値を持っている者など、一人としていないのだから。

 やがて三人の主賓中、自分の主であるランポッサ三世の名が最も早く読み上げられ、同時にやや硬い表情で壇上から現れる。

 護衛のガゼフも、こちらは明らかに分かる硬い表情のまま招待客の中を進む。

 

(王たる者ならこうした時こそ、余裕を持って欲しいものだが……)

 この状況ではそれを責められないだろう。

 敵国である帝国より下の立場での招待ということに加え、この場にいる招待客の大部分は帝国の者。ついで聖王国と続き、王国の者は極僅か。

 それも商人や冒険者組合の者などが中心であり、貴族など自分を含めても数えるほどしかいない。

 魔導王の宝石箱が最も早く出店し、更に支店数でも最も多いのが王国だというのに、この様では他国からは侮られても仕方ない。

 自分もまた会場が暗くなる前は、同様の視線を浴びせられていたのだからよく分かる。

 むしろ元から心証が悪く、上客でもないランポッサを──末席とは言え──主賓に名を連ねさせた理由は、こうして目立たせて晒し者にすることが狙いであるかのようにすら思えてきた。

 そのランポッサの視線がちらりと自分に向けられ、同時に僅かに表情が緩む。

 それもまた敵に付け入る隙を与えることになるのだが、周囲を敵に囲まれた戦場で友軍を見つけたようなものと考えれば、それも仕方ない。

 そのまま主賓用の一段高い位置に作られたテーブルに移動するランポッサを、レエブン侯は僅かに頭を下げつつ見送る。

 この場で直ぐ合流してしまっては、それこそ心細さから仲間内だけで固まっていると思われかねない。

 後ほど合流した方が良いだろう。

 次に聖王国の聖王女が呼ばれ、こちらは随分と余裕を持った態度で優雅に階段を降りて、同じように主賓席に移動する。

 聖王女のカルカ・ベサーレスは強い政策が取れない代わりに無難な運営をする、どちらかと言えばランポッサと似た性質を持った王だった。

 南北に分かれて貴族同士で勢力争いをしている点まで似ているが、聖王国に関しては例のヤルダバオトなる大悪魔が暴れた件で、一致団結したと聞いている。

 それもアインズの協力あってこそだと言うが、その際の対応で王国より聖王国の方がアインズにとっての重要度が増したと言うことなのだろう。

 そして現在アインズが最も重視しているのが──

 

「バハルス帝国皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス陛下のご来場です」

 帝国の貴族たちが一斉に頭を下げ、出迎える。

 自国内で絶対的な権力を持つジルクニフだからこその光景だ。

 この場面で頭を下げないか、遅かった者は鮮血帝の名が示すとおりの結末を迎えるのだろうが、そもそもそうした者は既に粛清された後であり、この場にもそうした者は一人としていない。

 

(やはり目下のところ、ゴウンが一番重視しているのは帝国、いや皇帝か。奴の目的が王国の実権を握ることだったのならば、帝国は邪魔な存在のはずだが、それだけで終わらせる気はないと言うことか)

 ラナーと協力し、アインズを支援すると決めているレエブン侯だが、未だアインズと直接会ったことはない。ラナー経由であれこれと指示が下されるだけで、アインズ本人がどのような男なのかも、その最終的な目的も分からない。

 初めはアインズは経済力を背景に王国を裏から支配しようとしているのかと思ったが、これだけの商品や軍事力を考えると、王国一国の支配だけで収まる器では無いように思える。

 帝国や聖王国にも狙いを付けているため、こうして精力的な活動をしているのだろう。

 ただハッキリしているのは、アインズは自らの利益のためなら、国内で内紛を起こさせることも厭わず、自分に無礼な態度を取った者や、裏切り者には苛烈な報復を行う男だということぐらいだ。今回の主賓として呼ばれた国の順番は、そのままアインズが現在己の益になると考えている順と言うことも間違いない。

 

