蝙蝠侯爵と死の支配者   作:澪加 江

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少し早いですが、新年度記念に投稿です。




死の支配者と元冒険者

 

「うへぇ。本当にカッツェ平野じゃないか……!」

 

 

時刻は夜。

闇夜を照らすのは心許ない繊月の光。その弱々しい光に浮かび上がるのは薄霧の白。

それを見下ろす形で、声の主であるロックマイアーは隣に浮かぶモモンガを見る。

 

現在二人はエ・レエブルを抜け出し、王国と竜王国との境にある呪われた土地、カッツェ平野に来ていた。

 

「だから問題ないって言ったじゃないですか。<転移門>は妨害されない限り確実に見た事のある場所に移動出来るって。これがあるだけでだいぶ冒険が楽になるんですよね」

「楽になるどころか、離れた街道からチラリと見えた場所まで行けるんだったらもう冒険の必要すら無いんじゃないか?」

「所がそうはいかないのがクソ運え──私の国の上層部の厄介な所なんですよね。この国だと妨害も無く移動できて良かったです」

 

ロックマイアーの隣でどこか得意げに話す男は、凄腕どころか神の領域にまで至っている魔法詠唱者だ。

どの位の使い手なのかというと、今二人はカッツェ平野の上空に<飛行>という第三位階の魔法で浮かんでいる。

第三位階の魔法の使い手は貴重な存在で、才能のある魔術師が努力をして到達できる限界と考えられている。

その魔法を複数人を対象にして使うなど、大凡、常人の限界を超えている。

 

もっとも、その正体を知っているロックマイアーとしては横に並ぶ恐怖が全く無いわけではない。

実はこのモモンガという男の正体はアンデッドであり、アンデッドとは生者を妬む死者である。生きている人間を見ると無差別に襲いかかってくる人類の脅威の一つだ。

そんな男と、アンデッドが無限に湧くと言われているカッツェ平野の上空に居るなど、流石のロックマイアーとしても悪夢である。

もしこの男が自分の主人の友人で無かったなら、勝てないだろう戦いを挑まねばならないところだ。

冒険者を引退した身であるロックマイアーだが、現役時代にはこのカッツェ平野の依頼で食いつないでいた時期がある。

アンデッドを無限に生み出すこの土地と霧。増えすぎて強力になったアンデッドが人里を襲う前に数を減らすのは、駆け出しからベテラン全ての冒険者に於いて大事な食い扶持の一つなのだ。

 

「夜はアンデッドの力が強くなるので冒険者や兵士は近づかないって話でしたけれど、正直ここにいるモンスターってそこまで強くないじゃないですか? 強力なモンスターを求めて高位の冒険者が来たりは本当にしないんですか?」

 

今日ここにロックマイアーが来たのは、モモンガに頼まれたからだ。

なんでも魔法の試し打ちをしたいので、人気が無く広い土地を探していると相談を受けた。最初はトブの大森林を薦めたのだが、「絶対に嫌だ」と強固な反対を受けてしまった。第二の候補地として夜のカッツェ平野を挙げた。

ここは昼間はアンデッド狩りの冒険者や兵士で慌ただしいが、夜に生きているものはまず近づかない。範囲魔法の試し打ちとしては格好の場所だろう。

 

それにしてもこんな暗い中、功名を求めてやってくる者など居ないに決まっている。夜にアンデッドと戦うなど命を捨てるようなものだ。

まったく、モモンガが元いた国がどこかは知らないが、こうしてたまに非常識な事を言う。ロックマイアーは内心呆れた。

 

「はあ。……いいですかモモンガ殿。あんたの強さから考えればここにいる殆どのアンデッドが弱いってのはわかります。でもしばしば登場するエルダーリッチは強力なモンスターですし、スケリトル・ドラゴンなんて魔法詠唱者の敵みたいな化け物もいるんですよ。第一、暗い上に霧じゃあ何も見えないでしょう?」

「確かにそうですね。いやあ、こっそりと確かめたい事があったから、誰も居ないのなら良かったです」

 

ウンウンと頷くモモンガ。わかっているのかいないのか、随分と気楽に構えている。

 

「で、今日は確かチョウイ魔法? とやらの効果範囲を調べるんでしたよね」

「ええ。私の国ではエリア内全てが対象でした。その範囲がどうなっているのかが気になって」

「そんな大規模な魔法とは聞いてたけど、正直カッツェ平野は広すぎねぇですか? そんな広さが必要な魔法なんて聞いたことがねぇですよ」

「勿論使えますよ。むしろ足りるかを心配しなければならないレベルです」

 

