負傷者を救出し、陽光聖典の生き残りを捕縛してカルネ村へと戻ったサトリとガゼフ率いる王国戦士団は、村人から暖かい出迎えを受けた。途中でサトリが展開していた対情報系魔法が発動するハプニングはあったものの、それ以外に大きな問題もなく、村はようやく静かな夜を迎えていた。
捕虜の人数が多すぎることもあり、エ・ランテルに早馬を送って応援を頼んだが、到着するのは翌日以降になる。大量の捕虜を抱えて村で一夜を明かすことになった訳だが、先に捕らえた兵士達はともかく、陽光聖典は危険なので厳重な監視が必要だった。
(渡りに船だと思ったんだけどな……村の中じゃさすがに、なあ)
消耗しきっていた王国戦士団に代わって陽光聖典の死体の埋葬を買って出たサトリは、「死体を媒介に生み出されたアンデッドは長期間存在し続ける」というこの世界のルールを知った。クラススキルの方の<アンデッド作成>を使って
この重要な発見に喜んだサトリは埋葬用に掘らせていた穴を埋め戻すと、陽光聖典の死体を近くのトブの大森林の中へ運んで守っておくように
思いがけない収穫に喜んだのも束の間、見張りの問題が片付いていなかった。村人達の感情を犠牲にしたとしても、今のサトリが人間の死体から作れる程度のアンデッドでは、陽光聖典の捕虜が暴れた時に取り押さえるのが難しい。自分自身がマジックアイテムを使って寝ずの番をする、という案は即座に却下していた。サトリだって疲れているのだ。身体的にはさほどでもないが、魔力はとくに厳しい。
なによりも鈴木悟の精神の方が限界だった。この世界に着てからまだ1日も経っていないのに、あまりにも色々なことがあり過ぎたせいである。
(今夜は風呂に入ってゆっくり休むと決めたんだからな!絶対に残業なんてしないぞ!)
といって疲労困憊のガゼフや戦士団にやらせる訳にもいかないし、一夜の見張りのためにこの世界では過剰なマジックアイテムを大盤振る舞いするのも考えものだ。用心の為であってケチりたいからという訳では決してない。
そんな訳でサトリとガゼフと村長が頭を悩ませていた時のこと。村長の家に手伝いにやって来ていたエンリの顔を見て、サトリは急に立ち上がった。何事かと顔を上げたガゼフと村長を尻目に、サトリはつかつかとエンリに近づいてにっこりと笑いかける。
「エンリ。あの時、何でもするって言ったよね?」
「はい……えっ?」
サトリの笑顔に見とれて生返事をしてしまったエンリだが、言葉の意味を理解すると顔色を変える。たしかに自分に出来ることなら何でもすると言った記憶があった。その言葉はもちろん嘘ではないが、こんな形で持ち出されると何をやらされるのか不安になってしまう。
「そ、その通りです。サトリ様がおっしゃるなら私、どんなことでもやります」
「その言葉が聞きたかった。じゃあ私と一緒に外に出ようか。村長。戦士長。手が開いてる人を集めておいてください。呼び出すところを見ていた方が混乱しないと思いますから」
「え?え?あの、サトリ様?」
すたすたと村長宅の外に出ていくサトリに、周囲は戸惑いを隠せない。
「サトリ殿、何か名案が?」
「一石二鳥の方法を思いつきました。ちょっと驚くでしょうけど、アンデッドよりは良いと思います」
◆
それから暫くして、サトリが灯した
「俺ら一同、エンリの姐さんの為に命を張らせていただきやす!」
「というわけでエンリ。彼らの面倒を見てあげてほしい。君の命令には従ってくれるから安心してくれていい」