(このままでは私も単なる駒の一つとして扱われかねない)

 三国の中で最も軽視している王国の協力者というだけでは、領地の安寧には繋がらない可能性がある。

 とは言え、そのことにあのラナーが気付いていないはずもない。

 未だラナーの元にはロクな駒が無い以上、自分を切り捨てることも無いだろう。

 

(どちらにしてもゴウンの今後の出方次第か……)

 最後の主賓であるジルクニフが出てきたのだから、そろそろ本人が来場するはずだ。

 未だスポットライトの当たったままの中央階段に目を向ける。

 これだけ贅を凝らしたパーティーを開催する男だ。

 本人もさぞや派手な登場をするに違いない。

 そんなレエブン侯の思惑は当然のように正解だった。

 

「皆様、お待たせいたしました。これより魔導王の宝石箱の主人、アインズ・ウール・ゴウン……のご登場となります」

 進行役らしい、名を読み上げていたメイドがアインズの名前の後に何やら妙な間を空けた気がしたが、そんなことすら直ぐに忘れてしまう。

 先ず最初に現れたのは空間の歪みだった。

 階段の上、何もなかった空間が突如として歪み、一つの影が現れる。

 大貴族の自分でも、そして国王たちですら持っていないと断言できる見事な衣服は、着丈の長いゆったりとしたものだ。純白の布地で出来ており、袖や裾部分に金や紫で非常に細密な装飾が施されている。手には七色に輝くプレートのようなものがはめ込まれた手袋を填め、七匹の蛇が絡み合ったデザインの杖を握っている。そしてその蛇の口にもまた、七色に輝く宝石がはめ込まれていた。

 今まで登場した三国の支配者も、それぞれが国の威信を賭けたような豪華な衣服に身を包んでいたというのに、それすら霞むほどだ。

 本来ならホストとして主賓より遙かに目立つのは褒められない。だがそれすら、この圧倒的な財力を裏打ちする豪奢な服の前には、些細なことと思ってしまう。

 むしろ、そうして大貴族はもちろん一国を統べる王ですら得られない物を簡単に見せられる自分の力を示しているに違いない。

 これだけの財力や魔法、美女、そして手足となる強大なゴーレムやアンデッドを持っていればそれも当然と言える。

 そんなことを考えている間に、アインズはゆっくりと階段を降り、皆の前に立つと優雅に一礼した。

 実に堂に入った礼は、付け焼き刃ではなく、練習を積み重ねられた動きであるように感じられた。

 

「皆様。私が魔導王の宝石箱の店主、アインズ・ウール・ゴウンです。本日は我が魔導王の宝石箱の心臓部となるこの地……そう、アインズ・ウール・ゴウン本店の開店を記念したパーティーにご出席いただき感謝いたします。ささやかなパーティーではありますが、楽しんでいただければ幸いです」

 そう告げた後、再び一礼する。

 これだけのパーティーをささやかと言ってみせるのは謙遜を超え嫌味ですらあるが、それとは別に周囲、特に帝国の貴族たちが困惑しているのが分かる。

 アインズは今の挨拶で、二つのことを同時に示した。

 

 一つは名前。魔導王の宝石箱の正式支店名は全て、その土地の名前が冠されている。

 王都であれば、リ・エスティーゼ支店、帝都であればアーウィンタール支店といった具合だ。

 その上でアインズはこの本店に自分の名前を用いて、アインズ・ウール・ゴウン本店と名付けた。単に重要な本店だから自らの名を誇示しているだけと見ることも出来るが、見方を変えればトブの大森林という地名を、己の名前そのものに変えると宣言したと取ることも出来る。

 そうでなくとも、このままこの店が定着し名が広まれば、やがてこの森自体がアインズ・ウール・ゴウン大森林と呼ばれる可能性もある。そうなっては明言せずとも土地の名前が変更されたも同然であり、同時にこの森の支配者がアインズに正式に移行したと捉えられてしまう。

