---毛利蘭---
『蘭…』
遠くから亜樹君の声が聞こえる。起きなきゃ…亜樹君が消えてしまう。
「亜樹君…」
『蘭…ごめん。傍に居られなくて…』
亜樹君の手が私の手を握っている。あの時と同じように…だけど、温もりが感じられない。それは、亜樹君が既に…
「亜樹君、どうして…ねぇ、どうして…」
涙が頬を濡らしていく。瞼がまだ開いていないのに、目尻から零れ落ちていく。
『事故だった…』
事故だったんだ。
『俺…産まれ無きゃ良かった。蘭に出会わなければ良かった』
「そんな事無い!私は出会えて嬉しかったよ」
『そうか?蘭が良いならいいけど…』
「また、会えるかな?」
『蘭の想いが強ければ…逢えると思う。後一度くらいは…』
「その時は、もう離さないからね」
『そう…じゃ、またな、蘭…』
亜樹君の気配が遠ざかっていく。こんな姿だから、心配して、戻って来てくれたのかな。次は元気な姿で逢いたいなぁ。少しだけ、生きる希望が持てた気がした。ありがとう…亜樹君…
---鳥井亜樹---
カニ三昧…好評であった。喰って旨ければ、怪異でも問題は無いってことのようだ。食後、結衣とひたぎを送って行く。その帰り、怪異の気配を感じた。微かに血の匂いを纏っている。生前シリアルキラーたった俺は、血の匂いに敏感であるのだ。コイツは、誰かを殺したのか?
亘の能力を借りて、血の匂いを纏った怪異を追跡すると、白浪公園に出た。元神社のあった場所。パワースポットなのだろう。怪異の気配が多い。パワースポットで、エナジー補給か?本来は、神社がその手の邪なる物達を寄せ付けない役目をしていたはずだが、ここの神社は正式な正しい手順を踏まずに移築されてしまった為、邪なる物達を呼び込むことになってしまったのだろう。
そして、目指す怪異を見つけた。月明かりで浮かんだ姿。女…黒髪ショートで、所々白髪のメッシュ入りのようだ。そして、コイツの臭い…覚えがある。
「月光浴か?羽川翼よ」
俺の声に、はっとした表情の女が、俺の方へと振り向いた。全身に返り血を浴びている。血塗れの身体を乾かしていたのか?経験者として、言わして貰うと、血塗れた場合、乾かすと衣服が縮むので、洗い流すのが良いのだけども。
「君は…鳥井亜樹君だね?どうして、私ってわかったの?学校とは姿を変えているのに」
学校での羽川翼は食べたいと思わなかったが、こっちの羽川翼は食べてみたい。
「臭いだよ。お前の魂の臭い…姿を変えても、魂は変わらないからな」
「魂って臭いがあるんだ…って、君は何者かな?毎日懲りずに、雪姫先生に呼び出されて…先生とはどんな関係かにゃ?」
うん?『にゃ』言葉か。そうなると猫系の怪異に取り憑かれているのか。考えられる候補は『障り猫』辺りか?効能は、長年蓄積されたストレスを、手段を選ばずに、発散していくようになる。充分、暴走原因になりうるな。
「猫か?」
「にゃるほど…そっち系の知識が豊富にゃんだね」
猫の攻撃方法は、魔法は無い。ただ身軽で素早い動きから繰り出す猫パンチと鋭い爪は要注意である。
「どれどれ、少し遊んであげるにゃ♪」
素早い動き、直線的では無い変幻自在な動きで翻弄して、鋭い爪かな。
ザクッ!
僕の肉を抉った。だけど、捕まえたよ…『ファイヤーミスト』で、僕達を覆う。この術は、細かい火の粉による霧で覆い、火の粉が触れた物を焼き尽くす荒技である。次の一手は、『金輪縛り』で、僕と猫が離れないようにした。この術は、仏の頭上に浮かぶ金輪で身体を縛り付ける荒技である。怪異程度では外せない。次の一手は、鎮魂の祝詞を上げ始めた。彼女と僕の魂が、ここで悪霊にならないようにする為である。
---雨野紗霧---
突然、転移した。亜樹がヤバいってことだ。周囲を見回すと、夏凜とまゆこも転移していた。ここはどこだ。
「白浪公園みたい」
まゆこの声。バックではパチパチと何かが爆ぜる音がしている。
「何かが燃えているぞ」
夏凜の指差した先には、人らしき者が2名寄り添って、燃えていた。焼身心中か?急いで駆け寄ると、亜樹と知らない女のようだ。
「狭霧さん、触っちゃダメ!」
幽奈の声…どうしてここに?