そう言うと、モモンガがゆっくりと手を掲げる。それに応えるように、暗い月夜に巨大な魔法陣が浮かび上がった。

モモンガと共にその内側に包まれたロックマイアーは、それに有り得ない程途方も無い力を感じて開いた口が塞がらない。

 

「な……っ」

「ああ、すみません、ちょっと待っててください。これ、発動までにすごく時間がかかるんですよ」

「う、……あ。魔法が使えない俺でも感じる。これはとんでもない力だ……。国の一つくらいこの魔法で作れんじゃねぇですかい?」

 

顔から血の気の引いたロックマイアーは崩れ落ちそうになる足になんとか力を入れて踏みとどまると軽口を叩く。

最初、なぜ魔法の事なのにルンドクヴィストでは無く自分に声がかかったのか不思議だった。しかし、これを見れば一目瞭然だ。

本職の魔法詠唱者であるルンドクヴィストがこの光景を見ては会話にならないだろう。なまじその道に精通しているが故に、あの秀才は発狂しかねない。

それほどの力が今、ロックマイアーの周りで吹き荒れている。

 

「一から十まである位階魔法を超える超位魔法ですから、三位階までしか使えない人から見たらそう見えるかもしれません。でもこれってどちらかといったらスキルに近いんですよね。一日に使える数も決まっていますし。それに、ワールドディザスターでもない私じゃあ威力なんてたかが知れてますよ?」

 

位階魔法のその先。

そんな気の遠くなるほどの高みがあるなど一体誰が想像できるというのか。

ロックマイアーは横に立つ男が化け物なのだと再確認をする。そして、その力は決して人間に向けさせてはならないものだと強く思う。

 

「い、今から具体的に何をやるんです?」

「今日試すのはエリアスさんの結婚式で使う用の魔法の効果範囲ですね。<天地改変>といって、地形効果を無効化する魔法を試してみようかと思っています。火山地帯の熱ダメージをおさえたり、逆に氷河や雪山ステージの冷気ダメージを軽減したりできる魔法です。それを使って春の陽気にできないかなっていう実験です」

「それはエリアス様の指示なんですかい?」

 

 

モモンガの話はロックマイアーには途方もなさすぎてよくわからなかった。

彼の国では溶岩の上を歩く事がよくあったとでも言うのか。雪に覆われた山を踏破する事が日常だったとでも言うのか。

ひとつだけ言えるのは、そんな力を見せるのは危険だと言う事だ。

有力な貴族であるレエブン侯爵の結婚式ともなれば、国内外から人がくる。その客人達に、ここまで途方も無い力を持っていると示すなど、とても今までのレエブン侯からは考えられなかった。

ロックマイアーは彼の元に身を寄せるきっかけになった告白を思い出す。

 

「腐りきった貴族が支配するのでは無い、優秀な指導者が現国王の代わりになるべきだ」

「私一人の力では余りにも頼りない」

「この国の為、私の一助になってはくれないだろうか」

 

ロックマイアーの所属する冒険者チームは全員が平民だ。朱の雫などの一部を除き、殆どの冒険者は平民だ。

そんな平民であるロックマイアー達に、エリアスは頭を下げて頼んだのだ。冒険者を引退した時には、ぜひ自分の部下になって欲しい、と。

だからチーム内で何度も話し合って、彼の助けになる事に決めた。

 

しかし、今のエリアスは危険ではないだろうか? ロックマイアーはそう考える。

モモンガと知り合って以降の彼は些か派手に行動をしすぎている。爵位を受け継いだ事で王国の国王に謁見する前に帝国に行き、そして結婚式には手に入れた力を誇示するようにモモンガに魔法を使うことを頼んでいる。

分不相応なアイテムを手に入れた事で身を滅ぼした冒険者を多く見てきたロックマイアーには、今のエリアスの状況がそれと重なって見えた。

それよりもっと警戒しなければならないのはこのモモンガという男だろう。人知を超えた腕の魔法詠唱者ならば、人の心を自在に操れる魔法を知っていてもおかしくない。

 

 

「エリアスさんの指示というかお願いです。なんでも、不作が続いた領民のために蓄えが少ないだろう冬に結婚式をして、料理やお酒で英気を養って欲しいと」

「それは……。エリアス様らしいっちゃらしいですね」

「ええ。でもレエブン領は冬の寒さが厳しいですよね? それに冬に快晴は貴重だって聞きました。領内の各所でお祝いの料理やお酒を振る舞いたいから、その日曇り空じゃなくて晴れさせて欲しいとお願いされたんですよ」

 

それに、領内で私の実力を疑う人達も納得させれるはずです。

抑揚が少ない中にもわかる誇らしげな空気にロックマイアーは何も言えなくなる。

王国での魔法詠唱者の立場は低い。それによって領内の文官・武官問わず、モモンガの力を疑う者が多いのは事実だ。

エリアスとしても自らの側近にした以上、モモンガが十分な力を持つ存在だと見せつける必要があると思ったのだろう。

 

気がつくと、周りの魔法陣が先ほどよりも強い輝きを放っていた。モモンガはそれをみると、ゆっくりと両手をあげる。

 

「まあ、おしゃべりはこの位にして効果時間も調べたいのでサクッと打っちゃいましょう!」

 

 

────超位魔法 <天地改変>!!

