シャルティアになったモモンガ様が魔法学院に入学したり建国したりする話【帝国編】 作:ほとばしるメロン果汁
お陰でハムスケが今回悲惨な目に…
「た、多分この辺だ、いえ、です! シャルティア様」
「そう」
闇深い夜を照らす月の光を浴びながら、飛行魔法で森の上空を飛んでいたモモンガは、隣を飛ぶブレインにも念のため防御魔法をかけつつ地面に降り立った。
少し探索すると洞窟がすぐに見つかり、入り口にはボロボロの幌馬車が一台置かれている。
傍の草には車輪や蹄の跡がいくつも見られ、ここで馬車の荷下ろしなどが行われていただろうことは、モモンガにも簡単に想像ができた。
(ハンゾウの報告通りだな)
報告の正確性に内心でニコニコと満足を浮かべながら、隣のブレインへ視線を移し問いかける。
「ここが?」
「あ、あぁ帝国に来てできたばかりだが、俺らの住処だった洞窟です」
ブレインが腰の刀に手を伸ばし、――その刀が無い事に気づき、周囲へ視線を向けながらゆっくりと洞窟入り口へ進む。その後ろを探知魔法を使いながらついて行く。野盗を誘うきっかけとなったあの魔獣が近くにいるのはわかっているが、まだ同行者という立場のブレインに手の内をペラペラ喋る必要はない。
「予備の馬がいなくなってる、残って留守番していた奴らもいないのか?」
「襲撃から生き残って逃げてきた野盗達が、……来たんじゃないかしら? 多分だけれど」
思わずハンゾウの報告がそのまま口から出そうになり、無意識に唇に白い手を当ててしまう。
同行者となったブレインどころかヘジンマールも含め、まだ誰にもハンゾウの存在は知らせていない。情報収集する密偵ともなれば、知る者は少ないにこしたことはないだろと判断したためだ。
――鮮血帝にブレインの処遇を任せることが決まった、その後
ひとまずの同行者と決まったブレインは、これからの旅の路銀や荷物を野盗の住処へ取りに戻りたいと相談してきた。「ついでにシャルティア様に会ってほしい魔獣『森の賢王』がいる」という言葉にピンときたモモンガは、とくに反対する理由もないと明朝に戻ることを許可しようと思ったのだが、銀糸鳥に意見を求めるとあまり良い反応は返ってこなかった。
曰く、下手をすると一日ないし二日無駄にしてしまう恐れがある。
モモンガとしては急ぐ旅でもないのに? と、思ったのだが彼らの使う
「高名な魔法詠唱者としてシャルティア様の話を聞きたいのでは?」などと言われたが、なんとなく嫌なものを感じる上に、あくまで一般人感覚の鈴木悟としては遠慮したい内容だった。
とはいえ、この国の支配階級である人物に会おうというのだから今更ではあるのだが。
とりあえずブレインの荷物を取りに戻る件は、夜の内に済ますことで纏まった。
モモンガ同伴という形でだが。これにはフレイヴァルツが猛反発したが、他の銀糸鳥の面々が宥めることになった。実力差や戦力分散、時間短縮を考えると悪くない案と思ったのだが、なにが彼一人を反対させたのだろうか。
ちなみにブレインが加わった件は、
事が事だけに優先して伝えてくれるらしい。モモンガとしても、事前にアポイントを取る重要性はわかるのでお願いしておいた。
――俺一人で荷物を取ってきますよ。ここの見張りお願いできますか?
