ジルクニフ日記   作:松露饅頭

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番外編 影の悪魔のとある一日

 私はシャドウデーモン。

 階層守護者たるデミウルゴス様の配下の悪魔にして、現在は守護者統括であるアルベド様の命を受け、ここバハルス帝国帝都に派遣されている。

 

 任務は皇帝ジルクニフの周辺での情報収集。

 基本は2日をワンセットとし、1日24時間を皇帝の周囲に密着、その後、仲間と交代したら2日目は報告書の作成・報告と、残りの時間を帝都内に拡大して諜報活動を行う。

 

 上手くいけばデミウルゴス様からはもちろん、崇拝するアインズ様直々にお褒めの言葉が頂けるかも知れないと思うと身が引き締まる思いだ。

 

 もちろん皇帝周辺に配された監視の目はそれだけではなく、聞くところによると他の守護者の方々の配下も監視の目を光らせているそうだが、その詳細は私ごときの知るところではない。

 私は私に与えられた任務を全力で全うし、至高の御方への忠誠を証明して見せれば良いだけだ。

 この重要な任務を与えられた喜びに身が震える。

 

 

 皇帝の朝は意外に早い。

 日が昇る頃には起き出し、軽い運動の後で朝食を取り、帝スポを熟読するのが日課のようだ。

 

 情報収集が任務の私にとって、深夜~早朝というのは暇な時間帯でもあるが、幸いにも枕元に安置されている皇帝の組み立てた「アインズ様可動フィギュア」が、ナザリックを離れて心細い私を慰めてくれる。

 このフィギュア、元は我が直属の上司であるデミウルゴス様が、お忙しい時間のやりくりの中で作り上げた物だったが、至高の御方を写し取ったその芸術的な造形がナザリックのシモベ達の間で話題となり、アインズ様のお許しも得て限定50個という形で量産配布されたものだ。

 当然もっと多く配布して欲しいという声も出たが、量産品とはいえ実質はほぼデミウルゴス様の手作りに等しいものなので我侭は言えない。

 ともあれ、そんなレアな代物に、こんな所でお目にかかれるとは、思わぬご褒美と言ったところか。作り物であっても至高の御方のお姿を拝見できるのは心躍ることなのだ。

 

 室内に誰もいない時など、恐れ多いことかも知れないが、たまに手にとって格好良いポーズにしてみたり、過去に見たアインズ様のお姿を再現してみたりしていると、うっとりと、つい時間が経つのを忘れてしまう。

 ある時など、つい夢中になって周囲の警戒を怠ってしまい、突然部屋に入って来た皇帝付きのメイドに私の存在がバレそうになったこともあった。

 あの時、慌てて隠れた際に、ベッドの傍で「アインズ様可動フィギュア」を取り落としてしまったのは、今思い出しても冷や汗の出る痛恨の極み。命を奪われても仕方の無い大失態である。

 幸いにも大事には至らず、メイドは落ちているフィギュアを、少し不思議そうな、そしてかなり薄気味悪そうな表情(万死に値するが、トラブルになる事態は厳禁されているので耐えた)で拾い上げ、すぐに元の場所に置き直して去って行った。

 しかし、大事には至らずとも失態は失態だ。

 もちろん報告書には包み隠さず書いて報告したし、この事についてのお咎めなどは無かったが、必ずや任務で挽回すると決意を新たにすると共に、自分に対して「アインズ様可動フィギュア」への1日三回の礼拝を欠かさぬようにする誓いを立てた。

 

 

 皇帝は朝食が済むと寝室を出て、今日は会議が立て込んでいるらしく会議室に直行した。

 あそこは他の部屋より警戒が厳重だが、私に取っては些細な違いでしかなく、むしろ重要情報が聞けるかも知れない情報の宝庫だ。

 

 しかし、部屋に入って壁沿いのマントルピースが作る影に擬態して潜んでいたが、ここで思わぬ失敗をしていたことに気付いて血の気が一瞬で引く。

 なんと無意識のうちに、敬愛する主人、「アインズ様可動フィギュア」を持ち込んでしまっていたのだ。

 これは私本体のように影を装って隠すことができないので大いに困ってしまったが、ここで私は機転を利かせ、フィギュアが自分で歩いたように見せかけて椅子の一つに着席させることに成功した。

