---鳥井亜樹---
大晦日…皆総出で年越しの準備をしている。初詣に人間は来るのであろうか。ここは、あの世と、この世の狭間であるから…
「亜樹先輩…」
小町といろはがやって来た。
「いろは…」
「亜樹先輩…」
いろはが俺に泣き縋ってきた。こんな俺に…
「いろは。先輩の衣装が汚れちゃうよ」
「あぁ、ごめんなさい。巫女衣装を着てきます」
元気そうに小町と更衣室へと向かういろは。
神社の周囲に提灯を飾り付ける。
「亜樹君」
振り返ると、こゆずと千紗希がいた。
「おかえり、千紗希」
「はい、戻ってまいりました。巫女衣装を着てきますね」
こゆずと更衣室に走って行く千紗希…後、何をするんだっけ?
室から米麹を持ち出し、甘酒を仕込み始める。蘭と香さんは、新年用のお雑煮の準備をしている。お雑煮は白味噌仕立てのあん入り餅となっている。駿河や火憐達はあん入り餅を用意していた。
「亜樹君、珈琲を持って来たよ」
電動車椅子で瞳がやって来た。階段を使わずに、ここまで車で昇って来られるように、賢者様がスロープを作ってくれたのだ。
「ありがとう…瞳…」
本堂に入り精神を統一していく。この後は、年末年始の神楽と共に、祈りを捧げる儀式を執り行う。俺は亘へ意識を変えていく。天狐さんと亘が、主役であるから。俺はしばしの間、地獄で刑を受けてくる予定だ。
◇
亘と意識をスイッチして、地獄へ戻って来た。まだ悔い改める為に、懲役を行わないとダメであるのだ。賽の河原での石積み、三途の川の清掃、あの世のお花畑の手入れ、やることは沢山ある。
聖域に戻り、お屋敷の清掃、参道の清掃…俺に課せられた懲役はまだまだ有る。永遠に近い時間を仕事に注ぐ。これが俺に課せられたバツであるから…
---湯ノ花幽奈---
丑三つ時…漸く儀式が終わり、神楽も終わり、私に掛かっている地縛の呪いが発動し、部屋に引き戻された。さてと、改めて神社に向かうかな。
神社に続く階段は人の行列であった。スゴい賑わいである。本殿へと向かう。亜樹君に新年の挨拶をしないとな…って、亘君がいた。
「あぁ幽奈さん…どうしよう。亜樹が戻って来ないんだ」
えっ!亜樹君が戻ってこない…聖域にいる筈だよな。
「ちょっと、見てくるね」
聖域へ急ぐ。だけど、聖域にはこのままでは入れない。聖域において、私は罪人であるから…門番の霊に事情を話し、亜樹君の行方を捜してもらった。
「聖域にいないぞ。まさか、地獄か…」
聖域での懲役は終えて、この世に戻る準備をしていたらしい亜樹君。だけど、聖域にはいないそうだ。この世に戻った形跡も無いって…非常事態である。脱走であれば、即ロストになる。どこへ行ったんだ。
「師匠は?」
「まだ、戻られていない。今、呼び出して貰っている。しばし、待て」
しばしって言われてもなぁ、10年、100年程度はしばしに値する世界。そんなに待ってられないけど…地縛霊では聖域に入れない上、地獄なんかに行ったら、戻れなくなるしなぁ。困ったな。
「どうしたんだ?」
師匠が戻ってきてくれた。
「亜樹君が戻って来ないんです」
「何?!脱走か?まさかなぁ…」
師匠が探しに行ってくれた。これで見付かるはずだ。
---鳥井亜樹---
白洲で裁かれ、死刑を言い渡された。これでロスト出来るはずだ。激痛地獄…激痛を受け続け、狂う程の痛みに耐えると、徐々にロストしていく刑である。白洲に座り、自ら切腹をした。介添え霊が俺の首を半分斬り裂いた。このまま、意識がロストするまで放置である。
痛みで何も考えられない。記憶が消えていく。魂に刻まれた思いも消えていく。俺の名前も消えていく。俺の存在も…
ふと、意識が目覚めた。周囲が緑色の光に包まれていた。ここはどこだ?
「お前をロストさせようとした悪代官は、始末したよ。戻って来い、鳥井亜樹よ」
誰かの呼ぶ声…俺の名前はそれなのか?
「お前の消えるべき時は今では無い。もっと、あちら側で生きろ。それが、お前に与える罰だ」
俺の罰はまだ残っているらしい。いつになったら消えることが出来るんだぁぁぁぁ~!
「お前の罪は重い。そう簡単にロストなんかさせないよ。もっと苦しんで来い。お前を待つ者達の元へ戻れ!」
◇
誰かに手を握られている。誰かの声が聞こえる。誰かの涙が落ちる音が聞こえる。ここはどこだ?
