---毛利蘭---
亜樹君の退院…お母さんとお父さんが、引っ越し作業を手伝ってくれた。つまりは、私の想いに根負けして、腹をくくったそうだ。
「ネタは提供する。いつでも来いよ、亜樹」
「ありがとうございます」
恐縮する亜樹君。お父さんは亜樹君を名前で呼んでくれた。
「戸惑っています…いきなり両親が出来て…」
亜樹君もお父さんとお母さんを受け入れてくれていた。新居は、亜樹君の改築した家である。以前の趣のある家ではなく、ごく最近見かけるような2世帯住宅のような佇まいである。2世帯住む訳では無いが、1階には作業場があり、共用のキッチン、バス・トイレがある。2階は私、亜樹君、紅子さんの部屋だ。3階は倉庫、亜樹君のプレイルームがあり、地下にも倉庫がある。倉庫には資料なども置くため、広めにしてあった。
作業場では亜樹君、春美、夏美のそれぞれの仕事部屋の他、大きなテーブルのあるリビングもある。
新居に着くと、鳥井姉妹、紅子さん兄妹、朱美が待っていた。美和子さん達は非番では無い為、後から来るそうだ。
「えっ!こんなになったんだ…」
初めて見る改築された家に驚いている亜樹君。間取りは以前より広くなっているそうだ。母屋側との境の壁を取り払い、母屋側に拡張した感じだそうだ。元々、ここの土地は亜樹君のお母さんの物であり、相続したのは亜樹君だったらしい。
「じゃ、家電とかを運び込むか。亜樹はリビングで休んでいろ。蘭、亜樹を頼む」
お父さんが亜樹君を気遣ってくれている。
「亜樹君、おいで」
亜樹君と共に1階のリビングへ向かった。1階に関しては鳥井姉妹と朱美で、荷物の配置を終えたそうだ。
「以前と同じようにしてくれたんだ…」
三方を本棚が囲んでいる。本棚の無いサイドには大きめな窓があり、母屋の庭が見える。ここは2階を吹き抜けにして天井高を高くし、本棚が柱の役目をしているそうで屋根の梁まで届いていて、3階の倉庫の同じ位置に本棚があるそうだ。
亜樹君が仕事部屋を見に行った。私も一緒に行く。以前は窓の無い部屋だったが、窓があり、明るい室内になっていた。執筆机、絵画を描くスペースなどもある。
「これは、思ったよりもいいなぁ」
そう、呟くと、何かを描き始めた。風景画のようだ。桜が舞い散る坂道、少女が空を見上げている構図。少女は後向きであり、誰なのかはわからないけど、私では無いようだ。
引っ越しが終わる頃には、絵が完成していた。早い…彩色も終わっているし。
「兄さん…これ、お世話になったお礼…」
今描いたばかりの絵を、紅子さんのお兄さんへ、手渡した。
「うん?これは…いい…心が穏やかになっていく」
「亜樹君、こんな短時間で描き上げられるの?」
お母さんが驚いている。いや、お父さんも、私だって。
「うん…暇だから…」
「コスモスの間に展示しておく、体調が戻ったら、今度見に来てくれ」
「はい…」
こうして、新しい生活に踏み出す私達…
---服部平次---
また、性懲りも無く、和葉と東京見物や。前回、見物が出来なかったからな。工藤の奴のせいで…
「平次…今回は問題を起こさないでや」
「あ?工藤次第や」
「あかんって…工藤君との接触は禁止されておるでしょ?」
あぁ、禁止はされている。だけど、偶然会ったら、シャア無いと思う。えぇと宿は…はぁ?あのホテルでは無いか…高級なホテルが取れたと思ったら…って、ここって高級なホテルだったんかぁぁぁぁ~!
高校生の分際で、工藤の奴、稼いでいるのか…そんなにぎょうさん…あくどい奴やなぁ。沸々と工藤への怒りが燃え上がっていく。
部屋はエコノミークラスではあるが、ミニスィートだった。
「部屋が2つあるんだ。スゴい…これでもエコノミーって…」
ホテルの雰囲気に飲み込まれて行く俺と和葉…
「以前、和葉の泊まっていた部屋って?」
「えぇっとねぇ…これや…スーパーシングルって奴や」
パンフを見て指差す和葉…おいおい、ここよりも高いやないか…工藤の奴…こんな高い部屋に和葉を…どんな魂胆や?暴いてやる!
