ナザリックの潜伏者   作:塩梅少年

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1ー1 フランケンシュタインの怪物

 YGGDRASIL(ユグドラシル)

 

 かつて爆発的な人気を誇った一つのDMMO-RPGの最終日、そのゲームのギルドの一つ、アインズ・ウール・ゴウンに所属していたプレイヤー“ガーネット”はヘルヘイムの世界で、彼らが所持する拠点、ナザリック地下大墳墓へと急いでいた。

 ナザリックの入り口までの道中、グランベラ沼地の島の一つには、ここまでで見たものと同じであろう花火がぎっしりと引き詰められているのが見てとれる。

 ガーネットは転移の指輪リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの転移先一覧から第九階層の欄を選び転移する。

 そのまま円卓(ラウンドテーブル)に向けて歩みを進めるガーネットの姿は“フランケンシュタインの怪物”と呼ばれるホムンクルスの上位種であり、巨大な体躯と醜悪な顔が特徴の異形種であった。

 

 数時間前にユグドラシルにログインしたガーネットは、かつてのギルド長である“モモンガ”と幾何か話した後、一人お祭り騒ぎのユグドラシルの世界を散策していたのである。

 しかし、もうそろそろサーバーが落ちる時間だと気づいたガーネットは、「他にも来るかもしれないメンバーがいるかもしれないので私はナザリックにいます」と言ったギルド長の言葉を思い出し、せっかくだからまだいるモモンガさんと一緒に最後の瞬間を楽しもうと再びナザリックに戻ってきたのだ。先ほど見えた入り口付近の花火もモモンガさんが用意したのかもしれない。

 

 そんなガーネットの職業構成だが、戦闘に特化していない隠密に特化した構成になっており、そんな彼の視界の片隅に浮かぶ地図にはこの先の円卓(ラウンドテーブル)に2人のメンバーがいることを示していた。騒音を表す波紋が二つ広がっているのが見えるのでモモンガさん以外にも誰かが来て、何かを話しているのだろう。

 

 魔法職なら組み合わせや戦術で、戦士なら現実世界の運動神経がプレイヤーの実力に大きく影響するが、自分のような戦闘を視野に入れていない盗賊系の忍者職のプレイヤースキルは、変動する様々な情報をどこまで把握し、避けることができるかによって決まる。悪く言えばごちゃごちゃした表やグラフに波紋などが示された画面を読み解く理解力が求められる。周囲の気配やターゲティングの方向や、温度変化に音や空気の変動、魔力の波動に空間のゆがみなどが画面に細かく表示されており、それらを同時に理解して動かすのが盗賊の動かし方であった。

 

 

(……誰が来てるんだろう? 懐かしい顔に会えるかもな)

 

 

 ユグドラシルをやらなくなってからおよそ二年。このゲームに飽きて疎遠になっていた自分だが、彼らと顔を合わせ遊んだのは楽しい思い出であった。合わせる顔は化け物の顔であるのだが。そんなかつての思い出を振り返り、やや駆け足で円卓(ラウンドテーブル)へと向かっていく。

 しかし、ガーネットが部屋にたどり着く前に反応のうちの一つが消えてしまった。どうやら会う前にどちらかがログアウトしてしまったらしい。

 ガーネットは梯子を外された気分になり自然と足取りも遅くなる。笑い話として受け止めようとして、そのまま円卓(ラウンドテーブル)の扉に手をかけようとする。しかし――

 

 

「――ふざけるな!」

 

 

 その手は思わぬ怒号によって止められることになった。反射的に周囲から隠れようとして、かつてユグドラシルで行っていた隠密系のスキルをすべて解放させるショートカットを押し周囲と同化する。

 

 

「ここは皆で作り上げたナザリック地下大墳墓だろ! なんで皆そんなに簡単に棄てることが出来る!」

 

 

 壁越しでも聞こえるその声にガーネットは身を竦ませる。常時発動型特殊技術(パッシブスキル)である<聞き耳>や〈収音〉により、その後の呟くような声になったモモンガさんの声も続けて耳に入ってきた。

 

 

「……いや、違うか。簡単に棄てたんじゃないよな。現実と空想。どちらかを取るかという選択肢を突きつけられただけだよな。仕方ないことだし、誰も裏切ってなんかいない。皆も苦渋の選択だったんだよな……」

 

 

 空中で止まった腕を下げ、そのまま扉の横で壁に寄りかかるように座り込んだ。ガーネットは穏やかな目覚めに泥水を顔にかけられた気分だった。なぜならガーネットは今でも他のゲームを、かつてのユグドラシルと同じように遊んでいるのだから。

 ユグドラシルを簡単に棄てたし、現実と比べたわけでもなく、苦渋の選択でもなかった。ただやりたいことをやり終えたから、飽きた空想から次の空想に移っただけ。間違っているとは思っていないし“裏切った”なんて微塵も思っていない。

