第三王女の婚約者   作:NEW WINDのN

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ザナックお兄様

 

 

「ナザリック候、目を見張るような素晴らしい戦いぶりだったな。候があれほど剣を使えるとは思わなかったぞ。それにしても存外バルブロの兄上もだらしのないことだ」

 悟にボコボコにされ、取り巻きの貴族達に肩を担がれて無様に引き上げていくバルブロ。そのバルブロに聞こえるように·····いや正確には意図的に声をそちらに飛ばしつつ、さらにおまけとばかりに高らかに拍手までしてみせ、やや大袈裟にザナックはナザリック候である悟を讃える。

「··········!」

 それを聞いたバルブロの目には怒りの炎が灯り、わずかにザナックへと目線を送るがさすがに言葉を返す元気はなかった。あれだけ悟の攻撃を受けてもまだ反発しようとするところはある意味立派だ。王子としての矜恃なのだろうか。それとも弟への敵意なのか。それは本人もわからないのかもしれない。

 ザナックのやり口は明らかな挑発行為だが、バルブロが自分が得意とする剣技において完敗したことは間違いのない事実だ。王族一の使い手として偉そうにしていた癖に·····と思う者もいるだろう。

 

「·····ありがとうございます。ですが、バルブロ王子は、ラナー王女と婚約した私に花を持たせようと、手加減してくださったのですよ。バルブロ王子流の祝福というやつですかね。どう思います? ザナック王子」

 もちろんこれは事実とは違うし、悟自身まったく思ってもいないことだった。バルブロが全力全開だったことはわかっているのだ。最初から悟を潰す気で来ていたのだから。

 だが、悟はここで一応フォローする。第一印象(ファーストインプレッション)では仲良くしたい相手ではないが、このままいけばいずれは義兄となる相手だから嫌われたくはない。

 ここで長年ギルド"アインズ・ウール・ゴウン"のギルドマスターとして、メンバー達の調整役を行っていた経験が活かされることになる。

 

「ふむ。ナザリック候は優しいな。別にバルブロ兄上に優しくする必要なんてないのにな。ああ、ナザリック候、俺の事はザナックで構わないぞ。まあ、俺としては義兄上(あにうえ)でもよいが、まだ結婚前だし気が早いか?」

「まあ、ザナックお兄様ったら·····」

 ラナーは顔を赤らめて俯く。実に女の子らしい反応だし、実際問題悟はそう感じていた。

(·····ふーん、こいつも普通にこういう顔するんだな。意外だったぞ)

 しかし、ザナックは悟とは違う。ラナーが小さい時から見てきているのだ。彼女のことをあまり女らしい·····あるいは姫らしいとは思っていない。

 

「私のことも·····」

 "サトルで構わない"と言いかけたのだが、ラナーの無言の圧プラス物理的に足の甲を踏まれ、悟は口を閉じる。軽く可愛く踏まれたのでダメージはないが、意図するところは理解できた。

 どうやら悟をサトルと呼んでよいのはラナーだけにしたいらしい。微笑みながら頬を膨らますという器用な事をする彼女を見て流石の悟も悟る。

(やべ、そういうことか·····にしても可愛いすぎないか·····やばっ、俺完全に·····)

 悟は、もはや完落ち寸前と言えた。

 

「も、もんが·····いや、モモンと及びください、ザナック王子」

 サトルがダメで、スズキもどうかと思った悟は、勝手につけられたサトル・スズキ・モモン=ガ・オブ・ナザリックという長い名前の真ん中にあるモモンをチョイスする

(これが正しいかはわからないけど·····)

 チラリとラナーを見ると満足そうな笑みを浮かべていた。

(よかったんだよな?)

 悟はそう思うことにするが、自信はない。

「モモンか。なかなか勇敢そうな名だな。改めてよろしくナザリック候」

 しかし結局ナザリック候と呼ぶザナック。いったい悟の逡巡は何だったのか。

「こちらこそよろしくお願いいたします。ザナック·····王子」

 そして、サラリーマン気質の悟は、やっぱり敬称を外せない。結果として何も変わっていない。

 

「それにしても、ナザリック候がこれほど腕が立つとは知らなかったぞ。あの剣だけしか取り柄のないバカブロの兄上がボロボロになる様はなかなか見ていて楽しかったぞ」

 ザナックは朗らかに笑いながら貶す。日頃の不満を吐き出しているのだろう。

(うーん、同じような事を最初に言っていたような気がするけど気のせいかな? ·····兄弟って言っても色々あるんだろうな。俺には兄弟なんていないからよくわからないけど。それにしても、今·····バカブロって言ったよね?)