「それは…亘君の『ファイヤーミスト』だよ。触れた物を焼き尽くすの」
焼き尽くす?じゃ、アイツ…死ぬつもりか?亜樹の身体が炎で爆ぜている。炎の中から、亘の声がする。何かの祝詞のようだ。
「鎮魂の祝詞…相手の子を鎮魂させるつもりなんだ…でも、これだと、亘君も…亜樹君はロストしちゃう…」
泣き崩れる幽奈。亜樹は魂を亘に譲るつもりなのか。もう少し生きてくれよ。
「幽奈さん、何か手は無いの?」
「打ち消すの…『ウォーターミスト』で…それも聖水の…」
う~ん…聖属性の者はここにいない。どうするんだ?
「そうだ♪まゆこさん、身体をお借りしていいですか?」
「え?それはいいけど…」
幽奈がまゆこの身体に憑依した。
「うん、これならいけそうだ。『ウォーターミスト』!」
黒い霧が蒼白い霧に覆われて消えていく。
「金輪縛りかぁ…夏凜さん、身体をお借りしていいですか?」
「あぁ、かまわない」
幽奈は、まゆこから夏凜に憑依先を変えた。そして、
「えい!」
手刀で金輪を叩き割っていく。そして、二人を救出した。そこに夏美が現れて、女の首に細工をしている。魔具の『奴隷の首輪』を嵌めたようだ。
「幽奈、助かったよ。お兄ちゃんは…修理に出すね」
夏美は亜樹の身体の惨状を見て、少し考えてから、亜樹と共にどこかへ転移していった。
---雪姫---
「いやっ!」
聖属性のモノが体内で蠢いている。激痛だけど、気持ちいい…死にそうなくらい…バンパイアにとって、聖なる物は猛毒である。悪魔のように灰にはならないものの、激痛が全身を駆け巡る。今回、亜樹を危険に晒したことで、賢者に躾を受けていた。
「なぁ、聖属性の濃度をあげてやろうか?」
「やめて…燃えちゃうって…」
「どうして、詳細の情報を教えなかった」
「うわぁぁぁぁぁ~!」
賢者の聖属性塗れの手が、胸を揉み込んでいる。全身に激痛が走り、死を意識した身体は、フェロモンを出し続け、賢者に懐柔しようとしている。この賢者、鬼のくせに聖属性であるのだ。普段はリミッターで漏出しないようにしているが、元々の聖属性が濃い為、最高神ですら、真面に触れると燃え上がるそうだ。
「今回の損傷は酷い…2週間は戻れない…どうしてくれるんだ?」
損傷が酷くで修復ではなく、再構築らしい。現在、彼の器となるホムンクルスを作成中だと言う。
「ごめんなさい…」
バンパイアの真祖と言われている私が、泣き叫んでいる。この男の前では、一人の女である…唯一私を殺せるのは、こいつだけだし…コイツの能力の前では、再生能力なんて意味が無い。無傷のまま、ロストさせることさえ出来るからだ。
「次、やったら、子宮を引き摺り出すかな。お前の子宮の色はどんな色だろうな」
「やめて…それはやめてください…」
私の躾を夏凜、九郎丸に見せている。二人の瞳は恐怖で染まっているようだ。不死者でも、恐い者はいる。例えばコイツだ。聖域の賢者と呼ばれているが、その本質は最凶の破壊者である。私の精神を壊すなんて簡単だろう。
「まぁ、このくらいにしてやる」
ゴミ屑のように投げ捨てられる。色々な体液に塗れ、惨めな姿であるだろうな。全身の筋肉に力が入らない。膝は笑っている。腰は抜けている。目は死んでいるんだろうな。
「夏凜、九郎丸。そういうことだ。亜樹は2週間ほど休む。退院後のフォローを頼むぞ!」
鬼は帰って行った…
---由比ヶ浜結衣---
アッキーが入院したそうだ。あのケダモノのアッキーが…何をしたんだ、アイツは…
「九郎丸、どういうことよ!」
「って、言われてもなぁ…現場にいたわけではないから」
現場?裏の仕事の現場で返り討ちに遭ったのか?アイツの裏の仕事は、悪魔祓いだと神父様に習った。
「ねぇ、どこの病院に入院しているんですか?」
小町が訊いた。
「わからないんだ。夏美ちゃんも一緒に行ったから」
「どんな容体なんですか?」
いろはが訊いた。なんで、中等部の奴らが奉仕部の部室にいるんだ?