 確かにユグドラシルというゲームは楽しかった、しかしただそれだけで特別視するものではなかった。なぜなら他にも楽しいゲームはいっぱいあるのだから。

 

 しかしギルド長のモモンガさんの立場になって考えれば彼の気持ちも()()()できるし、酷な話とも感じる。なぜならこのナザリック地下大墳墓は41人の多大な時間と労力と、そして、リアルの少なくない金も掛けて作りあげたものだからだ。

 俺達――モモンガさん以外のギルドメンバーからしたら自分の使った時間とお金である。ゆえにそれに対して満足も納得も後悔もしてゲームを辞めることができた。

 

 しかしそれをギルド長として任された側からしたらどうなのだろうか? けして仲の悪くない友人と少なくない金や時間をかけて作った集大成。

 人は自分一人のものは捨てることも終わらせることも決断できるだろう。だけど自分以外が関わったものを気軽に捨てることも終わらせることもできないのではないだろうか。

 いつか誰かがモモンガさんを悪い意味でギルド長に向いていると言っていたが、悪い意味でもギルド長に向いてなかったのかもしれない。

 

 モモンガさんがユグドラシルを大事に思っていたのは知っていた。それを知ってなお、自分を含めてなんとなく籍を残していた三人とモモンガさんを除けば四一人中三七人が、彼らなりに何らかの終わりを作ってこのゲームをやめたのだ。

 自分を含めて皆、モモンガさんも何かしらの終わりを作るんだろうと考えて、だから誰も何も言わなかった。なぜならそれはモモンガさんが決める問題だし、自分達には何の責任もないのだから。

 ――しかし友人として彼を思うのならば何かしてあげるべきだったんじゃないかとも思ってしまう。

 

 そんなことを考えていると円卓(ラウンドテーブル)の扉が開き、ギルド武器を持ったモモンガさんが歩いて行く。扉のすぐ横に座っていた自分には気づいた様子もなかった。今の自分は索敵系スキルで看破するか、攻撃を当てるかしないと見つからないのだから当たり前ではあるのだが。

 

 その後ろ姿を追いかけることも声をかけることもせずに、ただ見送る。

 ここ(ナザリック地下大墳墓)を楽しかった思い出(過去)として見ているだけの男が、ここ(ナザリック地下大墳墓)大切な場所(まだあるもの)として見ている男に言えることなどないのだから。

 

 そう思い一人床に座り込み、なんとなく終わりの時を待つ。贖罪するつもりなんてないし、悪いとは思っても悪いことをしたなんて思っていない。この嫌な気分のまま逃げるようにログアウトしたら、楽しかった思い出まで否定される気がしたから。だから帰ったらモモンガさんにお疲れ様のメールでも送ろうと考えてガーネットは座り続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(モモンガさんには悪い事したかもしれないけど、ナザリックではやりたいことやって、楽しかったよな。今やってる戦車げーも極めつつあるし、今度は内政ゲームでも始めたいな……でもマスターバッジまだ全部揃ってないんだよなぁ……ん?)

 

 

 これといってやることもなくかつてのナザリックを振り返って座っていると、いつもごちゃごちゃしていた大小さまざまな地図やグラフが画面から消えたことに気づく。こんなに綺麗な画面になったのはユグドラシルを始めたころ(レベル1)以来かもしれない。

 サービス終了の瞬間を見るのは初めてだったがこういう感じに終わるんだなと思っていると、世界が――変わった。

 

 それはまるで背中に目ができたかのような万能感。皮膚がすべて耳に変わってしまったかのように周囲の静かな音が全身に突き刺さってくる。今までなかった器官が全身に生えたかのような違いに倒れるかと考えるが、決して倒れない身体。足が八本に増えた人間が、足を動かすことができてもどの足から動かせばいいかわからないように、いま身体を正しく動かせているのかがわからない。

 

 そんな気分が良いのか悪いのかわからないような身体を動かして、ガーネットは少しでも気分が良くなる場所を求めて歩く。

 

 そうしてアインズ・ウール・ゴウンが一人、フランケンシュタインの怪物ガーネットは()()()()()()()()()()()それぞれのギルドメンバーに割り当てられている自分の部屋へと向かって行くのだった。

 




ガーネット 異形種
創造主のいない創造物
属性――中立――[カルマ値:-50]

種族レベル
ホムンクルス――――――――――――10lv
改造人間―――――――――――――― 5lv
フランケンシュタインの怪物――――― 5lv

職業レベル
シーフ―――――――――――――――15lv
ハイシーフ―――――――――――――10lv
アンチトラッパー―――――――――― 5lv
ランナー―――――――――――――― 3lv
ダイバー―――――――――――――― 3lv
ストーカー――――――――――――― 5lv
アサシン―――――――――――――― 5lv
幻術士――――――――――――――― 5lv
ニンジャ――――――――――――――10lv
カゲツカイ――――――――――――― 3lv
口寄せ師―――――――――――――― 5lv
カシンコジ―――――――――――――10lv
マスターニンジャ―――――――――― 1lv



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