エンリの後ろで事の成り行きを見守っていたサトリは、エンリの肩をポンポンと叩きながら満足そうに頷いている。村人やガゼフ配下の戦士達も、ゴブリン達が出現した直後こそ戸惑いを見せていたが、彼らが一般的なゴブリンより遥かに賢そうなのと「サトリ様が大丈夫と言ったのだから」という理由でさほど混乱もなく受け入れてしまった。
魂が抜けたような顔でエンリが後ろを振り向くと、そこにいた村長が慌てて目を逸らした。
「わ、わしらもなるべく協力はする。すまないがエンリ、頼んだぞ」
「……」
村長は頼りにならないとみて、エンリは隣にいたガゼフに助けを求める視線を送る。しかしそのガゼフも目を逸らしたではないか。何よりも民を大事にしてくれるはずの王国戦士長が、村娘の危機を見捨てるなんてあっていいのかとエンリは歯を食いしばった。
「さすがに報告はできんからな。私は見なかったことにしておく。私の部下にも秘密を漏らすような人間はいないので安心してほしい」
何を安心しろと言うのか。もはやこの場で状況についていけていないのは、エンリ・エモットただ一人だった。
「それじゃゴブリン達には交代で見張りに当たってもらおうか。エンリ、彼らへの指示は頼んだよ。皆さんも暗い中ありがとう。おつかれさま」
サトリの言葉で解散となり、人々は広場を後にしていく。
「さあて、私も帰ってゆっくり風呂でも……」
呟いて歩き出そうとしたサトリの腕を、エンリががっちりと掴んだ。
「……サトリ様?」
「な、何かな?」
「これはどういうことですか?」
「どうって……ゴブリン達のまとめ役がんばって。エンリの姐さん」
その言葉を聞いたエンリは我慢の限界に達した。サトリの前に回り込んでその両肩を掴むと泣き出しそうな顔で詰め寄る。
「こんなの聞いてないですよ!私ただの田舎の村娘ですよ!?」
「何でもするって言ったし……」
必死に迫るエンリに、サトリはとぼけたように顔を背けて言ってのける。
「出来ることなら、とも言ったはずですよ!」
「だだ大丈夫だよ。わ私も経験あるけどまとめ役なんて、たた大したことじゃないから」
サトリはがくがくと身体を揺さぶられながらもすまし顔だ。むしろエンリが取り乱しているのを見て楽しんでいる気配すらあった。
「それならサトリ様がやってください……私なんかよりずっと上手く……」
「私はあちこち旅をするつもりだからね。それに村はこれから人手が必要だろう?」
「それは……そうですけど」
「あの、エンリの姐さん。ひょっとして俺ら御迷惑でしたか?」
ゴブリン達の列の先頭、ジュゲムと名乗った一際屈強なゴブリンが進み出てきた。
「……え?」
「おい!てめえら!姐さんの迷惑になるくらいだったら、やることは分かってるな!?」
「あったりめえよ!」「覚悟ねえ奴なんてここにはいねえ!」
ジュゲムに応じてゴブリン達は一斉にその場にしゃがみ込むと、鎧を外して武器を抜き払った。
「俺ら一同、腹を切って姐さんに詫びやす。サトリ様とおっしゃいましたか、介錯お願いしやす」
「分かった。エンリがどうしてもいやだって言うなら仕方ないよな。エンリから産まれたのに要らないなんて言われて可哀想だけど」
「要らないなんて言ってません!そ、それに私が産んだみたいに言わないでください」
「あとは一言、死ねと言っていただければ片付きやす!姐さん、どうかこれからもお健やかに!」