 しかし森の東側半分は未だ帝国領土の筈、だからこそ帝国貴族は困惑しているのだろう。本来ならば例え明言せずともそんな真似をされれば、帝国の貴族として声を上げなくてはならない。しかし、アインズとジルクニフの関係性を見るに、ジルクニフが許可を出した可能性もある。それが彼らの戸惑いに繋がっているのだ。

 

 そしてもう一つは、明らかにパーティー慣れしている事をうかがわせる、礼節を弁えた挨拶や礼のことだ。 

 礼儀も知らない単なる成り上がり者であれば、付け入る隙は幾らでも思いつくが、強大な軍事力を持った上、しっかりとした礼節を弁えている相手では、取り入ることも難しい。

 更に帝国貴族にとっては、既に皇帝と親密な関係を築いているアインズ相手に自分を売り込むのは、場合によっては皇帝に対する反逆と取られてしまいかねない。

 何しろアインズが味方に付けばそれだけで皇帝の軍事力を超えるのだ。

 アインズが無能な者であれば、言いくるめて味方に付けるのも難しくは無いと思っていただろう。だがあれだけ見事な礼節を見せたのだ。ジルクニフを蔑ろにして帝国貴族と付き合うような真似はしない、と理解せざるを得ない。

 だからこそ、これは自分たちにとってはチャンスになる。

 アインズが最も力を入れている帝国の貴族が迂闊に動けないとなれば、自分を含めた王国貴族が近づけるからだ。

 そのためにも──

 

(先ずはあれか)

 アインズの挨拶をさも興味深げに聞きながら、視界の端に映る一人の青年に意識を向けた。

 まだ青臭さの抜けない若者はこの場においては珍しい王国の貴族。

 それも大貴族ではなく、田舎の地方領主。

 大貴族はおろか、商人を入れてもこの場で最も財力が少なく、本来なら何故この場に呼ばれたかも分からないような青年だ。

 そのため会場に入ってから誰も声をかけず、一人で心細げにしているが、その名を明かせば、彼を笑える者などこの場には居ない。

 何故なら彼は、各国の首都以外で唯一魔導王の宝石箱の支店がある土地の領主だからだ。つまりアインズは彼の領地であるビョルケンヘイム領を何らかの理由で重視していることになる。

 それも含め、彼がアインズに声を掛ければ、周囲に王国とアインズの繋がりをしっかりと示せる事になる。王国側では数少ない有効な手札の一つだ。

 

(あえて名を明かさずに居るのはそのカードを使う機会を窺っているのか。だとすれば若い割に冷静な判断だが……私から接触して確かめてみるか)

 アインズの挨拶も佳境に入り、一人一人が絶世の美女と呼んで差し支えのない美しいメイドたちの手から招待客それぞれにグラスを渡される。

 どうやらアインズが音頭をとって一斉に酒を飲むようだ。

 王国のパーティーではあまり見ない習慣だが、もしかしたらアインズの地元の風習という可能性もある。

 それが分かればアインズの持つ力の秘密にも近づけるかも知れない。

 後ほど調べておくとしよう。と心の中に刻み込む。

 

「では、乾杯」

 その声と共に、アインズがグラスを掲げ、それに合わせてレエブン侯も口にする。

 見事な出来映えの薄いガラス製のグラスに注がれた酒を飲むと、同時に口の中に芳醇な味わいが広がる。

 今まで数人の招待客が事前に用意されていた酒や食事を取っていたが、大半は様子見をしていたということもあるのだろう。

 そこかしこで、味に感激したように叫ぶ者や、深い溜息を吐いている様子が見受けられる。

 レエブン侯自身、こんなに美味い酒を飲んだのは初めてだった。

 

(まったく。酒一つで百戦錬磨の貴族たちをここまで乱すとは。アインズ・ウール・ゴウン、恐ろしい男だ)

 完全に主導権が取られた状態でパーティーが始まり、レエブン侯もまた早速目当ての人物に声をかけるべく、行動を開始した。

 