 ラナーからバルブロとザナックは王位継承権の絡みで仲は良くないと聞いていたのだが·····。

(これは仲が悪いが正しいよな)

 ふと、良く知る二人を思い出す。当然ギルドメンバーだった、ぶくぶく茶釜と、ペロロンチーノの姉弟だ。

(ペロロンさんの事を、茶釜さんがよくドスの効いた声で叱ってたけど、今思うとあの"バカ弟!"って言葉には愛情があったんだよなぁ·····)

 それに比べると目の前にいるザナックからはバルブロに対する愛情は欠片も感じられなかった。

 

「先程も言いましたが、バルブロ王子は加減してくださったのですが、私は少々調子に乗ってしまいまして。王子には失礼な事をしてしまいました」

 これは当然社交辞令であり、悟としても叩きのめしてやったぜ! という気持ちはある。

「候は真面目だな。最近の貴族にしては珍しい」

「そ、そうですかね·····」

 実際貴族どころか本人はただの一般人にすぎないのだが。

「まあ、良いことだと思うぞ」

 どうやら悪い印象ではないようで、悟はホッとする。

 

「ふふっ·····サトルは何でもできるんですよ」

 ラナーは微笑みながらとんでもない事を言い出した。

(いやいやいや·····何もできませんからっ! この王女様の俺に対する評価はどこからきてるのっ!)

 悟は何とかしないとと口を開こうとするが、何も言葉が出ない。

「なんだ、惚気か? 」

「はい」

 熱っぽい視線をラナーは婚約者に向ける。

「よいことだな。妹を頼むぞ、ナザリック候」

「あっ、ハイ·····」

 悟は狼狽えつつ頷くしかない。

 

「ところで話は変わるんだが今日の昼間は予定があるかな?」

 悟としては、"予定がある"と逃げたい質問だったのだが·····。

「大丈夫ですよ、ザナックお兄様お誘いお受けいたしますわ」

 先にラナーに答えられてしまったら、悟としては断りようがない。

(どういうつもりだよ、ラナー·····)

 抗議の視線を送るが、ラナーの輝くような笑顔を向けられ、一瞬で抗議の視線ビームは消え去ってしまった。悟の美人(もしくは美少女)耐性はほぼゼロなのだ。

 

「まだ何も言っていないんだが、まあよいか。ラナーは賢いな·····」

 内心不気味に思いつつも、ザナックはラナーを褒めてみる。

「まあ、ザナックお兄様に褒められるなんて何年振りかしら。明日はお天気悪くなりそうですわね」

「こないだ褒めただろ!」

「あら、そうでしたかしら?」

 このやり取りを見ていた悟は、懐かしい二人を思い浮かべる。

(あの二人は元気かなぁ·····。最後に話したのは何時だっただろうか·····。それにしても、ラナーとザナック王子は仲が良いみたいだな。上の王子と違って良い奴みたいだし、仲良くなれそうかなぁ·····)

 食事の席ではあまり評価材料がなかったが、実際話してみるとザナックの印象はぐっとよくなっていた。

 悟がそんな事を考えている間もラナーとザナックのやりとりは続いていたのだが·····。

「まあいい。またあとでな·····」

「はい、ザナックお兄様」

 ラナーとの間で話がまとまるとザナックは立ち去っていった。

 

「あの·····」

「ザナックお兄様のことですね、説明いたしますわ」

 悟はラナーの綺麗な瞳をみつめながら、続きを待つ。

「ザナックお兄様は貴方を味方に引き込みたいんですよ。バルブロお兄様と比べると味方が少ないですからね。七大貴族の中で立ち位置が決まっていないのは貴方だけですから。·····今日の午後お茶会をすることになりましたよ」

「お茶会·····味方·····」

 小卒の悟には理解の及ばない世界だが、悟ではなくサトルは貴族である。否応なしに権力闘争に巻き込まれていくことになるのだろう。

「俺は·····ザナック王子の味方をすべきなんだろうか·····」

「それは考え方次第ですよ。バルブロお兄様とザナックお兄様のどちらがまともかと言えば·····」

「ザナック王子·····だよな」

 悩むまでもない。今日の対応だけで判断するなら答えは一つしかない。

「あら、即答ですのね·····可哀想なバルブロお兄様」

 その言葉とは裏腹にラナーは楽しそうな笑みを浮かべていた。

「いやいやいや、今の誘導だよね!? 二択だし」

 悟はアワアワするが、ラナーはその反応をたのしんでいる。

「ふふ·····ねえサトル·····貴方とバルブロお兄様なら?」

「····················俺かなぁ? ··········」

 悟は暫し考えた上で歯切れ悪く小さな声で答えた。

「ふふ、そこは即答ではないのですね」

「··········うん」

 悟はそこまでの自信がない。バルブロよりはマシだとは思うが、他人が自分をどう思っているかなどわからないのだから。

「サトルはバルブロお兄様よりザナックお兄様より素敵ですよ」

 ラナーの美しい顔で見つめられながらそんな事を言われたら·····。

「はふっ·····」

 悟は真っ赤になり、腰が砕けてしまった。もはや完全に骨抜き状態。ラナーに魅了(チャーム)されてしまったようだ。

「えっ、さ、サトルっ?」

 ラナーは婚約者の予想外の反応に驚きの声を上げ、崩れ落ちた悟を心配そうに見ることしか出来なかった。

(駄目だ·····可愛すぎて·····俺には耐えられない·····今はオーバーロードのモモンガのようなアンデッドじゃないから精神安定のスキルがないんだよ·····なぁ·····ちょっとだけあればよかったのにとも思うけど、せっかくの新しい人生なんだし、感情が動くのもよいかな·····)

 悟はそんな事を考えながら、膝に力を入れた。

 

 

 


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