エンジェルハートPart3
---鳥井亜樹---
夏休みよりも短い冬休みになった。2学期の終業式の後、皆で部室の大掃除を始めた。結構、色々な案件のファイルが増えていた。
「どれが一番厄介だった?」
翼に訊かれた。
「どれも厄介だったけど、ラプラスの小悪魔かな…」
同じ日が何度も繰り返され、雪姫先生は金欠になるし、まゆこは過労気味になるし、大変だったよな。
「先輩…ちょっと、いいですか?」
小町に声を掛けられた。
「どうしたんだ?」
「いろはがねぇ~」
俺に関する記憶を削除した結果、記憶に齟齬が出始めたようだった。きっかけはクリスマスらしい。母親にデートはしないのか訊かれ、彼氏がいたような、いなかったような、ハテナ状態で悩んでいるらしい。
「千紗希は、問題無いのか?」
結衣に訊いた。
「そっち系の話題は触れないようにしているよ…」
バツの悪そうな顔の結衣。そもそも、こいつが原因だしなぁ。
「問題無いなら、触れないで過ごそう」
冬休みはやることが多い。喫茶キャッツアイの開店準備、瞳のケア、年末年始の神社業務など、盛りだくさんである。
「喫茶店はどこに出来るの?」
話題を変えた結衣。
「駅前にある土産物店だった場所だよ」
湯治客やリピーターが多い為、土産物店は潰れたらしい。と、いうか名物、名産品が無いからだと思うのだが。
「まぁ、開店したら、毎日通うかな」
この辺りには、おいしい珈琲屋さんが無いし…
「う~ん、ズルい!下宿組しか、恩恵が無いじゃない」
って、結衣がプンプンしている。
「家で飲めよ。豆くらいプレゼントしてやるよ」
「本当?ねぇ、約束だよ」
感情のジェットコースターの結衣。直ぐに笑顔に戻った。
「紅茶はあるの?」
雪乃に訊かれた。
「種類を揃えるのは、繁盛し始めたらだな。取り敢えず、ダージリンとアッサムを注文したおいた。珈琲はブレンドとコナ、トラジャを予定している」
「亜樹の好みか?」
狭霧に訊かれた。
「俺の好みは浅煎りのグァテマラだけど、豆をキープして入れて貰う。たぶん、俺しか飲まないし…」
豆にしても茶葉にしても買いすぎは良く無い。保存管理が面倒だし。
「先輩…いろはの件はどうします?」
小町が訊いてきた。
「混乱しているのか?」
「そこまで酷くは無いけど…」
「会っても解決は出来ないよ。記憶系は難しいからね。想い出しちゃダメな方を想い出す危険もあるし」
「そうですよね…」
小町が結衣に睨みを入れ、怯む結衣。
「はい!」
あゆが挙手した。
「あゆ、なんだい?」
「夏美ちゃんがねぇ、亜樹の背中に貼り付きたいらしいんだけど、どうすればいいかって…」
「う~ん、一番難しい問題だ。物理的に無理だろ?」
あゆの胸では、背中に貼り付くのは至難の業である。そもそもAからEに変身した時点で、諦めて欲しいと思う。
「どうすれば、小さくなるの?」
翼が苦笑いしている。無理なようだ。
「無理だよ。天狐さんに言ってくれよ」
って、天狐さんはどこにいるんだ?
---一色いろは---
誰かを忘れている。誰を忘れているんだ?とっても大切な人の気がする。う~ん…小町とあれこれと調べた記憶は有る。頼まれたからだ。だけど、誰に頼まれたのかが。思い出せない。誰だっけ?う~ん…
小町と温泉三昧をした記憶もある。どこの温泉だ?近場だと思うんだけど。小町に訊くと、言葉を濁すし。あの様子から判断すると、言えない事情があるようだ。どんな事情なんだ?う~ん…
考えて歩いていたら、無意識のうちに高等部の部室の前に来ていた。何なのクラブの部室だろうか?窓から中の様子を窺った。
小町が男子生徒と神妙な顔で会話をしていた。あの男子生徒…どこかで会ったような…どこだっけかな?
