骸骨魔王のちょこっとした蹂躙   作:コトリュウ

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第32話 「決別魔王」

『パンドラ、ドリームチームで出陣するわ。すぐに戻りなさい』

 

「ほう、それは朗報、と言ってもよいのでしょうか? 統括殿」

 

『ええ、そうね。モモンガ様にとって不要な存在を排除できるのだから、嬉しい報せには違いないわ。……ただ注意して、アイツは隠密特化型よ。見失うと厄介なことになるわ』

 

「はい、肝に銘じます。それでは統括殿、アウラ殿には“山河社稷図(さんがしゃしょくず)”を、マーレ殿からは“強欲と無欲”をお借りして、合流させていただきます」

 

『急いでね。アイツは今帝国を出て”廃墟都市(エ・ランテル)”方面へ移動しているわ。それと、現地の吸血鬼(ヴァンパイア)が二体ほど従者として傍に居るみたいだけど、なにも問題ないわね?』

 

「無論ですとも」

 

 〈伝言(メッセージ)〉が役割を終え、闇深き地下会議室へ再度の沈黙をもたらす。

 想定していた事態ではある。モモンガ様が転移してきたのだから、他が来ていないわけがない。いくつかの条件が重なる必要があるのだとは推察していたし、その一つが“ユグドラシル”への“ログイン”だということも理解していた。だから四十人の内、数名はこちらの世界へきている可能性があると――待ち構えていたのだ。

 

(モモンガ様と悟殿の分離から判断すると、今回の標的も半分は現実世界(リアル)へ“ログアウト”しているのでしょうが、はたしてどのような存在になっているのか? 実際会ってみないとその辺りは解りませんねぇ。役に立つ知識を持っていると助かるのですけど……。統括殿が消滅させてしまう前に脳を吸いたいものです。やれやれ)

 

 相手は既に至高の御方ではなく、ただのユグドラシルプレイヤーだ。故にアルベドを含む(しもべ)たちが、『モモンガ様へ危害を加えることのできる高レベルな敵』として我を忘れるほど敵愾心をむき出しにするかもしれない。特に守護者統括に関しては因縁がありそうなので注意しておく必要があろう。

 プレイヤーが相手なら色々とやるべきことがあるのだ。

 ユグドラシル由来の武具やアイテムを回収すること。

 未知の知識を得ること。

 こちらにきてからどれだけの情報を漏らしたのか、ということ。

 そして最後に、プレイヤーを消滅させる手段についての実験。想定していた方法でプレイヤーを消滅させることが可能なのかを実証したいのだ。本物を使って。

 

「“たっち・みー”なら勇者がやってきたと父上も喜ぶのでしょうけど、最弱の偵察要員とは、皮肉めいたものを感じますねぇ。とはいえ、他の誰が来ても結果は同じ。大魔王様率いるナザリックの戦力には手も足も出ない。父上が一騎打ちをしたいとか言い出さない限りは……」

 

 誰に語るわけでもない独り言を呟きながら思考を整理しつつ、パンドラは〈転移門(ゲート)〉を起動させる。同時にアウラたちの所在を追跡し、肝心のブツを所持しているのかを確認する。

 

「それにしても……、父上を満足させてくれる勇者は現れるのでしょうか? プレイヤーですらまともに姿を見せず、挑んでくるような気配もないというのに。育成するには時間と手間がかかりますしねぇ」

 

 難題です――とため息を漏らし、埴輪男は薄暗い地下会議場を後にする。

 その場に残るは作り変えられた異形の生命体と、それが喰らいつく人間だった肉片。しばらくすれば、八本指に所属していた裏稼業の人間どもは駆逐されるだろう。いや、喰いつくされるだろう。

 だがもちろん、そのことは誰にも知られない。

 地上では侵略戦争の真っ最中なのだ。コキュートスの指示を受けた魔王軍第一陣第二陣の混成部隊が、ゆっくりと王都まで進軍してくる。人間どもを丁寧に殺戮しながら。

 王城の者たちはどう動くのだろう?

 中庭にコキュートスが陣取っているその横で、黄金姫は――、蒼の薔薇はいったいなにをするのか?

 決死の覚悟でコキュートスへ襲いかかる?

 立て籠もって最後のときを待つ?

 王城を脱出して逃げる?