かけられた言葉に意識を戻すと、ブレインがランプを持ち洞窟入り口からこちらに顔を向けていた。
「えぇ。もう誰もいないとは思うけれど、注意するように」
「ついでに商人から奪った品が残っていれば、持ってきますよ」
そう言うと急ぐように中へ入って行った。おそらくこれが一行にとっての寄り道と思い、なるべく早く済まそうと思っているのだろう。モモンガにとっては野盗達の連れていた魔獣が本命で、ブレインの存在は思わぬ副産物だったのだが、本人に告げると落ち込みそうなので言わないでおく。
ブレインの遠ざかる足音を聞きながら、背後を振り返った。
野盗達によって最低限整備され、踏み固められた森に伸びる道。その森の中にこちらへ近づく気配を捉えていた。昼間にモモンガが魔法で姿を確認し、出発前にブレインが言っていた『森の賢王』――モモンガが見る限りどう見てもハムスターなのだが――に、ほぼ間違いないだろう。
迫っていた気配、夜目でその姿を森の中に捉えた瞬間、鱗に覆われた長い尻尾がモモンガへ襲い掛かってきた。そのゆっくりした攻撃を体をひねる事で躱し、通り過ぎる瞬間に尻尾の先端を
――無造作に掴んで止めた。
「むっ?」
その瞬間夜の森の中に、どこか間の抜けた声が響いた。
もちろんモモンガ――シャルティアの声ではない。となれば、タイミングを考慮すると戦っている相手の声であるのは自明の理なのだが、ひとまず降伏の声ではなかったのでこのまま続けることにした。
とはいえ、この後することは非常にシンプルだ――投げ飛ばすだけなのだから。
「っちょ!? ちょっとまつでござあああああああああああああああああああああああああああ」
モモンガが尻尾を掴んでいた右手を振りぬいた瞬間、獣の叫び声と嵐のような破壊音が森の中に響き渡った。
「シャルティア様、お待たせしました。盗品は無じ、――!」
「思ったより早かったわね、ブレイン」
「うぅ、ヒドイでござる。思いっきり投げ飛ばすなんて……むっ、ブレイン殿?」
「攻撃してきて何を言ってるの。あと手加減は十分したから」
予備の剣と荷物を持ち外へ出てきたブレインを確認すると、すぐに目の前の獣に戻した。
一応話を聞きたいため治療をしているが、警戒の意味もある。先ほどまでの醜態とその実力を見る限り、大丈夫そうではあったが。
「ぶ、ブレインどのおおおおおお! 死ぬかと思ったでござる! 怖かったでござるよおおお!」
「……あぁー、わかる。怖かったよなっ! そりゃあ泣くよな! お前の気持ち、わかるぜ」
ブレインと目が合った瞬間、治療中にも構わず潤んだ瞳でその胸に突っ込む巨大ハムスター。
ブレインの方もその巨体を受け止め、慰めている。
(いや、慰めるっていうか……共感?)
労わるように獣の頭を撫でるブレイン、傍から見れば
「ヨシヨシ」
「むっ? ブレイン殿? なにか様子が変わったでござるな。以前はもっとピリピリしていたような……」
「わかるか? まぁ、今のお前と同じ経験をしただけなんだがな。っとそれよりも、ホラ!」
チラリとモモンガの方へ目を向け、獣『森の賢王』へ何事か諭すブレイン。
森の賢王もこちらへ目を向けてくるが、相変わらず涙目で「ひぅっ!」と、叫びながらサッとブレインの背後に隠れてしまった。その巨体では、震えている体の十分の一を隠す程度なのだが。
「あのぉシャルティア様。随分怯えているようですが何をして、あ、いや、何をなさったので?」
気のせいか、動物を庇うようなブレイン姿はモモンガが責められている気がしないでもない。
(ひょっとして、傍から見ればその通りなのか?)
目の前の巨大ハムスターを大型犬くらいのサイズにすれば、子供が他人の大きなペットに悪戯をして、怒られる絵面ではないだろうか? ハムスターを犬のサイズにするという時点で、妙な話ではあるが。
「えーと、たぶんアレかな。先に攻撃されたのは私だから、正当防衛ではあるのだけれど」
「――うわぁ」
指で方向を指すと同時に、周囲を魔法により明かりで照らした。
自身も、そしておそらく賢王も夜目があるので特に問題はないのだが、ブレインと彼が持つランプでは心許ないだろうという気づかいだ。そしてその光景を目にすると、上擦った声を出していた。
その辺り一帯の森の樹々が、何かをぶつけた様に半ばで折れ根も何本かが浮き上がっている。
周囲には枝や葉、そして折れて吹き飛んだ木がそこら中に散乱していた。モンスターが暴れた後みたいだなと、何も知らないモモンガが見たら思うかもしれない。
「お前よく生きてたな……」
「うぅ、だから死ぬかと思ったと言ったでござるよぉぉ~~~」
「それで『ハムスケ』、あなたが彼ら死を撒く剣団と一緒にいた理由を教えて?」
「む? ブレイン殿から聞いていないのでござるか? 姫様は?」
「あー、お前だけが見たって化け物の話もあったからな。森のけん、じゃなくハムスケに直接聞いた方がいいと思ってな、軽くしか話してないんだよ」