「それもわからない。病院がわからないから…」
九郎丸は何も知らないらしい。アイツのダチのくせに!
ガラッ!
扉が開き、平塚先生が入って来た。
「あぁ、みんないるな。新入部員だ。戦場ヶ原ひたぎと、羽川翼だ。仲良く活動しろよ」
そうだ。先生に訊けば…
「先生!あのケダモノは、どうしたんですか?」
「ケダモノ?あぁ、亜樹か?重体だそうだ。全身火傷で、無菌室に隔離されているそうだ」
全身火傷?それって、死ぬレベルだよ…おい…死ぬなよ…ケダモノ…
「う~んっと、それから、家庭の諸事情で、戦場ヶ原と羽川は、ゆらぎ荘に住む事になった。雪乃、面倒をみてくれ」
「わかりました」
え?ズルい…アイツと同じ屋根の下で暮らすのか?退院後のケアをしてあげるのか?私だって…してあげたい…
「はぁ?おい、由比ヶ浜…悪人顔になっているぞ。お前は自宅通いだ。分かっているな?問題は起こすなよ」
あっ…読まれていた…
「そうだ。一色、比企谷。亜樹からの伝言だ。白浪公園を中心とした古地図を、旧家から借りるなり、コピーしておいてくれ、だと」
「わかりましたと、お伝えください。小町、行くよ」
「うん」
中学生組が元気よく飛び出していった。いいな、頼られて…
「あとは、宮崎、由比ヶ浜。お前らには、田代貴子のアフターフォローを頼むって」
「はい」
「おぉ!」
頼られるって嬉しい…無視されないって、幸せだ…
---鳥井亜樹---
新しい身体…うまく動けない。前のように直感的には無理のようだ。
「まぁ、性能が格段によくなった分、操作は難しいだろうな」
って、賢者様。
「今回の身体には記憶のバックアップ機能もある。少しは亘の健忘症が治るといいな」
治っても、過去の記憶は消えたままなんだろうな。お姉ちゃんはどこにいるんだ?
「天狐幻流斎に感謝しろよ。アイツがお前達のバカ行為を、止めさせたんだからな」
お姉ちゃんが…そうなると、僕達の傍にいるのか?
「アイツの記憶は戻っている。後はお前の記憶の封印解除待ちだ。まったく、何をしているんだ、お前は…」
お姉ちゃんの記憶は、戻っているのか…バカなマネは出来ないよな。って、どこにいるんだ?お姉ちゃんに似ている周囲の人って、いないんだけど…
「そこか?お前の疑問は…はぁ~」
賢者様が呆れている。九重様は笑っているし。何を見落としているんだ?髪の毛の色を除けば幽奈が一番似ているけど…人では無いしなぁ。
「はぁ~。そこか…お前と来たら…」
「ははは♪」
溜息を吐く賢者様。大笑いしている九重様。何を見落としているんだ?自分で見つけないと、封印は解けないし…困ったなぁ。
「まぁ、アイツは今のお前でも、良いらしいから…問題は少ないかな。亘と同じ位、亜樹のことも心配しているしなぁ」
そうなると、僕達と接している人だよなぁ…う~ん…
「まぁ、亜樹が天寿を全う出来たら、種明かしをして、引き合わせてやる。後、80年ほど待て」
えぇぇぇぇ~!そんなに待たないとダメなのぉぉぉぃ~!お姉ちゃんがシワシワになっちゃうって…
「じゃ、鳥井兄妹として、現世に戻すぞ。タイムロスは15日だ」
現世へ九重様と戻された僕。
◇
「亜樹くぅ~ん♪」
現世に戻った途端、幽奈が抱きついて来て、僕と頬を重ねていた。
「寂しかったよ~」
「ごめん…幽奈…」
「今夜から一緒に寝るよ♪」
「あぁ」
あれ?なんで幽奈は、俺達の戻って来る時間と場所を知っていたんだ?はて?