「で、平次…どこへ行くんや?」
工藤の家はあかんよなぁ…そうや、あの姉ちゃんの家って、探偵やったなぁ。
「毛利探偵事務所へでも行くか?表敬訪問や」
「はぁ?いやな予感しかしないで…工藤君の彼女の家やない」
「偶然や」
そう、偶然なら問題は無いはずや。
◇
毛利探偵事務所を電撃訪問すると、アイツがおった♪
「西の高校生探偵の服部平次や。東の名探偵、毛利小五郎に表敬訪問に来でぇ」
「アポの無しに?お前、無礼だな」
このおっさんはスルーだ。
「よぉ!工藤。この前は世話になったなぁ」
「うん?あぁ、インポ探偵か?また彼女連れで、女を漁りに来たのか?」
コイツ、相変わらずに失礼なやっちゃなぁ。
「この前だってなぁ、女を漁りに来た訳でないわぁ!」
「筆下ろしを強要して、蘭を拉致監禁して、強姦未遂?お前、女に飢えすぎだろ?彼女だけで満足出来ないのか?」
「え?工藤君の彼女を拉致監禁して、強姦未遂?平次、聞いていないわよ」
あ…そんな事、言える訳あらへん。
「お前が悪いんだろ?なぁ、工藤…ピンクトラップなんかしやがって」
「していないよ。お前は強要した上、強制したんだろ?府警のお偉いさんの息子だと、罪は問えないらしいじゃないか。お前、未だに前科無しだものな」
「え?平次…前科をもみ消したんか?」
和葉が俺から離れていく。
「それよりもだ、おい、貴様。何のマネだ!」
「お前も、何のマネだ?」
背後から声を掛けられた。目の前にいるのに…振り返ると工藤が、おった…はぁ?
---工藤新一---
今日は亜樹に、取材される日だったので、おっちゃんの事務所を訪ねた。そこには服部平次とコイツの彼女がいて、亜樹に難癖を付けていた。
「なんやて…工藤が二人おるのか…お前ら、双子か?」
驚き過ぎで、腰を抜かした服部。
「双子では無いよ。お前が俺だと思っているのは、佐田家本家の次男坊だぞ。口には気を付けろ」
「なんやて…佐田家の…」
「うそっ!」
固まる浪速からの訪問客2名。
「亜樹、遅くなってすまない。仕事が押しちゃってな」
「いいよ。インポ探偵と遊んでいたから」
インポ探偵?あぁ、筆下ろしで赤玉出して、股間にケリ喰らって、立たなくなったらしい。
「インポ、インポ言うなぁ!」
褐色な肌なので、顔色がわからねぇや、コイツ。
「じゃ、前回のアレは?」
「俺が忙しくて、亜樹に代役を頼んだんだよ。見た目がソックリだろ?たまに、バイトで代役をして貰っているんだ」
アイツの機転で、俺は何度も助けられている。俺にとっては恩人クラスだ。
「じゃ、じゃ、あのホテルは?」
「あのホテルは佐田グループの本丸だ。亜樹の住んでいた部屋だ」
「なんやて…」
亜樹は立ち上がり、服部の連れの女性の肩に腕を回した。
「大丈夫か?顔色が悪いよ」
女の扱いは、俺よりもプロな亜樹。
「えっ…大丈夫…です」
仄かに頬が紅色に染まっていく女性。
「おい!お前!和葉に粉を掛けるな!」
「彼女なら、気配りをしろ。こんなに震えているじゃないか」
震えている?あぁ、本当に微妙に震えているなぁ。
「大丈夫か?ゆっくり呼吸をしてみて」
「あ…はい…」
驚き過ぎて、過呼吸気味なのか?
「おい!和葉から離れろ!この女垂らしが」
ドスン!
服部が亜樹に詰め寄ろうとして、蘭のケリが服部を捉えた。
「うっ!」
「亜樹君に手出しはさせない」
蘭がガードしているんだ。素人相手なら問題は無いな。そして、亜樹の機転で、服部はパトカーに、彼女は救急車に乗ることになった。
---服部平次---
また、留置所や…父親から、こっぴどく怒られた。今回はなぁ~んもしておらんのに。あの偽工藤のヤツめ…
そして、取り調べ…
「君の罪状だけど、住居不法侵入と傷害未遂だから」
「ちょい待て!住居不法侵入って、なんや?」
覚えが無い罪状が追加されている。
「君、あの家の住民の許可無く、入ったよな?アポ無しでの電撃訪問っていって。それって、不法侵入に当たるんだよ。毛利探偵は接客中だった。プライバシーの侵害も付くかもしれないぞ」
「接客?しておらんかったで」
「亜樹君と話しをしていただろ?彼は毛利家の人間では無い。それは毛利探偵から見れば客に当たるんだよ」
何?また、嵌められたんかぁ…
「今回は、送検するよ。2度目だからね。大阪のお偉いさんの息子と言え、問題がありすぎる。まして、前回も亜樹君を襲撃したよね?」
あいつ、亜樹っちゅうんか…あの野郎…許さへんでぇ~!