 おそらく実行に移せるのは、王城からの、王都からの脱出であろう。国王や第二王子などは迷いなく逃げ出そうとするに違いない。だが黄金姫はそれが不可能だと理解しているが故に、最後の希望へ縋りつくだろう。

 パンドラが提示した“悲惨な死”へと。

 魔王軍への投降を拒絶されたときに教えて貰った答えなのだから、今更ではある。

 選択肢としては自覚していたのに、選べなかったのは黄金姫自身。魔王様に喜んでもらえる悲劇的な死を、喜んで受け入れることができなかった時点で詰んでいたのだ。

 だから王国は滅亡する。

 黄金も薔薇も駆逐されよう。

 姫の危機に勇者が登場するかも? と微かな期待を抱きながら魔法の鏡を覗いている魔王様の、一時の娯楽となりて果てることができれば上出来だ。

 

 リ・エスティーゼ王国。

 残された領土は三分の一。

 指揮系統は壊滅。主要な貴族たちは国外への脱出に邁進。冒険者や請負人(ワーカー)たちは各自で逃げ道を探り出ていったが、消息は不明。王都には敗残兵や難民が集い、暴動寸前。元貴族の冒険者が奮闘し無秩序状態をギリギリ回避させてはいるものの、先は無いだろう。

 ただ……、おかしなことと言えば、コキュートス率いる本陣の側近たちが王都の治安維持に貢献していることだ。

 何も言わず誰も殺さず、王都の通りを散歩する。

 巨大な黒曜石を思わせる丸虫がモゾモゾと進むだけで場は凍り、人々は一切の行動を止めてしまう。

 別に手を貸しているつもりはないのだろう。

 無様な真似は止めろ、とでも言いたいだけなのだろう。

 コキュートスは中庭に陣取り、魔王軍に指示を放っているだけだ。

 

 まだ見ぬ救世主――プレイヤーが国を救うために、颯爽と現れるのを信じて。

 

 

 ◆

 

 

「いやぁーー!! 死にたくない! 死にたくないよぉー!! お願いだから殺さないで! 何でも言うこと聞くからぁ! 何でもするからぁ! いやだ! いやだいやだ! 死にたくない! 助けてぇ!!」

 

 草原に響き渡る悲痛な叫び。

 舞い散る血肉に殺気だけが呼応する。

 

「……ぁあああ、いや、いやいやぁ! 殺さないで! 死になくないぃーー!!」

 

 新たな世界が作られ、懇願の悲鳴は掻き消えた。

 もう二度と、この世には戻らない。

 

「さぁ、私たちも”山河社稷図(さんがしゃしょくず)”の世界へ入るわよ」

「――はい、アルベドお姉様」

 

 世界を滅亡させ得る最強の姉妹。

 堕天使の黒い翼をむしり取るべく、別世界にて拳を揮う。

 

 命の刈り取りは二十に及び、最後は叫び声も聞こえない。

 死体も役目を終えたとばかりに、光の粒子へと変換されていく。

 

 消滅。

 ユグドラシルプレイヤーの完全消滅。

 リスポーンキルを繰り返した末のレベルゼロ。復活不可能を意味する――かつて八欲王が辿った末路。

 

 そう、この日、元至高の御方であり、かつては“アインズ・ウール・ゴウン”のギルドメンバーであった、四十一人の一人たる最弱の堕天使は消え去った。

 その場に、アイテムボックスに残っていた消費アイテムを山と残して……。

 

 

 

 ナザリック第十階層“玉座の間”にて、魔王は記録された映像を見終え、軽く息を吐く。無論、肺は無いが。

 

「そうか、期待していたほどの有益な情報は無かったようだな。まぁ、プレイヤー消滅の経験を積めただけでも十分か」

 

「はい、今回の経験は必ずや御役に立つかと。ですので今後、ナザリック監視網にプレイヤーがかかるようなことがあれば、是非とも、わたくし率いる“ドリームチーム”にお任せください」

 

 玉座の隣にありて、白き悪魔は満面の笑みだ。獲物をしとめた猟犬が褒めて欲しいかのように。

 

「それで、アイツは他に何か言っていたか? 役に立たない戯言の(たぐい)でも構わんぞ」

 

「はっ。主要なところとしましては『モモンガ様にお会いしたい』と。あとは『半身の行方について』でしょうか。リアルへ戻ったと察しているのは先程の報告通りですが、まだ実感が湧いていなかったのでしょう。ユグドラシルの感覚を多く残していたように思われます」

 

「単独で異世界へ転移したが故に、理解できず――か」

 

 どこか遠くを見つめるような仕草で魔王は呟く。誰かに聴かせるモノではなかったのだろう。答えを求めているわけでもなさそうだ。

 

「モモンガ様、私からも――よろしいでしょうか?」

 

「ああ、パンドラ。どうだった?」

 

「はい、収穫は予想以上かと」玉座の下に控えていたモモンガ直轄の(しもべ)は、あまりに神々しい且つ禍々しい籠手を掲げながら「流石はプレイヤーです。高レベル段階での経験値は目を見張るものがありますな!」と興奮気味に語る。