『亜樹、待っていたぞ。早く戻れよ』
亘が俺をせっつく。亘が生きれば良いのに…
『僕はお姉ちゃんだけがいれば良いんだよ。こんなに沢山の人間相手は無理だよ』
沢山の人間?何のことだろうか?俺の意識が亘の魂にリンクした。その途端、膨大な量の記憶が俺に流れ込んで来た。
『お前の記憶だ。賢者様が取り戻してくれたんだよ。お前に全部渡せってな』
俺の記憶…どれも懐かしい気がする。しょっぱいのもあれば、甘酸っぱいのもある。俺の記憶…
『そうそう、お前の魂に刻まれた想いも渡せって言われたんだ。受け取れよ!』
魂に刻まれていた俺の想い。俺の想い…瞳はどうなったんだ…瞳は…
◇
ふっ…
「自発呼吸を始めたようよ」
まゆこの声…
「危機は脱したの?」
美和子の声…
「亜樹君…やっと逢えたのに…」
瞳の声…俺の手を握り絞めてくれている。俺は握り返した。
「あっ!握り返してくれた」
瞳の喜ぶ声…俺は戻って来たのか…この世に…
◇
儀式が終わった後、仮眠をしていたらしいのだが、起き出さない事に気づいた翼とあゆが、俺の異変に気づいたそうだ。チアノーゼを起こしていた俺。直ぐに救急搬送され、検査結果は蓄積疲労による過労だったらしい。過労死かぁ…それは、嫌だなぁ。
「ダメだぞ、今後一人で背負い込むなよ」
雪姫先生のお説教。生還したばかりの俺には、拷問であった。これも罰の内なのだろうか?
「人手が足り無い時は、九郎丸を差し出す。溜まった時は、私か夏凜が行くから安心をしろ」
溜まり過ぎでチアノーゼには成らないだろうに…
「今、溜まっているんですが…」
「ここは病院だ。退院してから言え!」
「いつ退院出来ますか?」
「お前の根性が叩き治ったらな」
先生の根性を叩き折りたい…
「じゃ、また来てやる」
くそ~!身体が動けば…まったく身体が動かない。何か手立ては無いか?そうか、神経信号を末端まで届ければ、動くはずだ。神経に意識を集中して…
『しょうが無いなぁ。誰が欲しいんだ?』
亘の声。
「翼は?」
『瞳でなくていいのか?』
「こんな姿を見せたく無い」
『分かった』
って、俺の魂が身体から抜け出した。
『魂のコピーだよ。まぁ、透明人間のような物だ。だけど、亜樹の触れた物は透過しない。問題は、発散したときには、本体である身体が射精するけどな』
まぁ、抜ければ良いか。誰で抜くかな…
◇
ゆらぎ荘に侵入した。翼を探す。いたいた…って、ひたぎとしているし。では駿河とするか。駿河の部屋に行くと、全裸で寝ていた。部屋の中はBL本がいっぱいである。では、BL本の山を使って、駿河の腕と脚を動けないようにした。
そして、体内へ侵入していく。手の平で駿河の胸の感触を愉しむ。
「うん?これはどういうことだ?動けない。BL本で拘束?まさか、亜樹先輩か?」
あぁ、そういや、以前にも同じことをしたような…
「見えないが、いるんですね。亜樹先輩の性の下僕である駿河の身体をお楽しみください」
なんか、ウザいんですが…そうか…俺には感触があるが、駿河には感触が無いのか…既に3度ほど、出ているんだけど…病室の俺の本体は大変な事になっていそうだな。って、本体に引き戻された。どうしたんだ?
『お前、溜まり過ぎだぞ』
って、亘。確かに、下腹部が大変なことになっている。ナースコールのボタンをポチッと…まゆこが急いで駆けつけてくれた。
「どうしたの?」
装置の数値をチェックしているまゆこ。気づいてくれない。まさか、放置プレイか…
「数値は問題無いわねぇ。そうなると…う~ん、これは…亜樹君、当分の間、紙おむつにしましょうね」
え?射精を失禁に間違えられたのか?出た物を清掃してくれ、紙おむつを装着してもらった俺。
「また、出ちゃったら呼んでね」
嬉しそうに部屋を出て行ったまゆこ。どうしてだ?