---遠山和葉---
今回も彼に助けられた。体調不良を押して、平次と東京見物に来たのだけど…衝撃な事実を目の前にして…
「大丈夫?」
平次のおかんが来てくれた。
「うん…亜樹君のおかげやなぁ」
いち早く、私の異常に気づき、介抱してくれた。前回もそうや。さすが、佐田家のお坊ちゃまだ。
「あぁ、平次と来たら…アイツ、何してんや」
まったくだ。強姦未遂ってなんや?アイツ、何してんや?私を東京に連れ出して…
「退院したら、彼にお礼を言いに行きましょ。私は、平次の非礼を詫びんといかんし」
頭を抱える平次のおかん。
◇
退院をして、平次のおかんと共に、彼の家へ…う~ん、デカい…2世帯住宅に見えるし。立派な門…しかし、表札は出ていない。
門をくぐって、呼び鈴を押した。
『はい?』
聞いた事の無い女性の声。いや、どこかで聞いたような…
「服部平次の母です。息子の非礼を詫びに来ました」
「遠山和葉です。助けて頂いたお礼をしに来ました」
二人でインターフォンに向かって、用件を伝えた。暫くすると玄関のドアが開き、中に通された。通されたのはリビングのような場所である。2階が吹き抜けになっており、三方を本棚で囲まれているが、広々としている。
「少々、お待ちください。ただ今、お仕事中ですので」
紅髪の特徴的な少女。そうだ、前回、紅茶とケーキを出してくれた子や。今回もケーキと紅茶を出してくれた。
「あの…彼の彼女さんですか?」
思わず訊いてしまった私。
「いえ、義妹です」
妹さんか…何故か、少し安心をする私。なんでや?う~ん、そうや、本棚の本を見ていく。栗井鳥栖と三田バードの本が並んでいる。ファンなのか?他の作家さんの本もあるが、どれも問題作と言われている物が多い。
「彼は何のお仕事をしてますの?」
平次のおかんが訊いた。
「物書きですよ」
小説家なんだ…これらは、参考資料なのかな?
「あの絵…まさか、安芸桜の絵ですか?」
「えぇ、2代目のですが」
安芸桜って、有名な絵師じゃないの…それが、結構な数、展示してあった。佐田家のおっ坊ちゃまだけあって、お金持ちなのだろうか?
「これって、未発表ですよね?」
平次のおかんは目利きであり、あぁいう物に精通している。
「えぇ、そうです。気に入った物は、手元に残しているんです」
「えっ!まさか…」
うん?平次のおかんの顔色が変わっていく。どうしたんかな?
「えぇ、兄さんの作品ですよ。あぁ、正体不明の絵師故、ご内密にお願いしますね」
って…はぁ?彼が2代目安芸桜なのか?
「初代の物は、佐田グランドホテルのコスモスの間に展示してあります」
「そうなると、彼は養子ですか?」
「はい。兄さんの本当の母親は初代安芸桜です」
佐田家の養子?才能を買われたんかな。近寄れない存在なのか…
「大丈夫?身体が震えているよ」
いつの間にいたん?彼が後から優しく抱き締めてくれた。震えが収まっていき、身体がほかほかして、心が癒やされていく。なんでやろか?
「大丈夫です。この前はありがとうございました。対処が良かったので、大事にならずに済みました」
って、彼は私の後にいる。う~ん、正面から言わんとあかんのに…あかんなぁ
「うちの息子が非礼を…えらいすみません」
平次のおかんが土下座をしている。私もしたいんだけど…彼に抱き締められていて、動きたくない。
「気にしていません。実害は無いし」
彼にエスコートされて、椅子に座った。
「紅子、珈琲を頼めるかな?」
「はい。ただ今、お持ちします」
「顔を上げてください。お着物に皺が…どうぞ、こちらにお座りください」
平次のおかんを抱き起こし、椅子へとエスコートした。平次も見習って欲しい所作である。と、彼はペンを手にして、何かを描き始めた。何を描いているんやろか?
「訪問記念に、これをお持ちください」
私と平次のおかんに、それぞれの絵が手渡された。早い…一人分を5分くらいで描き上げていた。さすが、プロやな。
「いいんですか?この大きさでも結構なお値段に…」
「目利きなんですね。じゃ、これもお持ちください。価値の分かる方に眺めて貰えるのは嬉しいですか」
彩色が為された大きな絵が、平次のおかんに手渡された。
「え?!いいんですか…未発表の絵ですよね?」
「えぇ。動産価値としてでは無く、作品を愛でくれる方に持っていて欲しいから」
うっ!マズい…惚れてしまいそうや…気前の良さ、器の大きさ、女性の扱いなど、平次が足元にも寄れないくらいにレベルが高いし。
「大切に毎日、眺めますわ」
平次のおかんの頬が紅色に染まっている。うそっ!あの冷徹な平次のおかんの心も掴んだのか?スゴい…