 

「“山河社稷図(さんがしゃしょくず)”と“強欲と無欲”の二つ持ちなどユグドラシルでは有り得なかった過剰装備だが、経験値を確保できたのなら持たせた甲斐があったというものだ」

 

 途中でPKに遭いでもしたら目も当てられない惨事になるので、世界級(ワールド)アイテムを持ち歩くなど考えられない。ましてや二つ持ちなど、ギルドメンバーからの支持は得られないだろう。

 とはいえ、ユグドラシルの常識など異世界には関係ない。高レベルの経験値が貴重であるこの世界においては、価値観も変動するものだ。

 モモンガはパンドラから“強欲と無欲”を受け取り、その成果を確認する。

 

「くくく、これで経験値消費系の魔法やスキルを気兼ねなく使用できるな。やはりプレイヤーは利用価値が高い。今後も発見と監視には力を入れ、強力な個体であればツアーに紹介を、弱者であれば経験値へ変換。――それでよいな? アルベド」

 

「はい、モモンガ様。プレイヤーに関しましては“ドリームチーム”にお任せください」

 

 深々と頭を下げながらも、アルベドは1点だけ、モモンガの意向に背こうとしていた。

 強いプレイヤーならば、“勇者”にして“真なる竜王”――“ツァインドルクス=ヴァイシオン”へ紹介するという点。そこだけは承諾しかねるのだ。愛する夫へ牙をむこうとするゴミを放置し、将来の火種として勇者の元へ送り届けるなんて、良妻賢母としては黙っていられない。

 だから皆殺す。

 発見したプレイヤーは皆弱者であり、取るに足らないものばかり。そう報告し、経験値へとすり潰して消滅させるのだ。

 たとえ相手がワールドチャンピオンであったとしても。

 

「さて、私は少し出てくる。後は頼んだぞ、アルベド」

 

「はい、お任せください」深々と頭を下げる守護者統括は、不敬になるかもしれないと思いつつも言葉を繋げる。

「モモンガ様……。人間が相手とはいえ、万が一のこともあります。お気をつけて」

 

「そうだな。魔王を討伐するのは人間の役目であり義務なのだから、侮るのはよくない。とはいえ、早く出てきてもらいたいものだ。救世主とやらが」

 

 魔王は玉座から腰を上げ、バサリとマントを横に払い、部屋を後にする。

 白い悪魔と埴輪男は、巨大な扉を潜った直後に転移する御主人様を見送り、満足げな笑みを浮かべては身震いしていた。

 モモンガ様に最良の結果をお渡しできたことに対する安堵であろうか? それとも邪魔な元至高の御方を駆除できたことに対する歓喜であろうか?

 ドリームチームを率いる二人は、主が居なくなった玉座の間で決意を固める。

『モモンガ様に仇なすであろう、プレイヤーどもの完全排除』を――。

 

「次はタブラが来ないかしら。もしそうなら全身バラバラにして、拷問しながら殺してやるのだけど」

 

「私情を挟むのは感心しませんね。次は複数のプレイヤーが相手になることを想定しておくべきでは? ひとまず1チーム6名編成を想定しましょう」

 

 主が居なくなった広間では、ドリームチームのリーダーと副リーダーが今後の展開について考えを述べている。

 だがそう簡単にプレイヤーと出会えはしないだろう。

 各地に派遣されている影の悪魔(シャドウデーモン)八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)も、生きているプレイヤーの痕跡を見つけたためしはない。

 プレイヤーは伝説であり、神にも等しいふざけた力を持つ化け物。それ故に、この世界へきているのなら何かしらの騒動を起こしているはずだ。大魔王様のように。

 

「複数のプレイヤーが相手となると、連携されるのが面倒ね。モモンガ様も『チームで動くプレイヤーの強さはレイドボスをも凌駕する』と仰っていたわ」

 

「となると、我々も戦闘の連携について再考が必要でしょうねぇ。どこかで実践的なチーム戦でもできれば……」

 

「いるじゃない。第六階層に、お手頃な奴らが」

 

「おお、勇者たちですな」

 

「ふふふ」

 

 不気味な笑みを浮かべて、アルベドはドリームチームの訓練開始を発令した。

 集合場所は第六階層。

 訓練相手は集められた勇者たち。今回はチーム戦なので、帝国から来た元請負人(ワーカー)の勇者チームが矢面に立つこととなった。

 