 

 ・

 

 

 とんでもないところに来てしまった。

 それがトーケル・カラン・デイル・ビョルケンヘイムが初めに抱いた感想だった。

 こんな盛大なパーティー、自分の領地はおろか父親の代からビョルケンヘイム家が所属している派閥の主が開催するパーティーだって比べものにならない。それどころか以前参加した王家主催の舞踏会ですら足下にも及ばないだろう。

 

 ビョルケンヘイム領に魔導王の宝石箱の支店が出来て以後、自分を取り巻く環境は大きく変わった。

 その殆どは良い方向に転がっている。

 特に突然領地に襲いかかってきた多数のモンスターを相手に、一人の死者はおろか怪我人も建物の被害すら無く防衛できたのは、店から借り受けていたゴーレムの働きによるものだ。

 

 とはいえそちらはゴーレムだけではなく、もう一つ理由があるのだが……

(ナーベさんには本当に感謝してもしきれないな)

 追加発注したゴーレムを運んできたナーベが、領地の防衛網の中で最も手薄でモンスターが攻め込みやすい場所を説明し、そこに多めにゴーレムを配置するように助言してくれたおかげだ。

 時折モンスターが出てくるものの、基本的には民やアンドレなどの私兵だけでも対処できるような弱いモノばかりの平和な土地であったが故に、正直半信半疑だった。だが、アダマンタイト級冒険者にして自分の恩人でもあるナーベの助言だ。素直に聞き入れ、実際にゴーレムを配置してみると、その数日後に突然モンスターが襲来した。

 それもゴブリンや狼といった弱いモンスターではなく、見たことも無い巨体のモンスターだったのだ。その後検分したアンドレも、今まで見たことがないし、その上自分では絶対に敵わないモンスターだと言っていた。

 後にそうしたモンスターが他の領地で暴れ回り、いくつもの村が滅んでしまったと、流れの商人から聞かされた時は驚いた。

 

(法国の手の者が仕留め損ねて逃がしたモンスターだという噂まであるが、国は対策を取ってくれているのだろうか)

 自分が属している派閥の長にはこの非常事態をすぐさま手紙で知らせたが、その後返答はない。

 できればこの場に来ている王に直接伝えたいところだが、自分のような地方の田舎貴族が上役の紹介なく王と話すことなどとても許されないだろう。

 

「──少し良いかな」

 突然声をかけてきた人物の顔は、トーケルも知っている人物だった。

 と言っても顔見知りという意味ではない。王都での舞踏会で遠巻きにその姿を見ただけだ。慌てて姿勢を正し挨拶を口にする。

 

「こ、これはレエブン侯。お初にお目に掛かります、私は──」

 王国六大貴族の一人にして、王派閥と貴族派閥の両方を行き来する蝙蝠と揶揄されている人物だ。

 それだけに複数の派閥に顔が利き、自分の派閥とも繋がりを持っているため、迂闊なところは見せられない。気合いを入れて挨拶をしようとしたところ、彼はすっと手を持ち上げそれを制した。

 

「知っている。少し話がある、パーティーが始まったばかりでなんだが、あちらに移動しよう」

 

「は、はい」

 思わず声が上擦ってしまう。

 挨拶を途中で止めるなど、貴族らしくない態度だが、自分より遙かに強い権力を持つ男の言葉に異を唱えられるはずもない。

 

 

 解放されている小部屋に連れ出され、そこでようやく落ち着いて話をすることができた。

 

「いや、すまなかったね。貴族としてあるまじき振る舞いだった。しかし君の名前をあの場にいた者たちに知られるのは少し早い。君も貴族ならば手にしたカードの切り方は考えねばな」

 

「は、はい。それはどういう?」

 

「……なるほど。そちらだったか──ビョルケンヘイム卿の領地は現在各国の首都以外で唯一魔導王の宝石箱の支店を持っている。当然ゴウン殿とも親しいのだろう? それだけで君の名が持つ価値は跳ね上がる。もっと目立つ状況、たとえば陛下とゴウン殿が話をしている時などを見計らい声を掛けるべきだと言っているのだよ」