ゴブリン達の真摯な視線がエンリへと集まる。彼らの表情から感情を読み取ることは人間には難しいが、その真剣な空気だけははっきりと伝わってきた。エンリはついに観念する。
「う……わ、わかりました!私がやればいいんでしょう!」
あからさまな芝居だと分かっていても、結局引き受けてしまうのがエンリという少女の生来の人の良さである。この一件で村長はエンリに頭が上がらなくなるのだが、今の彼女は初めて他人の命を背負うという責任の重さを考えるだけで頭が一杯だった。
「就任おめでとうエンリ。お祝いに同じアイテムをもう一つ渡しておくから、足りなくなったら使ってね」
サトリはエンリの手に小さな角笛を握らせると、脱兎のごとく逃げ出した。そして少女の絶叫が夜のカルネ村に響き渡った。
◆
「あー……今日は本当に、ほんっとうに色々あったなあ……」
グリーンシークレットハウスの中で、サトリはぬるめのお湯につかって汗や埃を落とし、一日の疲れを癒していた。疲労を回復するポーションもあるが、こちらの世界で入手できるかわからないので無駄遣いはしたくなかった。いっそ食事睡眠が不要になる魔法の指輪をつけておくべきだろうかとサトリは考える。
(でも、ずっと腹減らない、眠くもならないって、どっかおかしくなりそうなんだよなあ)
自分が24時間仕事を続けるロボットになったところを想像してしまい身震いがする。それにこの世界は鈴木悟がいた世界と違って、汚染されていない豊かな自然が残っている。食べ物も鈴木悟が食べていた合成食品よりおいしいものがたくさんあるはずだ。それらを楽しめないのはあまりにももったいない。
カルネ村の村人達に振る舞われた食事にはとても感動したものだ。味がどうというよりも、自分達が一番苦しい時なのに大変な労力と乏しい備蓄から、心を込めた料理を振る舞ってくれた事が嬉しかった。マジックアイテムの効果で普段から空腹を覚えない、食事の習慣がない、となればその感動と重みはずっと軽かったはずだ。
(……指輪か)
サトリはアイテムボックスから一つの指輪を取り出して指に通す。指輪は組み込まれた魔法によって自動的にサイズ調整され華奢な指に収まった。
リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン。
サトリがモモンガだった時に所属していた栄光のギルドの証だ。ギルド拠点内を自由に移動できる力を持つが、今となってはただの思い出の品でしかない。最盛期には41人いたメンバーも4人まで減り、そこから自分を引いた3人と顔を合わせたのは何年前か覚えていない。最後の最後に2人とは会えたが、ヘロヘロとは会えずじまいでこんなことになってしまった。
(ヘロヘロさんに悪いことしちゃったな……)
なんとなくリングを指で撫でてみるが当然何も起きるはずがなかった。リングが嵌っている指も見慣れた白い骨ではなく、ほっそりとした女の子のそれだ。
(無断欠勤だし仕事もクビだな……仕事か……俺は本当に帰りたいのか?あの世界に)
サトリは湯気が立ち込める天井を見つめながらぼんやりと考える。ヘロヘロに謝りたいという気持ちはあるが、ユグドラシルが終了してしまった世界に帰りたいかと聞かれたら。
両親も友達も恋人もおらず、毒で汚染されつくした世界で、いつ身体を壊すかと怯えながら、食う為だけに働く毎日に帰りたいかと聞かれたら。
(そんなもの─)
(最初から帰る気なんてなかったでしょう?)
