記憶のカギ
---毛利蘭---
季節は巡って、初夏を迎えた。あの日以来、何も変わらない私達。いや、楽しみが増えたと言うか…
新一は、隣の駅に越してきた。探偵仕事もせず、学校にも行かず、喫茶キャッツアイにたむろっている。両親の稼ぎが良いと、子供はダメになる典型では無いのか?
「なぁ、蘭…お前の気になる男って、誰なんだ?」
迷わず、瞳さんの大きなお腹を指す。
「産まれていない男がいいのか?」
「うん」
「お前、どうしちゃったんだ?」
「どうしちゃったんだろうね?」
産まれていない男の子に、恋をしている私。まぁ、頭はイカれているかな。でも、美和子さんも、翼ちゃんも、麻衣さんも、恋い焦がれているのだ。まだ産まれていない男の子に…
「なぁ、瞳…その子の父親は誰だ?」
瞳さんにプロポーズした内海刑事も、美和子さん目当ての高木刑事も、ここに入り浸っている。警察はヒマなのかな?
「だから、私の大切な人の忘れ形見なのよ。何度言えばわかるの?ねぇ、俊夫!」
「なら、俺が父親になってやる」
「要らない。みんなで成長を見守るから、父親は要らないのよ。何度言えば、わかってくれるの?って、仕事はいいの?有休使い果たしたんじゃ無いの?」
「そうだぞ、高木君。いい加減、帰りなさい!」
美和子さんも、高木刑事に、言い寄られて、キレそうである。
「あぁ、そろそろ、バイトの時間だから」
お店を出て、自転車に乗り、神社へと向かう。あの想いでの詰まった神社で、巫女のバイトをしている。高校を卒業したら、本格的に巫女になる修行をする予定である。あの同じ時を生きた者、皆である。
「おい!蘭、待てよ!」
新一も自転車に乗り、追いかけてきた。ストーカー並みのしつこさである。
「話す事は無いわよ」
「納得出来ない。なぁ、納得出来る理由を教えろよ」
あんな非科学的な出来事を、この論理組立型頭脳に納得させる自信は無い。
「お告げかな…うん、きっと、そうだよ」
「はぁ?バーロー、そんな言い訳で納得できるかよ」
冴子さんに言えば、コイツ出入り禁止にしてくれるかな?なんか、うざくなってきたし。
◇
夏祭りの頃…瞳さんは双子を出産された。男の子と女の子である。名前は、亜樹と夏美に決定していた。
「記憶が封印されているのよね。何がキーかな?」
二人に母乳を飲ませながら、みんなに訊いて来た。
「簡単には封印は解けないですよね?」
論理的思考の翼ちゃん。
「徐々に思い出すって、言われていたような」
女優をし始めた麻衣さん。都会で仕事をしつつ、二人にお土産を買ってくる、餌付け作戦らしい。
「記憶が戻るのが待ち遠しいです」
狭霧ちゃんは、亜樹くんの顔を見つめていた。授乳中に付き、無理は禁物なので、見つめているだけだ。
「取り敢えず、私は夏美ちゃんに空手でも教えようかな」
妹さんを手懐ける作戦も有りだと思うし。
---神代亘---
亜樹が消えて、監視役だった九重様は聖域にお帰りになった。亜樹にとっての最後の事件以来、幽奈は帰ってこない。どこで何をしているんだ?最後の別れくらいして欲しかった。亜樹はアレで良かったのだろうか?
目の前には、生まれ変わった亜樹と夏美がいる。幼稚園と保育園が無いので、神社で預かっている。ここには、生前の彼らを知る巫女がたくさんいるので、問題なく、スクスクと育っている。蘭さんに言わせると、亜樹は幼い時の工藤新一の面影があるそうだ。さすがにソックリさんである。
「神主!僕、大きくなったら、巫女さんになりたい」
「亜樹…巫女さんは女の子しかなれないんだよ」
「むっ!誰が決めたん?」
「いにしえからのルールだよ」
亜樹は僕のことを神主と呼んでいる。
「タル君、私は神主になりた~い」
「夏美…勉強を一杯しないとダメだぞ」
「タル君、勉強したの?」
「少しだけ…」
夏美は僕のことをタル君と呼んでいる。神社で育っているせいか、神事に興味を持ち、一緒に神事を執り行ってくれたりもする。残念なことに、二人には特殊能力は無いようだ。感性が研ぎ澄まされれば、見えない物も見えるようになるかな?