 大丈夫、殺しはしない。チームとしての連携を高めるための訓練であり、殺し合いではない。

 だけど幾度かバラバラになった。首が飛んだ。口から臓物を出すのかと思えるほどに吐き、吐き出す前に内臓は潰れた。

 一番忙しかったのはペストーニャだろう。お手伝いのルプスレギナが拾ってきた勇者の首を、急いで胴体にくっつけては回復魔法をかけ、呼吸が戻らないから腹に一撃を入れる。

 バラバラの肉片を拷問の悪魔(トーチャー)に集めさせて、死亡判定が出る前に全身を再構築させる。

 

「はぁ……、このように勇者をぞんざいに扱っては、コキュートス様もお怒りになるのではないでしょうか? ――わん」

 

 犬頭の神官様は、空高く吹き飛ぶ双剣使いの勇者を眺め、『地面に当ると肉片を集めるのが大変だから、途中で受け止めるべきかも? わん』と思いつつ、深い溜息を吐く。

 

 ナザリック地下大墳墓第六階層、円形闘技場(コロッセウム)

 日頃、その地で鍛錬していた多くの勇者たちは、怨嗟の悲鳴をぶつけていたコキュートスの指導が、どれほど優しかったのかを痛感していた。

 己の身に残っている血液を半分以上たれ流す。

 自身の体重が一刀ごとに軽くなっていく。

 チームの連携など何処へやら。

 漆黒の鎧に身を包んだ二本角の女悪魔は、鬱憤を晴らすかのように巨大な斧頭を持つ武器(バルディッシュ)を振り回し、高笑う。

 

 どうやらドリームチームに『連携』の二文字が活用される日は当分こないようだ――と埴輪男の悲しげな呟きが、第六階層に吹く人工の風に舞い上がっては消えていった。

 

 

 ◆

 

 

「押し支えなさい! バリケードからは頭を出さないでっ!」

「おいっ、積み上げられるもんなら何でも持ってこい! 玉座でもかまわんぜ!」

「リーダー、裏口に化け物の気配はない。やはり正面突破」

「正面に二体、死の騎士(デス・ナイト)がくる。ヤバい。」

「ラキュース! 私が出るか?!」

 

 王城にて最前線。

 最後の砦と言わんばかりに、蒼の薔薇と王国近衛兵、そして集まった魔法詠唱者(マジック・キャスター)たちは正面口にてバリケードを設置する。

 

「まだ駄目! イビルアイは魂喰らい(ソウルイーター)に専念してっ! さぁ王国兵の皆さん! バリケードの隙間から槍を突き上げなさい! 死の騎士(デス・ナイト)を押し留めるのです!」

 

 王城の正面口フロアで声を張り上げ、泣き出しそうな近衛兵を蹴り飛ばし、圧力をかけてくる死の騎士(デス・ナイト)へ立ち向かわせる。

 それはとても非情な行動であり、美しきアダマンタイト級冒険者“蒼の薔薇”のリーダーらしからぬ所業かもしれない。だがもう後はないのだ。王国は首都まで魔王軍に攻め入られ、残すところは王城のみ。吹き消される寸前の灯火である。

 

「宮廷術士殿! 首尾は?!」

「万全だ! 二階出窓から死の騎士(デス・ナイト)を狙える! 魔法詠唱者(マジック・キャスター)はギルドから逃げてきた者も含めて六十を揃えた! やれるぞっ!」

「ならば即座に!」

「おう!!」

 

 爆発と雷鳴、魔法の矢が飛び交い、人外の化け物を上方から撃ち叩く。

 

「ガアアアァァアア! ウゴオオオォォォォオオゥウオオゥ!!」

「おっしゃあぁ! 結構効いてんぞっ! 王国の魔法詠唱者(マジック・キャスター)も捨てたもんじゃねえな!」

「魔法の物量戦とは珍しい。でも――」

「うん、魔力が切れたらおしまい。入れ替わりながらどこまで回復できる?」

「私のように魔力の急速回復が使えればよかったんだが――ちっ、厄介なのが来たぞ。ラキュース! 私の出番だ!」

「ええ、お願い! 仕留めてきて!」

 

 見れば、二体の魂喰らい(ソウルイーター)がフヨフヨと浮かびながら、二階の魔法詠唱者(マジック・キャスター)たちへ視線を向けている。

 襲われたらひとたまりもないだろう。だから切り札たるイビルアイが単騎で向かうのだ。それ以外に方法はない。

 

「正面の死の騎士(デス・ナイト)はどう?!」

「イイ感じだぜ! だいぶへばってやがる!」

「ならガガーラン、ティア、ティナ! 一気に止めをっ!」

「おう!」「「了解!」」

 