サトリはぎょっとしてお湯の中に深く沈んだ。確かに聞こえたのだ、誰かの声が。女の身になったからにはそういう心配も必要なのに、頭から抜け落ちていた己の迂闊さを呪う。びくびくしながら周りを見回してみるが、いくら見回したところで誰もいない。念のために魔法を使ってみたが結果は同じだった。
(本気で疲れてるな俺。でも、その通りかもな)
この刺激と魅力に溢れた美しい世界で、自分の望むように生きてみたい。色々な土地を旅してみたい。価値ある物を集めてみたい。もっと魔法を極めたいし、強さを求めてみたい。楽しかったユグドラシルの日々と同じように。それがサトリの、鈴木悟の偽らざる願いだった。
欲を言えばギルドメンバーに会いたかったが、こうなった原因がワールドアイテムなら、彼らがこちらに来ている可能性は絶望的だ。しっかりした情報があるならともかく、やみくもに探し回っても徒労に終わるとしか思えなかった。
もしも鈴木悟がモモンガのまま、ナザリック地下大墳墓と共にこの世界に来ていたら、そうは思わなかったのかもしれない。
だが今はどうだ。ギルドという形も、ギルドの象徴たる
アインズ・ウール・ゴウンが存在しているのは、サトリという少女の身体に宿った鈴木悟の記憶の中だけなのだ。だが─
サトリは自分の胸に手を当てて静かに目を閉じる。
(だとしても。俺が
この世界でサトリという少女が生き続ける限り、アインズ・ウール・ゴウンの栄光は彼女の中で生き続ける。だから鈴木悟は生きていく。偉大なギルドの記憶を決して忘れることなく。己にできることはそれだけだと悟は思った。
「……結局。何も変わらないってことだな、あんなに悩んだくせに馬鹿みたいだ」
何となく胸の内がすっきりしたサトリは湯の中で大きく伸びをした。この至福の時間は何物にも代えがたいものだ。この世界にだって探せば温泉の一つや二つあるはずなので、探してみるのもいいかもしれない。何気なく視線を落としたサトリは、白くて丸い物がぷかぷかと湯に浮かんでいるのが目に入った。
正確に言えば、ずっと目に入ってはいたが気にしないようにしていた、のだが。
(これなあ……)
自分の身体の一部だということは実感として分かっているが、鈴木悟の意識としては未だに違和感が拭いきれないでいた。胴回りが細いせいで余計に胸が目立つのはシャルティアを彷彿とさせる。ただ、あちらは偽物という設定だった気がするが。
ユグドラシル時代、ペロロンチーノと巨乳談義に熱中していて、彼の姉のぶくぶく茶釜にドスの利いた声で怒鳴られて肝を冷やした事が、昨日の事のように思い出される。
(本人にはあんまり良い事ないよな。揉んでも多少くすぐったいだけだし)
ゲーム的に言えば社交スキルにボーナスとペナルティがつくのだろうか。面倒事も呼びそうだし、ギルドメンバーだったフラットフットのように逆効果な相手もる。いちいち身体を引っ張られるような感覚も困り物だ。それでも鏡に映った己の姿を見ると、全てを許してしまえる気分になるのは、鈴木悟が巨乳派閥だったからだろう。
(下の方も含めて嫌でも慣れなきゃいけないんだろうけど、童貞にはハードル高すぎるよ!これに比べたら骨の体の方がずっと楽だっただろうな)
(教えてあげましょうか?今夜にでも)
自分の胸を見つめながら妄想に耽っていたサトリは、また誰かの声を聞いた気がして慌てて湯船に沈み、思い出したように胸を手で押さえる。気分は悪戯を見られた子供のそれだった。何ら疚しいことはしていないのに、なぜこうも恥ずかしいのか自分でもわかっていなかった。
(の、のぼせたかな。もう上がるか)
頭の上で適当に纏めた髪が湯に落ちないようにそっと立ち上がる。この髪を洗うのが何気に一番大変だった。入浴の代わりになる魔法があったら、真っ先に覚えようと決めた理由である。ただそんな魔法を覚えられたとしても、湯に浸かるのをやめるつもりはない。入浴という行為は日本人であった鈴木悟の魂に根差した最高の娯楽なのだ。
◆
次の日の朝。