 〝雷光〟とか言う騎士が、歩いて椅子をよじ登り着席するまでの演技を信じられないような目で見ていたが、何か納得してくれたのだろう騒ぎにはならなかった。

 後で皇帝に「あれ、自分で歩いて来ましたよ・・・」などと青い顔で訴えていたが、皇帝は信じず〝雷光〟が居眠りをしていたと判断したようだ。

 これもアインズ様の威光というものか、益々偉大な御方への尊敬を強くする。

 

 

 会議は昼食を挟んで断続的に続いたが、重要なことは何一つ決まらなかったようだ。

 もちろん、ここで言う「重要なこと」とは、我々ナザリックに関係することだが。

 

 しかし、判断するのは私の役目ではないので、後で作成する報告書には当然全てを細大漏らさず記載する。

「近衛増強策検討会議」や「周辺地域開拓食料増産政策会議」などはともかく、「今年のお歳暮商戦戦略会議」「大陸国家対抗かくし芸大会攻略検討会議」「竜王国援軍検討会議延期理由検討会議」などの判断は私の手に余る。

 そうこうしている内に夕刻となり、会議漬だった一日が終わったが、気になったのはナザリック対策会議で「執事助手」の懐柔を検討していたことだ。

 色々と問題のある御仁ではあるが、帝国も、このみずぼらしい宮殿の美化に本腰を入れる気になったということなのだろうか?

 まあ、至高の方々の築かれたナザリックと比べるのが根本的に間違いなのだが、確かにナザリックに比べたら、随分と貧相な宮殿だから恥ずかしくなったのかも知れない。

 いずれにせよ、当然、この件も報告書に認めるのは言うまでも無いが、そもそも件の執事助手にしたところで現実に懐柔されることなど無いし、普段の言動はどうあれ、その忠誠心については何も心配していない。

 後は至高の御方が良きように判断されるだろう。

 

 

 会議が終わると、皇帝は一旦私室に戻り、軽い運動をした後、食堂に向かった。

 夕食は帝国貴族数人と、法国の公使を交えた晩餐だ。

 特に当たり障りの無い、貴族的な下らない会話だったが、よく見ると食器の陰に「恐怖公」のシモベがいた。彼等も独自に帝都で諜報活動に従事していることは知らされていたが、何とも大胆な行動で驚かされる。

 彼等の場合は見つかってもナザリックとの繋がりが露見することが無いので、その点は大胆な行動ができて羨ましい。

 もっとも命懸けではあるが。

 

 後で聞くところでは、「あれは食料の入手も兼ねているので一石二鳥なんだよ」と不敵に笑っていた(あれは多分笑っていたのだと思う)が、飲食が必要なのは不便な点だなと少し同情した。

 我々も本来なら飲食は必要だが、今回の任務では飲食が不要になるアイテムの携帯を許されている。

 

 その内に晩餐も終わり、皇帝は数人の側近と酒を飲みながら暫く歓談していたが、残念ながら特に有益な情報は無かったと思う。

 最近入手した美術品がどうだの、何処其処の貴族の令嬢が何だのと、実に下らない話に思える。

 

 その後は解散すると寝室に移り、就寝の時間だが、今日は女を抱く様子は無いようだ。

 これは別に変な意味ではなく、ピロートーク中に何気に重要なキーワードが含まれていることも多い、という意味だ。

 一部に悪魔はエロいことが好きという誤解があるようだが、悪魔が好きなのは我々に操られて人間が晒す滑稽な醜態を眺めることであって、そもそも人間同士の交尾自体には全く興味は無い。

 

 さて・・・夜も更けた。

 敬愛する「アインズ様可動フィギュア」とお別れしなければならないのは名残惜しいが、次の順番までは仕方が無い。

 もうすぐ交代の者がやってくる時間も迫ってきたようなので、本日はこれくらいにしておこうと思う。これからアジトに戻って書く報告書が、至高の御方を喜ばせることになればと、切にそう願いながら。

 

 




2016/04/16 文章の加筆修正を行いました。

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