「何を探っているのか?」
背後から羽交い締めにされて、部室に連れ込まれた。
「先輩、コイツが覗き混んでいましたよ」
突き出された私。振り返ると駿河だった。
「何をしていたんだ?」
「いえ、何も…何のクラブかなって…小町がいたから…」
「先輩、調教していいかな?」
「ひたぎ、駿河が調教して欲しいって」
「ほぉ~」
ひたぎに別室に連れ込まれる駿河。
「いろは…付けて来たの?」
「違う…ただ、ここに足が向いて…なんでかな。記憶が抜け落ちた感じなんだよ」
涙が零れていく。哀しいと感じていないのに、涙が零れている。
「小町、傍にいてやれ」
「わかりました」
男子生徒の命令に、素直に頷く小町。彼は、小町の何なんだろう?恐くて訊けないんだけど…
「で、あゆ…何をしているのかな?」
「腿の上に跨がって、抱き合っています。夏美ちゃんがこれでいいなって…」
夏美ちゃん…訊いた事のある名前だ。どこでだろうか?どうして。忘れたのだろうか?
「あゆ、そこで寝るなよ~。俺の動きが取れないだろう。あぁ~寝ていやがる…」
「どうやって、背中に貼り付くか、考え込んで疲れたのよ」
羽川先輩だ。憧れの先輩である。どうして、ここにいるんだ?
「小町!彼女、顔色が悪いぞ、保健室につれて行った方がいいな」
「はい…って、ここ高等部ですけど…」
「翼、頼めるか?」
「わかりました」
羽川先輩の肩を借りて、保健室へゴーだ。
---宮崎千紗希---
記憶力は良い方なんだけど…何かを忘れている。どうしてだろうか?大切な事を忘れている。どうして忘れたのだろうか?嫌な事と連動していたのだろうか?文化祭辺りから、記憶がおかしい。
みんなと温泉に入っていた記憶がある。どこの温泉だったかは、思い出せない。近場に温泉は沢山あるから、そのどれかだと思うけど。
終業式の夜、夢を見た。異形なる魔物達に襲われる夢、私は必死に叫んだ。
「亜樹君、助けて…」と…そこで目が醒めた。亜樹君って誰だっけ?クラス名簿に目を通す。『鳥井亜樹』と言う文字を見つけた。実在するんだ、うちのクラスに…もう冬休みである。どうすれば、逢えるのかな?逢えば、思い出せるかもしれない。
親友の結衣にメッセージを送った。
『鳥井亜樹君に会いたい』と…
---由比ヶ浜結衣---
千紗希が記憶を取り戻し始めたようだ。やっと、亜樹君と仲良くなったのに…なんで、このタイミングなの?一緒に年を越したい。なんで、ジャマをするの?新年になってからでもいいじゃない。記憶が無いんだから…
『彼、忙しいよ。年内は無理』
と返信をした。私は悪い女である。千紗希といろはの記憶をロストさせた女…いつか天罰を受けるのだろうか。
明日は朝風呂から会いに行こう…冬休みだし。
「やっはろー」
男湯へ入った。亜樹の隣にはあゆ。これはしょうがない。もう片側には翼がいた。なので、正面を頂く。
「おい、近すぎるぞ!って、入れたのか?」
丁度角度的にするりと入ってしまった。まぁ、いいか。
「今日の予定は?」
「喫茶店の開店準備の手伝いと、神社の掃除だよ。そうだ、結衣、年末年始は巫女をしてくれないか?」
あぁ、神社の稼ぎ時かぁ。
「いいけど…後は誰が巫女に?」
「あゆも含めて全員だけど…」
まぁ、そうなるか…それもしょうがないことだ。
---一色いろは---
「小町、初詣はどうする?」
小町の家で、まったりしている。コタツにミカンである。
「年末年始はバイトだから…」
私から視線を外した小町。どうしたんだ?
「この前からそうなんだけど、私、何かした?」
「気の性だよ」
それならいいけど。
「で、何のバイト?」
一瞬、動作が止まった小町。やはり、何か隠しているようだ。私には言えない何かを…
「白浪神社で巫女さんのアルバイトだよ。お兄ちゃんを見つけてくれた神主さんの神社でね」
小町の行方不明だったお兄さん…見付かったそうだ。物言わぬ姿で…そう言えば、火憐のお兄さんも見付かったそうだ。その神主さんに訊けば、私の落とした何かを見つけてくれるのだろうか?
小町の家を出て、白浪神社へと向かう…あれ?白浪神社って、どこだ?浪白公園は知っているけど…ネットであやか市の地図を表示させて、探してみた。う~ん、月宮神社跡地、白浪神社跡地は見付かった。あぁ、神社がある。だけど、白浪神社は無かった。隣の駅はどうだ?