『血流量が増加していることで、快方に向かっているって、判断したんだろうな』
なるほど…そうだ。想い出した。貧血気味の時は萎えるもんなぁ。って、どうするよ。
『後1週間はガマンだな』
亘が診断をしてくれた。
◇
漸く退院…誰も来てくれない。あぁ、授業中か…電車で一駅乗り、駅を出ると、美味しそうな珈琲の香りが鼻をくすぐる。瞳のお店…繁盛しているようで、満席のようだ。あれ?リョウがいる。あぁ、香さんがウェイトレスのバイトをしているんだったな。
ゆらぎ荘を目指して歩く。こんなにも駅から遠かったっけ?昇り坂は退院したばかりの俺にはキツい。
「あっきくぅぅぅぅ~ん!」
幽奈が俺を見つけ、迎えに来てくれた。
「ただいま…」
「どうしたの?元気無いねぇ」
「まぁ、入院中に色々あって…」
「うん?紙おむつの件?」
あぁ、知れ渡っている…凹む俺。
「気にしちゃダメだよ」
幽奈が抱きつくが、感触は無い…
「みんな学校だから…」
こゆず、真宵、真琴か、今いるメンバーは…ダメだ。まぁ、いいや。一人で男湯三昧だな。久しぶりの温泉だ。いや、今年初めての温泉始めか。
「瞳さんには逢わないの?」
「満席だよ。仕事のジャマはしたく無い」
そうだ。神社に行けば…温泉は止めて、神社へと足を向けた。心配そうに幽奈が付いて来ている。
「ねぇ、どうしたの?」
何かを言いたそうな幽奈。
「どうしたのって?」
神社って、こんなにも遠くにあったっけ?へたばり、途中で休む。
「なんで、転移しないの?」
転移?
「転移って何?」
「え…」
何かに驚いている幽奈。
「ねぇ、病院に戻った方がいいよ、亜樹君…」
なんで?こんなにも元気なんだけど…
---湯ノ花幽奈---
師匠が来てくれて、亜樹君を聖域へと連れて行った。あぁ、私の身分を一時的に元へ戻してくれたので、私も同行した。
「う~ん…記憶が欠落しているな」
難しい顔の師匠。
「どうして?」
「夏美が消えたからだろう」
あっ…そうだ。あゆちゃんに魂を譲り渡した。
「夏美がいないことが影響しているようだ。参ったなぁ~」
考え込む師匠…
「天狐を戻して、亘を解放するか…不本意だけど…」
それは、亜樹君がロストするってことだ。
「なんで、哀しそうな顔をするんだ?念願が叶って,未来永劫、亘と生きられるんだぞ」
だけど…亜樹君が…
「いずれ消える運命は確定している。それが早いか遅いかの違いだ」
そういう師匠も、目に涙が見えている。不本意すぎる結末なのだろう。
「私の魂を使ってください」
更に哀しそうな表情になる師匠。
「使えない。亘が不憫になる」
亘君は分かってくれると思う。
「総ては、あの女のせいだ」
あの女?
「あぁ、由比ヶ浜結衣の呪いは、亜樹に向かったんだ」
えっ?解呪したんで無いの?
「したよ。だけど、地獄で堕としたはずの呪いが、亜樹に向かったんだよ」
あぁ、亜樹君の懲役…地獄でのお仕事だ…懲役故、無防備な状態のはずだ。そこにつけ込んで…
「結衣の新たな願いを聞いたんだろう。友達を呪うことになった原因である亜樹が居なくなれば良いと…」
あっ…そうですね。最終的な原因は亜樹君になる。
「結衣自体は呪っていないが、呪いの亡者達は、結衣の呪いたい気持ちに依存しているんだ」
「じゃ、どうするんですか?!」
「中途半端な記憶で亜樹を戻せない。亜樹のいない世界を送るしか無いだろう」
「それって、亘君は?」
「いないよ。亜樹と亘は一魂同体だ。天狐の想い人は別の男になる」
「亘君のいない世界は嫌です」
「じゃ、どうしろと言うんだ?お前の選択にまかせる。亜樹をロストして亘のいる世界にするか?それとも二人共、いや僕もいない世界にするかだ」
そんな重要な選択を私にさせるんですか?
「あぁ、元はと言えば、お前が原因だからな」
そんな…どうしよう…悩む。とっても悩む…う~ん…そうか!
「私が夏美ちゃんになります」
「ダメだ。どうするかな…」
即断拒否の師匠。そして、師匠が長考モードに入ってしまった。う~ん、マズいぞ。解決するまで、ここから帰れない。
「そうだ!亜樹の身体にあるバックアップデータを使うか」
バックアップデータ?
「確か、最後のバックアップは、入れ替わった時点だから、入院中の記憶のロストで済むはずだ」
そんな便利な物があったのか。
「それで行きましょうよ」
「おむつ体験が消えるけど…」
「問題無いと思いますよ」
「入院中の多量な射精の記憶も消えるぞ」
「問題無いと思います」
---鳥井亜樹---
目が覚めると、幽奈が憑依した結衣といろは、千紗希と添い寝をしていた。うん?今日はいつだ?随分と長く眠っていた気がする。電子カレンダーを見ると1月の14日って…はぁ?俺は一体、何日眠っていたんだ?
お節料理とお雑煮は…えぇぇぇぇ~!もうすぐ、鏡開きになりそうじゃん。