 蝙蝠と言うよりは蛇を思わせる、温度のない冷徹な瞳が僅かに細くなる。

 そこに失望の色を感じ、トーケルは慌てた。

 六大貴族であるレエブン侯の中で自分の評価が下がってしまったことに加え、彼が勘違いしていることに気づいたからだ。

 

「い、いえ。レエブン侯。私は未だゴウン殿と直接面識はありません。先ほどの挨拶で初めて姿を見た次第で」

 

「何? では何故君の領地に支店を出したのだ?」

 

「それは──アダマンタイト級冒険者、漆黒と私が個人的に面識があったためです。お二人には以前護衛の依頼をしたことがありまして。ゴウン殿から支店を出すのにふさわしい領地を探す依頼を受けたお二人が、私のことを覚えていて、話を持ってきてくれたのです」

 魔導王の宝石箱が漆黒のパトロンとして、武具やアイテムをサポートしているのは、今では様々な者たちに知れ渡っている。

 その話を聞きつけて、幾人もの冒険者がわざわざビョルケンヘイム領に出向き、魔導王の宝石箱で武具を購入していくこともあるくらいだ。

 

「──そうか。確かゴウン殿は漆黒の二人をサポートしていると言っていたな。それでか」

 レエブン侯もそれは知っているらしく、納得したように頷いているが、彼らの関係までは知らないようだ。それを見抜いたトーケルは続けた。

 

「それだけではなく、お二人はゴウン殿にとって子供も同然の存在として大切にしていると聞いております。だからこそゴウン殿も、二人が推薦したのなら。と私の領地に支店を出してくれたものかと」

 この情報をここで話して良いものか一瞬悩んだが、本来なら自分のような田舎の地方領主では手の届かない雲の上の存在である六大貴族の一人とパイプを繋げられるまたとない機会と考えれば情報の出し惜しみをしている場合ではない。

 

「いや、ゴウン殿がそれだけで出店を決めるはずがない……ビョルケンヘイム領には何か、他にはない特産品のような物があるのではないか?」

 どうやら魔導王の宝石箱がわざわざ出店したからには何か特別な目的があると考えているようだが、残念ながらそんな物があればこちらが知りたいくらいだ。

 店に配置された者たちも何も言ってこないところを見ると、やはり単純に店舗拡大の足がかりにしただけにしか思えない。

 

「いえ、陛下から拝領した土地に対してこう言うのは不敬ですが、平和が取り柄の静かな土地です」

 そんなはずは。と繰り返すレエブン侯を前に、トーケルはあることを思いつく。

 恐らく彼が知りたい事とは無関係なのだろうが、それをさも関係があるように話すことで、自分が今抱えている問題解決に使えるのでは。と考えたのだ。

 

「一つ、思い当たることと言えば」

 

「何かね?」

 

「最近、領地にモンスターが現れました」

 

「モンスター?」

 

「はい。今まで近くでは見たことのない強力なモンスターで、店から借りたゴーレムのおかげで被害はありませんでしたが、近くの村はそうしたモンスターによって壊滅したところもあると聞いています。もしやゴウン殿はそうしたモンスターが多発する可能性を考慮し、ゴーレムの宣伝に使うために我が領地を選んだのではないかと」

 そんなことがあるはずはない。

 そもそも村や町、畑などの開拓された土地より圧倒的に森の方が多い王国領土において、どこからモンスターが現れるかなど予想ができるはずもない。

 完全にこじつけも良いところだ。

 

「……そんな話は聞いていないな」

 当然、レエブン侯の視線も懐疑的だ。

 しかし否定されようと、実際にそういう問題が起きていることを認識して貰えればそれで十分だ。

 