◇
小学校に上がっても、二人の記憶に変化は無いようだ。消えた年齢まではダメかな。
「なぁなぁ、神主って、彼女いるの?」
亜樹がデリケートな質問をしてきた。
「好きな人はいるんだけど…」
「うん?蘭姉ちゃん?美和子姉ちゃん?あぁ、麻衣姉ちゃんかな?」
まるで、亜樹の好みを聞いている気分なんだが…
「ハズレだな」
「じゃ、私なのかな?」
って、夏美。
「ハズレだよ。迷子なんだよ。どこで彷徨っているんだろうな」
想い人の顔を思い浮かべる。遠い昔のセピア色の記憶である。僕が僕であるうちに戻って来てくれるかな?少し不安である。年齢的にはお姉ちゃんよりも僕の方が上になっているし。僕を僕と認識してくれるかな?
「神主、泣いている?」
「泣いていないよ。汗だよ」
「目からオシッコ?」
「夏美、それは違う」
う~ん、誰だ、こんなことを教えたのは…涙は目からオシッコでは無い…
---湯ノ花幽奈---
ここはどこだ?しまった。疲れて寝てしまったようだ。ここはどこよ?
「おぉ!幽奈、久しぶりだな」
えっ?お尻を撫で回されている。この声…亜樹君?夏美ちゃんもいる。あれ、どうして?亘君の気配が感じ無いんだけど…どうして?リミット過ぎちゃったのか…それにしては亘君がロストするはずは無く…
「なんで、泣いているんだ?」
お尻の割れ目に、顔を突っ込んでいる亜樹君。何故、そこに顔を突っ込んで、泣いているって分かるんだ?
「お兄ちゃん、ド変態だよ、それじゃあ」
そう思います。って、顔を隠して尻隠さずポーズから脱却して、二人の前に舞い降りた。なんか、部屋の感じが変わった気がするのだが…はて?それよりも、
「ねぇ、亘君は?」
「えっ?亘君?あぁ、神主は神社だよ」
神主?あれ?いつの間に、亜樹君と亘君って、分離したんだ?
「亜樹、どうしたんだ?アレ…幽奈?」
知らない中年女性が、私の名前を呼んでいる。誰、この人は?
「私だよ、狭霧だって」
「どうして、こんなに年増なの?」
私の知っている狭霧はピチピチの高校生だった。だけど、目の前にいる女性はオバさんといっていい年齢に見える。
「おいおい…幽奈、お前こそ、15年も迷子って、どういう地縛霊なんだ?」
狭霧の言葉に、唖然とした。はぁ?なんですって…
「15年も迷子?えっ…えぇぇぇぇぇぇ~!あれから、15年も経っているの?!」
でも、亜樹君達の年齢はそのままなんだけど…なんで?これは夢?
「そうだよ。亘がかわいそうだよ。15年もやもめ暮らしで…」
そうだ亘君に会えば、事情が分かるかもしれない。神社に行かないと…ゆらぎ荘を出て、神社へと向かう。だけど、忘れていた。地縛霊の私では、神社のしめ縄で弾かれてしまう。マズイ…会えないじゃない。
「幽奈、何を泣いているんだ?」
しめ縄の前で泣いていた私に、誰かの声が掛かった。このオーラ…懐かしい…
「このオーラって、亘君?ねぇ、亘君?」
振り返ると、ナイスミドルな神主衣装の男性が私を見つめていた。
「15年も…どこをどう迷子になっていたのかな?まぁ、積もる話を訊こうかな。おいでよ、幽奈」
亘君の手を握る。亜樹君とは違う手触りの手の平…亘君なんだ。やっと会えた。
「天狐お姉さんみっけ!」
えっ!見つけてくれたのか…次の瞬間…私は私の身体を、返して貰い、亘君が抱きついて来た。あの…私、全裸なんですけど…師匠…服をください…
---毛利蘭----
亜樹君と夏美ちゃんの記憶の封印が解けた。キーは幽奈さんだったようだ。喫茶キャッツアイで、お祝いパーティーである。幽奈さん、亜樹君と夏美ちゃんの帰還を祝うパーティーである。
「蘭、みそじでもかわいいなぁ」
「ありがとう、亜樹君」
「美和子、しそじでもかわいいなぁ」
「亜樹君だけだよ、そう言ってくれるのは」
「瞳が母さんになっていたとは…」
「ダメ?」
「ダメじゃない。嬉しいよ」
亜樹君は一人一人と言葉を交わしていく。昔を懐かしむように…高校生の彼には、似つかわしくない表現かもしれないけど。
「そういえば、蘭。俺にそっくりのアイツはどうしているんだ?」
「どこかで、真実を見つける旅でもしているんじゃないの?」
亜樹君そっくりなアイツ…亜樹君が歳取ると、あの顔になるのかな…