白蛇神社はあるが、白浪神社は無い。う~ん、市外なのかな?神社探しに飽きたので、最近出来た人気スポットを検索してみた。うん?稲荷様の隣にある神社の巫女さんがかわいいらしい。場所を検索すると白蛇神社の場所だ。あそこに稲荷は無かったはずだけど…下見でもするか。自転車で目的の場所へ行く。鳥居の奥には延々と続く階段が見える。白蛇神社だよな?鳥居に掲げられた神社名を見て固まった。
『白浪神社』
とある。白蛇神社って、誤植だったのか…ガーン!凹んだ気分で階段を昇っていく。途中左へ降りる小径を見つけた。ここは何かな?降りていくと鎮魂の碑があった。沢山の花束が手向けられていた。誰か、ここで死んだのかな?
来た道を戻って、階段を昇っていく。以前来た時は薄暗かったが、今は陽光が差し込み、明るく感じられた。そして、鳥居を潜ると、目の前に白浪稲荷堂という稲荷があった。左の方を見ると白浪神社があった。ここ、来た事がある…どうしてだ?
「来たんだ…」
巫女姿の小町に声を掛けられた。その表情は哀しげであった。
「来ちゃった…初詣はここにするわよ」
「そう…」
素っ気なく、私に背中を向けて神社の本堂へと向かう小町。どうして…嫌われているのかな…小町は本堂にいる男性に泣きすがっていた。なんか、泣かせるようなことを言ったっけ?思い出せない…なんで…
「思い出さない方が良いことって、あるんだよ」
って、物凄くかわいい巫女さんに言われた。
「でも…」
「小町ちゃんは優しいから…思いだして欲しく無いんだと思う」
私のことを心配してくれているんだ。私の落とし物の正体を知っていて、私に気づかせないようにしてくれていたんだ。
---宮崎千紗希---
結衣の家に行くと、朝早くから出掛けたそうだ。結衣のいるであろう場所を教えてもらった。隣の駅かぁ。って、温泉街で温泉三昧かな?なんで、誘ってくれないのかな?最近、結衣が私に冷たい。何か気に障ることをしたかな?
隣の駅で下車した。う~ん、なんか懐かしい気分である。滅多に来ないんだけど…駅前では工事をしているようだ。来年オープンする喫茶店みたいだ。興味あるなぁ。
「ねぇ、紅茶、飲んでいってよ」
知らない女の子に声を掛けられた。手を引かれ、改装中の店内へ。
「ダージリン1つ」
「はい、こゆずちゃん」
美人の女性がオーダーを受けて、私に水をだしてくれた。
「え!開店前ですよね?」
「お試し期間です。手際の確認を兼ねているので、代金は入りませんわ」
紅茶の良い香りがする。常連になりそうだ。そして、紅茶が目の前に来た。一口飲んだだけでもわかる。美味しい…亜樹君とこんなお店でデートしたいなぁ…え?!亜樹君って…なんで、自然にそんな妄想が出来たんだ?知り合いでも無い男子と…
「珈琲豆が届きましたよ」
「あぁ、亜樹君、ありがとう」
え?!亜樹君?入口に視線を向けると、彼がいた。珈琲豆の入った麻袋を店内へ運び込んでいる。
「あれ?ちさ…いや、お客さん?」
今、私の名前を呼びそうになって、止めたみたいだ。どうして?
「えぇ、こゆずちゃんが、常連になってくれそうな人を、お試しで客引きしてくれているの」
「そうなんだ」
6袋ほど、店内に運び込んだ彼。私の隣に座り、
「浅煎り」
「はいはい」
珈琲ミルから香ばしい香りがする。
「考えたんだけど、トースト程度は出せるといいかなって」
「そうねぇ。トーストくらいは出せるといいわねぇ。パン屋さんの目処はあるの?」
「自前で焼くのはどうかな?蘭辺りが焼けると思うんだよ」
「じゃ、頼もうかな」
「瞳の調子はどう?」
「うん…寝たきりにしないで、たまに車椅子で散歩をさせているわ。で、どう?」
「う~ん、蒸らしが足り無いかな?」
「そうかぁ~、またテイストしてね」
「はいよ」
彼がお店を出て行く。後を追うようにして、彼の後を追う私。あれ?いない。今出たのに、いなくなっていた。
後から抱きつかれた。
「何か用かな?急いで紅茶を飲んで、俺の後を付けようとしたようね?」
胸を揉まれている。だけど、嫌な気分はしない。
「さっき、私の名前を呼ぼうとして止めたのは何故?」
「あぁ…あれは失敗したよな。つい…」
昔の様に呼びそうになったの?どんな関係だったんだろう、彼とは…
「亜樹君らしいわね」
「え!記憶が戻ったのか…」
狼狽えている彼。それは、記憶を無くしていることを、知っていたってことだ。話を会わせて行く。
「えぇ、断片的だけどね」
「そうか、断片的か…」
困ったような顔の彼。私の記憶にはどんな秘密があるのだろうか?