森の賢王――改め『ハムスケ』と名付け、同時にブレインより一足先に配下になった獣に問いかける。ブレインの現状をかいつまんで説明すると「それがしも是非配下に加えてくだされ!」と、つぶらで潤んだ瞳で訴えてきたのだ。
元より話を聞くつもりだったモモンガはそれを了承、ただブレインの生死に関しては慎重に説明をしておいた。その後、なぜかモモンガ――シャルティアの呼称が『姫様』となったハムスケだったが、現状のモモンガにとってはかえって都合がいいので、流しておいた。
洞窟の前で各々が岩の上などに腰掛け、改めて話を続ける。
モモンガは一人だけ
「シャルティア様に話したのは確か、……俺達が死の都になったエ・ランテルと王国を見限って、帝国に行く途中でトブの大森林から出てきたお前と会い、団長がお前と『取引』して同行することになったところまででしたね」
「そういえばブレイン、その『取引』の内容も聞いていたのだけれど?」
「それはその、それがしあの森で一人だったゆえ、仲間を探すようお願いしたのでござるよ」
少ししょんぼりと、弱々し気に答えるハムスケに目を向ける。
ヒクヒクさせていたは髭は垂れ下がり、つぶらな瞳も気のせいか元気が無いように思われた。
「……仲間?」
「そうでござる。それがしも生物として種族を維持せねばならぬ身。もし同族がいるのであれば、子孫を作らねば生物として失格でござるゆえに。
――ごめんなさい、わかりません。わかりたくもありません。
「えぇ……あぁ、……うんまぁ」
あやうく条件反射で漏れそうになった言葉を呑みこみ、あたりさわりのない言葉で返しておいた。おそらく人のままであれば、かなりの動揺とともに叫んでいたかもしれない。精神の安定化様様である。
動揺を鎮めた後、そういえばシャルティアって子供作れるのだろうか? などと本来の体の持ち主や、創造したペロロンチーノに対してセクハラ紛いの事を考えてしまい、慌てて首を振る。
(あれ、むしろ二人とも喜びそうな気が……)
「姫様どうしたのでござるか?」
「あぁごめんなさい、話を続けて」
ハムスケの問い掛けに我を取り戻し、改めて向き直る。
「はいでござる。仲間を探してもらう事と、引っ越した先の新しい森の住処。この二つの代わりにその新しい森の住処の警護をお願いされたのでござる」
「より詳しく言うと、俺達死を撒く剣団以外の人間とモンスターを森から排除するってことだな。まぁ今だから言うがハムスケ、団長はお前の仲間探しをする気はなかったみたいだぜ」
「なっ! なんと!? ほ、本当でござるかブレイン殿?」
あっけらかんと、笑いながらとんでもない事をカミングアウトするブレイン。
信じられないような表情――は、わからないが髭をピンと逆立てながら問いかけるハムスケ。
その様子を見て(この二人、いや一人と一匹仲がいいなぁ)と他人事のように眺めてしまう。姿形は違うが、どこか懐かしさを感じる光景だった。
「住処はともかく、百人にも満たない傭兵団でお前の仲間を探すのはなぁ。情報収集くらいはしてたかもしれないが、俺が見た限り期待はできなかったんじゃないか? 表向き捜してるフリをして、お前を都合よく働かせるつもりだったんじゃねえかな」
「そ、そんなぁ……」
ハムスケのやわらかな毛に覆われた巨体が、溶ける様に地面に広がっている。
潤んだ目は今にも泣きだしそうであった。
「それでハムスケ、前の住処を捨てた理由をまだ聞いていないのだけれど? 化け物だったかしら?」
「うぅ……そうでござる。森が荒れてそれがしの縄張りだろうと、構わず入ってくる輩が増えてきて、それどころか森を出ていく者達まで出てきた頃でござる。近くでは見てないのでござるが、遠くの森そのものが、動いていたのでござる」
「……え? 森が動くの?」
はて? この地では森が動いて移動するのが当たり前なのだろうか?
問いかける様にブレインへ目を向けると、無言で首を振る。どうやら彼にとっても不可思議な話らしい。
「あんなのは初めて見たでござる。それがしの縄張りに侵入した者達も必死な様子でござったゆえ、話ができる者にも聞いてみたのでござるが……ただ大きな化け物とだけ……」
「森のような大きな化け物か」
先ほどと同じようにしょんぼりとしながら話すハムスケ。
故郷を失いたった一匹のその姿に、少しだが同情をしてしまう。余計な責任を背負うつもりはないが、もののついでと思いなおし、慰めるような言葉がつい出てしまった。
「同族の事だけれど。私はこの地で仲間を探す予定だから、ついでにハムスケの同族を探す情報収集をしてもいいけれど?」
「ほ、ほんとうでござるかああ。姫様!」
「……見つかるかはわからないけれどね」
ハムスケの髭がピンと跳ね上がり、椅子に座っていたモモンガの前まで走り寄ってくると、その顔を地面に擦り付けるように下げ始めた。
「姫様! それがし、いえこのハムスケ、一層の忠誠をつくしますぞ!」
「うむ、よろしくねハムスケ」
というわけでザイトルクワエさんのフラグです。
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