「くっくっくっ♪」
夏美こと九重様は笑っている。何かを見落としている俺と亘。何を見落としているんだ?そもそも、俺は天狐さんを知らないので、見落とすもナニも無いのだが。この問題の解決は、総て亘の記憶頼みである。
ゆらぎ荘に着くと、住民が増えていた。ひたぎと翼もここに住むことになったそうだ。翼は、学校でもショートヘア眼鏡なしにしたそうだ。ただ、髪の毛は黒く染めてあるんだとか。地毛でも2色はダメだそうだ。尚、翼の火傷は、賢者様が治したそうだ。簡単には死なせないバツらしい。
「じゃ、今日は亜樹君の退院祝いってことで、より一層美味しい料理をがんばります」
って、仲居さん。
久しぶりの我が部屋。布団を敷いて、幽奈と添い寝始めを始めた俺。しかし、目が覚めると、全裸の幽奈、狭霧はデフォとして、全裸のひたぎと翼までいるし。肉布団に囲まれている。いや、乳布団か?
◇
そして、久しぶりの学校。気配を消して、モブ化している俺。田代貴子の周囲には、人間の群れがいる。あぁは、なりたくない。そして、ホームルームのお時間。
「おぉぉ、亜樹、退院したのか?」
せっかくモブ化をしても、雪姫先生の発言で台無しである。千紗希、結衣達が、俺の方へ振り向いた。
「あぁ、亜樹君♪」
「うっ!ケダモノが復帰か…」
いつか、先生でも気づけないモブ化の術を手にしてみせる。
そして、放課後…部室へ…はぁ?ひたぎと翼も部員になっていた。問題児なのか?
「これ、亜樹君の分よ」
俺の前に書類の束を置く雪乃。怪異絡みっぽい案件らしい。ざっと一通り目を通していく。琴線に触れた案件を選び出していく。う~ん、神隠し事案…男子生徒1名に、女性徒数名が行方不明とある。
「どういった奴が、消えたんだ?」
「一般の生徒よ」
って、雪乃。女性徒は連続であるが、男子生徒は別の犯人ポイ。どっちから手を付けるかな?やはり女体からかな…
「大変だよ~!」
窓から、こゆずが入って来た。コイツは化け狸で、速度は遅いが飛べるらしい。
「幽奈ちゃんと狭霧ちゃんが攫われたんだよ。和服姿の怪異に…」
神隠しって、ソイツでは?俺の幽奈を…俺は幽奈の元へ転移した。
◇
目の前で幽奈と狭霧が恥ずかしい姿にされていた。スケベそうな和服姿の男が、ニヤニヤしている。
「お前か?!俺の幽奈を攫ったのは…」
「うん?お前!どうやって、ここへ入った?」
「幽奈の元へ転移しただけだ」
「幾重にも結界が張ってあっただろ?」
「そんなモノ無かったよ」
空間転移系である。一気にこの部屋に転移したのだから、結界に出逢うことは無かった。
「貴様…我が嫁である幽奈と狭霧は渡さぬ!」
嫁?
「今夜は結婚初夜だ。この二人の身体を堪能してやる」
うん?狭霧はともかく、幽奈は単体では、誰とも交われないのだが…賢者様を除いて…
「なるほど、脳みそがピンク色なのか」
「貴様…私を愚弄するのか?!私は龍雅 玄士郎。神霊『黒龍神』であるぞ!」
「だから?」
「これだから、人間は…私は神なんだよ。わかるか?!」
「単なる神族だろ?神を名乗るのは罪だぞ」
真なる龍神様を僕は知っている。こんな軽いオーラでは無い。
「無礼だな。では、まずお前を殺してやる」
ヤラれる前に、先制攻撃だな。亘が『サマエルニードル』を発動した。紫色の細かい針が、目の前の神族を襲った。
「はぁ?なんだ?こんなチンケな攻撃なんか…うっ…」
苦しみ出した神族。
「この針に仕込んである毒は、龍、ドラゴン、蛇、神格系にのみ効果があるんだよ。でね、龍、ドラゴン、蛇に対しては致死性の劇薬なのさ」
僕の能書きが言い終わる前に、息絶えた龍神族の男。
「幽奈、狭霧、帰るよ…何?!」
背中から刃物が刺さり、腹部から刃先が出ている。敵の気配を感じ無かったけど…
「ふふふ…我が名は神刀 朧。玄士郎様の従者である」
そうか…アイテム属性の生物か…僕以外にもいたのか…
「狭霧…幽奈を頼む!『強制転移』」
僕は神刀と共に、聖域の館へ転移した。この術は普通の転移術とは違い、相手への強制力が強いのだ。たぶん僕はもうダメだ。後は、賢者様にお任せだな…亜樹の意識だけでも助けて欲しいから。