身支度と朝食を早々に済ませたガゼフは陽光聖典の捕虜が放り込まれた家に向かっていた。エ・ランテルからの応援が来るまでの時間を使い、サトリと共に捕らえた陽光聖典の尋問をすることになったのだ。本格的な尋問は王都で行われるだろうが、そうなるとサトリが重要な情報を得るチャンスがなくなってしまう。それはガゼフが協力しても同じだった。
ガゼフは王国戦士長という肩書で名ばかりの爵位も持っているが、実態はただの一部隊の隊長であり、王国の政治や司法に一切の権限はない。一旦引き渡してしまえばガゼフとて何もできなかった。
それにガゼフ個人を狙った今回の襲撃の周到さからして、ガゼフを排除したい王国内の貴族派閥が裏で糸を引いているのは確実であり、引き渡せば真相など闇に葬られるのが目に見えている。
ガゼフとしても自分が狙われるだけならまだいいが、そのために無辜の民を何百人も殺し回った法国や、権力闘争の為に自国の民の虐殺を後押しした貴族派閥の貴族達には、堪えがたい怒りを覚えていた。今ここで情報を得ておくことは貴族派閥への武器になるだろうと思ったのだ。
ガゼフが家の前で見張り役と話をしていると、サトリが姿を見せて手を振ってきた。朝日の中で輝くように美しい顔を見て「あの難儀な性格でなければ」などと思っている事はおくびにも出さずガゼフも挨拶を返す。
「では、さっそく始めましょうか。戦士長」
「そうですな。エ・ランテルからの応援にも貴族派閥の手が入っているかもしれませんので」
「と言っても私は尋問なんてやったことはないので、自信はありませんが」
ガゼフは喉まで出かけた言葉を辛うじて飲み込んだ。
「……な、なるほど。しかしあなた程の魔法詠唱者であれば如何様にでも出来てしまうのでは」
「そう願いたいです。彼らには聞きたいことが沢山あるので」
サトリの本性を知っているガゼフは、彼女のちょっとした言葉や態度にも不穏なものを感じてしまう。この娘の極端な二面性は、自分などには想像もつかない魔法的な理由があるのだろうと想像していた。彼女が王や王国と対立するような未来が来ないことを願わずにはいられない。
(彼女が王に力を貸してくれたら、これほど心強いことはないのだがな)
彼女の魔法の力は伝説の13英雄すら超えるのではないかと、昨晩の光景を見たガゼフは思っている。その力と知恵を王国の為に使ってもらえれば、様々な問題を抱えたこの国を立て直せるかもしれないという希望が湧いてくる。しかし、ただでさえ魔術師と魔法の力を軽視している王国が、貴族ではない彼女にどんな態度を取るかなど容易に想像がついた。
仮に彼女に宮廷魔術師として力を貸してもらえたとして、素性の知れない流れ者の魔法詠唱者の力を背景に改革を行えば、結果は火を見るより明らかだった。貴族達は王が魔法で操られたと言い出すだろう。サトリが若く美しい女性というのがさらに良くない。いずれ彼女をして「王をたぶらかした傾国の魔女」とでも糾弾するに違いない。
ありとあらゆる手を使ってサトリを追い落とし、あるいは闇に葬ろうとするはずだ。彼女がいかに強大な魔術師でも、生きている限りは不死身の存在ではないはず。彼らが本気でサトリの排除にかかれば、ガゼフとて守り切れるとは思えなかった。宮廷こそが貴族というものの主戦場なのだから。
そしてそんな絶好の機会を、あの鮮血帝が見逃すはずがないのだ。
(歯がゆいな……この国が生まれ変われるとしたらこの機を置いて他にないだろうに)
極上の良薬を見つけても、王国という重病人は既にその薬を受付けないところまで容体が悪化していたのだ。四肢を切り落とす覚悟がなければ回復など見込めない。そして切り落とされる四肢とは、結局のところ無辜の民に他ならない。それは王と民を守る剣となることを誓ったガゼフには認めがたいものだった。
陽光聖典の隊長の言葉がガゼフの頭を過ぎる。
(腐っている、か……いかんな。敵の流言に惑わされてどうする。俺は王に剣を捧げたのだ。剣は主の敵を倒すことだけ考えていればいい……)