 バリケードから飛び出し自慢の戦鎚を下から首元へ振り上げる。

 グラついたところへ何本もの短刀が襲い掛かり、鎧の隙間へ突き入れられては追撃の回し蹴りでさらに奥へと刺し込まれた。

 

「もう一撃を忘れんなよ!」

「もち」

「ろん」

 

 死の騎士(デス・ナイト)への対処はもう飽きるほどしている。それにイビルアイの古い思い出話からも情報を得ていたので、止めを忘れるなんてことはない。

 

「よっしゃ! 皆下がれ! すぐにバリケードの補強だっ! 次がくるぞ!」

「――あぁ、ガガーランがそんなこと言うから」

「同意、これが十三英雄の残した言霊。“ふらぐ”というヤツだね」

「ティア、ティナ! 変なこと言ってないで敵の数と内容!」

 

 休む間もなく新たな敵が現れる。

 魔王軍の手勢なのだから相手が化け物なのは周知の事実だ。その全てが手強い強者であることも解っている。だけど少しは希望を持ちたい。弱そうな相手が来てくれないかと……。

 

「正面にて目視! 敵は死者の大魔法使い(エルダーリッチ)! 数は――」

「数は十八! ふざけてる! なにこれ?!」

「じゅうはち?!」

 

 迷宮の奥底で待っているはずのモンスターが、王城前にずらっと並んでいる。

 思わず笑ってしまいそうになる光景だ。

 

「退避ぃ!! ここは捨てます! 後方に新たなバリケードを構築! 狭い場所で迎え撃ちます!」

「ああくそっ! あのチビはなにしてんだ?! 骨の馬ぐらいさっさと倒せよ!」

「無茶を言う。相手は伝説の骨馬」

「それなら私たちのチビも伝説、負けてない」

「おまえらふせろぉぉおお!!」

 

 十八もの火球(ファイヤーボール)が飛び交うさまは美しい。王城の正面口が吹き飛ぶ光景も、二階にいた魔法詠唱者(マジック・キャスター)が巻き込まれて細切れになる有様も、滅多に目撃できない衝撃映像であろう。

 残念なのは舞い上がる多量の噴煙と、耳が居たくなるほどの爆音。

 見世物としてはイマイチだ。

 

「みんな生きてる?! 水薬(ポーション)は使い惜しみしないでよ!」

「大丈夫だって、まだやれるぜ!」

「破片が危なかった。まともに受けた王国兵はバラバラ」

「イビルアイが来てくれて助かった。これはお礼をしないといけない」

「いらんいらん。余計なお世話だったみたいだしな。まぁそれより……」

 

 大きく開いた正面口を見て、イビルアイはため息を漏らす。バリケードなど見る影もなく、巨体のモンスターが悠々と入り込める大穴だ。

 この調子で辺り構わず爆撃されたら、王城は崩れ落ちるだろう。もう先は無さそうだ。

 

「ラキュース、もう決断すべき状況だぞ。私としてはだいぶ遅いと思うがな」

「そうね、リーダー失格だと思っているわ。……ごめんなさい」

 

 もはや勝敗に言及するまでもない。

 王城を包囲されている現状を見れば、王国に未来はないと理解できよう。

 これでも魔王軍は王城の正面からしか攻め込んでいないのだ。中庭に陣取った悍ましい化け物どもは攻撃に加わってすらいない。

 

「みんな下がるわよ! ラナーの部屋まで走って!」

「鬼ボス! 死者の大魔法使い(エルダーリッチ)が入ってきた!」

「まかせてっ! 超技! 暗黒刃超弩級衝撃波(ダークブレードメガインパクト)!!」

 

 本来建物の中で使用する技ではないと思うが、巨大化した漆黒の刀身から放たれる爆発的エネルギーは、王城の狭い通路を砲身のごとく、先端にいた骸骨の化け物どもを粉々に吹き飛ばす。

 

「おぉ~、相変わらずスゲー威力だな」

「おいコラ筋肉! 前を向いて走れ!」

 

 舞い上がる噴煙を隠れ蓑にして、蒼の薔薇はその場から消える。

 目指すは王城の最奥、というか外れの一角。先日、黄金の姫らしからぬ姿を見せたラナー王女が、御付の護衛騎士だけを引っ張り込んで、王城が攻め込まれてもなお閉じ籠っている私室。

 通称『愛の巣』である。

 

「小僧! 首尾はどうだ? 姫さんの様子は?」

「――は、はい! ガガーランさ――ん! ラナー様は完全に眠られました。大丈夫です!」

 

 ガガーランは姫様専属護衛騎士“クライム”のことを『童貞』とは呼ばない。呼ばなくなった。つまり、そういうことである。

 


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