「ですが事実、近隣では家屋が全て破壊されて住めなくなった村もあると……それとこれは私が確認したわけではないのですが、どうやらそのモンスターは法国が行っているモンスターの間引き作業から洩れ出たものとの噂も」

 ここぞとばかりに情報を付け加える。

 自分の領地にはまだ現れていないが、破壊された他の領地を見てきた商人が口にしていた噂だ。

 自分も良くは知らないが、法国というのは国の垣根を越えてモンスターや危険な亜人を討伐しているという噂話を聞いているだけに、あり得ない話ではないと思える。

 

「──そうか。ふむ、なるほど、良く分かった。君は私にその話を聞かせて対策を取らせたかったのだな?」

 貴族らしくない直接的な物言いに、心臓が跳ね上がる。

 レエブン侯の質問とは関係ないと思いつつ、敢えてこの話を聞かせたということを、あっさりと見抜かれた。

 同じ貴族とは言え、家の格も、歴史も、領主としての経験値も、いずれもけた違いの相手にこんな付け焼き刃の作戦が通じるはずがなかったということだ。

 背中に冷たい汗が流れる。

 家を継いだばかりの若輩の田舎貴族が大貴族を利用しようとし、それが気づかれたのだ。

 どうなるか想像もしたくない。

 

「恐らくその話、君の派閥の誰かが陛下の元に届く前に止めているな。まあ君も自分の領地が無事なら今は知らない振りをしている方が賢明だろう」

 こちらから顔を逸らし、つまらなそうにレエブン侯は言い放つ。

 見逃してやるからこれ以上騒ぐな。と言いたいのはすぐに分かった。

 安堵の息を吐きたいところだが、その話を聞いてしまったらそれはできない。

 

「し、しかし。今回は何の被害もありませんでしたが、これからも同じことが続けば、いずれは領民にも被害が及ぶ可能性があります。国王陛下より預かった領地に住まう民は陛下の財産であり、それを守ることこそ、貴族である私の務めです」

 そう。仮に自分が報告書を出した派閥の誰かが、王に届く前にそれを握りつぶしたのならば、今後何の対策も取られず、同じ事が続く可能性がある。

 今回はたまたま、ナーベの助言でモンスターが現れた場所に多くのゴーレムを配置していた為に事なきを得たが、次回以降も同じ場所から現れるとは限らない。

 領民のためにもここは退けない。なんとしても王にこの話を伝え、対策を取ってもらう必要がある。

 

「……君は若いな。そして、今のこの国では珍しいタイプだ。もしかしたらゴウン殿やモモン殿はそうしたところを気に入ったのかもしれんな──良いだろう。私が歓談の場を作る。そこで陛下に話してみると良い。その際にゴウン殿が来たら、挨拶を忘れないようにな。ああ、モモン殿のことは言わずとも良いだろう」

 

「は、はい。ありがとうございます!」

 当然自分の主張にレエブン侯が心を動かされた訳ではなく、モモンとの繋がりを隠したまま挨拶をさせて、他国の貴族たちにアインズがビョルケンヘイム領を重視していると思わせるつもりなのだろう。

 だがどんな思惑があろうと、王にこの話を伝え、対策を講じてもらう良い機会だ。

 それが出来ないのなら、それこそ魔導王の宝石箱からより多くのゴーレムやアンデッドを借りるしかない。

 ゴーレムはともかくアンデッドを借り受けるのは、今まで踏ん切りが付かなかったが仕方ない。

 ナーベがかつて自分に教えてくれた、守るべき大切な宝である領民。彼らを守るためならどんな手でも使う。

 その覚悟を決め、トーケルは王とアインズ、それぞれにどう挨拶したものかと必死に考え始めた。




店名を付けたのは当然アインズ様ですが、単にアインズ・ウール・ゴウンの名を広めて、もしかしたらいるかも知れないギルメンに知らせるためであり、土地の名前にして支配するとか国家樹立の足がかり、とかは本人はまるで考えていません
ナザリックの面々はそのつもりだろうと推察してますけど

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