家の中に入ったガゼフが周りを見回すと、陽光聖典の隊員達が厳重に拘束された上でゴブリン達に監視されていた。全ての装備を取り上げられ、下着一枚の格好で目隠しと猿轡、という徹底ぶりだ。
「おや、サトリ様にガゼフ戦士長。こいつらが何か?」
「ええ。ちょっと話を聞きたいと思って」
「協力に感謝する」
陽光聖典の隊員達は目も口も塞がれていたが、耳についてはそのままだ。彼らは入ってきた人間の名前と声を耳にすると、一斉に呻きながら身をくねらせ始めた。
「やっぱり戦士長は恐れられてますね……昨日あれだけ大活躍でしたから」
「……はは、敵に恐れられるのは悪い事ではありません」
彼らが真に恐れているのは誰なのかガゼフにはすぐわかったが、わざわざ寝ている竜の尾を踏む気はない。変に刺激して苛烈な方の性格のサトリに出てこられてはかなわない。ガゼフもあちらのサトリにはかなりの苦手意識を刷り込まれていた。あんな力と振る舞いを見せられては誰だってそうだろう。
「さて、まずは……ん、この人はなんで傷だらけなのかな」
下着で転がされていた男たちの中で、一人だけ擦り傷や痣だらけの男がいた。
「ああ、そいつは逃げようとしやがったんですよ。縛られてるくせに大暴れしやがるんで、取り押さえるのが大変でした」
「なるほど。元気が有り余ってるなら、ちょっと大人しくなってもらおうか。試してみたいこともあるし」
それを聞いて傷だらけの男が死に物狂いで暴れ出すが、縛られていてはどうしようもなかった。ガゼフの前でサトリの指が男の肩に触れ、何かの魔法が発動される。
「
サトリに触れられた男は声にならない悲鳴を上げながらびくびくと身体を震わせ、やがて力が抜けたようにがっくりと地面に倒れ込む。呼吸はしているようなので生きてはいるらしい。
「……なるほど。現実だとこういう感じになるのか。これは色々実験するのが楽しみだなあ」
満足そうに呟くサトリに、固唾を飲んで聞き耳をたてていた他の捕虜たちが一斉に呻き出した。その切羽詰まった様子にガゼフも見張りのゴブリンも思わず眉を顰める。
「サトリ殿……今の魔法は一体どのような?」
「ちょっとした呪いです。これで前程元気はなくなると思います。ダメージはありませんから死んでしまう事はないはずですし」
恐ろしい台詞をさらりと口にして立ち上がったサトリは、指先についた血と泥を見てわずかに頬を引き攣らせる。
「手じゃなくても発動できるかな……試してみよう」
サトリはどこからか取り出したハンカチで手を拭うと別の捕虜に近づいていく。恐怖に震える捕虜の一人に軽く足を乗せて先程と同じ魔法を発動した。そして再び同じ光景が繰り返される。
「ああ、予想通りだ。靴くらいならいけるな」
ガゼフには意味の分からない理由で上機嫌になったサトリは、流れ作業のように陽光聖典の捕虜を踏んづけては呪いをかけていく。
(……どちらの彼女もあまり変わらないのでは)
途中から見ていられなくなったガゼフは額に手を当てて目を閉じた。しかし時間的余裕がない状況で情報が欲しいのは同じなので止める気はない。耳を塞ぎたくなるような咆哮が数度繰り返された後で、家の中は静かになった。
耳を澄ませても聞こえてくるのは不規則な呼吸音だけだ。サトリの目配せを受けたガゼフは、床に倒れていた男の一人を引き起こして座らせる。目隠しと猿轡を外したその顔には見覚えがあった。陽光聖典の隊長。魔法詠唱者でありながら、不意を突いたガゼフの必殺の剣をギリギリで回避した強者だ。
昨晩見た時とは別人のようにげっそりしていたが、ガゼフの顔を見るなり憎々しげな視線を送ってくる。しかしガゼフの後ろに立っていたサトリの姿を見るなり、蒼白になってガタガタと震え出した。ガゼフがサトリに場所を譲ると、サトリは怯える隊長の前にしゃがみこんで無邪気な笑顔を見せる。
「さて、素直に喋ってくれればこれ以上の魔法はいらないんですが……話してくれませんか?」
ガゼフを睨みつけた太々しさはどこへやら、陽光聖典の隊長は何度も首を縦に振った。