 

 

巨大な魔法陣に込められていた力が膨れ上がり弾ける。

瞬間、あたり一面の風景が一変した。

まず最初に先ほどまで平野を包んでいた霧が無くなった。

霧の無くなった事で、地上まで見渡せる。その地上部分は一面真っ白な霜に覆われている。その霜の中で、霧に隠れていたアンデッド達も霜に覆われ、弱い月明かりの中でキラキラと輝いている。

 

「なるほど。エ・レエブルとその周りくらいまでは影響下に置けそうですね。どう思います?」

 

今まで自分たちを苦しめていた霧の全てがひとつの魔法で無くなった。その事にショックを受けていたロックマイアーはモモンガへの返事が遅れる。

 

「…………──は。あ、いや、多分エ・レエブル近くの荘園まではいけると思いますぜ。いや、違う、そうじゃない! すげぇ! これ、本当に旦那がやったのか!? あのカッツェ平野の霧を? たった一発の魔法で!!? すげぇ、モモンガ殿マジですげぇよ!」

 

後半はただ同じ言葉を繰り返すだけになったロックマイアー。その顔はキラキラと羨望の眼差しをモモンガへと送り、顔は興奮で赤くしている。

 

「これでもうカッツェ平野なんて怖くねぇ! へへっ。これで冒険者の仲間が……」

「ちょっと待って下さい。ロックマイアーさん、水を差すようですけどこの状態って長くは持たないですよ?」

「え……」

「私の国だと大体一時間くらいしか持たなかったですね。それ以上の長い探索の時には他のメンバーにかけ直して貰わないといけないです。ここだとどの位時間持つのかわからないですけど、朝には元に戻ってると思いますよ」

「あ、あはは。そうだよな。そうだよな。すまんモモンガ殿、少し興奮しすぎたみたいだ」

「いえ、まさかここまで喜んでもらえるなんて思ってなかったので、少し驚いただけです」

 

「でもこれは少し派手すぎますね。第六位階までしか使えないという事になっているのに、ここまで大掛かりなことをしたら意味がない」

「まあそれはそうだなぁ。時間にもよるだろうけど朝一番にこの魔法を使って、式典じゃあ別の魔法使えばいいんじゃないですかい? モモンガ殿だったら他の魔法もいろいろ知ってるでしょう?」

「うーん。それもそうですね。少しエリアスさんと相談してみます」

 

 

 

その後、カッツェ平野に霧が戻ったのは朝日が出る一時間前。おおよそ六時間の時間、モモンガとロックマイアーは星が降るほど透き通った夜空を見上げながら色々な話をした。

 

中でもロックマイアーが興味深く聞いたのはモモンガの友人達の話だった。

この人を超えた存在であるモモンガの友人達もまた人を超えた神のような存在だろう。彼自身が友人達の方が自分よりも強かった、凄かったと言うのだから。しかし、モモンガから伝え聞く話の大部分はとても親近感が湧くものだった。

姉に叱られる弟も、嫁に頭の上がらない夫も、神話や伝説の話が大好きな男も、言葉より手が早い女も。

全てがありふれたもので、自分たちと変わらない。

そう知ったロックマイアーはモモンガに持っていた最後の警戒心を解いた。

彼は確かにアンデッドだし強力な魔法を使う魔法詠唱者だ。

しかし、彼はそれだけの、理解の及ばない化け物ではない。

 

友人の事を楽しそうに話す、ただの青年のようだった。

 

「そういえば、モモンガ殿っていくつくらいなんですかい?」

「えっ。……30手前、ですね」

「30! 俺より若いじゃないですか!」

「ロックマイアーさん! ちょっと、フードずれるから頭撫でないで下さいよ」

「いやー。俺の弟と同い年なんて。お兄ちゃんって呼んでもいいですぜ」

「それは遠慮します!!」

「ははははは! 遠慮なんていらねぇって!」

 

ロックマイアーの笑い声がよく響いた。その音につられたアンデッド達が集まって来ている事など気にせずに、ロックマイアーは笑い飛ばす。

このただの青年を警戒していた過去の自分を追い払うように。

 

 

 

 


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